救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

1-1 ホーレス・デスタルデが語る話









歳を取ったのか、昔のことばかり思い出す。




波の音。

若は昔から海が好きだった。

夜泣きの止まなかった若を抱いて、俺はいつも波打ち際を歩いた。

優しくあやしながら、低い声で子守唄を歌ったら、若はようやくぐっすりと眠るのだ。

人が仕事帰りだろうが、何だろうが。


世話の焼ける、そう思いながらも、俺の腕の中でぐっすりと安心して眠る若を見て、同時に誇らしい気持ちもあった。

しかし、この子を守ってやれるのは、この子を愛してやれるのは俺だけだと思うと、誇らしさと同時に、不憫さも沸き起こった。

この子を抱いてやる母の手は、もうないのだと。

あんな形で母親を失ってしまうなんて、この子はなんて不幸なのだと。




だから俺は、語らない。

若には語らない。

母親がいないことはもう動かしようのない事実だ。

しかし、どうしてその母親がいないかという真実は、決して語るまい。




「それが、きっと若の為でやすから…」










「どこだ、どこにいるっ!!」

その声で、俺は意識を今に戻した。




「手応えがなさすぎる。骨のある奴はいないのか。」

船上で赤く染まったカトラスを抜き放ち、息を切らせて叫ぶ若の姿は、もうあの時の赤ん坊ではない。

立派な、17の青年だ。




「若っ!後ろが追いつくのを待って下せえ!!」

俺は自分の責務を果たそうとする。

俺は若のお守役だ。いくら大した装備のない商船隊相手とはいえ、戦闘は戦闘。

大事な若に怪我をさせるわけにはいかねえ。


「いいですか、若。一人で斬り込むのはとても危険なんですぜ。他の海賊どもか、せめてアッシと一緒にですなあ…」

「うるさいっ!」

若が一喝する。

まったく、あんなに可愛かったのに、人の言うことを聞かなくなって…いや、そういや昔から、ワガママはワガママだったか。


なんて俺が考えているうちに、若はこの商船隊の船長を見つける。

ああ、ああ。いきなり駆け寄ったら危険だと言うのに。


「若っ!」

俺の制止も聞かず、若は商船隊の船長らしき男にカトラスを突きつける。


「お前がこの船の船長だな。悪いが、この船はいただいたぜ。」

肌を上気させたその顔は、船を襲う凶悪な海賊と言うより、悪戯を成功させた子どものようだ。


「貴様が賊のリーダーか。若造がいい気になるなよ。」

海賊に襲われ、剣を突きつけられた時点で、腰を抜かしてへたり込んでくれりゃ都合が良かったのだが、生憎とこの船長は少しばかり骨があるらしい。


「なにっ!」

まんまと挑発に乗る若。


「若っ!」

「ホーレス、お前は手を出すな。」

俺が若に代わって相手をしようとすると、若はそう言って、カトラスを構えた。


「さあ、いさぎよく船を渡せ」

「はっ、笑わせるな、小僧!ここまでの手際はほめてやる。だが、剣の腕の方はどうかな!」

船長はサーベルを抜き放つ。

どうやら、腕にはちょいとばかり自信があるらしい。


「我が名はセバスチャン・テイラー。冥土のみやげに、この名を覚えておけ、小僧っ!!」

「ああ、だから言わんこっちゃない…」

俺は小さく呟いた。

恐らく、ここで加勢に入ったなら、若は怒って、しばらく口をきいてはくれないだろう。

俺は、若が手傷でも負えばすぐに代われるように獲物を抜き、勝負を見守った。










若の振るうカトラスは、いわゆる蛮刀というヤツで、ちょっとした船乗りなら必ず装備してる剣だ。

体重をかけて振るい、船から船から叩き落とすって攻撃方法の剣で、切れ味は必ずしも鋭くない。

下っ端海賊ならともかく、若みたいな海賊王の息子が初陣で振るうような剣じゃあ…









「…しかし、若も強くなりやしたね。」

どうやら相手の腕は若よりも劣るらしい。

俺は安心しながら勝負を見守った。


若の剣の筋は昔から良い。

当り前だ「海賊王の息子」なのだから。


「ああ、そうさ。若は『海賊王の息子』だ。」

あの真っ赤な髪を受け継いでいなくても。

母親と同じ黒い髪と端正な面ざしを引き継いでいても。




「アッシの若は、海賊王、ハイレディン・レイスの息子なんだよ…」

「とどめだ!!」

俺の呟きをかき消すように、若が叫んだ。




「若、ご無事で。」

俺が声をかけると、若は満足そうに笑う。


「へっ、ちょろいもんだぜ。」

若の息の切らせ方からすると、そこまで「ちょろいもん」じゃあない気もしたが、そんな野暮は言いっこなしだ。


「ほかに刃向かう者はいないようですね。これで、この船は若のものですぜ。さすがアッシの若です。」

だが、若はアッシの言葉に首を横に振る。


「ああ…でもこんな商船隊じゃ、だめだ。ジョカは戦艦隊を相手にしてるのに。」

若の口から出る「ジョカ」という名前。

若は最近、事あるごとにジョカの名前を出す。




若と同じ17の、しかし、若より遥かに実戦も、世界も、知っている男の名を。

恐らくは、嫉妬と羨望があるのだと、俺は気づいている。




「まあ、焦ることはありやせんて。初戦にしては見事なもんです。さ、そろそろ戻りやしょう。」

俺は話題を変える。

ともかく、さっさと戻らなけりゃならない。


「ま、一応勝ちは勝ちだ。これでしっかり頭を下げりゃ、まあ、お頭たちにこってりと搾られるくらいで…」

そう考える俺の目に、金髪の男が映った。




「よう、首尾は上々だな。」

ジョカ・ダ・シルバだ。




若の顔が、途端に険しくなる。


「…なぜここに。」

ジョカは俺を押しのけて、若の肩に馴れ馴れしく手を置く。

若と同い年ではあるが、若より頭一つ高い上背に、それに見合う幅の広い肩。


「伝令さ。首領がお前さんをお探しでね。」

「親父が…」

若は渋い顔をして、肩に置かれたジョカの手を乱暴に振り払う。

しかし、こりゃ大変だ。

もうお頭にまで知れ渡っているとは。

こりゃもう、お頭の顔を見るなり土下座でもしねえと…


「しかし、探すのに苦労したぜ。まさか勝手に出撃してるとは思わなかったからな。おかげで副首領の快速船を借りるハメになっちまった。」

「ゲッ。」

ジョカの言葉に、俺は思わず蛙が潰されるみてえな声を出しちまう。


「まさか、黒髭の旦那もここに…」

「来てちゃまずいか?」

大きくはないが、特徴的な塩辛声がした。

黒髭の旦那は、大股で俺と若に歩み寄る。


「あのですね、アイディンの旦那…」

俺の言い訳なんて聞こうともせず、黒髭の旦那は俺の肩を軽く押しのけると、若に向き直った。





2010/2/20



DQの『童貞聖者』シリーズに味をしめたので、このシリーズは一人称語り積み重ね形式で進めて行きます。
いや、この形式書くの楽なんだよね、とっても。(三人称はもう書けないかもしれないです)
一人称語りのどこが好きかって、視点を複数持てるところです。ある人は知っている事実をある人は知らず、まったく別の推測をしたり、はたまた実は推測であるが故により真実を見極めることが出来たり…そういうところが好きです。だからこのシリーズは、本当にいろいろな人(メインキャラもサブキャラも、ただの通りすがりも)が自分視点で語り出します。そういう形式です。
…べにいもが途中で飽きなきゃね。

今回の語り手:ホーレス・デスタルデ
…主人公サルヴァドル・レイスの守役、てかオカン。39歳。光栄のゲームではめったに出てこない(あとは「信長の野望」のヤスケくらいしか思いつかない。)アフリカ系黒人キャラ。筋骨たくましい老練な海賊…の割に、誠実で義理人情を重んじ、女子供には優しい(そしてサルヴァドルには甘い)男。属性(このゲームでは登場キャラに「善」「中立」「悪」の性格づけがある)は「中立」(個人的に「善」でいいと思う)




ネタバレプレイ日記(感想)

   

目次









































赤ん坊の声が響くOPを終えると、ようやく「大航海時代」というゲームタイトルに相応しく、海の上、船の上、そして海賊行為、と続きます(まだ強制イベントですが)
で、いきなり一騎打ち。イベント戦闘ですが、運か、プレイヤーの腕かのどちらかがとても悪いと負けます。負けたらどうなるのかと思ってましたが、負けてもホーレスが助けてくれるみたいです。もっとも、こんなザコ相手に負けてるようじゃ、海賊として先が思いやられますが。

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