救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

1-3 アイディン・レイスが語る話









サルヴァドルもホーレスも、幹部たちも出て行った。

部屋に残ったのは、俺とハイレディンの兄貴の二人だけだ。


「…兄貴、やっぱり俺は賛成できねえぜ。」

俺は、兄貴を翻意させることは不可能だと知りつつ、それでも口にする。


「もう決めた事だ。」

予想通り、兄貴の口調は氷でも吹くみてえに冷たく、表情には何も浮かばない。





昔っからそうだ、兄貴は。

戦闘になると、その赤い髪と髭が炎に見えるくれえ勇猛果敢なくせに、それ以外の時にゃ氷みてえに感情を出さねえんだ。

ついでに、岩みてえに頑固で、一度決めたことは絶対に翻意しねえ。

俺はもう何十年も、このアルジェ海賊の首領と副首領として、そして兄と弟として、兄貴と付き合ってきたから、そんなことは百も承知だが、




な。


「サルヴァドルを海へ出すのは、シャルークを倒して、地中海全てが俺たちのショバになってからだって言ってたじゃねえか。」

俺は、今回だけはこのまま見過ごせない。


「あいつはまだまだガキだ。このまま外へ出したんじゃ危なっかしくて仕方がねえ、そうだろ?」

「だからホーレスを付けた。それに、これで死ぬなら、それまでの男だったというだけだ。」

兄貴の表情は変わらない。

いくら兄貴が泣く子も黙る「赤髭」ハイレディン・レイスだからって、てめえの息子の生死にこれほど冷淡にいられるものなのか?




俺は思い出す。

あの晩、赤ん坊をひっ抱えて家から出てきた兄貴の姿を。

もう片方の手に握られた剣は、血まみれだったことを。

その少し前に、女の断末魔の悲鳴が聞こえたことを。


「サルヴァドルっ!!」

断末魔は、確かにそう叫んでいたことを。

俺はその時、足元に転がるホセの死体を見詰めていたことも、はっきりと思い出せる。




兄貴は、椅子に座ったまま無言で俺を見上げる。

その視線は、兄とはいえ、重く、そして鋭い。


「だがあいつはまだ17だぜ。」

でも、俺は食い下がる。


「俺は15で艦隊を率いてた。」

兄貴は平然と返す。


「ああ、覚えてるさ。到底15にゃ見えねえくらいの貫録だったさ、兄貴は。」


年はいくつも変わらねえが、兄貴は遥かに大人だった。

まだまだガキだった俺には、眩しいくらいだった。

そうして何年かして、俺も船に乗るようになって…




「そして兄貴が19の年だ。」

「そうだったな。」

兄貴はなんの感情もない声で答える。


「兄貴は親父を殺したんだ。」

「ああ。」

兄貴はやはり、なんの感情もない声で答える。




俺は思いだす。

親父殺しは知らされていたというのに、俺は膝が震えてまともに役に立たなかった。

なのに兄貴は平然としていた。

まるで「親父は自分の親父ではない」かのように。

いや、「かのように」じゃあなかったのかもしれねえ。


だのに親父は、血塗れで兄貴を見上げて、断末魔の息のくせに大笑いして言ったんだ。

「さすがだハイレディン、さすがだ。さすが、『俺の』息子だ…」

大笑いして、そして、死んだ。




「ヤツはあんたに似すぎている。」

俺は、兄貴の無感情な瞳に叫ぶ気力を失った。


そうだ、似ているんだ、サルヴァドルと兄貴は。




「もし、『あのこと』を知ったらヤツは…」

誰も「あのこと」はサルヴァドルには語っていない。

ホーレスが語る筈もねえ。

だが、もし、サルヴァドルが「あのこと」を、自分の出生についてのことを知れば、ヤツは…




「話はそれだけか、アイディン。」

兄貴は立ち上がる。


「…」

俺が答えねえでいると、兄貴は部屋の出口まで歩いた。




「繰り返すが、決めた事だ。」

出がけに、そう言う。


「仰せのままに致しますよ、お頭。」

俺は、一番言いたかった言葉を呑みこみ、そうとだけ返す。





兄貴が出て行った。

俺はまた思い出す。

村を焼き払った時に、兄貴が抱えてきた赤ん坊を見て、俺が真っ先に感じたことを。

燃え盛る村を振り向きもせずに、血染めの抜き身の剣とは逆手に赤ん坊を抱えた兄貴の後ろを歩きながら、俺は子どもの年を逆算してた。




「兄貴がてめえの息子だってんだから、それでいいじゃねえか。」

俺は何度も自分に言い聞かせた言葉を、もう一度繰り返す。

サルヴァドルは兄貴の息子で、つまりは俺の可愛い甥っこだ。

そう思って、愛情を持って接してきたはずだ。




「海に出たからと言って、艦隊を率いたからと言って、何も知らなけりゃ、あいつが反逆なんかするわけねえんだ。」

俺は自分で自分に言い聞かせた。




来るはずがねえ。

兄貴が、海賊王ハイレディン・レイスが、血塗れでサルヴァドルを見上げるなんて日はよ。

俺は自分で自分に、そう何度も言い聞かせた。





2010/2/20



今回は、ゲーム中の台詞にいろいろと捏造が加わりました。

今回の語り手:アイディン・レイス
…アルジェの海賊王「赤髭」ハイレディン・レイスの弟で副首領。通称「黒髭」。サルヴァドルには「叔父」にあたる。通り名通りの黒髪に顔中を覆う黒い髭、いかつい人相とどこからどう見ても海賊である。見た目通り敵には容赦ないが、身内には優しい男で、サルヴァドルを可愛がっているため、逆にお小言が多い。属性(このゲームでは登場キャラに「善」「中立」「悪」の性格づけがある)は「悪」。まあ、海賊だし。率いる艦隊はガレアスを旗艦とし、ガレオンも含む、超武闘船。2でも外伝でも、よく襲われました…まあ、お小遣いもよく貰ったけど。
以上が公式設定。個人的見解としては、なんかいろいろと報われない人だなあ…という気がしてならない。
ちなみにハイレディンと同じく、実在の人物(もっとも、史実ではハイレディンとは兄弟ではないが)。




ネタバレプレイ日記(感想)

   

目次









































初プレイ時は、ほんっとに何にも見ずにプレイしていたのですが、この会話はものすごーくひっかかりました。
「ヤツはあんたに似すぎている。」
どこがー!?ヤツってサルヴァドルのことでしょ?どこが似てるの?外見はもちろん、ワガママガキんちょ、わりと良く喋り、何だかんだ言っていろいろ甘いサルヴァドルと、寡黙で冷静沈着で非情なハイレディンパパと、いったいどこが似てるって言うのよー?
アイディン叔父さんの目は節穴かと思いました(まあ、伏線台詞なんですが、なんか予言されたことで逆にその予言を意識しすぎて不幸な結末を迎えちゃうマクベス展開な気がせんでもない)
ただ、何回かプレイしていると、アイディンはサルヴァドルが本当にハイレディンの息子か疑っているのではないかという気がムクムクと大きくなってきたので、もしかしたらそこらへんも過剰に意識した台詞なんじゃないかと考え、つまりは上のような会話になりました。

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