このオランで酒場のマスターをしていると、海軍総帥から海賊まで、どんな人間だって相手にしなきゃならん。
いけ好かないヤツも、そうでないヤツも。
「親父、勘定だ。」
蒼灰色の目ぇした、金髪の兄ちゃんが金貨を投げる。
この男の名はジョカ・ダ・シルバ。
泣く子も黙るアルジェ海賊の若き幹部。普段からウチを贔屓にしてくれる上客だが、今日は昇進祝いだってんで、更に金を落としてくれた。
有り難い客だ。
「ジョカさん、もうみんな、娼家に繰り出しちまいましたね。」
おれが言うと、ジョカは唇の端を歪める。
「提督を置いて先に行っちまうなんて、仕方のねえ船乗りどもだ。」
「ジョカさんは今日は?」
「行かねえはずがあるかよ。今日はたっぷり楽しむつもりで来たんだ。」
「どこの女の所に?ヴェロニカですか?アニエッタですか?それとも、最近売れっ子のロルダ…」
カラン
入口の小さな鐘が鳴った。
「悪いが今日はカンバンだ。ヨソ当たって下せえよ、兄さん。」
「あら、そう?人探しに来たんだけど…」
ちょいと低いが、女の声だった。
「…」
「ジョカさん?」
ジョカは大股で入口まで歩み寄った。
ジョカの顔を見た女の顔が、
あ
って状態で止まる。
「親父、酒出してくんな。とびきり上等のだ!!」
「はい…」
女は店内を隙のない目で見回すと、おれがひいた席に座った。
女だが、ゴツい得物を佩いてる。
格好や物腰は傭兵風だ。
「会いたかったぜ。」
「…あたしもよ。会いた過ぎて、捜し回っちゃった。」
ジョカの女だろうか?
その割にゃ、殺気が漂ってるんだが。
「そりゃ嬉しいな。そらよ、再会を祝して。」
おれが置いたジョッキを、女は手に取らない。
「酒は飲まねえ主義、って訳でもねえんだろ?」
「『危ない』酒は飲まない主義なの。ここ、あんたの馴染みなんでしょ?」
「疑り深いこった。酒に薬を混ぜ込むような小細工をする男じゃねえよ。」
ジョカは、ジョッキの酒を飲んでみせた。
「安心したか。」
「意外と親切じゃない。じゃ、『再会を祝して』乾杯。」
二人は一気に酒を飲み干す。
この女、いい飲みっぷりだ。
だん
ジョッキを卓に勢い良く置くと、ジョカが口を開く。
「名前を聞いてなかったな、賞金稼ぎの姉ちゃん。」
「レベッカよ。」
「そうかい、じゃあレベッカ、大分と俺に会いたかったみてえだが、そんなに俺が忘れられなかったのか?」
「あんたこそ、大分とあたしに会いたかったみたいね。そんなにあたしとの『会話』が忘れられなかったの?」
ジョカさんの顔がわずかに引きつる。
「レベッカ、俺は寛大な男でな。ついでに今晩は気分も良い。」
「ウルグ・アリを撃破したから?」
「詳しいな。そうさ、それで俺も真のアルジェ海賊バリエンテだ。2重3重に気分が良いんで、今晩大人しく付き合ってくれたら、前のはチャラにしてやる。なんなら、金も払ってやるぜ。今は懐があったかいんでな。」
「金持ちは好きよ。」
「そいつは良かった。」
「強い男も好き。」
レベッカがジョカの首元に手を伸ばす。
「…で、一番好きなのは。」
レベッカが、唇をジョカの首筋に近づける。
「…その、強い男が首だけになって、そいつにかけられた賞金があたしのものになることよっ!!」
レベッカのダガーがギリギリで空を切る。
空を切ったその場所は、つい半瞬前までジョカさんの首があった所だ。
「…どこまでもクソ生意気な女だな。」
余裕半分、そして、殺気半分の顔のジョカが立ち上がる。
「よくも、あたしの狙ったウルグ・アリを横取りしたわね!!あんたの首じゃ金貨20万枚にゃ程遠いだろうけど、ガマンしたげるわっ!!」
「酒場の中で斬り合うのは止めて下さいっ!!」
おれは叫んだ。
とんでもねえ、こんなやつらに暴れられたら、店がいくつあっても足りやしない。
「…面貸しな。」
「意外と紳士じゃない。そうね、あたしも淑女で行くわ。」
あわわわ。
えらいことになってしまった。
が、ウチの店に損害は出なかったからよしとすべきか。
2010/8/10
意外とジョカが紳士になった。
レベッカもだけど。
アンナと友だちだから、酒場で暴れると店はえらい迷惑だと身に染みてるんでしょうね。
酒場戦闘について
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大航海時代外伝では、やたらと「酒場に入ったら戦闘」が多いです。
でもこれよく考えてみると、酒場の中って狭いから大きい剣とか振り回せないし、そもそも当時の店内って暗いし、店は大迷惑だと思うんですが。
損害賠償とか求められないんですかね?