救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

10-4 ホーレス・デスタルデが語る話









「歓楽街って言うだけあって、食いものも美味いな。」

屋台で買った焼き菓子を美味そうに頬張る若を見ながら、俺は微笑ましい反面、本当にこれでいいんだかという気がしないでもない。

いや、確かにな。俺は若には今までのままでいて欲しいんだよ。

しかしまあそれはそれとして、若は海賊で、しかも提督で、更にアルジェ海賊のゲレロ(戦士)として、それ相応でいなくてもいいのかという気もするのだ。

いつまでも女怖いって言ってても、いいんだろうか…


「ホーレスは食わないのか?」

「アッシはいいですぜ、提督が食べて下せえ。」

「そうか、美味いのに。」

若がもぐもぐと口を動かしながら、曲がり角に差し掛かった時だった。


何かとんでもねえ勢いで、何かが飛び出してきて、まともに衝突した。


「若っ!!」

飛び出してきたのは人間だ。

いや


「どこ目ぇつけて歩いてんのよっ!!」

「…」

「…」

飛び出してきたのは、胸元がはだけた恰好の姉ちゃんだった。

しかも、この女を俺たちは知ってる。


「…こないだの黒髪のお兄さんじゃないの?」

姉ちゃんは胸元を隠してねえんで、目のやり場に困る状況だ。


「いや…姉ちゃん、その…」

姉ちゃんはようやく気付いたように、ちぎれた布の切れはしで胸を押さえたが、相当手酷く破かれたそれは、あんまり隠すって用を為してねえ。


「あんまりジロジロ見てんじゃないわよ!!金払ってもらうわよっ!!」

一体、この姉ちゃんに何が起こったんだ?

「てか若!!若はこの胸丸出し状態のこの姉ちゃんとまともに…大丈夫ですかい?」

「レベッカって言ったな。」

若は冷静だった。


「その格好でどこに行く気だ?」

「別にあんたにゃカンケー無い…」

若は身に付けたマントを脱ぐと、姉ちゃんに手渡した。


「…あ、ありがと。」

姉ちゃんは明らかに戸惑った様子だったが、すぐに何かに気付いたように後ろを振り向くと、


「う、ウルグ・アリの件はこれでチャラにしたげるからねっ!!」

と叫んで、また全速力で駆け去っちまった。




「…何だったんでしょうね、今の。」

「…」

「しかも、ウルグ・アリの件の借りって、そもそもアッシらにゃ何の責任もねえことですし。」

「…」

「あの、若?」

ハッ。

何かとんでもねえ勢いで、また何かが飛び出してきやがって、また、若にまともに衝突しそうになる。

俺は慌てて若の手を引いた。

「若っ!!」

飛び出してきたのは人間だ。

いや


「どこ目ェつけて歩いてんだっ!!」

「…」

「…」

飛び出してきたのは、それはもう、非常によく知った顔だった。


「…サルヴァドル。」

向こうも、海のど真ん中で人魚に出くわしちまったみてえな顔になった。


「ジョカ。こんな所で何してんだ?」

俺はそう聞いただけなんだが、ジョカは大きく舌打ちした。


「関係ねえだろ!!」

そして、不愉快極まりないって顔で聞く。


「そんな事はどうでもいい。ここを銀髪のデカい女が通らなかったか?」

ジョカの視線が若に向いたが、若は素知らぬ顔で、

「そんな女は知らないな。」

と答えた。


「本当だろうな!?」

ジョカの声が怒気を孕んでやがる。


「オレが何でそんなウソをつかなきゃならないんだ。」

若は平然と答えて、そしてジョカの顔を見詰める。


「ところでジョカ、ケンカでもしたのか?顔がエラいことになってるぞ。」

「!!」

若の質問は、ジョカの突かれたくねえところを突いたらしい。

確かに、顔の中央にまともに食らったのか、鼻血が止まり切ってねえし、顔の半分は腫れあがりかけてる。

色男が台無しだ。

ともかく、ジョカは激昂寸前の表情を浮かべたが、酒臭い息を二、三度吐くと、


「ちっ、あのメスブタめ。」

と毒づきながら、挨拶もなしで立ち去っていった。




「…何だったんでしょうね、今の。」

「…さあ。」

「さっきの姉ちゃんと何かあったんですかね。」

まあ、痴情のもつれで揉めたってのが妥当な所だろうが、あのジョカの顔面に一撃入れるとは手錬れの姉ちゃんだ。

アルジェ海賊でも、ジョカと素手で殴り合ってトントンに持って行けるヤツなんて…


「『さっきの姉ちゃん』?誰のことだ?」

「は?何を仰いやす。さっきジョカの前に提督にぶつかった銀髪の姉ちゃんですよ。」

「オレは誰ともぶつかってないぞ?」

「いや、ウルグ・アリの時に絡んできた姉ちゃんと…」

もしや、これは瞬間記憶喪失ってヤツか?

確かにあの姉ちゃんはゴツいが女だ。しかも胸丸出しだった。

それと密着し過ぎて、若の記憶がトんじまったと考えたら…


「あ、オレのマントがない。」

「…」

「ホーレス、オレのマントは?」

「明日、買って行きやしょうね。」

「あれ?オレ、いつの間に落したんだ?」




ああ、本当に不安だ。

オレの大事な若は、本当にこのままでいいのか?





2010/8/10



良くないと思います。
サルヴァドルもかわいくおやつ食べてる場合じゃないよ。




レベッカの腕力はそこまで強いのか?

   

目次









































強いんじゃないかな?
若い娘が、荒くれどもの首狩って商売にしようっていうんだから、きっと強いと思ったので、超怪力設定にしました。
もっとも、ジョカも相当腕は立つし、やっぱり男の人なんで、それをカンタンにひねれちゃうのもリアルじゃないと思いまして、前回はあんな展開になりました。
取っ組み合いでは上になった方が断然有利ですので、いくらレベッカでもあの体勢をひっくり返すのは並大抵ではなかったということです。
ついでに、ジョカの顔面がエラいことになってるのは、手甲で殴ったからという裏設定があります(書き忘れた)。
もっとも、手甲で殴られて鼻血くらいで済んでる(殴り方にもよるけど、鼻の骨くらいは軽く折れるはず)ジョカの顔の皮も相当厚いようですね。

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