「新大陸に行って、海賊カタリーナ・エランツォを倒すぞ。」
提督がそう仰っても、もう誰も反論はしない。
この提督との付き合いもそろそろ長くなったが、「何を言っても割と無駄」という認識は共有されてきたみたいだ。
いや、悪い意味じゃあないぞ。このお方は、一見むちゃくちゃをやっているように見えて、実は最良の結果までの道がしっかり見えていなさるに違いないんだからな。
多分。
「ところで、新大陸って行くのにどのくらいかかるんだ?」
提督は、卓上に広げた地図を見ながら仰る。
「あの、提督。提督は今までどのあたりまで足をのばされたことがあるんですか?」
「どのあたりも何も、オレは地中海から出たことはほとんどないぞ。」
アフメットが聞くと、提督は答えた。
「確かに、若が北海に行かれたのは海賊として旗揚げなさってからですからね。」
「ホーレス副長は?」
「俺も新大陸に行ったことはないな。中近東までは足を延ばしたことはあるんだが。そういや、この中で新大陸に行ったことのある奴は?」
アンソニーとリオーノが手を上げた。
「オレは海兵時代と、フリーになってから雇われで行ったことはある。あん時は、自分のカンの良さに何度か命助けられましたね。カリブの辺りの暴風雨、ありゃひでえや。」
「オレンジ頭、お前は?」
「オレも大分と方々を回ったんでね。」
提督は頷かれた。
「なんだ、二人もいるなら安心だな。じゃ、早速出発するぞ。」
「危険っス!!」
俺は声を上げた。
「提督、俺も新大陸に行ったことはねえっスけど、今、アンソニーが暴風雨って言ったのをお聞きじゃねえっスか?」
「聞いたぞ。」
「だったら、軽く出発するなんて仰らねえで下さいっス!!いいですか、提督。このラ・レアルは橈漕船っス!!橈漕船で暴風雨に遭ったらどうなるんですか!?」
「沈むのか?」
「一瞬っス!!橈漕船はそもそも風にゃ強くなくて、地中海みたいな穏やかな海を速く進む為の船ッスよ?耐波性のない船でそんな暴風雨の暴れ狂う海に行くなんてっ!!非常識っス!!」
俺は一気に叫び過ぎて貧血を起こしそうになった。
ああ、どうして提督は海賊なのにこんなに船に疎いんだ。
「ギャビン、そう提督を責めるな。アルジェにゃ橈漕船ばかりで、しかも外洋に出ることがほとんどないんだ。」
「…俺こそ、失礼したっス。でもまあともかく、新大陸に行くなら船を替える必要があるっス。」
「ギャビン、とはいえ金はないぜ。」
アンソニーがたしなめ顔で言う。
「それに船を襲撃するにせよ、新大陸に着いたらカタリーナと戦えるだけの戦闘力持った船となると、なかなか難しいな。」
ホーレス副長が頭をひねる。
「そうそう暴風雨ばっか恐れる必要もないよ。」
リオーノが口を開いた。
「アンソニーが行ったのはカリブ海だけかい?あそこらは確かにとんでもねえ暴風雨が吹き荒れるが、南の方、そうここらさ、の海はそうでもない。」
リオーノは地図でアルギン島を指さす。
「アルギン島あたりから西南に進むと、暴風雨直撃はないぜ。ウチのガナドールでも十分耐えられるんじゃねえかな。」
提督が俺を見る。
「だ、そうだ、ギャビン。船に一番詳しいのはお前だ、いけるか?」
「…リオーノ、風向きは?」
「おあつらえ向きに、南西向きなんだ。一気に行けるぜ。」
「行きやしょう。但し、修理用の資材は積んどいて下さいっス。」
「よし、やっぱり早速出発…」
「ちょっと待って下さいっ!!お金がないんですけど!?」
今度はアフメットが叫んだ。
「提督、今、うちの艦隊には余裕がまったくないんです。資材なんて追加購入したら、海賊カタリーナと戦う前に餓死しますよ。」
提督は不満そうな顔になる。
「なんでそんなに金がないんだ?」
あなたが気前よくヤコブにやっちまうからでしょう!?
みんなが同じ事を思ったに違いないが、幸い、誰も口には出さなかった。
「…提督は船を襲撃しろと仰るかもしれませんが、下手な相手を狙うと、このガナドールがまた壊れる可能性があります。そうすると更にお金が無くなりますし、修理の時間もかかります。」
「それは困る。オレはさっさとカタリーナと戦いたい。」
「ですから、交易をしましょう。」
「えー、またか?まどろっこしい。」
アフメットは、提督の言葉を聞かなかったふりをして続ける。
「今、幸い北海にいます。コペンハーゲン港に寄ってガラス器を購入し、それをハンブルグで売って染料を買いましょう。これは利益率が良いんです。それをアムステルダムで売ってガラス玉を買い…」
「任せる。」
提督は聞くのが面倒になったようだった。
その夜。
「アッラー、私をお助け下さい。戦闘で死ぬのも嫌ですが、破産した挙句に餓死もいやです。ああ、アル・ファシさん。私、がんばります。これもアッラーの与え給うた試練と思って耐えます。みんなを餓死させないようにがんばりますっ!!」
甲板から、そんな祈りの声が聞こえていたことを、提督以外のみんなが知っていた。
2010/8/18
Q「ラ・レアルは橈漕船だってんのに、風向きカンケーあんのか?」
A「ラ・レアルは橈漕船だけど二本のラテンセイル付きだから風向きもカンケーあるんじゃ。」
ちなみに
橈漕船…櫂で漕いで進む船。大きく分類するとボートもこれ。古代ギリシャ・ローマに使われたガレー船とかが分類される。速いし風に左右されにくいけど、ガレーを漕ぐ人がたくさん必要。
帆船…帆で進む船。大航海時代の主役。風に思いっきり左右されるので、凪(風が止まること)に巻き込まれて船員が餓死した船も多かろう。
大航海時代2&外伝で橈漕船が強すぎるのは、まだ帆船の進歩が途中だぜということを表している…のかな?
ともかく、稼ぎは悪くないのに宵越しの金は持たない提督がいるせいで、この船団はいつもぴーぴー言ってます、はい。
どうして地中海じゃ難破しないのでしょう?
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目次
2と外伝では、地中海と北海でウロウロしている分には、戦闘で撃沈させられない限り、船の耐久度がなくなってゲームオーバーになることはありません。暴風雨に襲われるのは、アフリカに行くか、アメリカ大陸に行くか…つまりはもっと遠くに行ってからです。
じゃあ当時の地中海がそんなに安全かと言うと、海賊やら何やらがいなくても、しょっちゅう難破してるし、暴風雨にも遭ってるから危険なはずなんですが。
まあ、そんなリアルさを追求し始めると、ゲーム難度がものすごくあがっちゃうのでやめときましょう(でも3では地中海でもよく座礁する)。
というわけで、この話での暴風雨だの難破だのの危険性は、ゲームを基準にしております。