救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

12-1 アンソニー・ジェンソンが語る話









オレは空を見上げ、星の位置と経緯儀を合わせる。

夜風はとんでもねえ冷たさだ。

仕方ねえな、オレだってイングランド生まれのイングランド育ちの、元イングランド海兵だ。海の冷たさにゃ慣れてるはずだが、どうもあったかい所にいちまうとダメだな。


「北緯40度、越えちまってますぜ。」

いくら北に行くほど寒くなるとはいえ、北緯40度なんてヨーロッパじゃなんてことねえ緯度だ。

だが、海の水のせい知らねえが、この新大陸じゃ北緯40度は身を切りそうだ。


「北緯で20度は流されたか…」

ホーレス副長が顔をしかめる。


「ひでえ嵐だったからね。」

リオーノが続ける。


「アンソニーがいなきゃ嵐に直撃されちまってたし、ギャビンがいなけりゃ途中で航行不可能になってた。人材ってのは有り難いね。」

リオーノが褒めてくれたんだ、ついでに自賛しとく。

オレは「直感のアンソニー」のふたつ名通り、悪い出来事をカンで悟るのには自信がある。

今回もオレたちの船が暴風雨多発地域のカリブ海で生き残れたのは、オレのカンのお陰だって自負もある。暴風雨が来そうになっちゃいち早く予感して、小島に退避ることができたからな。

そして、それでも小破していく船の修理はギャビンの出番だ。この有能な元船大工は、この嵐に弱い橈漕船のガナドールを手際良く修理してもたせてくれた。


もっとも、いくらオレとギャビンがいたって、船のダメージが蓄積しちまうのは避けられねえ。

嵐を避け避け来てるうちに、カリブ海からはるか北に流されちまった。

速さが自慢のガナドールも、そこここが壊れちまっていつもの3分の1の速度も出ねえし、カリブ海からも離れちまった。ま、戻れたとしても戻りたくもねえけど。


「す、すみません、私のせいです。私のせいなんです。私がハバナに行きたいなんて言わなければ…」

アフメットが半泣きで呟く。


まあ。あれだけ危険だ危険だって言ってたカリブ海に行く羽目になったのは、アフメットのせいだと言えなくもない。

海賊カタリーナを襲撃するために新大陸くんだりまでやって来たってのに、結局カタリーナには遊ばれちまった。

提督を責めてるわけじゃねえよ、あのまま突撃しろって言われたら、オレはいやだよ。こっちが想定したよりはるかに、あの赤毛の物騒な女が強かったってことだ。

まあ、舵をやられただけで済んだのは不幸中の幸いだ。問題はその後。

ウチの艦隊のいつもの問題にブチ当たった、曰く、

金がない。


イスパニア商船隊を襲撃しようと(いつもように)提督が言ったが、ここらはイスパニアの勢力が強いから下手に襲撃してヘタ打ったら、寄港する港もねえままドン詰まりになるってリオーノが答えた。

リオーノが提督に反論するのは珍しい。

こいつはどうやら、新大陸には大分と詳しいらしい。

ともかく、だったらどうするって話になった時にアフメットが言ったのが、ハバナで煙草を買って帰ろうって話だった。

そういや最近、煙草を吸う船乗りもボチボチ見かけるようになったが、アフメットが言うにはオスマンじゃ煙草を吸うのは大人気で、高く売れるってことだ。

で、ハバナで煙草を買ったはいいが、結局このザマだってことだ。


「私のせいなんです。すみません、カリブ海が危険だってことは聞いていたはずなのに…」

アフメットは半泣きどころか、もうひと押ししたら泣いちまいそうだ。

誰も責めちゃいねえのに。

アル・ファシがいなくなったからか、どうもこいつはセンチメンタルで困る…


「ハバナに行くことを決めたのはオレだ。」

提督が船長室に入って来る。


「提督、仮眠なさってたんじゃ…」

「こんな状態で寝てられるか。ともかくアフメット、この船の提督はオレで、決定権があるのもオレだ。責めるならオレを責めろ。」

「提督…」

アフメットは感極まったように俯いたが、半瞬後、そのまま血を吐いた。


「…」

みんな一瞬固まった。

オレもだ。なんかの病気か?


「アフメット、歯ぁ見せてろっ!!」

ホーレス副長が最初に動いた。

アフメットの口をこじ開ける。

真っ赤だ。


「…壊血病だ。」

ホーレス副長が言う。


「か、かいけつびょう?」

アフメットが苦しそうに真っ赤な口で言う。


「船乗りにゃよくある病気だよ。しばらくオカに上がらねえとなっちまう。やたらとメソメソしてるからおかしいと思ったんだ。壊血病になると、妙にうつになったり、やる気がでなくなったり、古傷がひらいたり、こんな風に歯茎が腫れあがったり、血が出たりしちまうんだ。最後にゃ激痛に襲われて死んじまう。」

「死ぬですか、私!?」

「オカに上がりゃ死なん。ともかく、寄港地を探さんと…」

ホーレス副長の顔が、提督に向いた。


「若。なんかアッシに隠してやすね。」

提督の顔が、わずかに引きつる。


「なんだホーレス、オレは別に何も隠してないぞ。ほら、オレは別に歯茎だって腫れてないし…」

ホーレス副長は、提督が前に負傷した腕を強く握った。


「痛っ…」

「若っ!!」

ホーレス副長は提督の腕をまくりあげた。


「傷が開いてやす。壊血病、ですね。」

提督は、鼻白みはしたが、頷いた。


「別に傷が開いただけだ、オレはなんとも…」

「嘘ついちゃいけやせん!!眠ってられねえほど痛むんでしょ!!ああもう、やせ我慢ばっかりして困った若でさ!!」

ホーレス副長は提督を抱きかかえんばかりにして連れて行こうとしたが、さすが副長、アフメットにも声をかけた。


「ギャビン、アフメットを連れてってやれ。休んでると少しはマシだ。」

「はいっス!!」




一しきりのドタバタが済むと、オレとリオーノが船長室に残された。


「さっすがオッサン、提督のことにかけちゃ炯眼にも程があるぜ。」

リオーノは苦笑する。


「本当だな。とはいえ、2人がなったってことはオレたちだって可能性はあるってことだぜ。これ以上人が倒れたら、船が運営できなくなる。」

「ああ、で、アンソニー。新大陸の経験があるって言ったろ?この新大陸の東北側に、港はあるかい?」

オレはしばらく考える。


「確か、コッドって港はあった。だがチンケな港だぜ。船が入れて、食料が補給出来るってだけのシロモノだ。」

「上等じゃねえか。今のオレたちが求めるのは、まずソレだ。酒も女もバクチも後回しでいいよ。場所を教えてくんな。」

オレは地図を指さす。

もっとも、あんまり正確な位置は分からねえ。


「北緯45度…くらいには、あった。陸沿いに進めば見つかるとは思うが…」

リオーノは嘆息した。


「あんたのカンは?その位置にあると言ってるかい?」

オレはてめえのカンに聞く。

ピンと来るかい、アンソニー?


「ああ、ピンと来たぜ。ある。」

「よっし、決まりだね。じゃあ陸沿いに北上だ。」

リオーノは提督に言いに行きかけて、オレを振り向く。


「あんたのカンは信用してるが、今回ほど外れて欲しくないことはないね。なにせそこに港がなかったら、あのオッサン、ハバナまで戻るって言いだしかねねえからな。」

「まったくだ。」

オレは答えて、もう一度自問する。




大丈夫、オレのカンは外れねえ。

港はあるさ。





2010/8/22



お母さんは騙せません、というお話。
壊血病は、別に船乗り経験が長いから耐性がつくというものでもないですが(ギャビンも航海レベル1だし)、とりあえず「一番か弱そうな人たち」になってもらいました。
提督はワガママですが、ヤセ我慢は得意です。ホーレスには通じませんが。

タバコは、一応16世紀には「船乗りは」吸うようになっていたらしいです(ヨーロッパのオカの人たちに広まるのはもう少し後)。でも、船上で喫煙って、ものすごく危険なんじゃ…嗅ぎ煙草かな?

すいません、アンソニーが久々に大活躍してたのに、言及しませんでした。




壊血病

   

目次









































壊血病

ビタミンC欠乏により起こる病気。主な症状として、脱力・体重減少・鈍痛・ 古傷が開く・皮膚や粘膜、歯肉の出血およびそれに伴う歯の脱落、変化・傷が治りにくい・貧血・病気になり易い、などがある。

大航海時代の真の恐怖。これに比べりゃ海賊なんて。当時の船員の死因の第一位ではなかろうか。
大航海時代2では、60日以上航海すると発生する可能性がある(知識か運が高いとなりにくい、気がする。)。
外伝では、なぜか(説明書には60日以上と書いてあるのに)、30日以上 の航海で発症するため、やたらと発生してとても大変。ビタミンCを補給する、つまり、ゲームではライムジュースを飲むと一時的に治癒する。

けど一時的なので、根絶するには寄港しなければならない。ああ、航海経験値が。

その後、なんとなく「野菜(ザワークラフト)や新鮮な果物(ライム、オレンジ)をとれば壊血病にならない気がするー」という経験則により壊血病の死者は激減したが、実はビタミンC欠乏が壊血病の根本的な原因だと判明したのは、 1932年 らしい。 大航海時代当時は原因が分かっていなかったはずなのに、外伝で賢い系の口調の航海士は
「街で野菜でも食えば治るでしょう」
と、未来の医学を先取りしすぎた発言 をしてくれる。

分かってんなら、先に言えよっ!!

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