「あれだっ、あれがコッドだ!!」
アンソニーが叫んだので、俺は安堵の余りへたり込みかけた。
カリブ海で暴風雨に遭って、1月。
壊れかけたこのガナドールを騙し騙し、俺たちはこのコッド港を探してさまよっていた。
「船がまだ動くうちで良かった…さもなきゃ最悪、港を眼にしながら餓死か壊血病死ってことになってたぜ。」
俺は十字を切って神に祈りを捧げた。
全知全能の主よ、我々に恵みを垂れたもうて、本当にありがとうっス。
提督とアフメット以外にも、幾人かの水夫たちも壊血病にやられかけていたが、船が港に入ると、水夫たちは我先に、さびれた漁村とほとんど変わりのない港町に駆けこんで行った。
「医者はっ!!医者はいないのか!?医者は!!俺の若が壊血病に…」
「落ち付けオッサン。そんな早口でまくしたてちゃ通じるものも通じねえよ。」
提督のことになると理性を失っちまうホーレス副長をリオーノが宥める。
出港所の兄ちゃんはこの新大陸のインディオらしく、ホーレス副長の早口の怒声に目を白黒させるばかりだ。
「ともかく、ここらじゃイスパニア語はそれなりに通じるらしいぜ。ギャビン、医者っぽいのをどっかから探して連れてきてくれ。このままじゃ、オレたち『白い人』に加えて『黒い人』の評判もダダ落ちになっちまう。」
「ああ。」
俺の見る限り、提督よりアフメットのほうがよっぽど重症だが。
ともかく、医者が必要なのには間違いない。
俺は町とも漁村ともつかない中を歩き、道行く人々に医者の行方を聞いた。
ある者は露骨に俺を見て警戒の色を示し、ある者はすぐさま扉を閉める。
確かにリオーノの言うとおり、俺たちは歓迎されてねえらしい。新大陸経験があると言ってただけのことはある。
幾人目か。
俺の言う「医者」という言葉に反応した奴がいた。
そいつは片言のイスパニア語で俺に応対したあと、他の奴らと土地の言葉で何やら話す。
「ゲオルク」という語が、その中に混じった。
しばらくして、そいつは俺に身振り手振りもまじりで、白い人の「医者」がいると俺に言った。
長いやり取りの末、どうやらそいつは漂流してきたらしいということが分かる。
案内してくれと言うと、そいつは頷いた。
土地の男が粗末な家の戸を開け、片言のイスパニア語で客だと告げる。
それに対して、同じくあまり流暢じゃねえイスパニア語で返事が返った。
俺は、そのイスパニア語にゲルマン訛りがあることに気付いた。
「船乗りか?てか、船医か?」
俺がそっちの言葉で部屋の奥に言うと、その言葉で応という返答が返った。
中から現れたのは、細長い顔に、ひょろ長い男。
清潔とは言えねえ髪を、めんどくさそうに掻き上げると、俺を一睨みする。
「どこだ?」
男は短くそう聞いた。
俺は質問の意味が分からずに、しばらく男の顔を凝視する。
しばらくそうするが、男は煩わしそうに髪の毛を掻き上げるだけで、説明を追加しようとはしない。
仕方がねえから、俺が追加する。
「『どこだ』ってのは、何がだ?」
男は、ようやく合点したって顔をした。
「クニ。」
返答が一単語過ぎるが、俺は丁寧に返す。
「ハンブルグだよ。そこで船大工をしてた。」
嘘はついてねえ。船大工だったのも本当だ。今は海賊だっていうのは言わないのが花だろう。
「俺もだ。」
相変わらず返答が短すぎるが、俺は予想する。船大工って手ではない。だとすると「俺も」は、ハンブルグの出だって所にかかるんだろう。
しかしまあ、一々説明が短すぎる男だな。
「で、あんたは船乗りなのか?」
男は頷く。
「医者か?」
男は、少し考えてから、頷いた。
少しひっかかるが、まあ仕方ない。今は医者の真似事でも出来る人間が欲しい所だ。
「俺たちも船乗りだ。今、うちの提督と仲間が壊血病にかかって困ってる。あんたの手が欲しい。」
男が頷いたので、俺はそいつの手を引いて提督たちの所へ戻った。
「ザワークラウト。」
男は、提督たちが壊血病と確認するなり、そう言った。
ホーレス副長たちは、理解しがたいという顔になったが、俺はこいつの喋り方から予想がついた。
「ザワークラウトが効くのか?壊血病に?」
男は頷いた。
「まあ何でもいい、若が治るならそれで…って、ザワークラウトがこんな所にあるのか?」
ホーレス副長の問いに、男は首を振った。
「ねえもん薬に出来ねえだろうがっ!!ふざけてんのかてめえっ!!」
激昂したホーレス副長に胸倉掴まれても、男の表情はあまり変わらない。
だがまあ、提督のことになると副長は理性をなくしちまう。
「まあまあ副長、落ち着いて下さいっス。こいつを締め上げても仕方ないッスよ。」
「む、そうだな…」
ホーレス副長から解放された男は、乱れた髪をまた掻き上げた。
なんか知らねえけど、俺が間に入る展開になっちまってるらしい。
「なあ、ザワークラウト以外で、何でもいい、壊血病に効くものは何かないのか?金なら惜しまないから。」
金は惜しいが、仲間の命には代えられねえ。
男は僅かに首をひねった。
「トマト。」
「…とまと?」
男は頷く。
「何でもいい、いくらかかってもいい、その『とまと』って代物が薬になるなら、出してくれ。」
男は頷くと、出港所の男にイスパニア語と土地の言葉のチャンポンで、何やら説明した。
出港所の男も頷き、しばらくすると何やら赤くて丸い代物が運ばれてきた。
「これが『とまと』か?」
男は頷く。
「てかさ、これ、どうやって食うんだい?」
リオーノが問うと、男はめんどくさそうに
「丸かじり」
と答えた。
2010/8/23
新大陸原産のトマトにはビタミンCがたくさん含まれています。
コッドで採れるかは分かりません。冷涼で強い日差しを好み、高温多湿を嫌うので、北緯40度で採れてもいいかなーと。
違ったらすいません。
大航海時代の経度と緯度について
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2と外伝では、今自分がいる場所は経緯儀で狂いなく測定することが出来ます。
しかし実際のところ当時の測定器具では、緯度はぼちぼち正確には測れましたが、経度はまるで当てにならなかったそうです(5度は軽く狂ったらしい)。
よって、例えば島を発見し、経度と緯度を記録したとしても、次、そこに辿りつけるかはかなり運にかかっていました。(なにせ、測定した経度が正しいか分からず、次に行く時の経度も正しいか分からないからです)
今回、コッドに辿りつくのにアンソニーが「多分」としか言っていないのは、彼がテキトーなわけではなく、当時の技術的にはそうとしか言えなかったということなのです。
え?じゃあ船乗り達は結局のところ、どうしてたかって?
最終的には「カン」と「経験」で何とかしてたようです。(だからアンソニー大活躍の回だったんですね)