救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

12-3 サルヴァドル・レイスが語る話









「若、これが壊血病の薬でさ。お召し上がり下せえ。」

そう言ってホーレスが差し出したのは、赤くて丸くて、見たこともないシロモノだった。


「これ、何だ?」

オレが聞くと、


「トマト。」

って聞き覚えのない声が答える。


ひょろ長い上に、顔まで細長い男。


「お前、誰だ?」

オレが問うと、みんなが顔を見合わせた。


「そういや、名前を聞いてなかったな。」

「慌て過ぎだぜ、ホーレスさん。」

「そうだ、お前、名前は?」


男は答えた。

「ゲオルク・シュパイヤー。」


「医者っス、提督。」

ギャビンが答えて、もう一度オレに赤くて丸い、見たこともないシロモノを押し出す。


「…これは何なんだ?」

「ですから『とまと』っス。野菜っス。」

「見たことないぞ。」

「この新大陸のものッスから。」

「…ホントに食えるのか?」

「食える。」

ゲオルクと名乗った男が短く言った。


「…本当だな、本当に食えるのか?若が食べても大丈夫か?若はお小さい頃はよくお腹を壊してらした。見知らぬものはお口に合わねえかもしれやせんぜ!?」

「そんな、食べれるかも分からないものをオレに食わせようとしてたのか、みんな。」

「食える。」

ゲオルクはしつこく言い張った。


「提督っ!!なら、この男を連れてきた俺が毒見するっス。」

ギャビンがそう言うと、勢いよくその「とまと」にかぶりついた。


「酸っぱっ!!」

ギャビンが叫ぶ。

「とまと」から赤い汁が流れた。


「…血みたいだな。野菜じゃなくて肉じゃないのか?」

「…いや、野菜っス。でも酸っぱい…いや。俺、酸っぱいのに弱いんス。きっと、普通のヤツにはそんなに酸っぱくない…」

「トマト、酸っぱくない。」

ゲオルクがそう言うと、別の一つに歯を当てる。


「これ、甘い。そいつの食べたのが、酸っぱかった。」

ゲオルクは片言のようにそう言うと、それをオレに差し出した。


「若に食いさしをやるなっ!!若、ならアッシも毒見しやすぜ。」

ホーレスがひったくると、ゲオルクが歯を当てたそれを口に入れる。


「…割と美味いな、これ。」

「え?美味いのか?ズルいぞホーレス、オレが食うはずだったのに。」

「ああ、すいやせん若。もう食っちまいやした。」

「ホーレスめ。ゲオルク、どれが美味いやつだ?」

「食うと、分かる。」

「食わないと分からないのか!?」


「とりあえず、別にトマト食わなくても元気そうですね、提督。」

オレが美味そうなやつを探していると、リオーノが言った。


「だからオレは元気なんだ。ホーレスが重病人扱いするだけで…うわっ、酸っぱい!!外れだ!!これ要らない。」

「若っ!!そういやこれは壊血病の薬なんですぜ。要らないとか言わないで、全部お食べなせえ。」

「そうもいくか。ホーレス、アフメットも壊血病なんだ。半分、アフメットに食わせてやれ。」




しばらくして、オレはトマトを食い終わった。

「これで治った、のか?」

オレは、ホーレスにしつこくぐるぐる巻きにされた包帯を見る。

開いた古傷が完治したようにも見えない。


「2、3日、様子を見ればいい。」

ゲオルクはようやく医者らしいことを言った。


「ゲオルク・シュパイヤーと言ったな。なんで医者がこんな所にいるんだ?」

ゲオルクは、無感動に見える瞳で一瞬、空を睨んだ。


「置き去りにされた。」

「置き去り!?」

そのあとのことは、ゲオルクの片言にも聞こえる短い返答のせいで聞きとるのにやたらと時間がかかった。

ホーレスとリオーノが、下あごが痛くなりそうなほど喋って問い正した結果分かったことは、


乗っていた船の船員たちとの間にトラブルが起こり、この近くの海岸に置き去りにされたが、なんとかこの村までたどり着いた。

村人たちは「白い人」であるゲオルクを警戒したが、僅かばかりは同情もしてくれたようで、村の外れの小屋と僅かばかりの食料を恵んでくれた。

その善意に甘んじながら、船乗りがこの村に辿りつくのを待っていた。


ということだった。


「で、オレたちが通りがかったってことか。」

ゲオルクは頷いた。


「提督、治療をしてもらったんス。これはゲオルクをハンブルグまで連れて帰るべきっス。」

ギャビンが珍しく強く主張する。

治療も何も、「とまと」を喰わされただけな気もするけど。


「いいんですか?ゲオルクの言う『トラブル』が何か、聞きもしないで。」

アンソニーが言う。


「『オレたち』には、いくつか不文律がある。その一つが『他人の過去を無闇と詮索しない』だ。」

オレはそう言って、ゲオルクに向き直る。


「壊血病が治ったら、連れて帰ってやる。」

ゲオルクは、無感動に見える瞳で一瞬、もう一度空を睨んだように見えた。


「なんだ、それでも不満か?」

ゲオルクは首を横に振った。


「いいや。」

ゲオルクは、口の端を歪めた。


「助かる。」

オレは、さっきのゲオルクの表情が、とても不器用な笑顔だと、ようやく分かった。





2010/8/23



トマト一つ食べるので、大の海賊たちが大騒ぎです。
とはいえ、あんな真っ赤なシロモノ、最初に見たらちょっと怖いよね。

というわけで、ゲオルク・シュパイヤーです。




『大航海時代』というゲームの言語について

   

目次









































大航海時代(オフラインのみ)では3を除いて、世界各地どこでも共通語で喋っています。
ええ、ポルトガル人がオスマン人とでもアフリカ人でもインド人でも中国人でも日本人でも、誰とでもなんのペナルティもなしで会話をしています。

おかしいよね!?

だから、3では、言語は習得するか、通訳を雇わないと喋れません。当り前といえば当り前ですが、そんな3は 上級者向き との位置づけです。
うん、分かるよ、そんなことしたらゲームが煩雑になっちゃうからね。

この話でも、素知らぬ顔で新大陸でも東アジアでも通じさせてりゃいいとは思うのですが、 あんまりにリアリティがないじゃん? ということで、一応、こんな風に考えています。

地中海・北海…みんな船乗りなので、ポルトガル語(葡語)がイスパニア語(西語)は共通語として不自由なく使える。クニに帰ったり、同郷人同士だとその国の言葉で喋る。(ギャビンとゲオルクはどちらもゲルマン系なので、きっとドイツ語…のような言語で話していたと考えられる。アフメットやアル・ファシもそうトルコ語で喋ってるんだよ。)

アフリカ、新大陸、インド…現地の言葉が土地ごとにある。但し、港に関係した場所の人たちは、商売上、葡・西語で意思疎通が可能。

東南アジア…あまり通じない(だって、商売ででも来ている人は少ないしね。マラッカあたりならアフリカなどと一緒)

東アジア…基本、ムリ。マカオでなら通じるかも。ザイトン(泉州)はどうかな?鎖国してるしな…


という感じです。通じてる限りはいちいち解説はしてませんが、前回みたいな場合は間接話法で書いたりしています。
ついでに、じゃあサルヴァドルの母語はなんだ?ということは、いろいろ考えたんですが、こんな設定までつけてもややこしいだけなんで、気にしないで下さい。

ついでに、識字能力について。
当時の識字能力は呆れるほど低いので、船乗りも基本は文盲だと思っていいと思います。ただ、会計技能持ってるヤツは読み書きは出来るんじゃないかと勝手に思っていますが(数字を書けないと会計はできないだろうし、数字を書けるってことは文字も書けると思われる。ただ、アル・ヴェザスの会計技能は市場での独学っぽいんだけど…)。
ある程度の教育を受けた「良家の子女」は読み書きは出来ると思います。よって、ウチのサルヴァドルは読み書きは出来ます。
ただ、この「読み書き」というのは、どこの言語までが入るんだろうか?多分、ラテン語とかアラビア語といった、教養の香りのする言語はサルヴァドルは出来ないと思うんだけど…

あ、アルジェ海賊でラテン語が分かるのは、オズワルドだけです(別に要らない設定)

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