救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

12-4 ホーレス・デスタルデが語る話









「ホーレス副長ー!!積荷終わりましたーっ!!」

「ご苦労、じゃ船に乗り込むぞ。」

壊血病の危機も乗り越え、俺たちはコッドを後にした。




「生きてて良かったです。」

アフメットが心底って溜息をつく。

確かに、俺たちの船に乗って初めて経験した、暴風雨に壊血病だ。命拾いした感も強いだろう。


「結局、食料と資材の代金以外は受け取りませんでしたね、あの人たち。」

コッドの港の人間たちは俺たちを警戒はしたが、詰まるところ善人たちだった。

壊血病に効く「トマト」を提供してもらったんで、俺は有り金叩いたって仕方ないと思ったが、食料の一部だと言って特別な金は受け取らなかった。

俺たちが村に滞在してる間に使わせてもらった家も、確かにボロ屋だったが、それにも金貨1枚も取りはしなかった。


「アッラー、あの方々をお守りください。今は異教徒ですが、いつか御心に沿う事もありましょうから。」

アフメットは祈ると、進路東を指さした。


「確か、ここから東ですとアソーレス諸島で補給が出来るんでしたか?」

「ああ。そこで補給してハンブルグに向かう。」

アフメットは、困り顔になる。


「あのお医者どのを故郷に送って差し上げるんですね。」

「それが何か困る所か?」

「いえ、それは何も困らないんですが、あのゲオルクという人、どうにも掴みどころがなくて。この船の航海士たちはどなたも気さくないい人ばかりだったので、少し応対に困っているんです。」

「成程な。」

この船の航海士たちが「気さくないい人」かどうかはさて置こう。ま、気取った所のねえ奴らばかりなのは確かだ。

ところがあのゲオルクって男は、どうとも分かりにくい。会話しようにも一つの言葉が短すぎるし、そもそも「医者」ってのが本当なのかも分からねえ。

まあ確かに、若とアフメットの壊血病はすぐに治ったから、それなりの心得があることは確かなんだろうが。


提督が起きてきた。

「若、じゃなかった提督。どうされやした?まだ仮眠の時間だってのに起きていらして。さてはまた、古傷が開かれたんですかい?痛かったらアッシに痛いとちゃんとおっしゃいやせえよ…」

「違う!いつまでも心配するな。傷は開いてないし、そもそも壊血病はもう治ってる。」

「提督もトマトが効いたんですね。」

「ああ、多分な。」

「提督、トマトはたくさん貰ってきやしたから、気分が悪くなったらいつでも仰いやせえよ。」

「トマト、それほどもたない。」

俺が言うと、短い言葉が分けて入った。

ゲオルクだ。


「そうなんですか、トマトって日持ちはしないんですね。」

「干しトマトとかにしたらどうだ?」

若が言うと、ゲオルクが首を振った。

「ナマしか効かない。」


「生のトマトしか効かない上に、トマトが日持ちしないんですか、困りましたね。」

「だがなゲオルク、生しか効かないんなら結局、壊血病にならないためにはどうしたらいいんだ?」

ゲオルクは言う。


「ザワークラウト」

まただ。


「提督、ザワークラウトって何なんですか?」

「キャベツの漬けものだろ?肉の添え物にする。オレは好きじゃない。」

「若は昔から野菜を食べないんですから。」

「いいだろ、野菜好きじゃないんだ!」

ゲオルクは、唇の端を少し上げた。

どうやら「微苦笑」って表情を作ったらしいと、少し考えて分かった。

こいつは、言葉だけでなく表情もあまり豊かじゃない。が、感情が豊かでないわけでもないらしい。


「ザワークラウトは美味い。」

ゲオルクが言った。


「そうか?」

若が言うと、ゲオルクは続けた。

「今度、一番美味いのを食わせてやる。」




ハンブルグでゲオルクを下ろすと、ゲオルクは提督を見詰めながら、いつも通り片言のように言った。

「次は?」

次はいつ寄るかという意味だと、それほど長い付き合いでなくても悟れるようになった。


「そうだな、ここで補給して、リューベックに寄る。その帰りにまた寄るさ。」

ゲオルクは頷き、港町の雑踏に消えて行った。




「で、結局、ヨーロッパに戻って来たな。」

若が、珍しくしみじみとした顔で言う。


「そうですね。色々ありゃしたが、提督もいい経験になったでしょう。やはりショバを離れて一儲けってのはなかなか甘くありやせんや。ここで地道に稼ぎやしょう。」

「そうそう。でもま、それはそれとしてオレたちは海賊稼業だぜ?提督、せっかくヨーロッパに戻ってきたんだし、パーッ!と行きましょうよ。」

リオーノが言うと、アフメットが顔色を変えた。


「止めて下さい!うちの船には余分な金なんて金貨一枚もないんですってば。」

アフメットの悲鳴に、リオーノは涼しい顔をする。


「心配すんなって、会計長。もちろん自前で遊ぶさ。って訳で提督、いい賭場知ってるんだ。ひと儲けしようぜ。」

「リオーノ、今俺が『地道に』って言ったばかりだと言うのに…」

「いいだろホーレス。オレたちは海賊だぜ?」

「若、賭場ったってアルジェよりガラの悪い所もあるんですぜ。身ぐるみ剥がされでもしたら…」

「オレはそこまで弱くない。博奕もウデもな。何度も言うけど、オレは若じゃなくて提督だ!もういい、リオーノと行くから、ホーレスはついてくるな!!」

若はそう言うと、リオーノの腕を掴んだ。


「若っ!!」

「悪いな、オッサン。提督がご指名だから、ちょいと楽しんでくるぜ。」

「誰がオッサンだっ!!」

リオーノの満悦顔が、余計に俺を苛々させる。


「まあそう怒るなよ。オレがついてるから、提督のことは心配すんなって。」

リオーノがそう言って、港町の雑踏に消える。


「…お前らも楽しんで来るといい。」

俺はそう言って、航海士たちを解放した。





2010/8/26



飲む・打つ・買うは海賊の三大道楽です。
「買う」はからきしなサルヴァドルですが、酒と博奕はそれなりに嗜みがあるようです。
とはいえ、あまりギャンブル向きな性格でもなさそうですが。

ともかく、若、反抗期のようですね。ま、ずっと反抗期な気もしますが。




船上での賭博

   

目次









































バーソロミュー・ロバーツ の海賊の掟に「カード、サイコロ賭博禁止」とあるので、当時のカリブの海賊たちはカードやサイコロ賭博で船中の暇を潰していたことが分かります。
確かに、船は揺れるし、いつ獲物が来るか分からない稼業なので、そういうサッと出来て、揺れにも強いものが好まれたんでしょうね。

では、陸上ではどんな賭博を好んでいたかと言うと…よく分からないんです。
トロピコ2 という、悪逆非道の海賊王ライフを楽しむ箱庭ゲーがありますが、そこでの海賊の娯楽は「闘犬場」「賭博場」「カジノ」です。
闘犬場以外は、具体的になにやってんだか分かりません。(17、18世紀なんて、カジノったってスロットじゃないでしょうしね。ルーレットはいけるのかな?あ、ルーレットの原型は17世紀らしい。)

まあ、手軽さを求めるんならやはりカードかサイコロだったんでしょうね。
べにいもは賭博はしたことがないですが、経験者に聞くと
「ゲームとして面白くないものでも、金賭けると燃える!!」
らしいです。

やはり、博奕には手を出さない方が良いようです。

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