私の目の前で、ずっと黙って飲んでいる黒い肌の大きな船乗り。
喋りもしてないのにどうして分かるって?
分かる、船乗りはにおいが違う。
海のにおいがするから、すぐに分かる。
船乗り相手の商売だから、船乗りはお得意さま。
でも本当のところは、船乗りは嫌い。
「お客さん、船乗りさん?」
分かり切ったことで声をかけたのはどうしてなのか分からない。
私は喋るのが得意ではないし、お客さんにも黙って飲んでいてほしい性だのに。
「ああ。」
黒い肌の男は頷き、ようやく顔を上げた。
鍛え上げた太い腕に相応しい、強面の顔。邪魔にならないよう短く刈り込んだ癖の強い髪。
ジョッキを握る手には剣ダコ。
「姉さん、ここは長いのかい?」
外見を裏切らない太い声。
ただの船乗りじゃ、なかったよう。
「そこまで長くもないわ。」
「そうかい。」
男はジョッキから一口飲むと、店内を見回した。
「いい店だな。落ち着いてる。」
「ありがとう。『疾風怒涛の嵐亭』という名に反して、静かに飲めるのが売りの店なのよ。」
「船乗りにゃ、ちょいと縁起の悪い店名だな。」
男は少し笑った。
笑うと、雰囲気が柔らかくなった。
男は、しばらく黙ってジョッキを傾けた。
私は黙ってそれを見ていた。
私は黙っているのが好き。
私は黙っている男を見るのも好き。
「年を取るとな、人から見るとつまらんことでも、心に刺さったりする。」
私は頷く。
「精魂込めて育ててきたのに、いつの間にか、俺の手を離れちまうようになったのかと思うと、辛くてな。」
私は頷く。
「分かるわ、いつまでも手元にいて欲しいものね。」
「姉さん、子どもがいるのかい?」
「ええ。」
頷いてしまってから、私は少し後悔する。
子持ちだって言うことは、言わないつもりだった。
「そうか、きっとあんたは優しい母親なんだろう。」
男の言葉が、少しだけ痛い。
「そんなこと、ないわ。」
「それこそ、そんな事はないさ。」
男は続ける。
「あんたの持つ雰囲気は、人を落ち着かせるよ。一緒にいると安心できる。子どもなら、猶更だろう。」
男はそう言って、優しく、しかし寂しそうに微笑んだ。
そう笑うと、厳つい外見が目に入らなくなってしまうようだった。
「実の母親がいたら良かったんだろうな。そしたらまた全く違ったんだろう。今更言っても仕方のねえことだが。」
「それこそ、そんな事はないと思う。」
私は言って、そして、男は顔を再び上げた。
「子どものことを思って、そんな顔が出来る人が育てているんだから。」
男は、返答を喉に詰まらせたような困った顔になった。
「失礼だったらごめんなさい。奥さんは?」
男は苦笑する。
「俺は独り身だ。今、いや、今までずっとな。」
「あなたのお子さんの話だと思ったのだけれど。」
私が言うと、男は「あなたの」という部分を小さく復唱した。
「…そうだな、俺は若の事を『俺の子だ』と思い過ぎてるのかもしれん。いや、なに、こっちの話だ。母親を奪われた、父親は遠すぎる、可哀想な子がいるんだよ。」
「その子を、あなたが育てているのね。」
「…」
男は苦い微笑みを浮かべた。
「ずっと子どもだと思っていたいんだよ、つまり、俺は。俺がいないと駄目だと思いたいんだよ。」
「全ての親は、そう思っているんじゃない?」
私は、いつの間にか空になっていた男のジョッキに酒を足しながら、我が子のことを思った。
あの子もいつか大きくなって、私の手を離れて、こうやって私を嘆かせたりするんだろうか。
するんだろう、きっと。
私はしばらく、沈黙を楽しんだ。
私にしては喋りすぎた。
私と同じ酒場の女には、ひっきりなしに喋るのを売りにしてる人もいるけれど、私には無理。
だから私は、沈黙を楽しんでくれる人が好き。
男がジョッキを空けた。
もう一杯注ごうとする私の手を遮って、男は言った。
「やっぱり、いい店だ。」
「ありがとう。」
「そして、あんたはいい女だ。」
私は男の瞳を覗いた。
こんな商売だから、声をかけてくる男も多いけれど、そういう目ではなかった。
「あんたはしばらくこの店にいるか?是非、贔屓にしたい。」
「ええ、こちらこそぜひ。」
「姉さん、あんたもジョッキを。」
男は私の手に持たせたジョッキに、酒を注ぎ込み、自分のジョッキにも満たした。
「ごめんなさい、名乗るのが遅れたわ。私はクラウディア。」
「俺はホーレスだ。」
男はやはり、黒い肌をした巨漢で、強面で、太い声をしていたけれど。
剣を使いなれた指をしていて、「まっとうな」船乗りではないのだろうけれど。
それでも今の私には、男の柔らかい雰囲気ばかりが見えるようになっていた。
「お近づきの印ね、乾杯。」
「乾杯。」
そして私とホーレスは、ゆっくり酒を飲みほした。
2010/8/26
多分クラウディアは、ホーレスの言う「可哀想な子」を、まだ小さい子だと思っています。
まあ、確かに中身は小さいですが。
そういやホーレスの外見をほとんど描写していないので、今回ちとしてみました。思いっきりお母さん属性なホーレスですが、イラストを見る限りでは、初見だと避けて通りたくなるくらいイカツい怖い人ですよね。なんで、「見た目は怖いけど、喋ったら当たりが柔らかい」という人なんじゃないかと思って、そうしてみました。
今回の語り手:クラウディア
…ハンブルグの酒場娘。銀髪に青系の目(PC版イラより)、民族衣装のような帽子を被っている。名前からして多分ゲルマン系。性格が無口で親切。好きなものは誠意(よって、
どんなに貢いでも絶対にチューしてくれない)。
ストーリーに関わらない酒場娘。じゃあなんで登場したかというと、
べにいもが大好きだから!!
ハンブルグやアントワープの港は工業投資をして価値が1000になるとシップやバーグが造れるためよく投資に寄港しますが、べにいもはもっぱらハンブルグに寄ります。なぜって、エレヌより断然クラウディアが好みだから♪(しかし、どちらも好きなものが「誠意」なのは、投資のために寄る人が多かろうという配慮なのだろうか?)
彼女の「やっぱり優しい人が好きだな」には、かなり胸キュンします。
好みの酒場娘
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目次
性格:やっぱり冷淡より温厚。多弁より無口。
誠意が好きな娘は好きだけど、何を贈ってもチューしてくれないのが難点。
顔の好み
ラディア(イスタンブール)…ご存じ、アル・ヴェザスの彼女。PS版では結婚した模様。黒髪と切れ長の目がたまらん。
ジアナ(ベネツィア)…借金取立ばかりしていると、やたらとよく会う彼女。癒し系…なのに、実は多弁で冷淡。うわっ!!でも好き。
ミュリネー(アテナ)…絨毯⇔美術品交易してると異様に馴染みになる人。超癒し系で、お母さんになって欲しい。
ネリー(アレキサンドリア)…知る人ぞ知る、光栄のゲームパラダイス酒場娘ランキングで見事1位に輝いた人。分かる、現実にいそう。そして彼女にしたい。
アンナ(セウタ)…2ではそんなに好きじゃない。顔も、多弁で冷淡な性格も。外伝になって好きになった人。PC版EDの彼女がとても好き。
ハトラ(ソファラ)…地中海から離れた所にいる酒場娘にはなかなか会えない、けどあの俯き加減が好き。
サライ(メッカ)…お酒は禁止されてるイスラームの、しかも聖都にまんまといる酒場娘。異教徒から高価な服飾品を巻き上げる多弁で冷淡な彼女ですが、とても好きです、顔が。
ルキア(マラッカ)…黒髪ショートカット萌え♪(実はショートじゃないかもしれないけど)ボーイッシュなイメージなのに、宝石好きで冷淡な彼女という、ちょい魔性ぶりが好きです。
番外編
サファ(?)…すごい好み。そりゃサリムも一目ぼれするよ。そして、やっぱり?とは兄弟なんだな、と思う。似てます、雰囲気が。
カルロータ(リスボン)…ルチアより好み。たぶんまだ30代、の割にちょい老けてる気も。でもサヌードの「美人だが年増」はまだしも「ババア」は言い過ぎだよ、ギージ!!(そこで「若造、出て失せろ!」とタンカ切る彼女がとても好きです。レオンに見せてやりたい。)
パウラたん♪…エルネスト編は、彼女のためだけにプレイします。全てひっくるめて大好きです。君の微笑みのためなら、故郷なんて捨てても惜しくないです。