救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

12-6 リオーノ・アバンチュラが語る話









ホントに魅力的な坊やだと思う、このお人は。


「2枚。」

サルヴァドルはカードを投げる。

強気な展開だ。もっとも、サルヴァドルはいつだって強気だが。


ちら

サルヴァドルの濃紺の瞳がカードに投げられ、濃紺の瞳がうっすらと荒い青色を帯びる。

戦いの時と同じ色だ。


「勝負するか?」

挑発的な瞳。

たまんないね、オレが相手だったら。

滲み出る威圧感が、お頭を僅かに彷彿とさせるんだ。


オレは、サルヴァドルを後ろから眺めるのを止め、カードの相手に目をやる。

そいつは自分のカードに落ちつかな気に目を落とし、再びサルヴァドルの荒い青色に射竦められると、カードを投げた。


「オレの勝ちだな。」

サルヴァドルは自分のカードを投げた。


「この野郎、ただのツーペアじゃねえか!」

叫び声を聞き、オレはサルヴァドルに囁く。


「ま、そろそろ潮時だと思うぜ。」




場所を変えて、サルヴァドルは祝杯を上げる。

「チョロい相手だった。」

クールに見せかけようとしているが、得意気な感情は押し隠せない。

こういう所はひどく子どもだ、このお人は。

何であれ、勝つのが嬉しくて仕方ねえんだ。


「さっすが提督、海賊はバクチも強くないとね。」

「オレが強いのはバクチだけじゃないぞ。」

「もちろん、提督は何だって強いさ。何せ、未来の『地中海最強の海賊王』だからね。」

心地よい言葉を、耳をくすぐるように流し入れると、サルヴァドルはまんまとご満悦顔になった。

カワイイね、このお人は。




アルジェの海賊王、ハイレディン・レイスの息子と言うが、このお人は見た目はあの赤髭のお頭にまったく似たところがない。

あの深紅の赤毛もなければ、鳶色の瞳でもない。

漆黒の艶やかな髪と、濃紺の瞳と、形の良い鼻梁に、小さな口元は、ドレスでも着せて黙って立ってリゃ良家のご令嬢で通りそうな造りだ。


とはいえ、動き、そして戦うこのお人ともなれば話は別だ。

不屈の闘志。火のように荒い気性は、時に氷のような冷静さを含む。きっとお頭も若い時はこんなだったんだろうって思わせる。

どこから見ても礼儀作法なんてなってない駄々っ子のようでもあるが、それは粗野にも下品にもならず、どこか品の良さを窺わせる。もっとも、まだ威厳と言うにはささやかすぎるが。


このお人は強い。

強いが、まだまだ脆い。

お頭の、巌のような巨大さにはまだまだ遥かに及ばないが、そこがこのお人の魅力でもある。

まだまだ大きくなる、まだまだ強くなる、そう、人に期待させる。

未完成の魅力、ってヤツか。

そこが、ウチの航海士たちがこのお人から離れられない理由であり、そして、オレにとっちゃ「たまんない」所でもある。




「なんだリオーノ、オレの顔をじっと見て。」

おっと、やっちまった。


「いえね、提督は本当に美人さんだと思ってさ。」

「は?」

サルヴァドルは露骨に嫌そうな顔をする。


「美人ってのは、女に言うことばだろ?なんでオレに言うんだ?」

「おっと失礼。でも、顔立ちがきれいには違いないよ。」

「それは褒めことばのつもりか?」

「もちろんですよ、提督。ブサイクってのは悪口でしょ?じゃあ逆は褒めことばさ。」

「オレはこの顔は好きじゃない。」

提督はそう言って、その「きれいな顔」を歪めた。


「親父に似たかった。顔も見たことない母親に似てるって言われたって、うれしくもなんともない。」

おっと、母親の話が出てきた。

サルヴァドルの母親ってことは、お頭の女であったには違いがないんだろうが、誰もそのことにゃ触れない。

当のお頭も、アイディン副首領も、そしてホーレスのオッサンも。


「その母上は?」

「オレが赤ん坊の時に死んでる。」

提督の返答はにべもなかった。そこには、顔を知らない母親に対する思慕がない。

もう少し深く知りたいところだが、どうやら提督もそれ以上のことは知らないみたいだ。


「提督の母上じゃ、さぞやベッピンさんだったんでしょう。ま、顔がいいにこしたこたないよ。オレも色男だから言うけどね。」

オレは話題を逸らした。ホーレスのオッサンは、サルヴァドルの母親について話すのをいやがってた。下手に耳に入るとまたうるさそうだ。


「なんで顔がいい方がいいんだ?」

「そりゃ、女はやっぱり顔のいい男が好きだからですよ。」

「なんで女に好かれる必要があるんだ?」

「…」

さて困った。ヒッジョーに根本的な質問だ。

でも、10やそこらのガキんちょならともかく、このお人はいくつだっけか…まあいいか。


「そりゃね、そりゃ男には女が必要でしょう。世話してくれる存在が…」

「ホーレスは男だが、オレをずっと世話してるぞ。」

「そうですね。」

オレは眼前に、かいがいしくサルヴァドルの身の回りの世話をするホーレスのオッサンの姿が浮かんだ。


「でもまあ、肌を合わせるならやっぱり女のやわ肌の方が。それに、子どもを産めるのも女だけだしね。」

「別に子どもなんか要らない。」

サルヴァドルは、と、非常に「子どもらしい」言葉を吐いた。


「それに、なんでみんなあんなに目の色変えて女を抱きたがるのか分からない。何がそんなに楽しいんだ?」

「…ええとですね。」

オレはとりあえず、サルヴァドルの教育についてオッサンに苦情申し立てをしたくなった。


「…いっぺん、ヤったら分かりますよ。」

「いやだ、女とは関わりたくない。」

「…別に、相手は男でもいいぜ。」

オレはつい、口を滑らせた。

サルヴァドルの濃紺の瞳がオレに向けられる。

この、変に無垢なところもソソっちまうんだよな、このお人。


「まあ、提督も『オトナになったら』分かりますよ。女はイイって。」

オレは自制した。


「オレは大人だ!別に女なんかいなくたって困らない!」

サルヴァドルは不機嫌にそう言って、しばらく考えて、言った。

「親父にだって、女はいないじゃないか!!」

「…」

オレは、サルヴァドルをもう一度見返す。

別に、冗談でも嫌味でも皮肉でもない。


「ほら、言い返せないだろ?」

超、本気らしい。

オレは再び、サルヴァドルの教育についてオッサンに苦情申し立てをしたくなった。


「…そうですね。」

オレは答えながら、ちょいとこのお人にはきちんと「教育」とやらをし直す必要があるようだと考えた。


「まあ、提督には今のところ別に不要だということは認めるよ。」

「お前は違うのか?」

「提督、オレは属性『色男』なんだぜ?港港に女ってのが相場だよ。ていうかさ、別にオレに限らず、船乗りってのはそういうもんさ。いや、船乗りに限らず、男ってのはそういうもんかな。」

「オレも男だが、別にそうじゃない。」

「…ま、提督はおいといて、だ。でも、年食うとやっぱり里ごころがついちまうヤツが多いね。やっぱり古女房の腕の中が一番居心地がいいのかねえ。どこかに安心がないとダメなもんなのかもな。ほらさ、ホーレスのオッサンだって、若くないだろ?そろそろどっかの女の所に落ち着きたいって考えるトシかも…」

「ホーレスにはそんなものはいない。」

サルヴァドルが言った。


「…ま、提督を育ててたんならいないかもな。でも…」

「ホーレスにはそんなものは要らない。」

意外と強い語気だった。


「理由は?」

「ホーレスにはオレがいる。」

当然、という顔だった。


「なるほど、そうですね。」




さて困った。

こんな顔されちまうと、燃えちまうぜ。





2010/9/5



リオーノ、サルヴァドルを視姦するの巻(笑)。

オレにはホーレスがいる、ではなく、 「ホーレスにはオレがいる。」 が、サルヴァドルのサルヴァドルたる所以です。




小ネタ

   

目次









































リオーノ「ところで提督、子どもはどうやってできるかホントに知ってますか?」

サルヴァドル「オレをあんまりバカにするなよ。 こうのとりが運んで来るんだろ!?」

リオーノ「…そうですね。」

サルヴァドル「(得意気に)ちゃんとホーレスに教えてもらったからな。」


その後、真実を教えてもらったサルヴァドル。


サルヴァドル「今まで俺をだましていたな!どうなんだ!答えろ!ホーレス!!」

ホーレス「(沈痛な顔で)…アッシは今まで、若には知らせないほうがいいと思ってやした。そのほうが、若のためだと思ってやした。でも、何も知らせなかったから、若をこんな目に、あわせちまったのかも知れやせんね…わかりやした、お話ししやしょう。」


超定番ネタですが。

エスメラルダの一件でサルヴァドルを騙していたホーレスですが、サルヴァドルが気付いてないだけで、ホーレスはもっと色々サルヴァドルを騙していると思います。

育ての親の愛は、時に子どもを歪めます。(サルヴァドルが天然度高いだけかもしれませんが)

とりあえず、ジョカに指摘されなくて良かったね。まあ、ジョカですら呆れてイヤミも皮肉も出てこないかもしれませんが。

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