救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

13-2 アンソニー・ジェンソンが語る話









「世界の結び目」アレキサンドリア。

船乗りならいっぺんは訪れたことがある、この大交易都市は、今日もオレの目の前で大きな喧騒を繰り広げている。


「さあって、この自由時間を何に使うかな…」

アレキサンドリアくんだりまでやって来たのは、ハバナで仕入れたタバコを売って、明日の飯代にするためだ。

どうもウチのサルヴァドル艦隊は、海賊なんだか何なんだかユルいところを行ったり来たりしてるが、何だかんだ言ってオレはそういう所が気に入ってる。

航海士もひと癖もふた癖もある、面白い奴らばかりだしな。


オレは、酒を飲もうか、バクチをしようか、それとも美人と遊ぼうか、悩みながらぷらぷらと街を歩き、気付くと繁華街を抜けちまってた。

こんなところじゃ、ロクな店もないだろう、そう思って引き返そうとしたオレの目に、見事なストロベリーブロンドが目に入った。


思わず、口笛を吹いちまう。

ムスリムだろうか?チャドルらしきものを纏っているが、被りものはとれて、ストロベリーブロンドがこぼれてる。

そして、そのストロベリーブロンドに彩られた顔が、また美人だ。

オレがこれまで出会った中でも指折りの美人だ。

オレは声をかけたくなってフラフラと近付きそうになったが、ストロベリーブロンドの美人は誰かと喋ってる。

ちぇ、男付きかと舌打ちしかけたオレは、相手の赤毛の男を見て、目が点になった。


アフメットっ!!

オレは叫びそうになった口を押さえる。


「アフメット。」

柔らかくて蕩けちまうそうな美人の声が、アフメットの名前を呼んだ。

もしかして、あいつのレコか?

あいつめ、クソ真面目な顔して、こんな美人と付き合ってるとは、なかなか隅に置けねー。


アフメットが何やら言った言葉は聞きとれなかったが、アフメットが差し出した、重そうな袋の中身は察しがついた。

金貨だ。


「アフメット…」

美人はもう一度、その蕩けそうな声でアフメットの名前を呼ぶと、アフメットの頭を抱きかかえてキスし、そのまま建物の中へ入ってしまった。

アフメットは注意深く辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、その場を離れた。




オレは、気を利かせてその場を離れて繁華街に戻ったが、考えれば考えるほど腑に落ちなかった。

アレキサンドリアに女がいるなら、そうだと言えばいいじゃねえか。

金を渡すほどの仲の女なんだし…いや、それが話せないような金だとしたら?




「よっ、アンソニー。こんな所で渋い顔してどうしたい?」

「リオーノ。」

オレンジ頭のウチの補佐役が、気さくにオレの肩を叩く。


「お前こそ、港港にいる女巡りはどうした?」

「はは、たまにはオレも『お休み』が必要だよ。それに今日は提督と『デート』だしね。」

リオーノはそう言って、サルヴァドル提督を示した。


「…」

オレの表情は、よっぽど曇ってたらしい。提督がオレに問うたので、オレは疑問を口にした。

アフメットが、船の金を女に貢いでたらどうしよう、と。


「アフメットがそんなことをする男か。」

提督は一蹴した。

信じられたらアフメットを弁護したに違いないが、一蹴されると、オレは食い下がりたくなった。


「でも提督、そのアフメットの女、美人なんですよ!?」

「美人だろうがなんだろうが、アフメットはそんなことはしない。」

「ものっすごい美人なんですよ!?オレだってあんだけの美人になら、すかんぴんになるまで貢いじまうかも!!」

「ものっすごい美人だろうがなんだろうが…」

「まあまあ提督、アンソニー。」

オレたちの会話にラチが明かないと思ったリオーノが間に入った。


「そこまで疑わしいんなら、アフメットを問いただしてみればいいさ。港に使いをやって、アフメットを連れて来させリゃいい。」

そしてリオーノは、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「で、オレたちは、その『ものっすごい美人』とやらを拝みに行きましょう。」

「えー、オレはそんなもの見たくないぞ、リオーノ。」

「まあまあ、そんなこと言わないで。アンソニー、地図はあるかい?地図に場所を描いて、と…」




「ここです。」

オレは、さっきのストロベリーブロンドの美人が入った建物へと、提督たちを案内した。

「ここらは貧民街だね。もしや、アフメットの女は水商売の女かい?」

「いや、そんな感じじゃなかった。」

「だから、別にアフメットの女なんて確認しなくてもいいじゃないか。だいたい、出てくるのを待つつもりなのか?」

「正面から訪問してノックしたら、意外と開けてくれるかもね。」

「だとしたら不用心な女だな。オレたちは海賊なのに。」

なんて軽口を叩きあってるうちに、扉が開いた。


「あの女だ!」

オレが小さく叫ぶ。


リオーノが嘆息した。

「確かに、こりゃ美人だ。オレも女にゃうるさいが、ありゃいいね。ありゃ男好きのする美人だ。確かに、人の金貢いだって惜しかない…」

リオーノはそこまで言って、提督をチラっと見てから口を閉じた。


女は、オレたちが見ているなんて気付きもせず、ストロベリーブロンドをさらしたまま出て行こうとしたが、扉を閉める時にようやく気付いたのか、チャドルを頭からかぶり直しちまった。


ちぇ。リオーノが舌打ちする。


「これだから、ムスリムの習慣はキライだね。美人ってのは目の保養になるんだから、そこらへんは顔だの髪だのを見せるのは惜しまないで欲しいわけだね。」

リオーノはそこまで言って、不機嫌そうな提督に目をやる。


「心配しないで下さいよ、提督。オレは浮気性かもしれませんが、提督がいっちばんの『美人』だと思ってますから。」

「なんの話だ?それより、あの女がどこかに行くぞ。買い物かな?」

「おっと、そりゃいけない。追いかけましょう。」


ということで、オレたちはストロベリーブロンドの美人の後をこっそりとつけていくことになった。

「…ところで、これはいつまで続けるんだ?」

提督が言う。


「なんでオレたちがあの女をつけ回さなきゃならないんだ?用があるなら、さっさと話しかけりゃいいじゃないか。アフメットの知り合いなんだから。」

リオーノは、やれやれといった仕草をした。


「提督、美人をこっそり追い掛けるってシチュにドキドキしないのかい?」

提督がまったく無反応だったので、リオーノはオレに話題を振る。


「…悪くないよな。」

オレもリオーノの同意見だった。


「ほらね、アンソニーもそう言ってるじゃないか、提督。正面から話し掛けるのは無粋ってモンさ。ここは一つ、麗しの美女にヤクザモンでも因縁つけたところを、助けに入るってのが、一番、カッコいいじゃないか。な、アンソニー?」

ぴん。

オレの中で何かが反応した。





2010/9/11



男は美人が関わると、理性が飛ぶようです。

提督はともかくとして、アンソニーは人並みには女好きです。

リオーノはもっと、らしいですね。




ムスリム女性が被ってるアレ

   

目次









































ムスリム女性が被ってるアレ。英語ではヴェール。他、ブルカとか、ハイクとか色々言いますが、とりあえずこの話ではチャドルと呼んでおきます。
コーランに「男に劣情を催させるような美しい部分は隠さねばならない」とあるので、チャドルを被らねばならないということになっていますが、この解釈はかなりいろいろ広く取れます。それにイスラムに限らず、地中海社会でも欧州社会でも、身分の高い女性はヴェールで髪を隠すのが一般的なので、そこらへんを引き継いだ風習なのではないかと思われます。

で、この話でのチャドルの使用の話です。ゲームでは、イスラム圏の女性(通行人)はみんな頭からすっぽりかぶっていますが、酒場娘は顔丸出しです。メッカのサライは一応髪は隠しているっぽいですが、ラディアやサファは髪すら丸出しです。

どうしよう。

当時のイスタンブールではどうなっていたのか調べようとしましたが、そういやイスラムでは人物画は偶像崇拝に繋がるからあまりないのでした。かろうじて探したものも、男ばっか。資料にならない…

仕方がないので、『千一夜物語』あたりを読んで、以下のように設定しました。


基本、外をうろつく場合はチャドルを被る(顔は見えない)

室内にいても、身内でない男性の前では上の通り(顔は見せない)。

但し、酒場娘などのようなお水系接客業(酒場娘は扱い上はそんなでしょ)の女性は、普通に顔をさらす(隠す・隔離されるというのは、身分の高い証拠なので)。

女性だけの空間・身内だけの空間では、何も被らない。


まあ、こんなくらいの設定なら、そこまで変にはならないと思われます。

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