麗しの美女に襲い掛からんとする人相の悪い野郎ども。
あんまりに定番通りなんで、オレはアレキサンドリアの街頭で三文芝居でも見てる気になっちまった。
美人ちゃんが男の腕を振り払った拍子に、チャドルの頭の部分がはだけ、ストロベリーブロンドと色っぺー顔があらわになった。
人相の悪い野郎どもはニヤニヤと…こいつも定番極まるね、美人ちゃんににじり寄り、美人ちゃんは悲鳴を上げる。
これがお芝居だとしたら、この美人ちゃんは、美人女優の名だけでなく、演技派の名だって兼ね備えた、世紀の名女優になれるに違いない。てか、オレならひいきにするけどね。
「…助けないのかよ?」
アンソニーが短銃に手をやりながら、オレに問う。
「ケンカだ、ケンカだな!?」
サルヴァドルがワクワクを全面に出した顔で、クレイモアに手をやっている。
「…あんまりに陳腐な王道過ぎて、オレの美学にイマイチ合わないんだよね。こう、も少しヒネったシチュエーションが欲しいって言うか…」
「知るか。提督、行きましょう。」
「よし来たっ!!」
アンソニーとサルヴァドルは、同時に飛びだした。
男たちが何やらわめく。
「アンソニー、あいつら何て言ってるんだ?」
「さあ。でもこんな状況で喋る内容なんて、こっちの方が数が多いとか、この女はおれたちのものだとか、そういう内容でしょ。」
「なんだ、つまんないな。おい、お前ら。命が惜しけりゃ、金と積荷を置いて行きなっ!!」
「提督、それじゃこっちが追いはぎですよ。」
アンソニーが短銃を構えると、それだけで人相の悪い野郎どもはたじろぐ。
こりゃ、オレの出る幕なんて何もないね。
「かかって来ないなら、こっちから行くぞ!!」
サルヴァドルが嬉しそうにクレイモアを引き抜いた。
アンソニーもそうだが、サルヴァドルもイマイチ、見た目に迫力がない。
が、巨大なクレイモアを易々と引き抜いたトコは、相手を威圧するには十分だったらしい。
ビビったところに、アンソニーが威嚇で一発ブッ放すと、そいつらはクモの子を散らすように逃げちまった。
「弱虫め。オレまだ何もしてないぞ。」
サルヴァドルが不満そうにクレイモアを収めるのを後目に、オレはストロベリーブロンドの美人ちゃんに近づき、その手を取った。
「とてもお美しいお姉さん。あなたを助けることが出来て光栄ですよ。」
ストロベリーブロンドの髪に、褐色の瞳。
遠目から見ても美人だったが、近勝りするたあこのことだ。
アフメットめ、美味しい思いしてやがんな。ま、助けてやったんだし、キスの一つもちょうだいしたって…
美人ちゃんの口から、オレの知らない言葉が流れ出た。
「…しまった。」
オレは、知る限りの言葉を並べてみるが、美人ちゃんには通じない。
これは困った。そういやオレ、オスマンの言葉には疎いんだよ。
美人ちゃんは言葉が通じないと感じるや、不安な瞳になり、ついで怯え始めた。
「言葉が通じないのか?」
「…そのようですね。アンソニー、オスマンの言葉はイケるかい?」
「ムリ。アテネにゃいたが、オスマン船には乗ったことがないからな。」
「提督…」
「分かるわけないだろ。」
「…」
「退け、オレンジ頭!!」
オレは、後ろから首根っこ掴まれて美人ちゃんから引きはがされた。
「オッサン…」
ホーレスのオッサンは、怯える美人ちゃんに語る。
美人ちゃんもその言葉で語る。
どうやら意思疎通が済んだらしく、美人ちゃんは少しは安心した顔になった。
「女口説くなら、言葉通じさせてナンボだろうが!!」
オッサンはサルヴァドルに向き直った。
「若、じゃなくて提督。アッシに何も言わずに一人で遊びにいっちゃいけやせんとあれほど…」
「一人じゃないぞ、リオーノも、アンソニーもいるじゃないか。」
じろり。オッサンはオレを睨みつけた。
「提督、危険な目には遭いやせんでした?」
「何にもなかったぞ。何にもなさすぎてまったく手応えがなかった。」
じろり。オッサンは相変わらずオレを睨み続ける。
「提督の言うことはホントだって。何ともなかったっての。しかしホーレスさん、あんたオスマンの言葉も喋れるんだ。多芸だね。」
「何年海に出てると思ってる。」
慌てた足音を立て、アフメットが走ってくる。
何やら大きな声で叫ぶと、美人ちゃんもそれに応える。
「アフメット!!」
美人ちゃんは大きな蕩けそうな声で叫ぶと、アフメットにしっかりと抱きついた。
美人ちゃんは抱きつきながら、オレには理解できない言葉でしきりにアフメットに語り、アフメットもそれにオレには理解できない言葉で答える。
「あーあー、こんな美人とぴったりくっついちゃって。妬けちまうね。」
オレが言うと、オッサンは冷たい目でただ、
「馬鹿か、お前は。」
と言った。
2010/9/11
もっと派手な乱闘にするつもりだったんですが、相手がチンピラじゃこの程度でしょう。
珍しくリオーノが「色男」してますが、また珍しく「マヌケな色男」してます。
前回の話ですが、リオーノの「今日は提督と『デート』」「提督がいっちばんの『美人』」発言に、サルヴァドルはほとんど無反応でした。
きっとリオーノは
「そのうち『反応』させてやる」
と思って…たら面白いですね。
ま、ホーレスがいないから出来る発言です。
ストロベリーブロンド
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赤みがかった明るいブロンドのこと。たまに赤毛と混同されるが、別物。
ティシャン・ブロンドとも言う。ティシャンはティツィアーノのこと。彼が良く描いた当時のヴェネツィア女性の、人工金髪にちなんだ言い方。地中海の人々は基本髪の色が濃いが、金髪に憧れた女性たちは、頭に薬液を塗り、一日中頭を日光にさらして脱色したそうな(しかも何日も)。
熱中症で死にそうなこのブロンド作成法(事実、死んだ人もいたという)だが、天然の金髪とは違った魅力があるということで人気が出、さらにたくさんの女性たちが金髪にしたというお話。
美に賭ける執念はスゴいねというお話です。