救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

13-5 アル・ファシが語る話









さて、困った。

どうしよう。




自慢じゃねェが、オレはアドリブは大得意だ。

オレの自慢の舌先三寸は、どんな非常事態になったって、魔術のように言葉を紡ぎだして事態を解決してきた。

まあ、じゃあなんでオレはあのサルヴァドル提督の艦隊に乗る羽目になっちまったんだと問われたら、ヤキが回っちまったんだよと答えるしかねェ。


じゃあなんでワルウェイク商会で働いてんだよと問われたら、ヤキが回っちまったんだよと答えるしか…


じゃあなんで、アフメットの母親を安心して預けられるアテがあるなんて言っちまったかって問われたら…


オレ、ヤキ回り過ぎだろっ!!




「お待たせしました、母は宿屋で休ませています。ところで、そろそろどなたに母をお任せするのか教えてくれてもいいと思うんですが…」

アフメットが、澄んだ目でオレに聞く。

そんなの、オレが考え付いてねェもん、どうしろと…


「あー。はは、聞いて驚け。」

「はい、驚く気は満々です。アル・ファシさんの考えは、いつもあんまりにすごくて。」

「…お前、本当に素直だな。」

「すみません、単純に出来ている人間なんです。」

「いや、謝る必要はねェと思うぜ。その…アッラーは心のきれいな人間を嘉し給うからよ。」

「ありがとうございます。アル・ファシさんに褒めてもらえてうれしいです。で、どなたに…」

オレは笑顔でもったいつけてるように見せつけながら、アタマをフル回転させる。

北アフリカに東地中海は、オレのショバには違いねェが、信頼できる知り合いどころか、オレの顔見た瞬間半月刀振りかざして襲いかかって来るようなヤツの方が多い。

さて、考えろオレ。アフメットも納得する、「信頼できる知り合い」が、せめて一人ぐらい…


ピン。

アンソニーじゃねェが、一人の人名が浮かんだ。

いや、その一人くらいしか思い浮かばなかった。


「アル・ファシさん?」

「アル・ベイ(アル君候)だ。」

アフメットは、ぽかんとした顔つきになり、その後、「尊敬」を表情にしたような顔でオレを見つめた。


「さすがです、アル・ファシさん!あのアル・ベイから投資を受けるだけではなく、個人的にも親交をお持ちだったとは!初耳でした。ええ、あのアル・ベイなら安心ですとも。スルタン、スレイマンの信頼も厚い、あのアル・ベイならっ!!」

「ははは、そうか、初耳か…」

だろうな、オレも初耳だよ。

どーう、贔屓目に見たって、あのアル・ヴェザスのダンナのオレへの信頼感なんて、マイナススタートだもんな。

いや、あの投資話は別にサギじゃァねェんだ。

ただ、実現可能性が、投資と言うより賭博に近いってだけの話で。


「アッラーの御心により、ちょうどアル・ベイの船がアレキサンドリアに入っていましたものね。」

「…」

そうだっけか?

うわ、これは不味い。


「アル・ベイがこのアレキサンドリアで宿にしている場所は知っています。では、さっそくお願いに上がりましょうっ!!」

アフメットの顔は、憧れのアル・ヴェザスのダンナに会えるって高揚感でいっぱいだった。




「しかしな、アフメット。お前、生まれ育ちもアレキサンドリアなのか?」

「いいえ。生まれ育ったのはベイルートです。アレキサンドリアは、父が商用でよく来ていましたから。」

「なのに、アレキサンドリアに信頼できる人間がほとんどいないってのか?その死んだオヤジさんがヤリ手なら、その人脈くらいあるだろ?」

オレは何気ない問いのつもりだったが、アフメットの顔がひきつった。


「私は、二度とあの家とは、あいつらとは関わりたくないんです。」

「ああ、オフクロさんと着の身着のまま追い出されたって…」

「そんなもんじゃない!!」

アフメットが怒りをあらわにするのを、オレは初めて見た。


「…父が死んだ時、父は遺言で母を奴隷身分から解放するように言い残しました。だが兄たちはそれを無視して、母を奴隷のまま止め置いて…事もあろうに、母を犯そうとしたんです!!」

「…」

「あいつらは、奴隷をどうしようと所有者の勝手だと言い放ちました。だから私は母を連れて家を飛び出したんです。財産なんて貰おうと思いませんでした。母は奴隷だと言うことで、父の生きている間もさんざん酷い目に遭ってきました。これ以上、むごい目には絶対に遭わせたくないんです!」

アフメットがこんなに強い感情を露わにするのを、オレは初めて見た。

おっとりして生真面目なヤツだと思ってたが、存外、苦労人らしい。


「…ようやく、安心させてあげられます。」

アフメットは表情を和らげた。


「アル・ベイは、やり手ですがきっと慈悲深い方ですよね?その方の庇護下にあるなら私も安心です。」

「ああ…」

アフメットの、オレを全面に信頼した目を見ると、オレはもう何も言えなかった。




さて、アル・ヴェザスのダンナにアフメットのオフクロを「安心して」押しつけるために、どんな舌先三寸を駆使してやろうかな?

オレは笑顔でとりとめのない話をアフメットと交わしながら、アル・ヴェザスのダンナになんて口実を持ちかけるか、必死で頭を絞った。





2011/9/12



ウチのアル・ファシは常にアドリブで事を何とかする男です。
とりあえず目先のことを誤魔化そうという姿勢は詐欺師向きですが、最近は割と良いことにその舌先三寸を使ってますね。
人から信頼されたことがない男も、信頼されると意外と弱いのかもしれません。
「騙された人間でなきゃ人を騙したりしないものよ」
という名言がありますが、アル・ファシも昔、手酷く裏切られた経験があるんでしょう、多分。




イスラム世界の奴隷

   

目次









































当時のイスラム商人は世界を股にかけ、当時のオスマン帝国は世界をイスラム化しようとしていたため、当然、アフリカからヨーロッパまで、彼らは幅広く奴隷を手に入れていました。
彼らの「見た目が好み」だったのは(つまり、性的な意味での奴隷)東欧の金髪の奴隷(男女問わず)だったとか。
イスラム海賊たち(ハイレディンたちバルバロッサ兄弟もそう)は、せっせと村を襲撃しては、金髪の若い娘や若者たちを掠奪してきたそうです。
ただまあ、当時のイスラム社会はヨーロッパより段違いに豊かであったことと、ムスリムに改宗した奴隷を酷く扱ってはいけない(改宗したら解放するのがマナーだったとか)という戒律?から、雇い主に優しくされて養子になったり、子どもを産んで正式な妻に迎えられたりして「なんだ、故郷にいるよりいいじゃん」という人もいたそうな。
とはいえ、そこは主人に大きく左右されるのが奴隷。今回のアフメット母のような悲惨な境遇にあった人も、もちろんたくさんいました。

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