「アル、お前ってば、本当にアル・ファシに弱いよな。」
俺が言うと、アルは不満そうな顔になった。
「サリム。お前、あの状況で断れるか?孤児院を作って子どもたちの安息の地を与えるなんて、アル・ベイはなんと素晴らしい方なんでしょう、ってきれいな目で見つめられながら言われてもさ。ましてや、人のオフクロに、自分がいるせいで子どもに迷惑ばかりかけて、なんて泣かれて、断れるか?」
アルは抜け目はないけど、家族の話で責められるとけっこう弱い。
自分が、そして妹のサファさんが家族を失って苦労したからなんだが。
「分かった分かった、俺だって断れないよ。分かったから、そう怒んなって。」
アルは、俺から目を外す。
「が、ま。孤児院ってのはいいアイディアかもな。確かに、オレももっと金をためたら、デカいザカート(喜捨)をしてやろうと思ってた。」
「モスク(イスラム寺院)でも建てるつもりだったのか?」
「ああ。だが、偉大なるアッラーはモスクでない場所で捧げられた祈りを拒むほど御心は小さくないだろうが、子どもは違う。住む場所も着るものも食いものもないと、死んじまうか、悪の道に堕しちまうかだ。オレだって、オレを気にかけてくれる人や、お前みたいな友だちがいなかったら、今頃はケチな小悪党になってたかもしれない。」
「アル・ファシみたいに、か?で、その当のアル・ファシに唆されて、孤児院を作ろうと決意したってわけだ。」
「ちゃかすなよ。オレだって、あいつに金を渡して建てさせようなんてこれっぽっちも思いやしない。」
「今回のアル・ファシの申し出の目的は、何なんだろうな。もしかしたら、本当に人助けなのかもしれないぜ、アル。あのアフメット・グラニエって航海士は、どっからどう見ても悪人じゃあなかった。」
「ま、『付き合ってる人間を見ればそいつがどういうヤツか分かる』ってことわざが正しいなら、過信は禁物だけどな。」
「でも、本当に孤児院を建てるとして、どこに建てる?」
俺が聞くと、アルはあの建物でどうかと提案した。
イスタンブールのはずれにある、元は金持ちの邸宅だったっていう大きな空き家だ。
「イスタンブールに戻るはめになっちまったしな。せっかくだから調べてみるさ。それまで、あのアフメットのオフクロさん、チレッキさんだっけ?には、タルーブおばさんの宿屋でも手伝ってもらおうかな。」
チレッキさんを、宿屋のタルーブおばさんに預け、俺たちはアレキサンドリアで仕入れた綿織物を捌いた。
「利益はぼちぼちだが、まあいいか。代わりに絨毯買って、シラクサ辺りでガラス玉に代えて、ソファラで売って…」
「おいおいアル、リスボンで武器買うんじゃなかったのか?」
アルは、僅かに目元を陰らせた。
「止めた。」
「なんでまた?利幅はあっちの方が…」
「孤児院やろうなんて考えたら、武器で儲けるのが気が引けちまってな。」
「スレイマン大帝が征伐しようとお考えなのは、異教徒じゃないか。ジハド(聖戦)だぜ?」
「…まあな。」
俺はもう少し何か言おうと思ったが、アルの顔色が良くならないので止めた。
「いいさ、ガラス玉だって十分儲かる。サファさんにプレゼント持っていこう。何なら喜んでもらえるかな?」
「サファは物で釣られるような女じゃないぞ。」
「そんなつもりじゃない!!その、俺の真心なら、この胸切り開いて見せてあげたっていいくらいなんだ。ただ、きっとサファさんは切り開かれたって困るだろうし、だったらきれいな宝石とか、きれいな服とかの方がいいだろ?」
アルは、じっと俺の顔を見た。
「サリム。ぶっちゃけ、お前、サファのことどれだけ本気なんだ?」
「えっ…」
俺は絶句する。
「そ、そんなこと急に言われても…いや、別に今すぐ結婚したいとか、そういうわけじゃないけど、でも、まあそのうちそうなったらいいなぁーなんて、いやでも、やっぱり俺とサファさんは出会ったばっかりだし、お互いを理解する時間が必要な訳で…」
「お前とサファが結婚したら、お前、オレの義弟になるんだぜ?」
「それでもいい!!」
アルは呆れたように苦笑した。
「それ『でも』って何だよ、『でも』って。」
「違うんだって、アル!!俺はお前のことだって好きなんだって!サファさんとどっちが好きかって言われたら…」
「アルさまっ!!」
叫び声がした。
「…タルーブおばさん。」
声からすると、宿屋のタルーブおばさんだった。
「おばさん、いつも言ってるけど、オレ、ガキの頃からおばさんに世話になってるんだからアルで良いってば。」
「何でもいいから来て下さいよ。ラディアちゃんがすごく怒ってるんですから!」
「ラディアが?」
アルは不思議そうな顔をした。
「ラディアを怒らせるようなことしたか、オレ?」
「いや…ともかく行ってみようぜ、アル。」
「この裏切り者っ!!」
宿屋の部屋に入るなり、ラディアはアルにそう罵声を浴びせた。
「…いきなり何なんだ、ラディア?」
「よくもぬけぬけと言えたものものねっ!!あんだけ、わたしだけだって言ったくせにっ!!浮気者っ!!」
「だから何なんだ、ラディア。オレが一体どんな悪いことしたって言うんだ?」
「今更それをわたしに言わせる気!?…ええ、分かりましたわよ、アル・ベイ(アル君候)。ベイほどの身分の高いお方なら、女なんて一人じゃない方が当然だっておっしゃりたいワケね!!えーえ、よぉく分かりましたともっ。」
ラディアは激昂し過ぎてて、手がつけられない。
この話しぶりからすると、アルが浮気でもしたみたいなんだが…
「そうなのか、アル?」
「してねーっての!!」
アルも本気で怒った。
「そうだよな、そんな素振りないもんな。ラディア、何があったか知らないが誤解だよ。アルはお前に逆らえるほどの度胸はないって。」
「庇い文句がソレかよ。」
「いーえ!公然と女連れて来てなんだってのよ!わたしは騙されないからねっ!!」
ラディアの今の言い方で、俺はようやく合点がいった。
「もしかして、チレッキさんのこと言ってるのか?」
ラディアは、優雅なまなじりを釣り上げたまま頷く。
「ラディア、それこそ誤解の上に誤解だ。あの人はオレの…その、知り合いの知り合いの母親で、身寄りがないから安全な場所に置いて欲しいって頼まれただけだ。」
「知り合いの知り合いの母親?見え透いたウソつかないでよ。スゴい美人じゃない!!」
「…スゴい美人?」
俺とアルは同時に言って、顔を見合わせた。
「サリム、チレッキさんの顔見たことあるか?」
「人の母親に、そんな失礼なこと出来るかよ。」
俺とアルは、ひそひそと話しあった末に、チレッキさんを連れて来てもらうことにした。
「何かご用でしょうか、アル・ベイ。サリムさま。」
「あのー、大変申し訳ない申し出なんですが、そのー、別に他意はまったくないんだ。ただ、あなたがどんな顔をなさっているかということを、チラっとだけ確認させて欲しいと…」
「仰せのままに、アル・ベイ。」
チレッキさんは、頭布を
ちら
と、取り下げた。
「…」
「…」
「もう結構です。」
「はい。」
「あのー、あなたは先日お会いした、アフメット・グラニエさんの母親ですよね?」
「はい、左様でございます、アル・ベイ。アフメットは実の息子でございます。」
「もういいです。」
チレッキさんは、不審な顔一つせずに部屋を再び出て行った。
「どうよ?」
ラディアが不機嫌に問う。
「すいません、本当にスゴい美人でした。」
俺は素直に謝ってしまう。
まったく予想外だった。ああいう状況で頼まれたんだから、てっきりおばあちゃんかと思ってたら…そういや、声はすごく色っぽかった。
「ほらー…」
「違うんだって!!オレは本当に顔がどうとかは知らなかったんだって!オレは本当にただの親切心で引き受けただけで、あの人とどうとか、そんなんじゃ全然ねーってば!!アッラー、オレが嘘偽りを述べているならば、すぐさまオレを地獄の業火で焼き尽くしたまえっ!!」
結局。
ラディアの誤解を解くのに夜までかかったアルは、ぐったりしながら、二度とアル・ファシとは関わらないと強くつよーく決意していた。
とはいえ、俺は思うんだよな。
あの手のタイプとの付き合いは、長くなるって。
2011/9/12
「付き合ってる人間を見ればそいつがどういうヤツか分かる」
どこのことわざか忘れましたが。
このことわざが真実だとすれば、アフメットの「付き合ってる人」は、海賊なんですが…如何?
アル・ファシが、アフメット母についての詳細を述べなかったのは、言ったら引き受けてもらえないと思ったからでしょう。
後で問い詰められたら「美人かどうかなんて聞かれましたっけ?ヴェザスのダンナ?」と言い抜けるつもりです。
ジャハーン・サリム
…2のアル・ヴェザス専用キャラクター。元オスマン海軍軍人でアルの幼馴染(そしておそらくは未来のアルの義弟)。海軍を辞めて父の商船を手伝おうとした矢先に父が遭難死。親友のアルの預金を当てに難破船を修理し、つまりはアルを半強制的に航海に追い込んだ。黒髪黒い目でひげを蓄えたオスマン人。ひげのせいでぐっと年上に見えるが、実はアルと同じ年。義理・測量・軍人らしく砲術も持ち、直感以外はまんべんなく能力も高い良キャラ…だが、その直感の低さのせいで、二人で航海していると気付いたら嵐に襲われていることもしばしば。近いのでアンソニーあたりを仲間にしてから外洋に漕ぎ出しましょう。
私見だが、元軍人のわりにいろいろおっちょこちょいで早合点だったり、ノリが軽かったりと、ムードメイカー。アルとは本当にいい友だちなんだろうなと思う。
サファの婿にするには最適の男。アルシナリオは本当に幸せがいっぱいで良い感じ。
死の商人
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イベリア半島名物「武器」は、東西アフリカ、中南アメリカ、中近東、インドで高く売れます。
高くは売れますが、特にジョアン、カタリーナ、ピエトロシナリオで武器を積んで中近東に向かう時には
「この武器で多くの人々が傷ついて…」
と思うと、しょせんはゲームとはいえ罪悪感を感じずにはいられません。
アルシナリオはサファに会いに、ヨーロッパから中近東に行く事が多いので、利幅の良い商品として武器を積むことも多いのですが、何と言うか、やはりアルもこういうことは考えたんじゃないかと思います。