救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

14-5 トニオ・ロッシが語る話









「ショコラトルいかがですかー。」

「とっても美味しい、ショコラトルよー。どう?」

ボクとミランダは、冒険家だ。

そして今は、セウタの港で小さな露店を出している。


「ねえ、とっても美味しいんだってば。買っていきなさいよ!!」

「ミランダ、ねえミランダってば。そんなに押しつけがましくしたら誰も買わないって。スマイルスマイル。」

「だってー、もうスマイル疲れちゃったわ。どうしてみんな、ショコラトル飲まないのかしら。美味しいのに。」

あたりにふんわり広がるショコラトルの甘い香り。

うん、ボクも飲んだから美味しいことは知ってるんだ。

でもね。


「得体が知れないからだと思うよ。ほらさ、新大陸で採れたカカオの豆を煮出して、牛乳と砂糖で味付けした飲み物…なんて、みんな飲んだことないじゃない?」

「誰だって最初は初めてよ。」

「…そんな『初めて』に、フツー、金貨は払わないと思うな。」

「だって仕方ないじゃない。カカオも砂糖も高いんだもん。この値段だって、利益なんて出てないんだからね。」

「はあ…なんでボクたち、冒険家なのにこんなところでショコラトルなんて売ってるんだろう…ジュリアーノ教授のバカ。」




「あら、ミランダ、トニオ。こんなところで何やってんの?商売替え?」

「アンナ!!」

ボクたちの露天の前を通りかかった酒場娘のアンナは、不思議そうに聞いた。

だからボクは、ジュリアーノ教授の新発明?したショコラトルって飲み物を港港で広めるようにって無茶な依頼されたって話を、涙ながらに語った。


「それは大変ねえ。まあ、ねぎらってあげるからウチのお店来たら?」

アンナは優しくそう言ってくれたので、ボクたちはありがたくお言葉に甘えることにした。




「あらぁ、美味しい♪」

アンナは、ショコラトルを気に入ってくれたみたいだった。


「甘くてホッとする味ね。ゆっくりしたい時にいいかも。」

「でしょでしょ?」

「でも、あんまり値段が高すぎよ。貴族さまじゃないんだから。」

「だって仕方ないじゃない。材料費自体が高いんだからー!」

ミランダがダダをこねていると、酒場の戸が開いた。

あれ?開店前じゃないのって思ってるボクの目の前を、大柄な人が大股で歩いてくる。

ボロボロになっちゃいるけど、格好は明らかに傭兵だ。

ど、ど、どうしよう。ボク、こういう怖い人は苦手なんだよ。


「あらゴメン、お客さん?」

声が女の人だった。

アンナが立ちあがって、その人に抱きついた。


「ベッキー!!久しぶりー♪良かった、生きててー。」

「甘く見ないでね、アニー。そうカンタンにくたばる程ヤワな女じゃないわよ。」

アンナはその人を示すと、ボクたちに紹介した。


「だぁい親友のレベッカ。見ての通りのスゴ腕戦士よ。」

「アニーの友だち?レベッカよ。本業は賞金稼ぎなんだけど、ちょっとアルバイトで傭兵稼業してきたの。」

「初めてまして、レベッカ。アタシはミランダ、冒険家よ。」

うわわわ、ミランダってば怖いもの知らずなんだから。


「ボ、ボクはトニオ。ミランダと同じく冒険家…です。」

「そう。ミランダ、トニオ、よろしく。アニー、なんか強いのある?ちょっと今日は飲みたい気分なのよ。」

レベッカは、日に焼けた顔の中の銅色の目に、暗い色を浮かべた。


「もちろん。トコトン付き合ったげるわ。」

アンナは、カウンターの奥から「とびっきり」の強い酒を出した。




レベッカは、ドイツの戦争に行ってたらしい。

ルターってお坊さまが、ローマ法王さまにケンカ売って、なんでかはよく分からないけどそれが原因でそこの諸侯たちが険悪な雰囲気になってしまったんだって。

んで、税金が高くなったから、お百姓さんたちが領主に反乱を起こしたんだって、レベッカは言った。


「で、アタシは鎮圧する側。払いは良かったからロクな仕事じゃないと思ってたけど、ホントにロクでもない仕事だったわ。」

レベッカは、アンナの出した強い酒を一気に飲み干した。


「どうして領主の方に加勢するのよ?領主たちが税金を高くしたのが原因なんでしょう?悪いのはそっちじゃない。」

「ま、領主の方が悪いのよ。でも、アタシを雇ったのが領主の方なんだから、アタシはそっちのために戦うのよ。だって、傭兵だもの。」

「でも…」

ミランダが余計なことを言いだしそうなのを見たからか、アンナが話題をさりげなく方向転換した。


「一兵卒じゃなくて、隊長待遇だったのね。やるじゃない、ベッキー。」

「傭兵団の隊長がバカみたいにとっとと戦死しちゃってね。他は使えない奴らばっかりだったから、アタシが指揮を取ったのよ。戦争が終わってからも隊長になっててくれって言われたけど、ロクデナシだらけだから断ってきたわ。」

「あら。『ガートランドの奥さま』になるために爵位貰うには、傭兵隊長になって、国王に雇われて戦果上げるしかないって言ってなかったっけ?」

「ジョーダン。あんな掠奪暴行しか能のない傭兵団率いてたら、『ガートランドの奥さま』の品位が疑われるわよ。」

「『ガートランドの奥さま』?」

ボクが聞くと、レベッカが本気3割みたいな顔で笑った。


「アタシの夢。爵位と領地をもらって、お城できれいなドレス着て、カッコいい男と召使に傅かれて優雅に優美に、舞踏会なんか開いちゃったりして、過ごすのよ。何にも労働はしなから、手なんて白くてスベスベなのよ。」

そして笑いながら、しっかりと日焼けして、剣ダコだらけで肉厚のガッシリとした手をボクに見せた。

この手がどうやったら「白くてスベスベ」になるのか、ボクには想像もつかなかったけど。


「いっそ手っ取り早く、貴族の男つかまえて結婚した方が早くない?」

「そうね。爵位もらえそうな傭兵隊長の後妻にでもなっとこうかしら。後は儲けた後でダンナを戦死させたらカンペキね。」

レベッカは冗談4割って顔で笑った。


「でもま、何かが欲しいならまずは自分で手に入れることを考えないとね。」

「賞金稼ぎに戻るの?」

「もちろん、そっちが本業だもの。しばらく戦争はコリゴリよ。」

レベッカが暗い瞳のままで、強い酒を飲みほした。

おかわりが欲しそうな顔の彼女に、アンナはショコラトルを渡す。


「もーダメ。」

「とことんまで付き合うって言ったじゃない?」

「気が変わったの。これ飲んで心落ち付けなさい。」

「何よ、この茶色い飲み物。」

レベッカは、おそるおそるってカンジで口をつけた。


「…甘い。」

「美味しいでしょ?ショコラトルって飲み物なんですって。ミランダとトニオが販売促進中なのよ。」

「販売促進?あなたたち、冒険者だって言ってなかった?」

「スポンサーの依頼には逆らえない身分なんですぅ。」

ボクが言うと、レベッカは、


「冒険者なんて気楽な稼業だと思ってたけど、いろいろ大変なのね。」

って言って、ショコラトルを飲みほした。


「美味しいわよ。心が落ち着くわ。」

「ありがとう、レベッカ。でも美味しいのに全然売れないんだよ。」

「だって地中海はあったかいもの。北海に行けばいいわ。そこの金持ち相手に売り込めば儲かるわよ。あそこらへんは今、成金が増えてるから。」

「…戦争してるのに?」

ミランダが言うと、レベッカは少し苦笑した。


「戦争してるから、よ。戦争が起こると、まっとうに暮らしてる人間は困るけど、そうでない奴らは金持ちになれるの。」

「…」

またまたミランダが余計なことを言いだしそうになったから、アンナがレベッカに着替えをしてくるように勧めた。

確かに、戦争がひどかったんだって思わせる服になってる。

レベッカは笑って従った。


「いろいろありがとうアンナ。ボクたちはお勧め通り北海に行ってみるよ。」

「そうなさいよ。売れるといいわね。」

「そうだね。てか、そうなって欲しいよ。」




「…なんで、戦争なんかで儲かっちゃうのかしら。」

船に向かう途中で、ミランダが呟いた。


「人の不幸なんかで、得なんかしちゃダメだと思うわ。」

「…そうだね。ボクもそう思う。」

ミランダは傍若無人だけど、根はとっても正義漢が強い。本当に彼女にとって許せないことのためには、戦える強さを持ってる。

ボクはミランダのそんなところはとても好きだ。




たまに、ついてけないのも事実だけど。




「トニオ、でも北海にいくの!?」

ミランダが、非難がましい目をボクに向ける。


「あのさ、北海は寒いから、ショコラトルのあったかさを求めてる人も多いと思うんだ。その、『まっとうに暮らしてる』けど『お金にもちょっと余裕がある』人に売ればいいよ。美味しい物を食べたり飲んだりしたら幸せになれるからさ、そうやって少しずつでも、みんなが幸せになっていければいいんじゃないかな。」

「うん。」

ミランダは少し元気を取り戻したようだ。


「冒険者たるもの、未知の世界を発見して、今は未知だけどみんなを幸せにできる可能性のあるものを見つけ出すものよね。」

「そうだよね。」

「よぉし、じゃあ北海に向けてしゅっぱーつ!!」

ミランダの元気のいい声が聞けて良かった。





2011/10/10



ミランダとトニオ、販促中。
4の宣教師による広場での配布をイメージしました。きっと北欧では、カカオが流行して大儲けできることでしょう…ミランダたちはリル・アーゴットと違って商人ではないんですけどね。




リル・アーゴット?

   

目次









































大航海時代Wにおける初期主人公の一人。アムステルダムを本拠地とする交易商人シナリオ。一介の孤児から、気力と根性と闘争心と相棒のカミルの献身で、世界を制覇する大富豪にのし上がった。

最初は金と成功が欲しかっただけだが、シナリオを進めて行くうちに、「お金は自分のためだけに使っても意味がない」と気付き、社会貢献に意識が向かう辺りはアル・ヴェザスと一緒。
だが、特に初期の傍若無人すぎる態度(口のきき方を知らない。自分の気に食わないものには全てケンカを吹っ掛ける等)は、成りあがろうとするには不適だと思うよ、リル。
そんな彼女を陰ひなたなく支えるカミルは、本当によくできたムコだと思いますが、お父さん的には、こんな女に大事な息子をやるのは不安で仕方なかったに違いありません。

彼女はビジュアルといい、性格といい、ミランダとカブってると思います(専用キャラが、あんまり男らしくない、ツッコミは弱いが献身的な美少年であるところも)。まあ、ミランダはトニオとはくっつかないんですが。

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