救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

15-2 ホーレス・デスタルデが語る話









久々にアルジェに戻るや否や、「黄金の双つ林檎楼」のマンサナ女将からの呼び出しがかかった。


「…行かなきゃいけないのか?」

美人で色っぽい女が大の苦手の俺の若にとっちゃ、妓楼なんて毒虫の住みかに思えるんだろうが、そうも言ってられん。


「いいですか、若、じゃなかった提督。ご存じの通り、マンサナの女将は裏街道の元締めとも言える、バリエンテの旦那方からも一目置かれるお方ですからね。」

「分かった。でも、用事が済んだらオレはすぐ帰るからな。」

「…すぐ帰してもらえると良いんですがね。」




「ところでホーレスさん、なんでマンサナ女将はそんなに勢力張ってるんだい?」

当然のような顔をしてついてきたオレンジ頭が問う。


「赤髭のお頭がまだお若かった頃のレコだって話だ。聞いた話じゃ、黒髭の旦那を『坊や』呼ばわり出来る、唯一のお方らしい。」

「アイディン副首領を『坊や』扱いか、そりゃすげえな。」

「ああ、まあいろいろと『すげえ』お方だ。」

俺は若に向き直る。


「いいですか、若。妓楼に入ったら、特にマンサナ女将と会う時は、絶対にアッシから離れちゃいけやせんぜ!?」

「なんだよ、オッサン。提督が捕って食われちまいそうな物言いじゃないか。」

「誰がオッサンだ!…いや、捕って食われちまい『そうな』じゃない、実際に…」


ひゅう

リオーノが冷やかすような口笛を吹いた。


「オレも売春宿にゃそれなりに通だけどさ、こりゃあ…『イカス』な。」


「黄金の双つ林檎楼」の入口には、店名の由来になった、文字どおりの純金で出来た二つの林檎がぶら下がっている。

黄金の二つの林檎がぶら下がってるのは、男の股の間のシロモノ、しかもドォンとおっ勃ったシロモノだ。

大股開いた男の勃起したシロモノの下を通って中に入っていくという、このユニークかつ悪趣味な入口は、色んな意味でマンサナ女将の性格を表しているんだろう。


俺は若の腕を引っぱると、さっさと用件を終わらせるべく、妓楼の中へと入った。




「ホーレスさんね、お久しぶり。」

「シルエラかい、こっちこそ。」

俺が挨拶すると、オレンジ頭がひそりと声をかけた。


「おっと、名前どおりスモモみてえなぷりぷりした美人じゃないか。オッサン、あんた意外とスミに置けないね。」

「馬鹿か。ここはアルジェの旦那方相手の高級娼館だ。俺なんか目じゃねえよ。おっと失礼、シルエラ、マンサナ女将はどちらだい?」

「お待ちになってね。」

シルエラは通り過ぎる間に、若とリオーノに色っぽい流し目をくれた。

リオーノは悠然と投げキスで応じたが、オレの若が目を背けて硬直したことは言うまでもねえ。


待っていたのは短い間だが、さすが娼館、女はいくらでも通りすがり、その度にオレの若はあっちへ視線を逸らしたり、こっちへ視線を逸らしたり。


「ホーレス、オレはもういい!!早く帰ろう。」

しまいには半泣きになりそうになった所で、ようやくマンサナの女将からのお呼びがかかった。




「サルヴァドル、久々だね。」

何のためらいもなく若を呼び捨てにした女将は、金色がかった琥珀色の強い瞳で俺達を見詰めた。


「あたしを覚えているかい?」

女将は自称39歳だが、どっからどう見てもその倍は積み上げていそうな気迫と、年齢を超越した生命力の持ち主だ。

元は美人だったのかもしれねえが、今となってはそういうことは悉く超越しちまったんだろう女の迫力は、若を絶句させるのに十分だった。

ついでに、リオーノも例の軽口もとっさには出ねえらしい。


「女将さん、前にお会いした時は若はまだ赤ん坊でさ。」

「あっはっは、そうだったね。おしめを替えてやったもんだ。あの時の赤ん坊が、もうこんなに大きくなっちまって。早いもんだ。あたしも39になるはずだよ。」

「…」

若が、何かいいたげな目をしたのに、俺は言葉をかぶせる。


「ところで女将さん、提督に何のご用で…」

「しかしまあ、奇麗な男になったもんだねえ。」

俺は、女将と若の前に、そっと立ち塞がる。

何が心配かって、この女将、「童貞食い」の異名を取る、若い男が大好物ってえ女傑だ。俺の若にその毒牙がのびようもんなら、俺は命に代えても…


だが女将は、無造作に俺を押しのけると、若の顎を摘んだ。


「そっくりだ。」

「…」

女将の琥珀色の瞳が、昏い金色を帯びた。

女将は「誰に」とは言わなかったが、それが意図するところは若にも伝わったようだ。

若の濃紺の瞳が、胡乱気に見開かれる。


「女将、あんた…」


「あっはっは、そんな心配しなくていい。あんたを『食おう』なんて思っていやしないよ。」

「…」

「食おう」の意図するところが、あんまりに露骨に聞こえる言い方だったもんで、若が赤面して頷いた。


「何、ホーレス。サルヴァドルが海賊として旗揚げしたってのに、ハイレディンからは一言の挨拶もなかったもんでね。仕方ない男だよ、いつまでたっても気の利かない。だから、いっぺん面見ておきたかっただけのことさ。」

俺は安堵のため息をついた。

よかった。さすがの「童貞食い」も、さすがに元の情夫の息子に手だしはしないってことだ。


「いい面してるよ、サルヴァドル。あんたはきっととびきりの大物になる。このマンサナが保証してやるよ。但し。」

女将の琥珀色の瞳が、金色に輝く。


「生き延びりゃ、ね。」

「オレは生き残るさ!!」

若の瞳が、戦いのときのような青色に輝いた。

マンサナの女将は、満足そうな、そして僅かに痛みを堪えるような色をその瞳に浮かべた。

ほんの一瞬だけ。

すぐに表情は、そのどこまで厚いんだか誰も知らない化粧の下へと隠れちまった。


「威勢がいいね。」

女将は唇の端をわずかに「笑い」の形に歪めると、その手は恐ろしい速さで下にのびた。


「…!!!!!?」

「サルヴァドル、あんたまだ、童貞だね?」

マンサナ女将は、若の、俺の若の!!大事な股ぐらをひっつかんだまま、そう言った。


「やれやれ、童貞の海賊ってのは頂けないね。別にタマタマに異常があるわけでもないし、サオも大丈夫そうだ。」

ほっとくと、若の大事な部分は一生役立たずにされちまいそうだったので、俺は女将を若から引きはがした。


「はは。ホーレス、あんた嫁入り前のご令嬢じゃないんだから、さっさとサルヴァドルに女抱かせな。」

「若、若?大丈夫ですよ、アッシがついてやすからっ。」

「サルヴァドルはヴェテラーノだったね。なら、ウチの果物ちゃんたちの中から好きなの見つくろって…」

「若、大丈夫です!アッシがお守りしやすから…」

「ねえ、女将さん?アイディンの甥っこさんが来てるんですって?あたいにも紹介して…」

「また女だっ!!」

若は悲鳴のようにそう叫ぶと、海風のように部屋を飛び出しちまった。


「…あたい、何か悪いこと、した?」

深い海の色の瞳をした金髪の娘は、不思議そうに俺たちを見回した。


「いや、姉ちゃんは何も悪くない。」

「エリーゼ、今飛び出してったのが、アイディンの甥っこだよ。」

「黒髪…だったね。ついでにきれいな顔してた気がする。けど…すぐ飛び出しちゃったから、よく分からない。ところで、こっちは?あなた方もアイディンのお友だち?」

俺は、オレンジ頭と顔を見合わせた。

このアルジェの副首領、泣く子も黙る海賊黒髭を呼び捨ててるこのお人は、他でもねえ。


「失礼しやした、アイディン副首領のいい人でしたかい。」

「うん、あたいエリーゼ。アイディンのイロなの。よろしくね。」

黒髭の情婦らしからぬ軽やかな返事。

黒髭の旦那は、いったいどこからこの金髪のべっぴんさんをひっさらって来たんだか気にはなったが、それよりも外に飛び出しちまった若の方が何万倍も気になる。


「こちらこそ。アッシはホーレス。先ほどのサルヴァドル提督の船に乗ってまさ。」

「オレはリオーノ・アバンチュラ。同じく、サルヴァドル提督の補佐役です。お美しいお嬢さんにお会いできて光栄です。貴女みたいな方を手に入れた副首領が羨ましい。」

「えへへへへ。」

べっぴんさんは、若い娘らしく嬉しそうに笑った。


「では、アッシらはこれで失礼しまさ。女将さんにはお元気で。」

「おや、娼家にきたのに女の顔だけ見て帰るのかい?男とは思えないやり草だね。ホーレス、股ぐらのシロモノは使わないと使えなくなっちまうんだよ。」

「そうなの?」

不思議そうな顔をしたべっぴんさんに、女将が延々と「講義」をしている間に、俺たちは撤収することにした。





2011/10/23



サルヴァドル、セクハラされるの巻。




化粧の厚さ

   

目次









































多少時代は下りますが、エリザベス女王はインチ単位で白粉を塗っていたそうです。彼女の肖像画を見ればお分かりと思いますが、あんな感じになります。で、そこまで化粧が厚いとほとんど表情が変わらないため、対イギリスの外交官は女王の本音を読み取るのに大変な苦労をしたとか。
ちなみに、なんでそんなに化粧を厚くしていたかというと、当時の白粉は鉛入りのため、肌を傷めやすかったのです。
化粧のせいで肌が傷む→更に厚くする→もっと肌が傷む→更に更に厚くする→
の悪循環だったとか。

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