俺が「亜麻色亭」のドアを開けると、必死で何かを訴えるサルヴァドルと、相変わらずの渋い顔したホーレスと、それをにこやかに微笑みながら聞くオルダの姿があった。
「はいはい、分かりますよ、サルヴァドルさん。マンサナの女将さんにも困ったものですね。」
「オレは女なんかいなくたって、ぜんっぜん困ってないんだからな!!」
「ええ、ええ、分かりますよ。大丈夫、そのうちにサルヴァドルさんにも好きな人が出来ますから。」
「だからオレは女なんかいなくったって困りなんかしないんだってば!!」
「サルヴァドルさんは、どんな人が好きになるんでしょうか。きっと優しくて包容力のある人ですね。年上の人かもしれませんね。」
「オルダ、オレの話を聞いてるのか!?」
「そうなったら、ぜひわたしに紹介して下さいね。」
まったく噛み合ってないが、なかなか面白そうな会話だ。よって、ひとつ俺も参加させてもらうことにした。
話を聞いてみると、サルヴァドルは「黄金の双つ林檎亭」のマンサナ女将に呼ばれて、想定通り、セクハラされて帰って来たらしい。まったくあの女将の若い男好きにも困ったもんだが、それであからさまに顔色変えてるサルヴァドルにも困ったもんだ。
サルヴァドルは、また、女なんかキライだを連呼しだした。
「あらあら、そんなに嫌うことはないと思いますけど。ねえ、トーゴの旦那。」
「まあな。黒髭のダンナだって、最近は若いべっぴんにメロメロだって話だし。」
「…親父には女はいないぞ。」
「…」
俺はホーレスと顔を見合わせた。
まだ知らないのか、サルヴァドルは?
ええ、まだ。
俺とホーレスは目配せし、話題を他へ外すことにした。
「そういやサルヴァドル、ゴスの女を知ってるか?」
「…ゴスに女がいるのか?あんなに無愛想で無口なのに?」
サルヴァドルが興味を示したので、俺は続ける。
「ああ、俺も思った。あいつ、船を襲った時に、美人まみれの客船に当たってな。捕虜から一人くれてやるって言われて、どの女を選ぶんだろうって思ったら、なんと、下働きの、ゴスに負けず劣らずデカくてゴツい女を躊躇なく選んだのさ。トレボールなんざ、その瞬間、
『正気か!?』
って叫んだらしいぞ。」
「なんだ、ゴスはデカい女が好きなのか?」
「でな。連れて帰ったは良いが、何せ掠奪された女だ、一言も口を利かねえ。で、ゴスはどうしたと思う?」
「どうしたんだ?」
「何もしないで、数日、あいつも一言も口を利かなかったんだと。それで女が根負けして、モノになることを承知したって話だ。」
「ゴスは単に、いつものままだっただけじゃないのか?」
「かもな。が、一度喋り始めたら、また良く喋るんだ、その女。口の閉じてる暇がねえくらい喋ってんのを、ゴスはまあいつものように、黙って何度も頷いてるんだ。どこまで耳に入ってんだか。」
「そういうのを『割れナベにとじブタ』って言うんだろ?」
「あっはっは、巧いな、サルヴァドル。」
どうやら場が和んだようだ。
「ほら、やっぱりお幸せそうじゃないですか、みなさん。サルヴァドルさんだって、そういう方がいらっしゃればいいんですよ。ええ、赤髭の旦那だって、きっと孫の顔をご覧になりたいと思いますよ。」
「そうか!?」
「そうですかい!?」
俺とホーレスの声がハモった。
「なんで親父が、オレの子どもの顔を見たがるんだ?」
「まあいやですよ、サルヴァドルさん。どんな厳しい方でも、孫には別だって言うじゃありませんか。あの方だって、きっとお孫さんを前にしたら、聖者のようなお顔になったりするかもですよ?」
「それはないだろ!」
「それはねえと思いやすよ!?」
俺とホーレスの声が再びハモった。
「そんなもんなのか。」
サルヴァドルは、妙に感慨深げにうなずいた。
「サルヴァドルさん、どこかに気になる方はいないんですか?」
「気になる?気になるってのは、どんな女のことなんだ?」
「ええ、そうですね。見ているとドキドキするとか。」
「ドキドキはするけど、イヤな方のドキドキばっかりだぞ?」
「…ええと…ほら、一緒にいると気持ちが安らぐとか!」
「ああ!」
サルヴァドルが合点がいった顔をしたので、ホーレスが驚いた。
「若!そんな方がいらしたんですかい?そうならそうとアッシに言って下さればっ!」
ホーレスに言ったら、即座にその女をひっさらって来かねない形相だが、なかなか面白そうな話になってきた。
「一体、そりゃどこの誰だい?」
サルヴァドルは、大真面目な顔で答えた。
「オルダだよ。」
「…」
「…」
俺とホーレスが思わず絶句する中、オルダは大笑いする。
「なんだ、なんで笑うんだ、オルダ?そうだ、お前なら一緒にいても怖くないから、オレの女にしてやってもいいぞ。」
「ふふ、ふふふふふふ…サルヴァドル、さん、ふふふふ…こんなおばさんに光栄ですけど…わたし、わたし亭主持ちですから…ふふふふふふふ…いやだわ、面白すぎて…ふふふふふふふ…」
「ホーレス。」
「へい。」
俺とホーレスは、サルヴァドルをひっつかむと、宿の一室へと連れ込んだ。
「いいか、サルヴァドル。女を抱きたい抱きたくないは、個人の嗜好の問題だからって思ってたがな、いくらなんでもお前の異性感覚は酷すぎるぞ。」
「オレのどこがヒドいって言うんだ?」
サルヴァドルは、大真面目な顔で問い返す。
「あのな。お前、5つや6つの子どもじゃないんだし、20も年上の女にあんなことを真顔で言うか?」
「ダメなのか?」
「若。オルダは亭主持ちですよ。」
「男がいようがなんだろうが、欲しいものは力ずくで奪い取るのがオレたち海賊の生き方じゃないか。」
「どうしてそんな所だけ妙に海賊らしいんですかい!!」
ホーレスが半泣きになりそうになる。
こりゃ仕方ねえ、相当重症だ。しかしまあ、海賊だらけのこの街で育って、どこをどう間違ったら、こんなのになるんだか。
サルヴァドルは、むくれる。
「なんだよ、みんな。オレに女がいないのが悪いみたいに言っておいて、オルダを選んだら文句を言うし。」
「お前も、もう少しみんなが納得する女を選んでおけ。ほら、若いんだからな、ジョカみたく若い海賊らしく…」
「トーゴの旦那。ジョカはやりすぎでしょう。アッシは若にあそこまでして欲しいとは思いやせんぜ。毎晩毎晩、両手にひと抱えをとっかえひっかえ…ありゃあんまり節操ってモンが…」
「…そういうトーゴだって、女はいないだろ?」
サルヴァドルが「してやったり」って顔で俺を見る。
「なんだよ、自分だってそうじゃないか。」
「まあな。」
「オレのこと心配する前に、トーゴはその『気になる女』はいないのか?あ、分かった、オルダだろ!?トーゴ、よく『亜麻色亭』に来てるもんな。さてはトーゴ、オルダのことが好きなんだな?」
サルヴァドルは、ガキのように嬉しそうにまくし立てた。
「…こいつがヴェテラーノ(猛者)だってんだから、な。」
「若、もうそれくらいにしておくんなせえ。」
ホーレスの方が、見てて気の毒なくらい赤面している。
ほんとサルヴァドルは仕方ないというか、何というか…よくこいつの艦隊は艦隊として機能してるなって、不思議になるくらいだ。
「お前には負けたよサルヴァドル。はいはい、確かに俺はオルダのことは好きだよ。」
「ほら、やっぱりそうなんじゃないか!」
「若、トーゴの旦那は人ととしての好悪の話をしてるのであってですね…」
「いや、ちゃんと『女として』の話だ。」
サルヴァドルは、不審そうな顔をする。
「てことは、トーゴはオルダを『自分の女』にしたいってことか?」
「ああ、そうだ。」
「じゃ、なんでそうしないんだ?」
サルヴァドルは、こりゃまた笑っちまうくらい大真面目な顔で問うた。
「『こいつは俺の女だ』って一言言えば済む話だろ?ついでに亭主を叩き斬ればカンペキだ。」
「若!」
「成程な。」
やれやれ、若いってのは困ったもんだ。
「あのな、サルヴァドル。俺はこのアルジェ4人衆の一人で、力ずくでそうしようと思ったらいくらでもそう出来るがな。」
「で、なんでそうしないんだ?」
「力ずくで手に入るものを、力ずくで手に入れようとしねえのもまた、漢の美学だから、さ。」
「…は?」
サルヴァドルは、心底「分からない」って顔をした。
「ま、お前みたいな『オコチャマ』にゃ早過ぎる話だったな。」
俺はサルヴァドルの肩を叩いた。サルヴァドルがすぐに沸騰する。
「オレをガキ扱いするな!!」
「お前の年じゃまだ分かんねえよ。心配するな、ジョカもまったく理解しなかった。」
「なんだ、じゃああいつもまだまだガキなんだ。」
サルヴァドルが嬉しそうに言う。俺はついつい笑っちまう。
「まあな。とりあえずお前はまず、誰かに惚れろ。」
「…どうやったら惚れられるんだ?」
「そいつは自分で努力しな。おっと、あんまりお前が面白いもんだから、ついつい時間が過ぎるのを忘れてた。俺はこれから出撃なんだ、じゃあな。おっとっと、さっきの台詞、オルダの亭主の前で口にすんじゃねえぞ。」
去り際、サルヴァドルが「リオーノがいないぞ」と口にするのが聞こえた。
続いて、ホーレスの「あいつはいつも気付いたらいねえですね。」って声も。
「…ジョカはお頭のトコか。」
俺はちょいといやな予感がした。
リオーノ・アバンチュラ、か。
2011/11/21
アルジェの宿のおばさんは、サルヴァドル編のOPでキャラ立っていたので名前を付けただけなんですが、気付いたらかなりの重要人物になった&トーゴさんとかなり仲良しになったので、こういうことになりました。
きっと過去に何かあったとか、そういうオチだよね。
「力ずくで手に入るものを、力ずくで手に入れようとしねえのもまた、漢の美学」
はい、サルヴァドルには(ジョカにも)、まだまだ難しすぎると思います。
「オルダ。お前なら一緒にいても怖くないから、オレの女にしてやってもいいぞ。」
「あら嬉しいですこと。じゃあお言葉に甘えますね。」
オルダ、誘いにのってみた。
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目次
オルダの亭主「ちょっと待て、オルダ!!お前、おれというものがありながら…」
オルダ「まあま、心配しないで下さい、あなた。じゃあサルヴァドルさん、わたしは今からあなたの女です。」
若「うん、そうだな。ところで、女って何をしてくれるんだ?」
オルダ「もちろん、お食事に、ベッドの世話までするんですよ。まずはご飯を用意しますね。」
若「オレは肉がいいぞ、肉!!」
で
若「腹いっぱいになったら眠くなってきた。」
オルダ「サルヴァドルさん、もうお休みになりますか?」
若「うん。」
オルダ「はいはい、じゃあサルヴァドルさんが寝るまで子守唄を歌ってあげますからね。」
若「『ベッドの世話』ってそういうことなのか?」
オルダ「もちろんです(にっこり)」
若「なんだ、そうか。」
で
オルダ「サルヴァドルさん、起きて下さい。出航の準備が出来ていますよ。」
若「ああ、じゃあ行ってくる…そうだ、女には、『お手当』ってやつを払うんだよな。いくらなんだ?」
オルダ「お志だけで結構ですよ。」
若「そうなのか?はい(ちゃりん)。じゃあ行ってくる。」
オルダ「行ってらっしゃい、サルヴァドルさん。お気をつけて。」
で。
オルダ「はい、あなた。サルヴァドルさんの宿代です。」
亭主「オルダ、お前が口達者なのか、サルヴァドルさんがあんまりにあんまりなのか…どっちだろうな?」
オルダ「まあいいじゃありませんか。そのうちサルヴァドルさんも大人になりますよ。」
「海賊と情婦」ゴッコだったことに、多分、サルヴァドルはまったく気付いていないと思われ。