「バッカじゃない?」
ベッキーは、わたしのかなり本気な告白を一瞬で笑い捨てた。
「ひっどーい、何よそれー!!」
わたしは、絹のショールをまいた首を全力で振る。
「わたし、本気なんだからねっ!あの黒髪のお兄さんを射止めるつもりなんだからっ!!」
そしてたわたしは、大粒のルビーのついた指輪を、
ぐい
とベッキーに突き出した。
「見なさいよ、この指環!」
「確かに上物ね。貴族の奥さまの宝石箱に入れとけるシロモノだわ。」
ベッキーはチラ見しただけで、ルビーの指環の価値を見抜く。
さすがだわ。
「でしょ!?こんな高価なものを!しかも、わたしの髪とピッタリ合うルビーの指輪を!!さらり、とプレゼントしてくれるのよ!?サルヴァドルってばっ!!」
「ふうん。」
ベッキーはどこまでも興味なさそうで、困っちゃう。
「これが愛でなくて何だって言うのよ!?しかも超美形!!しかもスゴ腕海賊!!これを落とさずして女でいられるって言うの?いや、いられないわっ!!」
わたしはこぉんなに熱弁したのに、ベッキーはどこまでもクールだった。
「つまりはそれ、情報料なわけでしょ?何の情報提供したの?」
「んもう、トモダチ甲斐のない人ね。まあ…そうよ、あの黒髪のお兄さんてば、超高性能の火薬が欲しいんだって。大砲に使えば敵の船なんて木っ端みじんになっちゃうくらいの強力なヤツ。だから、それは遥か遠くのセリカにあるって教えたげたの。そんだけなのに、たったそんだけの話で、この指環くれたのよ!?これって、ただの情報提供料じゃないでしょ?そうよ!それに名を借りた、愛のプレゼントよっ!」
「…火薬…」
わたしのアピールは、ベッキーには通じなかった。
ベッキーは、金のサークレットをコツコツと叩きながら、何度か火薬と繰り返した。
「ねー、ベッキー…」
「確か、あのお兄さんはアルジェ海賊だったわよね。そして、大砲と言えば、オスマン海軍でも新型砲の開発が進んで…」
「ねー、ベッキーってば。わたしのお兄さんの恋を応援してあげるわ♪とか、そういう女友だちらしいチアーワードは…」
「アルジェ海賊とシャルークの対決は近いのね、やっぱり。こうしちゃいられないわ。先を越されてたまるもんですか!」
「ベッキー!!」
わたしがベッキーの頭の上にカップを置いてやると、さすがのベッキーも気がついた。
「なにすんのよ、アニー。大事な考えしてたのに…」
「さてはベッキー、アレね。あなたもあの黒髪のお兄さん、狙ってるわね?」
「…はあ?」
「とぼけちゃだめよ。そーよね、ベッキーは『ガートランドの奥さま』になりたいんだしね。あのお兄さん、きっと貴公子だものね!?」
「貴公子?アルジェ海賊でしょ?」
「あの絹のような黒髪とか、触ったらスッゴク手触りいいんでしょうね。あの紺色の瞳に見つめられたいわー。あー、あの形の良い唇にキスしたーい♪」
「すりゃいいじゃない。」
「あーもう、分かった、そんなにスネないで。同じ男の人を好きになっちゃったなんて、友だちとして不幸よね。あー、でもわたし諦めたくないし…」
「だから、わたしはあのお兄さんにはキョーミないわよ。賞金かかってるってんなら別だけど。」
「よしっ!!分かったわ、代わりにリオーノをあげるっ!!」
「要らない。」
即答。
「なあによう!!見た目だって悪くないし、何より座持ちはスゴくいいんだからねっ!アタマの回転速いしさ、腕も悪くないと思うワケよ。んーベッキーには負けるかもしんないけど〜…」
「『かも』じゃなく、あたしのが断然上よ。」
ううん、腕に自信のある女はむつかしいわ。
わたしは、ベッキーの耳に口を寄せる。
「何より、ベッドの中では相当いいシゴトするわよ。」
ベッキーは、手のひらでわたしの顔を払った。
「なんであたしが、あんたのお古引き取らなきゃいけないのよ。何度も言うけど要らないわ、あんな服のシュミおかしいオトコ。」
「んー、ソコは難点なのよね。」
「何でもいいから、黒髪だろうがオレンジだろうが、好きな方口説きなさいよ。あたしは別に、あなたみたいに、男ナシじゃいられない尻軽じゃないの。」
「ひっどぉーい!!なによその言い方ー!!ベッキーだって、金貨ナシじゃいられない銭ゲバ賞金稼ぎのくせにー!」
トモダチだからって、言っていい台詞と良くない台詞があるんだからねっ!
そう続けようとしたけど、ベッキーは
ニヤリ
と不敵に笑って続けた。
「そーよ、あたしは『金貨ナシじゃいられない銭ゲバ賞金稼ぎ』なの。男と違って、金貨はあたしを裏切らない♪」
「はあ。」
わたしは、ベッキーのカップに、酒じゃなくてミルクを注ぎこんだ。
「ちょ…何よ。」
「そーゆー、酒で寂しさを紛らわしちゃうような、愛』に乏しい人生ってどうかと思うなー。」
「大きなお世話よ。」
ベッキーは動じもせずに、ミルクを一息で飲み干すと、立ちあがった。
「もう行くの?」
「ま、シゴトだから。」
「…さっき、シャルークとか言ってたけど…」
ベッキーは、もう一度不敵に笑った。
「今度は逃がさない。」
拳で、手のひらを勢いよく叩くと、ベッキーは金貨をカウンターに置いた。
「生きて帰って来てね。そしたら、黒髪のお兄さんをゲットした姿を見せつけてやるから。」
「生きて帰って来るわ。そしたら、どんな男にも負けないステキな宝石持ってきて、あんたに
『やっぱりベッキーが一番よー♪』
って、叫ばせてやるから。」
ベッキーが去ると、いっつも思う。
ベッキーが男だったらサイコーなのにって。
うーん、世の中って、うまくいかないなー。
2011/12/18
アンナはサルヴァドルをゲットする気満々ですが、多分、ルビーの指輪を渡した時のサルヴァドルは、猛獣にエサをやれと言われた幼児のようにビビっていたと思われます。
その頃のサルヴァドルとリオーノ
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目次
サルヴァドル「なんか、さっきからくしゃみが止まらないぞ。」
ホーレス「お風邪ですかね、若。」
サル「ぶえっくしょい!くしょいっ!!何なんだ、一体。」
リオーノ「…おっと、オレもくしゃみが。」
サル「リオーノも風邪か?」
リオ「へへっ、オレみたいないい男は、常にウワサされてるんでね。くしゃみの1つや2つ。提督も、どこかの美人ちゃんにウワサされてんだぜ?」
サル「…今度は寒気がしてきたぞ。」
ホーレス「若!それは本物のお風邪でさ。早くあったかくして寝て下せえ!そうそう、医者を…」
ゲオルク「風邪には、ザワークラウトが効くぞ。特に俺のマリーヒェンの手作りは…」
リオーノ「お前、ザワークラウトは万病の薬だと思ってないか?」
ザワークラウトはビタミンCがたくさん入っているから、風邪にも効くとは思います。