俺たちの船団は北上する。
フォレルを出てから、新大陸の北の大地とグリーンランドの間に広がるのは、ただひたすら冷たい海だ。
ったく、こんな白い土地を「グリーンランド」なんて名付けやがったヴァイキングどもの神経を疑うぜ。
「新しい発見物はナシですよ、提督?」
相棒のカミーロが、面白くもなさそうに望遠鏡から目を外し、言う。
「ったく、『モネータドーロ(金貨)』号の名が泣くぜ。この船に乗り換えてから、金にちっとも縁がありゃしねえ。」
「そんなバカな名前つけるからだ、バーカ。」
「だから俺は、『エル・ドラド』号って付けようとしたんだ。それもバカだと言ったくせによ。」
「だいたいお前さんはネーミングセンスが安易なんだ。俺のつけた『ファルコーネ』号の方がよっぽどセンスが良かった。」
「うるせえよ。」
カミーロは、海図に目を落とす。
「お前さん、ちと早いがチャーチルで補給しといた方がいい。ここを逃すとバイーアまで無補給になる。氷河にでも囲まれたら餓死するぞ。」
「だな、アベントゥーラ号に伝えといてくれ。補給のため寄港するってな。」
それを聞くと、カミーロの顔色が曇った。
「なあお前さん。本当にあいつらを連れてきて後悔してないのか?」
カミーロが言う「あいつら」はもちろん、この天才冒険家の俺に「是非、セリカまで案内してほしい」と頼んで来た一行だ。
黒髪の小奇麗なツラしたガキが提督で、黒人の巨漢だの、オレンジの髪したド派手でキザな兄ちゃんだの、船大工だの、自称船医だの怪しげな奴らの寄り集まりだが、
「俺たちを殺してあらいざらい奪い取ってやろうってんじゃねえさ。万が一、あいつらが極悪非道の海賊だったとしても、どうせ俺たちゃスカンピンだしな。」
「問題はそこじゃない。」
カミーロはそして、航路も判然としてないのに、どうして「案内役」が出来るつもりなのかと切り込んで来た。
「わっかんねえな。この天才の俺様がいるんだぜ?」
「お前が自称天才なのは容認してやるよ。で、だから何だ!?」
「俺が死んだことがねえってことは、俺が行こうとしてる航路も多分、つながってるってことだ。」
「理由になるか!ダホっ!!」
長い付き合いだってのに、いつまでも俺が天才であることを認めねえカミーロは、さんざ俺を罵ったが、
「ま、お前さんに言ったってムダな事は百も承知だ。」
といつものように自己納得して、アベントゥーラ号へと信号を打ちに行った。
チャーチル。
水と食料が補給できるだけのチンケな港だが、久々に俺たちは温かくマトモな食事をとれた。
「船のメンテ終わったッス、提督、そしてピエトロ。」
アベントゥーラ号の船大工ギャビンは、俺の船にぜひ欲しいくらい腕のいい男だ。
「しっかし、こんだけ冷たいと船底にフジツボも付かねえもんスね。ああ、寒。」
ギャビンは温めたワインのカップで、かじかむ手をぬくめながらそう言った。
「ギャビンは北欧育ちなのに、やっぱり寒いかい?」
リオーノが言う。
「そりゃな。ハンブルグもそりゃ寒いが、寒さの桁が違う。な、ゲオルク?」
細い顔の自称船医は、寒いんだか暑いんだかわからない顔で、でもやっぱりカップから手を離さずに頷いた。
「オレもあったかい場所育ちなんでね。寒さが堪えてたまんないね。オッサンはどうだい?」
「誰がオッサンだ!」
もう俺ですら耳タコになっちまうやり取りのあと、ホーレスは、
「こんだけ白い土地が続くと、俺の肌ですら雪でさらされて白くなっちまいそうだな。」
と、がっしりした黒い手でカップを弄びながら続けた。
「提督は…」
「オレは寒くなんかないからな!」
見たところ、この黒髪の坊やが一番寒さに参ってるようだ。
細い体にモコモコと大層に着こんでる。
「若、あんまり無理なさらねえで下せえよ。寒いんなら、まだまだ服が…」
「だからオレは寒くなんかないってゆってるだろ!」
いや、ホーレスに着せられてるのか?
「心配なさらねえで下せえよ、ピエトロの旦那。若、じゃなくて提督は、暑い所のお育ちだもんで。」
サルヴァドルは、面白くなさそうに口を尖らせたが、すぐに俺の顔を見つめた。
「ところでピエトロ、航海に出てから、ずっと寒い海ばっかだ。何か面白いものが見つかるんじゃなかったのか?」
その顔が、どっから見てもガッカリ顔のガキんちょだったんで、俺はついつい笑っちまう。
「何がおかしい?」
サルヴァドルの不満顔がもっとおかしかったから、俺は言った。
「いんや、冒険の航海に出さえすりゃ、すぐにお宝がボコボコ見つかるなんて、まさにドシロートの考えだと思ったのさ。いいか、冒険ってのは地道にコツコツとだな…」
「お前さんが言えた義理か。」
カミーロが余計なツッコミを入れるが、俺は大冒険家として、このガキんちょに冒険のなんたるかを説いてやろうとした。
「フン、評判倒れなら、もっとマシな言い訳をしろ。天下の冒険家ピエトロ・コンティーの名が泣くぞ。」
「誰が評判倒れだクソガキ!!」
「誰がガキだっ!!」
「ピエトロ!!お前さんはなんでそんなに挑発に乗りやすいんだ、このバカ!!」
「若っ!!どうして若はそんなに口が悪いんですかい!!いいですか、ピエトロの旦那はですね…」
「ふんっ!!口先だけなら何とでも言えるさ。お前も冒険家なら、何かすごいものをオレに見せてみろ!」
「若!!あのですね、若、いいですか。そもそもアッシらの目的はセリカに高性能火薬を見つけに行くことであってですね…」
「ああ見せてやる!!俺の実力を甘く見んなよ、このガキんちょ!!いいか、この付近にはなあ…」
俺は海図を広げると、グリーンランドの西の島を指差した。
「マンモスって、巨大な化け物がいるんだぜ!!知らねえだろ!?」
「マンモス!?」
サルヴァドルが、目を輝かせた。
「それはどんな化け物だ?」
「ふふん、聞いて驚け!…ゾウは知ってるか?」
「ああ、あれはアフリカで見たぞ。鼻の長い、耳のデカい、ともかくデカい化け物だろ?」
ボンボンかと思ったら、意外と物知りじゃねえか。
クソ、負けるか。
「ああ。だがマンモスはもっとすげえんだ、毛むくじゃらで、更にデケえんだぜ、どうだ、参ったか!!」
「で、そいつはグリーンランドのどこで会えるんだ!?」
サルヴァドルが、紺色の目をキラキラ輝かせた。
俺は勝った気満々だったが、カミーロは黙って俺を見つめていた。
もちろんその口は、「バーカ」の形に動いた。
「ははははは、もちろん今からそこに向かうんだ。」
「オレも行く!!」
サルヴァドルの言葉に、サルヴァドルの仲間たちが、苦笑だの、あからさまな落胆だの、表情の差はあれ、「あーあ」という雰囲気を流した。
もちろん俺は言わねえよ。
俺もマンモスは拝んだことがねえとか。
グリーンランドの西の島たってすげえ広えとか。
そもそも、マンモスの話だって、イヌイットからの又聞きだとか。
「ああ、付いて来い!!」
なに、ちょいと冒険の予定が狂ったが、絶対見つけてやるさ。
俺の名はピエトロ・コンティー。
世界最高の冒険野郎だからな。
2011/12/23
負けず嫌いのガキんちょ(精神年齢が)が2人もいると、話が無体な方向に流れるというお話。
ピエトロ・コンティー
…2の主人公の一人。ジェノヴァ人。生粋の冒険野郎。父親の借金が返せずにジェノヴァでうらぶれていたが(ちなみにその時に、自分ではそれと知らずに、ミランダに「プロポーズ」している)親友のカミーロの骨折りにより、リスボンのフェレロ公爵家にスポンサーになってもらう。公爵夫人クリスの目的は、息子のジョアンの追跡だったが、ピエトロがそんなことを気にするはずもなく、どこまでも自分の冒険を貫こうとする…まあ、確かに聖者の杖を発見したり、死んだはずの公爵レオンの父親を発見したりしてるけどね(十分だ)。
ちなみにゲーム画面では間違いなく赤毛なのだが、設定上では茶髪。185センチと、実は誰よりも長身。2開始時33歳と、次に年上のオットーより8歳も上の最年長にも関わらず、もっとも礼儀と口のきき方がなっていない男。イスタンブールのストリートチルドレン出身のアルよりなっていないあたり、精神年齢は最低かもしれない。
冒険家のくせに地図作成技能を持っていないために、うっかり取得を忘れたまま進むとエラい目に遭う。ただ、直感は鬼のように高いため、発見物や、冒険途中での水捜索で困ることは非常に少ない。さらに2は壊血病がなかなか発生しないため、気付くと航海日数が100日越えていたりできるのも、ピエトロシナリオの強み。
公爵就任イベントでも、そしてEDでも、どこまでも冒険野郎を貫き続ける彼と、そんな彼と常にともにいるカミーロはすがすがしかった…外伝が発売されるまではな!!
私見だが、冒険家が3人いる2のシナリオ、いや同じく冒険家のミランダも含めて、4人の中で一番「冒険家」の名にふさわしい男であった。
が。
ミランダのことは好きなのだが、個人的に外伝の後付け設定は忘れたい…
ニコロ・デ・コンティ
戻
次
目次
ピエトロ・コンティーの元ネタであろう人。
ニコロ.デ.コンティ Nicolo de' Conti (1395〜1469)
イタリアの旅行家。ヴェネツィアの貴族の出身である。
1419年に旅に出発したが、旅行の経路はというと、まずペルシアを訪れ、ここから海路でインド西岸のヴィジャヤナガル王国に達し、セイロンへ向かった。
さらに、スマトラ・ジャワ・テナセリム・ビルマ・チャンパを歴訪する大旅行であった。
どうやら、鄭和の大船団にも乗船したらしい、マルコ・ポーロより大冒険家な人。
インド人の妻と4人の子供をともなって帰路の途中のエジプトで、妻と子供一人を疫病で亡くした。
1444年にヴェネツィアに帰国。後に彼の旅行記『再認されたインディア』(India recognita)は様々な言語に翻訳され、出版された。
また、鄭和の作成した全世界図がポルトガルの皇太子ドン・ペドロとエンリケ航海王子に伝えられたらしく、のちの大航海時代の幕開けに非常に大きな役割を果たした。ついでに、イウズス会のフランシスコ・ザビエル (1506〜1552)がリスボンを立つ前に彼の著作を読んで参考にしていたらしいし、ジョヴァンニ・バッティスタ・ラムージオ(ちなみにこの人は、2の航海士ジャン・ラムジオの元ネタではないかと思われる)とか、ポッジョ・ブラッチョリーニといった後代の旅行記編纂者たちも、彼の著作を典拠にしていたため、ポルトガル人航海者やイエズス会士の必要不可欠な書となっていた。
大航海時代を支えた偉人とも言うべき男なのに、日本での知名度はマルコ・ポーロと比べて皆無…なぜ?