救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

17-5 カミーロ・ステファーノが語る話









バイーアは小さな港、というよりも漁村の片隅に船がとめられるような所でしかないが、それでも陸で落ち着けるのはありがたい。

俺たち船乗りにとっては食料と水を補給し、揺れてない寝床で眠りに就く。

それが出来ることだけで、十分だ。




「カミーロ、やっぱりここにもカワイこちゃんはいねえよ。」

「たり前だ。お前さんみたいなうさんくさい親父の前に、嫁入り前の娘だの若妻なんぞ出すか、バカ。」

「言うなー、相棒。お前だって立派な親父じゃねえかよー。」


なんて、強い酒飲みながらクダ巻いてたピエトロは、とうとうツブれた。


「仕方ないなあ、お前さんは。」

俺はピエトロを肩にかつぐと、宿のベッドに送り届ける。


「ったく、重いなあ…」

ブツブツ言いながら階段を上がると、


「ああ、カミーロさん。」

腕にサルヴァドルを抱き上げたホーレスがいた。


「…お前さんも、俺と同じかな?」

ホーレスの腕の中でサルヴァドルは、赤ん坊みたいに安心しきった顔で眠っている。


「ええ、ピエトロさんもおんなじみてえですね。」

ホーレスは、サルヴァドルの顔を覗き込んで、穏やかに苦笑する。


「まったく、飲むのがミルクか酒かの違いはありやすが、若はすぐにテーブルで寝ちまうんですから。」

ホーレスは、黒くいかつい顔した聖母みたいな表情をした。


「お前さんの若さまほど、俺の相棒は可愛いくないけどな。」

俺は、ふと思いつく。


「とりあえず、お互いの困った提督を寝かしつけよう。その後で、ちょっとどうかな?」

俺はあいた方の手で、グラスを傾ける手つきをした。




俺はそれとなく、サルヴァドルと、そしてこのホーレスたちが何者か聞き出そうとしたが、ホーレスは話を濁す。

俺はどうもそれが気になったが、とにもかくにも、俺たちに害意を持ってるわけではないということは分かった。

そして俺は、ホーレスの身の上話をさかなに酒を飲む。


「へえ、赤ん坊の時から。それは大変だったろうな。」

俺が言うと、ホーレスは大きくうなずいた。


「若は手のかかるお子でしたからねえ…それはもう、夜泣きはするし、ワガママで人見知りが激しくて…」

ホーレスは子育てノロケをひとしきりしでかしたところで、


「でもまあ、そこが可愛いお人なんですよ、若は。」

としめた。


「手のかかる子ほど可愛いと言いやすが…」

「手のかからない子だって可愛いさ。」

ホーレスは、俺に目をやる。


「カミーロさん、お子さんをお持ちですかい?」

俺は黙って、懐に手を入れ、ペンダントを取り出した。


「俺の大事なリーチェ、一人娘だ。」

ホーレスは、ペンダントの中の小さな肖像画を見つめ、眼を細める。


「確かに可愛らしいお嬢さんでさ。あと何年かすれば、さぞやお父さんを心配させるくらいのペッピンさんになりまさぁね。」

「そうだな。俺も同じ心配をした。悪い虫がウヨウヨわいて出たら、どう退治してやろうかってな。」

「銃にしやすか?それともダンビラ?」

「そうそう、具体的にどの武器にしてやろうかまで考えた。…が、その心配は要らなくなった。神の思し召しで。」

俺は、知らずのうちに十字を切っていた。

ホーレスが、眉をひそめた。


「お察しの通りだ。俺のリーチェは、今は悪い虫じゃなく天使さまに囲まれてる。」


俺は、ペンダントの中のリーチェの明るい笑顔を見つめた。

あの子は、こんなに元気だったんだ。

たったひと月後に、もう天国に行ってるなんて、どうして想像出来たろう。




ステファーノの家は、代々早婚だという。

姉も15でとっとと嫁に行き、娘がいなくなって寂しくなった両親は、俺にさっさと嫁をあてがった。

俺の家と同じ交易商人の家の出の嫁は、いい女だった、のだと今になっては思う。

ただ、まだまだ子供だった俺には、嫁をもらったって実感はそんなになかった。

俺は父親について港を回り、商人としての修行を積むのに忙しかった。

そんな俺を、嫁がとがめた記憶もない。とはいえ、嫁の寂しさに気づけるほど大人だった自信もない。

俺が嫁の存在を初めて重く受け止めのは、皮肉にも、彼女が娘を産んですぐに死んでしまってからだった。


「家を出るときには、もう大きな腹をしていた。帰ってきたら産まれているだろうって言葉に、俺はうなずいて、軽くキスをしただけだった。次に家に戻った時、俺の嫁さんはもう、冷たい土の下に埋められていた。母親が、お産が重かったんだと泣きはらした眼で俺に告げながら、忘れ形見になってしまったリーチェを俺に抱かせた時、俺はようやく、俺がどんなに薄情な亭主だったか気づいた。」

ホーレスは、黙ったまま俺の話を続きをうながした。


「俺は後悔した。だが後の後の祭りだった。何をしたってあいつは戻ってこない。だから俺は、せめて残された娘だけは大切にしようと決心した。」

幸い、俺は金勘定も得意で、陸の上でも仕事が出来た。

俺は出来るだけリーチェから離れないようにして、リーチェの成長を見守った。


「リーチェはいい子だったよ。可愛くて、素直で、明るくて、何より、俺が大好きだ。」

「親としちゃ、それに勝る孝行はありやせんね。」

「まったくだ。大きくなるのは嬉しかったが、大人になるとそのうち、どこかの男にとられるかと思うと悔しかった。でも、リーチェは利口な子だったから、ちゃんと、

『だいじょうぶ、大きくなったらお父さんのお嫁さんになるから』

って、必殺の文句を言ってくれた。俺も、なんとかリーチェを手元から離さない手だてはなにものかと本気で考えたよ。」

俺は、のどの奥で言葉がつかえた。


「…俺は思っていた。リーチェの母親が死んでしまったのは、俺がそばにいなかったからだと。だから、俺がリーチェの傍を離れない限り、リーチェは絶対に死なないのだと思っていた。いや、信じていた。」

「カミーロさん…親ってのは、そんなものでさ。」

「…リーチェは丈夫な子だった。時折かぜをひくくらいでな。だから、あの時もただのかぜだと思ってた。でも俺は、リーチェをすぐにベッドに入れて寝かせた。薬も飲ませた。すぐ治るはずだったんだ。俺は、手なんか抜いてなかった。なぜ熱が上がるんだろうと不安になったから、医者だって呼んだ。でも、リーチェの熱は下がらなかった。」

俺ののどの奥に、重たいものがひっかかっている。


「俺はそれでも、リーチェは俺がいる限り死なないと信じていた。いや、信じたかった。俺は何度もリーチェに言ったよ。

『お父さんがいるから、大丈夫だからな。』

って。リーチェも、苦しい息の下から何度も言った。

『お父さんがいるから、だいじょうぶ。』

って。」

俺は、哀しい瞳で聞くホーレスに、何度話してもつらい結末を伝えた。


「俺がいたのに、リーチェは助からなかった。俺は万全を尽くしたのに、リーチェは死んでしまった。」

「カミーロさん…」

「…子どもに死なれた親ほど、辛いものはない、な…俺は泣き暮らした。」


神と世界を呪い倒して、一年。

俺は無力感だけを抱えて生きていた。


「世界の何もかもが灰色に見えてた俺を、母親はオロオロと見守るだけだったが、俺の父親はなかなか策士だった。」

「へえ、お父上は何をなさったんで?」

「『憂さ晴らしに、親泣かせのバカ息子をいびってこい。』

そう言って俺を、コンティー商会の船に乗せたのさ。」

「コンティー商会?それじゃ…」

「ああ。コンティー紹介の大バカ親不孝息子の名前は、ピエトロと言った。俺より年上のくせに、地に足がついてないにも程があるそのバカは、
『新しい交易ルートを開拓する』

なんて見え見えのウソをこいて、父親から船をまきあげて、冒険に出ようとしてたのさ。女に自慢するためだけにな。」

「へえ…」


あの時、俺は慰めや同情には心底うんざりしていた。

誰がどんな美辞麗句を連ねたって、リーチェは戻ってこない。

俺は痛いほどそれをわかっていたが、どうやってもリーチェのことが忘れられなかった。

が。

ピエトロの船に乗ると、状況は変わった。


「今じゃ天才冒険家だの何だのと大ボラ吹いてるがな、あの時のあいつは素人もいいトコだった。ロクな知識もなしにアフリカに船出したはいいが、お宝は当然見つからないは、暴風雨に遭って船が沈みかけるは、計画なしに船を進めて食料が足りなくなるは…最後には、船員に反乱起こされかけて、さしものどあつかましいあいつも観念して、ジェノヴァに帰ることに同意させた。まったく、あのバカのおかげで、気の休まる暇も、リーチェのことを思い出す暇もなかったよ。」

ホーレスの表情が緩んだ。

たぶん、俺の表情も緩んだんだろう。


「でも、それもカミーロさんのお父上の差し金なんでしょう?」

「まあな。俺の父親とピエトロの父親が知り合いで、バカ息子にお灸を据える奴を探してたんだとさ。ピエトロはまんまと俺に騙され、そして俺も、まんまとピエトロに気持ちを切り替えさせられた…」

俺はついつい、思い出し笑いをしちまう。


「あのバカ、あれだけひどい目に遭ったのにまだ懲りなくてな。それでもまだ冒険に出たいとかふかすわけだ。そして俺は…」

俺は、もう一度笑う。

「そんなピエトロをそそのかした。

『なら、そうしちまえ』

ってな。そしたらあのバカ、どうしたと思う?」

「どうしたんですか?」

「まっとうに働くって言って父親の船を率いて出港すると、そのままその船をちょろまかしたのさ。」

ホーレスは、大きくため息をついた。

「…どこでも、困ったお人は同じようなことしやすねえ。」

「お前さんのあの若さまも、お父上の船でもちょろまかしたのか?」

「いえ、まあ、そんなものというか…いえ、こっちの話でさ。で、カミーロさんは?」

「俺とピエトロは途中で合流して、そのまま冒険の旅に出た。その旅で俺は気づいた。ピエトロはバカで親不孝で本当に大バカだが、冒険家としてとんでもない才能を持ってるって。そして、俺も冒険が大好きだってことに。ついでに、俺はあのバカピエトロが好きだってことにも。」

俺は、リーチェの肖像画のペンダントを閉じた。


「まあ、その後も順調じゃあなかった。ピエトロの父親が遭難死してな。どっかのバカ息子のせいもあって、莫大な借金が残された。さすがのあのバカも、そんな状態で母親を残してほっつき歩く程のクソ野郎じゃあなかった。で俺の方は、立ち直った姿を見た両親の配慮とやらで、ポルトガル商船隊での仕事が決まってた。俺はあいつと違って孝行息子なんでな。ピエトロとは別れ別れにならざるを得なかったが、俺はあいつに約束した。

『ジェノヴァから離れるな。絶対に俺がまた冒険に出してやる』

ってな。」

「カミーロさんは、いいお友だちですね。」

ホーレスは真顔だったので、俺は照れた。


「責任の一環は俺にもあったからな。でまあ、いろいろあって…今はこんなんだ。ピエトロは夢みたいなことほざきながら、いまだにフラフラ大冒険してるし、それに付き合わされてる俺も、今じゃ立派な親不孝息子だ。」

俺は、俺のおもしろくもない昔話に最後まで誠実に付き合ってくれたホーレスの、とうに空になった杯に酒を注いだ。


「ありがとう、酔っ払いの昔話に付き合ってくれて。」

「とんでもねえことでさ。」

「…正直、俺はお前さんたちの正体を知りたい。」

俺が言うと、ホーレスの表情が固くなる。


「お前さんたち一行は謎が多すぎるからな。交易商人じゃない。冒険家でもない。貴族の若さまかと思ったが、それにしちゃ礼儀がなってないし…」

「いや、それはアッシのしつけが悪かったんでさ。申し訳ありやせん。」

海賊じゃないか。

海賊で、しかもあの年で艦隊を率いるだけの格があると言ったら、あの若さまはアルジェ海賊の御曹司か?

という言葉を、もちろん俺は呑み込んだ。


「…俺は、お前さんを信じることにしたよ。」

「アッシをですか?」

「子どもを大切にしてる親に悪人はいない。」

「若はアッシの実の子じゃありやせんよ。」

「だったら尚更だ。実の子でもない子どもをあれだけ愛せるお前さんは、きっと信頼に値する。あの若さまの父上がどんなお方か俺は知らないが、きっとお前さんに心から感謝して…」

ホーレスはうつむいた。


「そんな、いい話じゃありやせんよ。お…あの人は、若のことを…」

「え?」

ホーレスは、沈痛な顔をしたまま、笑ってみせた。


「いえ、でもカミーロさんが褒めて下さるのは嬉しいですぜ。アッシもね、育ての親として、せめて若だけは幸せになってほしいと思ってやす。」

俺は、それ以上の詮索を諦めた。

こんな顔して笑う人間に、それ以上聞けるものか。


「息子はいいな。いくら美人でも、誰かに持って行かれる心配がない。」

「…」

俺は軽口のつもりだったが、ホーレスは苦渋に満ちた表情になった。

どうやら、ホーレスとあの若さまの間には、相当いろいろあるようだ。


「失礼しやした、カミーロさん。年をとるといろいろ悩みが増えやしてね。ともかく、お互いの提督のために、一つ、乾杯といきやしょう。」

俺は、杯を上げる。


「ウチの、大バカ野郎ピエトロと、」

「アッシの、いつまでも困ったお人のな若のために。」


「乾杯。」





2012/1/22



カミーロの過去バナ。
『小説 大航海時代』のカミーロが奥さんを亡くしていたので、拙シリーズでは妻子ともに亡くしている設定にしてみました。
17くらいで子どもがいたとしたら、そんなにおかしくはない設定のはず。

たぶん、ミランダを見て「うちの娘が生きてたら…」と思っていたのでしょう。

ともかく、ホーレスとの子育てノロケパパトークでした。

あ、ピエトロはカミーロの息子じゃありませんが…多分、カミーロ的には、「出来の悪い弟」または「息子」くらいの扱いなのかと。




カミーロの過去

   

目次









































『小説 大航海時代』では幼馴染で、32ビットゲーム機用の攻略本では大人になってから親友になった設定。
拙サイトでは、攻略本設定を採用しています。よって、ピエトロと出会った経緯はほぼそのままです。

妻と娘に先立たれた設定は、4のカルロ・シナートから採りました。あのカルロは、仕事三昧のお父さんではありましたが、家族の死に目に会えなかったことで人生を思い直すことになりました。

カミーロは、大切な人を一度失うことで、二度とそんな思いをしたくないと思ったのに、結局、そんな思いを二度繰り返さざるを得なかった、心の中でそんな大きな悲しみに打ち勝った男にしてみました。
だから、カミーロはピエトロよりオトナなのです。

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