救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

18-1 アイディン・レイスが語る話









「あんの、クソ馬鹿たれっ!!また勝手に飛び出しやがって!!何度同じことしでかしやがったら気が済むんだっ!!」

俺は、テーブルを殴りつけた。


「…本当に、懲りんお子さまですな、副首領。」

トレボールの媚びた口調が、さらに俺を苛々させる。

俺が睨みつけると、トレボールは目を逸らした。


「待機しろって言っただろうが!!サルヴァドルのド阿呆めっ!!ホーレスも、あいつは何のためにお目付け役してるんだ!!」


サルヴァドルには、ハンブルグに新型大砲の開発を取りに行かせるために俺からの待機命令を下してあった。

それを、サルヴァドルは公然と無視して、出港しちまったってオハナシだ。


「あいつは、上意下達って言葉を知らんのか!!ヴェテラーノとはいえ、命令は…」

「そう叫ぶな、アイディン。」

その大きくもない声に、場のバリエンテたち全員が振り向いた。


「兄貴…」

アルジェ海賊の首領、海賊王ハイレディン・レイスが、そこに立っていた。


「サルヴァドルが副首領の待機命令も聞かず、勝手に飛び出したんです、お頭!」

トレボールが嬉しそうに報告するのを、兄貴は軽くいなす。


「放っておけ。俺の命令に背いたわけじゃない。」

オズワルドが、その言葉に眉を顰める。


「お言葉ですが、首領。アイディン副首領の御命令に違反したのは事実です。」

「気に食わないなら、サルヴァドルを『俺への裏切り者』にしようか、アイディン?」

兄貴は、表情一つ動かさずに俺に言った。

兄貴に対する裏切りは、反逆と同じだ。

そして、反逆者に対する罰はただ一つ、「死」のみ。


「本当に仕方ねえガキんちょだ。ノコノコ戻ってきたら、2、3発ぶんなぐってメシ抜きにしてやろうぜ、黒髭の旦那?」

トーゴの明るい口調が、雰囲気を変えた。


「でもですな、サルヴァドルは結局どこへ行ったんです?まさか、ニコシアにでも向かったんじゃ…」

せっかく好転した雰囲気が、また曇る。

ったくトレボールの野郎。


「ニコシアでシャルークに戦いを挑んでいたとした、ら。」

それまでずっと口を噤んでいたジョカが、呟くようにそう言って、兄貴の顔をそれとなく見た。


「サルヴァドルは確かに無謀だが、そこまで愚かじゃない。」

トーゴがたしなめるようにジョカに言う。


「可能性としては、無きにしも非ずです。」

「そうだぜ。ドジ踏んで死ぬならまだしも、捕まりでもしたらどうするんですかい?あいつを人質にして、シャルークがどんな無理難題を言ってくるか…」

オズワルドの言葉に、トレボールがかぶせた。


兄貴は表情の一つも動かさずに黙ってそれを聞き、そして言った。




「サルヴァドルは俺の息子じゃない。」




バリエンテたちが、息をのんで兄貴の顔を見つめる。


もちろん、俺もだ。

何を言っているんだ、兄貴は。

俺は目で、そう兄貴に訴えた。


「と、言うさ。」

兄貴は、兄貴にしちゃ軽い口調でそう言ったあとで、続けた。


「相手の力量も測れず、挑むべきでない相手に挑み、しかも負けるような弱者は、このハイレディン・レイスの息子ではない。」

その声は大きくはないが、低く、誰もがその言葉に圧倒された。


「サルヴァドルの詮索はこれ以上は不要だ。飛び出すからには何か考えがあるんだろう。戻ってきた時に物の役に立てばそれでいい。ハンブルグにはジョカ、お前が行け。」

「…承知。」

ジョカは少しばかり不服そうな表情はすぐに消し、そう答えた。




「結局、お頭でも息子には甘かったな。」

兄貴が去った後、トレボールが不服そうにぼやく。


「ま、息子だからな。そこらへんは勘弁しとこうさ。」

トーゴが宥めるが、トレボールは止まらない。


「まったく、何が息子だ!前々から思ってたが、サルヴァドルはお頭にちっとも似てなんかいねえじゃねえか…」

「それ以上続けてみろ、俺が容赦しねえぜ。」

軽く言ったつもりだったが、思ったよりドスが効いちまった。

トレボールの顔がみるみる青ざめる。


「いえ、違うんでさ。その、そんなつもりじゃ…」

「男の子は母親に似るってな。お頭似の子どもが見たけりゃ、お頭に娘でもこさえてもらうんだな。」

「それはなかなか…見たいような、見たくないような…」

オズワルドは、半分本気のように呟いたが、さっきから黙り込んでいたゴスは、大真面目な顔で口をひらき、


「それは好みだ。」

と言った。


「ぶっ!!」

最初に噴き出したのがジョカだった。

一瞬の沈黙の後、トーゴの爆笑が続いた。


「かなりマジで面白かったな、今の展開。」

「実際に存在したらと想像すると、少々怖いがね。」

ゴスは、何が面白いのかという顔で、それでもうんうんとうなずいている。


「ま、お頭がいいっていうんなら仕方ないでしょうよ、副首領。では俺は、ハンブルグに『お使い』とやらに行ってきますよ。」

「ご苦労だな、ジョカ。ごほうびに戻ってきたらアメでもやろうか?」

「トーゴ。サルヴァドルじゃねえんだ、美味い酒でも用意しといてくれよ。」




場は荒れずに解散した。

俺は一人酒を傾けながら、考える。

何なんだ?

最初に、サルヴァドルをハンブルグにやってシャルーク戦にはジョカを使うと言い出したのは兄貴だぜ?

それを、サルヴァドルがいざいなくなったら咎めもしない。

しかも、「サルヴァドルは息子じゃない」ってあの言葉。

バリエンテの奴らは、サルヴァドルのあれを何も知らないからいいようなものを。

サルヴァドルがシャルークに立ち向かうことを望んでいるのか?

そして、シャルークに殺されればいいと思っているんじゃなかろうな、兄貴は?


「だったら何故、ここまで育てた?あの時に殺しておけばよかったじゃねえか!!」

まったく、ホーレスの野郎もホーレスの野郎だ。

あの事を知ってるんなら、サルヴァドルを兄貴に従順にさせるべきだ。

兄貴がサルヴァドルを息子と認め続けてくれるように。


「俺はもう、親子で殺しあう姿は見たくねえぞ。」

そう、いくら海賊王ハイレディン・レイスが最強の海賊でも。





2012/1/23



叔父貴の苦悩。
トレボールを空気読めない追従野郎にしようと思ったら、予想以上にムカつく野郎になりました。
そして、毎度おなじみ空気修復係のトーゴさんです。




サルヴァドルの命令違反

   

目次









































この東方へ行こうイベントにおいて、ゲームでサルヴァドルは「ハイレディン・レイス」の意図にまんまと背いています(待機命令を下したのは叔父貴ですが)。
結局、そのあとのゴタゴタで命令スルーはうやむやになってますが…常識で考えたら、これって、その筋なら指くらいツメなければならない大犯罪だよね?
アイディンがなんとかごまかしてくれたのか、ハイレディンパパは実は息子に甘かったのか。
ともかく若は、自分が王子さまであることに、甘えすぎだと思います。

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