救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

18-3 クラウディアが語る話









「ツァッハ、ごめんねー。お母さん、今晩もお仕事なの。」

私は何度も、息子をあやしながら言った。


「今晩はいっしょにいられるって言ったのにね、ごめんねー。」

あんまりに何度もそう言っては息子を手放さないものだから、おばさんがたまりかねて口を出す。


「クラウディア、いいからはやく酒場に行きなさいな。今晩は人手が足りないから、すぐ来てくれってマスターに呼ばれたんだろ?ツァッハは、いつも通りあたしが見とくってのに、そんなに不安かい?」

「いいえ…またよろしくね、おばさん。」

私はうそを口にする。

心配、そりゃ。

この子、父親がいないもの。


「がんばってくるわ。」

だから、私がひとりでがんばらないと、いけない。




酒場「疾風怒涛の嵐亭」は、海の男たちでごった返していた。

時折混じる、北アフリカの出らしい、黒い肌をした男たち。

「海賊の戦勝祝い、みたい。」

女の子の一人が、そっと耳打ちする。

ここらじゃ見ない顔立ちだから、きっと地中海の海賊たちの遠征なのだろう。

私はその言葉に、知らず知らず、ホーレスの姿を探していた。




「ふう…」

いるわけない。

あの人は、高性能火薬を取りに、東の果てまで出かけてしまったんだから。


「おお、クラウディア、すまんな。人手が足りなくて。」

マスターが、言葉の割にホクホク顔で続ける。


「気前のいい客だ。チップも弾んでもらえるぞ。」


「クラウディア姉さん、この艦隊の提督さん、気前よくてハンサムで、サイコーよ。」

女の子が、ウキウキした口調で、胸元に押し込まれた金貨を見せびらかした。

常駐の子じゃない。臨時雇いの、若い子。


ウチは、静かに飲めるのがウリの店だったと思うのだけれど。

まあ、儲ける機会は大事にしないとね。


「姉さん、酒がねえぞ!」

「はい、ただ今。」




確かに、この艦隊の提督は、とても若くて、とてもハンサムだった。

女の子が、営業スマイル以上の笑顔をふりまきながら、光るような金髪に触れる。


「たく、行きがけの駄賃と襲った船の実入りが良かったからいいけどよ。さもなきゃサルヴァドルの代わりに『お使い』なんて、やってらんねえよ。」

金髪の提督は、苦笑しながらぼやいていた。


「あのバカ王子め、お頭の息子だからって好き勝手しやがって。」

ウイスキーを女の子に注がせながら、彼は続ける。


「お頭もお頭だ。バリエンテになった俺に、シャルークは任せるって、約束したじゃねえか。」

シャルーク。

私は、その単語に反応する。


ホーレスが戦うと言っていた、「ニコシアの竜王」マホメッド・シャルーク。

この彼も、シャルークを狙っている。

じゃあ、この彼とホーレスは仲間?

ホーレスも海賊?


視線が、合ってしまったらしい。


「姉さん、あんたもここの酒場女かい?」

その言葉と同時に、腰をつかんで引き寄せられた。


「俺を見てたが、なんか俺の顔についてたか?それとも、俺の話に何か?」

通った鼻筋の下の唇は微笑んだ形をしているけど、蒼灰色の瞳は鋭い。

直感だけれど、この人にホーレスの話はしない方がいい。


「あなたがあんまりにいい男だから、見惚れてしまったの。」

私は、定番の世辞で返答を濁した。


「へっ、そうかい。」

若いだけあって、私の返答にはまんざらでもなさそうな感触。


「あらー、クラウディアの姉さんでも、ジョカには見惚れちゃうんだー。」

「男嫌いで通ってるのにー。」

上手に合わせてくれたのか、若い子たちが続ける。


「男嫌いか。」

蒼灰色の瞳が、面白いという色を帯びる。


「男で、酷い目にでも遭ったのか?」


ふふ

わたしは、唇だけで笑う。




酷い目になんて、遭ってない。

そう、あの人は、そんなつもりはなかった。

恨んでなんかない。




「いいえ。」

私はただ、それだけを答えた。


「えー、クラウディアの姉さん。せっかくだから、姉さんの好みのタイプとか教えてよ。ね?」

私は、楽しそうに私を見つめるジョカの、蒼灰色の瞳を見返す。


鼻筋の通った顔。

光るような金髪。

野心的な瞳。

上背のある、服の下からでもうかがい知れる、鍛え上げられた肉体。

そのどれもから、野心に裏打ちされた色気が匂い立つような、この男。


私がもっと若かったら、こういう男に興味を持たれたら、きっと、気に入るようなことを言って返したのだろうけれど。


「好きなのは、誠実な人。」

ジョカは、明らかに興ざめという表情になった。


「私だけを好きでいてくれる人でないと、いやかな。」

「なんだ、姉さんてば、まっじめー。」

取り巻きの女の子たちも、面白くないことを聞いたという顔で、話題を私から逸らした。




「なんだ、そんなに座持ちが下手だとは思いもよらなかったよ。」

チップの一つも受け取れずにカウンターに戻った私に、マスターが言う。


「若い子のノリにはついていけないの。もう、トシかな。」

そう返すと、マスターが苦笑した。


「そうさな、そろそろ、一生食わせてくれる亭主でも探したらいいさ。」

「そうね。どこかにいい人いないかしら?」


「よく来てた、あの黒い肌の船乗りはどうだ?」

「…」

私の沈黙の意味を知ってか知らずか、マスターは、あれは誠実ないい男だと言いたてた。




知ってる、マスター。

あの人はとても誠実で、とても立派な、とても愛情深い人だって、私、とうに知ってる。

そして私、あの人が私だけを愛してくれたらどんなにいいかって、とうに思ってる。

ただ、それを態度に出すには、私は年をとりすぎているだけ。




私が返答しないのを興味がないと取ったのか、マスターは話を変えた。

「じゃあ、ウォルフ博士はどうだ?お前をひいきにしてるからな。足は悪いし、専門バカだが博士さまだ。ひょっとすると、奥さまになれるかもしれんぞ。」

「そうね、努力してみる。」

「クラウディア、お前は酒場の女にしちゃ品があるからな。まんざらない話じゃないかもだぞ。」

マスターはまだ話し続けていたけど、私はとうに仕事に戻っていた。




「ウォルフ博士の開発した新型砲は、まだまだ改良の余地があるって話だ。あの重ガレオン砲よりさらに強力な大砲がありゃ、それを生かすだけの船か要塞がありゃ、そして、俺にそれを思うままにするだけの権力と自由がありゃ…」

ジョカは、そこで息を切って、低い声で断言した。


「俺は、王になれる。」




ぞく

私の背筋に、悪寒が走る。


女の子たちは、うっとりとしたまなざしで、口々に同意するけど


ジョカという男は、きっと、危険。




とてもいい男なのは認めるけれど、

私は、ジョカを好きには、なれない。





2012/4/30



イケメン設定なのに、レベッカに引き続き、クラウディアにも嫌われたジョカでありました。

レベッカはともかく、クラウディアには嫌われるようなことは何もしてないのに。




このシリーズにおける「お色気」キャラ

   

目次









































個人的には、ジョカはお色気担当(笑)です。
表情も不敵だし、バディもエロっちい(だろう)と思ってます。いや、脱いでないけど、鎖骨がセクシーなんで。
野心的な瞳の、ちょっと陰のある色気を目指しています。

リオーノは色男なんで、きっと色気もあるんだろう…けど、ジョカとは違って、陽気な(真相はともかく)方で。
おやじの色気なら、アイディン叔父貴です。実は一番脱ぎ率高いし。傷だらけのバディって、セクシーだよね?
ホーレスも、オカンモードでないときは、禁欲的な男の色気を出してるんじゃないかと思います。

で、主人公の若ですが…女性も含めた中で、一番露出度が低く、かつ、もっともセクシーさが低いですね、このプリンス。
顔立ちは随一の美形なんでしょうが、何せ中身が…おこちゃまで…
艦隊のみんなも「提督はかわいいなあ」と、幼稚園児を見守るような気持ちで従ってるんじゃないかと思われます。
あ、リオーノだけは違うかも。

ま、いつか若だって、大人のシブい色気というものを獲得する日もあろうと信じてほしい…かな?

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