「本気でセリカに行っちまうとはなあ…」
リューベックでオレは、またもや無茶カマした提督たちの行動を聞き、そう溜息をつくしかなかった。
「オレらも全力で無謀だって言ったンだけどな。」
「言ったって聞かない人だからね。」
アル・ファシとヤコヴが口々に言いたてる。
「ところで、お母さまの具合は?」
「…ちゃんと看取ったよ。苦しまずに済んで、良かったんじゃないかな。」
ヤコヴの問いに、オレが答えると、ヤコヴは十字を切った。
「男兄弟はみんな船乗りで、何人かは音信不通だし、残りのヤツも船に乗ったまんまだったからな。ヨメに行った姉さんたちだけじゃなく、オレもおふくろを看取れて良かったよ。ありがとうな、ヤコヴ。」
「たまたま手に入った情報だったんだから、気にしないでくれよ。お母さまが天国にいらっしゃることを祈ってる。で、これからどうするんだい?」
ヤコヴの問いはもっともだ。
提督はセリカに行っちまったんで、オレは軽く失業状態だ。
「心配すんなよ。『困った時のワルウェイク商会』だ。『ワルウェイク商会は常に、腕の良い船乗りの味方です』っとくらァ!ウチの船に乗って働けよ。ちょうど、仕上がった銀を地中海に運んで売りさばく仕事が…」
「お言葉はありがたいんだが、故郷に戻ったらちょっと里ごころがついちまってな。しばらくぶりにロンドンに行ってみようと思う。」
「あーっ…」
アル・ファシは心から残念そうな顔をしたが、ヤコヴはうなずいた。
「ま、気持ちはわかるよ。とはいえ、どうせ旅費はないんだろ?どうだろう、銀をダヴリンに運ぶ仕事があるんだけど、船長任せようって船乗りが新人でね。良けりゃ、付き添い役を頼まれちゃくれないかい?」
「おっとヤコヴ、そんなら、ダヴリンのギルドからロンドンへの積み荷を運ぶ仕事を引き受けてんだ。そいつも任せちまおうぜ。合わせて報酬は金貨1000枚だ。ただし、積み荷に何かあったら、働いて返してもらうぜ。」
「ったく、人を使いやがって。分かった、餞別代わりに働いてやるよ。」
餞別よこすのにも素直じゃない、こいつらのことは好きだ。
だからオレは、こいつらの好意に素直に甘えることにした。
仕事はなんてことなく進行した。
「ギルドの品の積み込みは済んだか?」
「アンソニーさん、ちょいと相談があるんですがね。」
オレが船員たちに指示を出していると、新人船長がそう言ってきた。
「こいつが、ワルウェイク商会に雇って欲しいって言ってきたんですが、どう思います?」
オレが見ると、日焼けした顔に黒いひげを生やした、ちょいと扱いづらそうな男が、逆にこっちを値踏みするような顔をしていた。
「名は?」
「エドワード。エドワード・ダンピアだ。船乗りとしちゃ、そんなに悪くないウデだと思うぜ。」
「…」
「個人的にゃあ、イケ好かねえ男だと思いやすがね。」
船長が小声でささやく。
確かに、どっか人に距離とられるタイプの人相だ。
オレは、オレのカンと相談する。
悪い方にゃ
ぴん
とは来ない。
「よし、ウデ試しだ。ここからブリストルまで船を動かしてみろ。その間は食うだけだ。合格ならオレがヤコヴに口利いてやる。ただし、使えないと判断したら、ブリストルに置いていくが、好いか?」
「よし来た。」
エドワードは、慣れた手つきで契約書にサインした。
「アンソニーさん、いいんですかい?ギルドの品はロンドンまでだってのに。」
「ま、まだ積み荷倉庫にも、ギルドの商品輸送の期限にも、余裕はあるさ。ブリストルで錫鉱石買ってロンドンで売って利益上げりゃ、ヤコヴもアル・ファシも何も言わねえよ。」
エドワードのウデは悪くなかった。
悪くないどころか、相当なウデだ。
「あんたくらいのウデなら、どの船だって喜んで乗っけただろうに。」
エドワードに言うと、エドワードは、ふん、と鼻を鳴らすように笑った。
確かに、人にゃあ好かれ難い男だ、こいつ。
オレは文句なしと合格点を付け、ついでにロンドンまで船を動かせた。
「あんた、『直感のアンソニー』だろ?元イングランド海兵の。」
唐突に、エドワードが言った。
「元、な。それを知ってるってことは、お前も元は海兵か?」
エドワードはオレの問いには答えなかった。
「息苦しいバカ海軍を嫌って海軍辞めたのに、今度は会社勤めか?」
「…ま、いろいろあるんだよ。」
「へえ、『ピンと来た』ってヤツかい?」
ホント、色々あった。
サルヴァドル提督に飲み負けて海賊になっちまうは、提督がブッ倒した男に投資して会社が出来ちまうは、ついでにそこの船で航海しちまうは。
「そういうお前だって、ワルウェイク商会に雇われたいんだろ?」
「ワルウェイク商会は最近羽振りがいいからな。北海じゃブイブイ言わせてるから、払いがいい。」
「そうかい、商売繁盛かい。さすがアタマがキレるな、ヤコヴかアル・ファシかは知らねえが。」
「で、そのワルウェイク商会が、ちょいとヤバい筋と繋がってるってウワサは本当かい?」
「…」
エドワードのツラをちょいと一瞥する。
「意味が分からないな。そもそもなんの証拠があるんだ?」
「何の証拠もありゃしねえさ。ただ、『ピンと来た』ってヤツさ。」
「人のオハコ取りやがって。」
オレが答えると、エドワードは返答の代わりに、
「もうロンドンですぜ、アンソニーのダンナ。」
と、小馬鹿にしたような口調で言った。
ロンドンのパヴで。
「で、なんであんたがまだいるんだ。」
オレはなぜか、エドワードと酒を飲んでいた。
「ワルウェイク商会の船なら、もう出るぜ。払いがいい仕事がお望みじゃあなかったのか?」
「ワルウェイク商会も面白そうだが、あんたのが、もっと面白そうなんでな。」
「オレは求人広告は出してねえよ。そもそもなんの証拠があって…」
「ま、『ピンと来た』からな。」
いちいち気に障るヤツだとオレが言おうとした時だ。
「ウデに自信のあるヤツ大募集だ!!手当は弾む!!しかも、伝説に立ち会える保証までついてる!!これに乗らなきゃ漢じゃねえぜ!?」
黒髪の男が、めっぽうデカい声で叫んだ。
「マシューじゃねえか、アレ。」
って、オレの呟きを聞きつけたんだか、何なんだか。
「アンソニー、船乗りたいよな、船。俺の提督の船乗れよ!!」
マシューは大股で歩み寄ると、いきなりオレの肩をつかんだ。
「知り合いかい?その人相の悪い男と。」
「人のツラにケチつけるたあ、いい度胸だな。この『ロンドンの荒法師』マシュー・ロイ様の拳食らいてえのか?」
マシューはエドワードを威嚇するように睨みつけたが、
「とはいえ、ウデのいい船乗りなら許してやる。どうだ?」
と、表情を和らげた。
どうやら、よっぽど人手不足のようだ。
「なんだ?とうとうカタギ辞めて海賊船にでも乗換えようって気になったのか?」
オレが言うと、マシューは顔を真っ赤にする。
「バカ言え!!俺は今じゃ、イングランド海軍のオットー・スピノーラ艦隊の副官サマだぜ?」
「オットー・スピノーラ!?私掠船の?こいつは驚いた。で、イスパニアの野郎どもと一戦でも交えんのかい?だったら、イングランド人として、手くらいは貸しても…」
「そんなチンケな戦するかよ。」
「なんだ?まさか、イスパニア無敵艦隊とでも戦うなんて、ホラでも吹く気じゃ…」
「聞いて驚け。」
マシューは、
にやり
と悪ガキみてえに笑う。
「相手は、その無敵艦隊の親玉。『軍神』ロベルトゥス・エゼキエルだ。」
オレは、アタマん中が真っ白になった。
「軍神」ロベルトゥス・エゼキエル?
イスパニア無敵艦隊の中でも、常勝不敗の、あの生きた伝説の?
オレの理性は、「勝てる筈がねえだろ」と判断したんだが、オレの中でなにかが
ぴん
と来た。
「俺は乗るぜ。」
エドワードが、事もなげに答えた。
「…早いな。」
マシューが驚き顔をする。
「相手は『軍神』ロベルトゥス・エゼキエルだぜ?」
自分で得意げに語ったくせに、もう一度確認するマシューの顔に、値踏みするような視線を向ける。
この不快な視線は、ただのクセなのかもしれない。
オレが、ぼんやりとそう思っていると、エドワードが続けた。
「ま、命知らずな戦いだとは思ったがな。」
そして、オレを値踏みするような視線を向ける。
「こいつがピンと来たみてえだし…」
「なんで分かるんだ!?確かに、勝てるんじゃないかってオレのカンが…」
「って訳だ。アンソニーも行くんだと。」
「はあ!?」
「よし来た!!」
マシューは、威勢よく、契約書を差し出した。
オットー・スピノーラ提督の艦隊に乗船し、イスパニア無敵艦隊と戦います。
契約書の文言が、悪魔との契約に思えた。
「いやあ、面白え。人生ってのは面白え!!」
エドワードは、小馬鹿にするような笑い声を立てた。
2012/7/18
アンソニー受難の巻。
せっかく直感が高いのに、押しに弱いので貧乏くじひきがちなアンソニーでありました。
サルヴァドルの図体
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目次
サルヴァドル・レイス
年齢:17歳
身長:175p
体重:62s
というのが公式設定ですが、これは、我が心の足立透クンと体格はほぼ同じです。(足立は176p、63s)
自称頭脳派(てか、間違いなく肉弾戦はできない人)の足立と、生まれながらのバリバリ海賊のサルヴァドルの体格が、どうして同じなんだか。
一つ考えられるのは、サルヴァドルがまだ現代社会なら高校生くらいの「少年」であること(大航海時代なら立派な成人じゃんとか言わない)。
男の子は、高校時代くらいまではカラダが完成してないので、以外と中身(骨とか内臓とか)がきゃしゃだったりしますから、それを表しているのかもしれません。サルヴァドルはクレイモアとかブン回してたりしますから、筋肉はあるでしょうし。
足立がメタボまっしぐらという説もありますが、足立にはペラく(細くでなく)あってほしいので却下。
ちなみに血液型はどちらもA型。
そしてどちらも、几帳面そうではない(わりに、変なところで神経質)そうなところは共通していると思われます。