救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

4-1 アイディン・レイスが語る話









このアルジェは、何千年も前の海の民から、古代ローマ帝国、アラブ人、ともかく、地中海の覇権を握ってやろうってヤツらに交互に占領されて、それでもしぶとく繁栄してる。

言わば、一筋縄じゃいかねえ年増女みてえな街だ。


「アルジェは俺たちの街だ。」

昔、兄貴が言った。

いつの事だったか。

そうさな、俺がまだ海に出ていなかった頃だった。


俺は、あの時の丘の上に立つ。

あの時と同じように。

あの時、兄貴は俺の前に立っていた。

兄貴は常に俺の前に立っていた。

そして俺は、あの時からずっと、兄貴の背を見て歩いてきた。


「アルジェは俺たちの街だ。」

あの時、兄貴はそう言って、俺を振り向き、俺の名を呼んだ。

俺はそれが嬉しかった。


俺は目を閉じる。

あの時の兄貴の顔が、風に吹かれた赤い髪が、目に浮かぶ。


――アイディン、そして…――

俺は、あの時、確かに俺の名に続いたその名をてめえの耳に聞いてしまった。


――私の街にもしてくれるのか、嬉しいな。ハイレディン――

そう答え、快活に笑った「あの男」は、もういない。

仲間がこの世から消えちまう事は、俺みてえな海賊家業には珍しくもねえ。

だが「あの男」は、この世にいながら、俺たちから、遥か遠くに行っちまった。




丘を吹く風が、酷く冷たく感じられた。




「ックショウ、体が冷えちまう。」

俺は軽く体を震わせた。

「ったく、何十年も潮風に吹かれる稼業で生きてきたっていうのに、こんな程度の風で。」

言いかけて、止める。


「まったく…俺も年を取っちまったのかもしれねえな。」

体も、そして心もだ。

過ぎ去った昔を懐かしんじまうなんて、海賊らしくもねえ。

「あの男」と道は分かたれ、「あの男」は俺たちに刃向かう。


「『刃向かう者には死あるのみ』だ。」

俺は、兄貴の言葉を口にする。

俺たち海賊には、懐かしむべき過去なんて、要らねえのさ。




俺は暗くなりかけた街の、狭く更に薄暗い下町に入った。

特に目的もなく、無秩序に干された洗濯物だの、人種も国籍も雑然とした人間たちが屯する居酒屋だのをぼんやりと眺めながら歩いていた俺は、煤けた色した教会の扉に寄って、声を押し殺しながら泣くひとりの女の姿を見た。

年の頃は、サルヴァドルと同じくらいか。

頭布から漏れた髪の色は、お宝の色…つまりは薄い金髪だ。

着てる服は高えもんじゃあねえが、それなりに手入れが行き届いていた。


「だれ?」

俺の足音に気付いたんだろう、顔を上げた女の顔には、澄んだ海の色をした目の上に、涙が半分こぼれそうなまま止まった長い睫毛があった。


女には不自由しない身分で、しかももういい年だってのに、俺はその女の顔を見て、足を止めちまった。


「嬢ちゃん、何を泣いてるんだ?見も知らねえオッサンで良ければ、話してみるかい?」

俺は、自分でも物好きだと思う言葉を吐いて、女の傍に寄っていた。

女は、驚いた顔のまんま、俺の黒髭を見上げていたが、


「おじさん、あんた、いい人だよね。ウチの親方より、ウチのおっかさんよりっ!!」

って叫ぶと、怒涛のように話し始めた。


「ねえおじさん、あたいを助けてよ。あたい、このままだとあのクソ座長のイロにされちまうのっ!!イヤだって言ったら、おっかさんはあたいをぶったの!!ねえおじさん、あたいのおとっつぁんは死んじまったの。葬式出してあげたいけど、お金がなんにもないのっ!!」

「ああ…」

俺は、涙声で俺に訴える女の顔を見守った。

まったく、俺の人生でこの前に「いい人」なんて言われたのは、いつだったか?

まあともかく、このいかつい黒髭の男が、極悪非道の海賊アイディン・レイスが「いい人」に見えるくれえだから、よっぽど切羽詰まってるってことはよく分かった。

吐いて捨てるほど転がってる「不幸話」には違いないがな。


「ま、嬢ちゃん、とりあえず落ち着きな。あんまりぴーぴー泣くな、人目についちまう。こんな薄暗い場所で小娘が一人でいると、危ないぜ。」

よく言ったもんだな、よりにもよってこの俺が。


「うん…ありがとう、おじさん。本当にいい人だね、ありがとう。」

「送ってってやるよ、家はどこだ?」

女はしゃくり上げながら、路地を指さした。

歩きながら俺の肩に寄りかかってきたのは、さては俺を誘っているのかとも思ったが、途中でそれに気付いた女は、


「きゃっ!!」

と叫んで、俺から離れた。


「ご、ごめんなさい、おじさん。」

本気でそんなつもりじゃなかったようだ。


「嬢ちゃん、なんて名だい?」

「エリーゼ。」

エリーゼは、俺を見上げた。


「おじさんは、何て名前?」

俺は、久々に名前を問われた。

まったく、あんまりに悪名が広まっちまって、こんな無邪気に名前を聞かれることなんて絶えてなくなっちまってた。


「そうか、俺の名を知らねえか…」

「あ、ごめんなさい。あたいね、このアルジェに来たのは最近なの。フォルフハイムに住んでたんだけど、ルターとか言うお坊さまが、法王さまの悪口言っちまったとかいう理由で戦争が起こったでしょ?あれで故郷にいれなくなって、南に南にって、とうとうこの北アフリカまでやってきちまったのよ。あ、着いた。おじさん、そこがあたいの家よ。あれ、何で人がたくさんいるの?」

「エリーゼっ!!大変だよ、あんたのおっかさんが…」

「おっかさんが…どうしたの?」

エリーゼが家の中に入るなり、とんでもない絶叫が聞こえた。

俺の鼻は、扉が開くなり既に臭気を感じていたから、中で何が起こっていたかは聞かなくても分かった。

嗅ぎなれた、血の臭いだった。


「何の騒ぎだ?」

音階の狂ったエリーゼの悲鳴と泣き声と、そして喧騒が響く中、着崩れた洒落装いの男がやって来た。


「座長…」

家を取り巻く隣人たちの中から、そんな声が上がった。


「座長さん、エリーゼのおっかさんが物盗りに殺されちまったんですよ。」

女の声には好意のかけらもねえ。どうやら、相当人望のねえ男のようだ。


「何っ!?」

座長は驚いた顔をして、家の中に駆け入った。

開いた扉の中に、泣き崩れるエリーゼと、死んで転がる中年の女、そしてそれとは別にベッドに横たわる男らしき姿が見えた。多分これが、エリーゼのおふくろと親父だろう。


「おれが貸してやった金を狙って入るたあ、要領のいい…」

座長は鼻で

ふん

と息をつくと、そのままエリーゼの腕を掴んだ。


「まあいい、エリーゼ、お前の母親に既に金は渡した。お前はおれのモンだ。」

エリーゼの、別の種類の悲鳴がした。

取り囲む隣人たちから、口ぐちに非難の声が上がるが、座長は涼しい顔だ。


「契約書ってモンがここにあるんだ、どうせ文字なんか読めねえだろうから読んでやろうか?

『ビクトリア座の踊り子エリーゼは、座長シャームベッヒから金を借り、返し終わるまではその身体の全てを座長に委ね、決して逆らわないことを誓います。』

って書いてあるのさ。お前はまだ小娘だから、お前の母親がサインしたがな。さ、これでお前は合法的におれの女だ、来いっ!!」

さて。

しばらく事態を傍観してたが、海賊の俺でも胸糞悪くなるようなクソ虫野郎だ。

叩き斬ってやろうかと一瞬思ったが、まあ今日の俺は「いい人」に見えるらしいから、「紳士的」に振舞ってやろう。


「おい兄さん、まんまといい女手に入れたな。羨ましいぜ。どうだ、金は弾むから俺に譲らねえか?」

座長は、俺を初めて見つけたように一瞬驚き、すぐに恫喝するような目をした。


「はあ?オッサン、何言ってんだ。」

「おじさんっ!!」

座長に腕を掴まれたままのエリーゼが、縋るような目で俺を見上げた。

座長はすぐに不機嫌な顔になる。


「なんだエリーゼ、お前のイロか?小娘のくせにもう男を咥え込みやがるか、先が思いやられるぜ。おいオッサン、このエリーゼはおれが先に目をつけてたんだ…」

座長は、周囲の囁きが段々大きくなっていくのに気付いた。

周囲の奴らも、ようやく俺が誰かに気付いたらしい。

たまには悪くなかったな、「その他大勢」でいるのもよ。


周囲の人間が、徐々に俺を遠巻きにし始める。

座長はようやく俺が誰か気付いたらしく、口を半開きにしたまま、石になった。

エリーゼは一人、母親の死も頭から飛んだようなきょとんとした顔で、


「え、みんなおじさんを知ってるの?」

ってえ、呑気な台詞を吐いた。


「ま、ちょっとした有名人でな。」

俺は、座長の代わりにエリーゼの腕を掴んだ。


「座長、今、ちょっと持ち合わせがねえんだ。金はアジトに取りに来な。」

俺は石になった座長から契約書を頂いた。


「行くぜ、エリーゼ。」

エリーゼは、涙を浮かべたままの目で俺を見上げた。

その見上げた目には、意識してかそうでないのかは知らねえが、媚態ってもんがあった。




黄金の双つ(ふたつ)林檎楼。

アルジェで、一番デケェ娼家だ。

入口には、店名の由来になった、文字どおりの純金で出来た二つの林檎がぶら下がってる。

だが、ちょいと男の女の間の事を知ってる奴なら、この入口を見て、呆気にとられるか、渋い顔するか、大笑いするか、そのどれかだろう。


黄金の二つの林檎がぶら下がってるのは、太くて長え棒状のでっぱり…つまりは、男の股の間のシロモノを模したシロモノだ。

つまりは、この妓楼に入るには、大股開いた男の勃起したシロモノの下を通って行かなきゃなんねえって、世にも悪趣味な仕業になっていた。

この妓楼に初めてやってくる奴が、この入口を見てどんな面するのかを見物するのも、ここの常連の一つの楽しみでもある。

がまあ、今、俺が手を引いてるエリーゼは、そんな趣味の悪い冗談が通じる状況にはねえらしい。


「女将、いるかい。」

俺が入るなり店の奥に叫ぶと、


「何さ、黒髭の坊や。」

特徴のあるデカい女の声が店の奥から響いた。


「あんたの声は特徴的だからすぐ分かるわよ。まったく、酷い塩辛声だこと。昔は可愛い声してたのにねえ。」

店の奥から、厚い化粧に真紫に染めた髪をした大柄な女がのしのしと出て来た。


「あら坊や、女連れ。娼家に女連れで来るとは、また非常識なこと。」

世界が広く、海が大きいと言っても、この俺を「坊や」呼ばわり出来るのは、ここの女将、マンサナくれえのもんだろう。


マンサナは、エリーゼをまじまじと見つめた。

エリーゼは、呆気に取られた顔してマンサナを見上げた。


「お嬢ちゃん、名前は。」

「エリーゼ…」

「ちょいとリモン、え、髪結ってて手が離せない?分かった、ウーバ、手は空いてるかい?空いてたら、エリーゼにご飯あげておくれ。あ?エリーゼって誰かって、来ればわかるわよ。」

やって来た店の女に、エリーゼは連れて行かれた。

俺は手早く状況を説明した。


「泣く子も黙る黒髭アイディンが、妙な情け心出したもんだわねえ。」

マンサナは面白そうに俺の顔を見詰めた。

とんでもなく化粧は厚いが、下品ではねえ。

厚すぎる化粧の中の、そこだけ化粧は及ばねえ金色がかった琥珀色の目が、面白そうに煌めいた。


「で、どうするおつもり、坊や?あんたの情婦にするの?さもなきゃここの娼婦に?」

「任せる。」

俺が言うと、マンサナは笑った。


「あはは、そんな事任されちまうなんて…分かった、『アタシの』いいようにしてやるさね。」

俺は席を立つ。

ついつい時間を食っちまったが、今日はアジトで会議があるんだった。


「しかしまあ、あの子、サルヴァドルと同じ年くらいじゃないの。」

最後にマンサナは、俺が思った事と同じことを言った。





2010/4/2



サルヴァドルは海賊稼業を初めてしばらくはアジトに戻れません(2のジョアンシナリオを思い出す)。アジトに入ろうとすると、見張りに止められてしまいます。
というわけで、サルヴァドルが出て行ってからアルジェのみなさんは何をしているのかということを、ちょっと想像してみました。
しかしまあ、長くなったなあ…
ちなみに、話の中でエリーゼがちょっと喋ってますが、この大航海時代外伝の頃、ちょうど宗教改革の大騒ぎの真っ最中です。




ネタバレプレイ日記&感想

   

目次









































このゲームのサルヴァドル編の何がすごいかって、女っ気のなさがなかなか凄いです。
まず、アルジェ海賊は女っ気ゼロ。まあ海賊だから当り前でしょうが、シナリオに関わってくる女性が4名しかいない…あ、そう考えるとあまり少なくない気がしてきたぞ?でも、恋愛要素バリバリのミランダ編(そもそも、自分にプロポーズした男を探しに行くのがそもそもの冒険目的だからなあ)と比べて、サルヴァドルは最終的に「フリー」なんですよね、ゲームでは。いや、まあ未来にはいろいろ想像できないこともないけど、でも、あのEDはサルヴァドル自体はまったく気付いてない、完全に片思いだぞ?(ブツブツ)
サルヴァドルはとりあえずさておき、他のみなさんも女性がまともに関わるのはハイレディンくらいしかいない。
酒と女は海賊の花じゃろがーっ!!

とか思ってたら、史実の海賊(カリブ海賊ですが)も、やっぱり同性愛は盛んのようです。まあ、船の上に女性のっけられないしね。
そんな風に思ってたら、既に削除されてしまいましたが一時期2CH大航海時代スレを騒がした某動画のアイディンは かなり強度のソレ で、実物を見ていないべにいもですら、少しそれに引きずられかけました。
あ、もう何が言いたいのか分からない。
違うんだっ!!アイディン叔父貴は清純派なんだよっ!!
と、つまりはそう言いたいらしいですよ?(ヨケー分からん)

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