救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

4-2 トレボール・エスティブラが語る話









おれは、時間に遅れた割に悠々とやって来たアイディン副首領を見て、叫ぶ。

「副首領、とうに会議の時間ですぜ。お頭も、他の奴らも待ちかねて…」

「おう、そうだな。」

アイディン副首領は生返事を返すと、傍のアルジェ海賊の会計係ゴンザレス・ビゴールに目をやる。


「ゴンザレス、ところで俺に用だって野郎は来たか?」

「副首領に用、いいえ?」

ゴンザレスは続ける。

「何の用ですかい、そいつは。」

「俺から金を取り立てに来る、はずだ。」

アイディン副首領は面白くもなさそうな口調だったが、ゴンザレスは興味が湧いたって面になった。


「ほう、まさかシャイロック銀行からの借金取り立てですかい?」

「ま、それほどの違いはねえかもな。」

ゴンザレスの冗談を軽く受け流す。


「ま、本当に来たらその勇気を愛でてやって、言い値で払ってやれ。金は後で俺の取り分から引いとけ。」

「へえ、承知でさ。」

ちょいと気になるやり取りなんで聞いちまったが、会議の時間はとうに過ぎてる。


「副首領、時間…」

アイディンの副首領は急ぐ様子もなく、悠々とお頭の部屋へと大股で歩いて行った。




「おう兄貴、待たせたな。」

副首領は悪びれた風もなく、椅子に


ドサリ

と腰を下ろす。


「黒髭の旦那、遅かったな。女が離しちゃくれなかったのか?」

トーゴがちゃかすと、副首領は、まあなと軽く頷いた。


「副首領、遅れた理由がそれですかい?」

おれが言いかけたところで、お頭が


ジロリ

とおれを睨んだ。


「トレボール、まあ座り給え。」

スカした、イングランドの海軍士官崩れから言う。

俺が椅子にかけると、お頭に促されたオズワルドが口を開いた。


「今回集まって頂いたのは、シャルークについての件です。」

オズワルドの指が、卓上に広げられた地中海の絵図の、キプロス島を示した。

「マホメッド・シャルークがこのニコシアを拠点とし、我々に敵対している事は今更確認するまでもない事ですな。」

全く、今更何を分かり切ったことを言ってやがる、オズワルドの奴。

おれ達アルジェ海賊の仇敵シャルークが、東地中海キプロス島のニコシアを本拠地にしてることなんて、アルジェ海賊じゃどんな下っ端だって知ってる話だ。


「シャルークとはこれまでは、主にイタリア半島、シチリアの辺りの船の襲撃を巡って『海賊同士で』争って来ました。そう、これまでは。」

オズワルドの指が動き、アレキサンドリアから地中海の東沿岸をなぞる。

その手が黒海の入口で止まった時、一同から声が漏れた。

「オスマンか。」


「左様。確かにこれまでもシャルークは、オスマン帝国に必要に応じて雇われては来ました。ただ、その時はあくまで『臨時の傭兵』としてです。」

「だが、今回はそんな一時的なものじゃなく、恒久的な同盟、という訳か。」

副首領が言った横で、トーゴが手を上げた。


「オズワルド、シャルークとオスマンが結ぶ、双方の利点は何だ?」

オズワルドは頷く。


「シャルークにとっては、オスマンの強大な軍事力を背景に、自らが地中海一の海賊勢力となれる事。オスマン帝国にとっては、陸軍力に比較して弱体な海軍力を強化する事で、東地中海のみならず、イタリア半島、そしてゆくゆくはイベリア半島まで、その勢力を拡張していく事が可能となる事。」

オズワルドの指が、アレキサンドリアからトリポリと北アフリカをなぞり、そして、おれたちのアルジェで止まった。


「お頭っ!!そしたら、このアルジェはどうなるんですかい!?」

お頭の鋭い眼光がおれを一撫でした。

それだけでおれは、悪魔に背筋を撫でられた気がしちまった。


「そんな事はさせん。」

しん

お頭の声は低いだけで大きくはなかったが、一瞬で場を支配した。


「オズワルド。」

お頭の声に促され、オズワルドがもう一度口を開ける。


「シャルークとオスマンとの同盟は、まだ確定事項ではありません。だが、近い将来、確実に起こり得る事でしょう。」

「つまり、俺達は早急に戦力を拡大する必要がある、って事だな。」

アイディン副首領に続いて、お頭も口を開いた。


「アルジェの誇り高きバリエンテ(英雄)達。」

お頭の言葉に、おれたちは自然と背筋を伸ばす。


「我々が主戦力であることは疑い無い。だが、戦力は多ければ多い程良い。違うか?」

「数は力だ、それは疑いない。だがな兄貴、頭数だけあっても、それがクズなら仕方ないのもまた、確かだろう?」

「だからこそ、我々は新たなバリエンテを求めている。」

おれは、お頭が何を言いたいのか分からなかった。

周囲を見回すと、アイディン副首領は渋い顔をし、オズワルドは全てを悟ったような面をし、さっきから一言も喋らないゴスは黙ったまま小さく頷いている。

おれの視線がトーゴとかち合った。


「ま、若手をきちんと育てろって話だな、首領。」

トーゴが言った。


「若手?」

おれが口を開くと、トーゴは頷く。


「ジョカはここの若手では随一だ。あれだけの腕と、アタマ、ついでに肝っ玉を備えてる。末恐ろしいとはあいつのことだ。」

おれはお頭の顔を盗み見るが、お頭は表情一つ浮かべねえ。


「お前はえらくジョカを買ってるな。」

「なあに、見たまま感じたままを言っただけよ、黒髭の旦那。」

トーゴの言葉に、オズワルドも頷く。


「確かにそうですな。ジョカの腕は群を抜いている。我々バリエンテの一員となる日も、遠くはないでしょう。」

「ジョカがバリエンテ?」

おれはひどく不愉快になる。

おれより20以上も若い若造が、誇り高きバリエンテになるだと?


「じゃあついでに目利きのお前に聞こうか、トーゴ。ジョカの他に、有望な奴はいるか?」

副首領の気になる言葉に、トーゴは、勿論、と答え、それは誰かという問いに逡巡せずに即答した。


「サルヴァドルだ。」

「サルヴァドル?」

おれは思わず復唱した。

サルヴァドル、あのサルヴァドル?

あの、いつまでもお守りの手から離れない、あのお坊ちゃまが?


トーゴは、悪戯じみた笑顔になった。

「なに、お頭の前だから世辞を言ってる訳じゃあねえぜ。サルヴァドル、あいつは伸びるよ、みるみるな。ジョカの良いライバルになるさ。その時が楽しみだ。」

おれは、お頭の前なんで、それ以上の口を閉じた。

トーゴの奴、お頭の前でさんざ世辞をきいたもんだ。

ジョカとサルヴァドル、両方持ち上げて見せるなんてよ。

おれは、表情一つ変えてないお頭と、無言になっちまった副首領を、どちらも盗み見た。

へっ、追従は失敗してるぜ、トーゴ。


「お頭の仰るとおりです。我々は新たなバリエンテを求めています、しかも、早急に。若い戦力を育てる事を怠らないで下さい。」

オズワルドが、その言葉で会議を終了させた。




「へっ、新らしいバリエンテね。」

おれが苦い唾を口の中に入れたままアジトの入り口に戻ると、「未来のバリエンテ最有力候補」が、紫のターバンを巻いた会計係、ロドリゲス・ビゴールに話しかけられていた。


「ようトレボール、会議は終わったのか?」

金髪に蒼灰色の瞳の小癪な小僧が、馴れ馴れしく声をかける。

まったく、おれを誰だと思ってやがる。アルジェ四人衆の一人、誇り高きバリエンテのトレボール・エスティブラさまだぜ?


おれは

じろり

と一瞥してやるが、ジョカは小揺るぎもしねえ。

仕方ねえから、おれは会話をしてやることにした。


「で、ジョカ、今回の襲撃はどうだった?」

ジョカの今回の相手はイタリアの戦艦隊だ。なかなか骨の折れる相手の筈で、まんまと大損害受けてたらざまあ見ろって話だ。


「ああ、勝った。」

ジョカの蒼灰色の瞳が、自信満々に輝く。


「…損害は?」

「損害?俺の戦艦の一隻が小破しただけさ。」

「…アガリは…」

「旗艦含め、全艦、拿捕だ。」

「…」

ジョカが、唇の端をひねり上げた。


「そういやトレボール、そっちの方の最近の景気はどうだい?」

「…」

最近はロクに成果が上がってない。


「違う、最近、ロクな獲物に会わないだけだ。」

「へーえ、バリエンテの戦艦隊には、獲物がのこのこお宝しょって目の前に

『さあわたしを美味しく召し上がれ』

って、姿現してくれるのかい?」

ジョカの蒼灰色の瞳が、挑発的な色を帯びた。

畜生、ケツの青いクソガキが。


「おいジョカ、てめえゲテロ(戦士)の分際で、バリエンテに対して、その口の聞き方…」

「ジョカさんは、今回の上納金でベテラーノ(猛者)になりました。」

黙っておれとジョカの会話を聞いていたロドリゲスが、口を挟んだ。


「ベテラーノに?」

おれは虚を突かれた。

17のこいつが?

もうベテラーノ?


「だ、そうですよ、『偉大なるバリエンテ』トレボールさま?」

ジョカが冷笑した。


「確かに、口のきき方は気をつけましょう。後『たった一階級』あがるまでは、な。」

「クソ、いい気になるなよ、てめえなんぞお頭の…」

「確かにな。」

おれの手が腰の段平にのびかけた所に、声が分け入った。


「トーゴ。」

ジョカの表情が緩む。


「まったくお前は、気さくなのは構わんが、言い方次第じゃ生意気になるぞ。ちょっとは礼儀に気をつけろ。」

トーゴの大きな手が、ジョカの金髪の上に置かれる。

トーゴはそのまま、ジョカの頭を押し下げた。


「…」

「ま、俺たちもこの位の時はこの位の鼻っ柱だったもんだ。そうだろう、トレボール?」

ジョカの目が相変わらず不敵なまんまなのは気に食わねえが、一応、おれに頭は下げた形になる。


「ああ、まあ小僧っ子の時はそんなもんだな。」

おれは、バリエンテらしく器の大きなところを見せてやることにした。

つまり、ジョカの無礼はそれ以上問わねえことにしたのさ。


「ああトレボールの旦那、言い忘れてましたがね。」

ロドリゲスがまた口を挟んだ。


「今、イタリアの商船隊は香辛料輸送の真っ最中だ。護衛する戦艦もいないことですし、いっちょ、ひと稼ぎと言わず、ふた稼ぎくらいなさったらどうですかい?」

「なに、そりゃ良い話だ。おい、出航用意しろ。」

おれの脳内に「獲物がのこのこお宝しょって目の前に」って言葉が聞こえた。


「ははは、来週には酒池肉林だな。」

おれは背後から鋭い視線を感じたが、振り払うように胸を張る。


「きゃっ!!」

「気をつけろっ!!」

「すっ、すいません、トレボールの旦那。」

宿屋の女房を跳ね飛ばし、おれは意気揚々と出港所へと向かうのだ。





2010/4/4



今回の語り手:トレボール・エスティブラ
…アルジェ海賊四人衆の一人、38歳。妖精のような緑色の頭巾がトレードマーク…だが、顔は妖精のように愛らしいとはいかない(PC版よりははるかに可愛いが)。アルジェ海賊四人衆では下から二番目の年齢だが、オズワルドのような参謀でもなく、トーゴのように人望があるわけでもなく、ゴスのように武闘派に能力が特化している訳でもなく、しかもスキルを何も(砲術すら)持たないという、全体的にとても中途半端かつ、別に仲間に欲しくない能力の持ち主(ついでに戦闘レベルも四人の中で一番低い)。当人もそれも自覚してるのか、強者にはへりくだり、弱者にはどこまでも居丈高という、「誇り高きバリエンテ」とは思えぬ卑屈な性格の持ち主でもある。だからなのか、魅力は四人衆の中で一番低い。シナリオでも、 サルヴァドルを小姑のようにいびる役目 が割り振られている。結局、あの後どうなったんだか…
以上が公式設定。個人的見解としては…上で書いたまんま。OPでも一番小物感溢れるが、シャルークのアレ以降のアレでは、更に小物感溢れまくる行動をしてくれる。もっとも、アルジェの幹部たちにも嫌われていた(というより馬鹿にされてた)んじゃないかという気もするのが、彼の装備。最年少のゴスがバスタードにプレイトメイルを装備しているのに、トレボールはシミターとハーフプレイトという、そこらの商船隊レベルの装備しか身に着けていない(まあシナリオ上の理由なんだろうけど)のは、彼に回される資金が少なかった(「利率の悪い投資は出来ませんな」とかオズワルドあたりに言われてそう)のじゃないかと邪推してしまう。とりあえず、ジョカあたりは公然とバカにしてそうだ。
とても嫌いだったが、某所の「どこの組織にも一人はいるし、ある意味いなければならない損な役目を背負わされた人」という説明と、別のサイトの「妖精トレボール」イラを見て、意外と可愛いような気もしないでもないような気がしてきた。
でも、何度も繰り返すけど、PC版の顔グラはナイ…




ネタバレプレイ日記&感想

   

目次









































アルジェ海賊の階級

ゾルダード(兵士)…最初。一番したっぱ。
ゲテロ(戦士)…上納金金塊30を納める。
ベテラーノ(猛者)…上納金金塊60を納める。
バリエンテ(英雄)…上納金金塊120を納める(これ以降は上納金は不要)。アルジェ海賊の最高位。アルジェ四人衆もこの位。

ネタバレではないですが、ジョカの姓「ダ・シルバ」は、かの
「音速の貴公子」アイルトン・セナ と一緒だということに最近気付きました。(アイルトン・セナ・ダ・シルバがフルネーム。「アイルトン」が名、「セナ」は母親の姓、「ダ・シルバ」が父親の姓)
もしかしてジョカと顔も似てるんじゃないかと思いましたが、そもそもセナは金髪じゃないじゃん(顔も似てないし)。
とはいえ、ジョカの姓はここから取ったのかもしれません。
以上、ゲームとは関係のないお話でした。

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