あたい、エリーゼは元はフォルフハイムに住んでた。
おとっつぁんは仕立物師で、そんなに腕は良くなかったけど、フォルフハイムにいた頃は食べるのに困るほどじゃなかった。おっかさんもそんなに悪い人じゃなかった。
全部悪いのは、戦争。
ルターとかいうお坊さまが、法王さまの悪口言ったとか、なんでそんなことで戦争になるのか分からないけど、領主さまとか騎士さまとか、いろんな人たちが大騒ぎして、あたいたちはフォルフハイムを追われちまったの。
南に行ったら安全だって聞いて、あたいたちは船に乗ってどんどん南に行った。
そして、このアルジェに辿りついた時には、おとっつぁんは体壊しちまって働けなくなってた。
その頃からだ、おっかさんが悪い人になっちまったのは。
あたいが若くて可愛いから娼婦になって金を稼げって言うようになった。
何度もぶたれたけど、病気のおとっつぁんが庇ってくれた。
でもやっぱり金はないから、あたいはビクトリア座って劇場の踊り子になった。
踊り子なんて娼婦と同じだって言う人もいたけど、やっぱり違うと思う。
あたいはおとっつぁんの言うとおり「立派な娘」でいたかったんだ。
そしたら今度は、座長のシャームベッヒがあたいにイロになれってゆってきた。あんたみたいなオッサンはいやだってゆったら、座長もあたいをぶった。
誰が給料払ってやってるんだって、ぶった。
手ごめにされそうになって泣きながら家に帰ったら、追いかけて来た座長を病気のおとっつぁんがぶちのめしてくれた。
「うちの娘は、立派な娘なんだ。」
そう言って、追い返してくれた。
でもおとっつぁんは、多分無理がたたって死んじまった。
大すきなおとっつぁんだのに葬式出す金もなくて、おっかさんにはあの座長のイロになって葬式代を出してもらえと言われて、どうしようもなくて泣いてたら、あたいは、あの黒髭のおじさんに会った。
「マンタリナ姉さん、ママさんが今日は部屋を片付けたかって。」
「…後で。」
あたいは、片付けが大嫌いでいつも物を探してるマンタリナ姉さんの部屋を覗いて、溜息をついた。だって、あんまり汚い部屋だったからさ。
「エリーゼ、お菓子あるけど食べる?」
ウーバ姉さんが声をかけてくれる。
「お菓子大好き。」
「ちょいとウーバ、あんたのレコ、また貢ぐのお菓子だけ?たまにゃ、宝石の一つも持ってこいって言ってやったら?」
リモン姉さんが、カンペキに結いあげたアタマを見せびらかすように、歩いてきた。
「いいのよ、あたしはお菓子が好きなの。」
「安い女。」
リモン姉さんは、呆れたように言ったけど、しっかりウーバ姉さんのお菓子を一つ口に入れてた。
黒髭のおじさんに会ったあたいは、「黄金の双つ林檎楼」ってこの妓楼に連れてこられた。
最初はここが妓楼と聞いて、無理やり手ごめにされるんじゃないかと思って怖かったけど、マンサナママさんも、店の姉さんたちも、とっても優しい。
「姉さんたち、妓楼ってみんなこんなに良い人ばっかりでいい所なの?」
あたいが聞くと、姉さんたちは一斉に大笑いした。
「おぼこい質問ね、エリーゼ。」
「勘違いしちゃダメよ、この『黄金の双つ林檎楼』はトクベツ。」
「そうよ、あたし、5つは妓楼に居たことがあるけど、どこもここと比べりゃ酷いもんよ。食事代は相場の三倍はとられる、替えもしないシーツ代を毎日巻き上げられる…」
「客は無理にとらされる。あたし、一日に20人とらされて、アソコが腫れあがったコトがあったわ。」
ウーバ姉さんは、みんなの意見をまとめていう。
「ま、ここは他の妓楼に比べりゃ、天国みたいなトコよ。客は無理強いされないし、風邪ひいたら休めるし、食事も着るものも髪結いも相場通りで頼めるし。」
「そうそう、だからこの店にはいい女が集まるから客層もいいし、働く環境がいいからがんばって客とる気になって…結果的には、大繁盛ってワケよ。ママさんもなかなかやるわよね。」
あたいは、水とハチミツで割ったワインを飲みながらそれを聞いた。
そっか、やっぱり妓楼は本当は怖いとこなんだ。
だからおとっつぁんはあたいを守ってくれたんだ。
「ま、この妓楼で二つだけ文句があるとすれば…」
「やぁっぱり、あの『入口』でしょ?きゃはは、最初見た時はコーチョクしたわ。」
「入口のあのボッキしたシロモンって、ママさんのオトコの誰かのがモデルなのかしら?」
「きゃはははは、やるー、『思い出のイチモツ』ってね。」
「誰かな?」
「さては、このアルジェの『海賊王』のだったりして…」
「ちょ、ちょちょっ、言い過ぎ、声デカ過ぎ。そういや、二つだけの文句、って、もう一つは?」
「ママさんの化粧の厚さ。」
「ぎゃはははははははは…」
「エリーゼ!!」
ママさんの大声がして、姉さんたちは途端に黙った。
「はーい、ママさん。」
「ちょいと下へおいで。大事な話があるのさね。」
「大事な話?」
あたいは、すぐに下へ降りた。
「ま、お掛け。」
ママさんがそう言ったから、あたいは座った。ママさんも座る。ママさんは背のデカい女だから、座ってもあたいより一回りか二回りくらいデッカい。
「ここの居心地はどうだい?」
ママさんは、ま紫の長い髪をいじりながらあたいに聞く。
「居心地いいよ、ママさん。姉さんたちもみんな優しい。」
ほんと、踊り子してた時の座長とか、ウチのおっかさんとかより、みんな親切で優しい。
あたいは下働きをしてるけど、踊り子してる時よりよっぽど楽だ。
「そうかい、そりゃ良かった。あたしの店は、七つの海広しと言えども他にはない、『最高の妓楼』を目指してるんでね。」
ママさんが、座りなおした。
ママさんの化粧は厚いから、表情はそんなによく分かんないけど、きっと何か大切な話があるんだろ。
「で、エリーゼ、あんたに聞きたいのさね。あんたは身寄りのない孤児で、他に行き場もない。しかも、借金を背負った身分さ。」
「…」
そう、あたいは借金持ちだ。
おとっつぁんと、そして殺されたおっかさんの葬式代を、あたいはまだ払ってない。
「あ、あの…ママさん、あたい、ここで働くよ。お客を取ったらお金をもらえるんだろ?そして、少しずつ返してくよ。」
「へえ、娼婦になるかい?ま、確かにここの居心地の良さは女将として保証するさね。」
「だって…他にどうやって働くんだよ?」
あたいは、おとっつぁんの顔を思い出す。
――うちの娘は、立派な娘なんだ――
病気なのにそう言ってくれたおとっつぁん、あたいが娼婦になったら天国で泣くかな。
ごめんね、おとっつぁん。でもあたい、おとっつぁんとおっかさんのお葬式代を払わないといけないんだよ。
「もう、あのクソ座長の店で踊りたくないしさ、ましてやあの野郎のイロになるのはぜったい、ヤだしさ。でも、借りたお金を返さないのは悪いことだしさ。だって、あの黒髭のおじさんが立て替えてくれてるんだろ?」
「あらまあ、あんた、まだあの『黒髭』の正体に気付いてないの?」
「…え?」
ママさんは呆れた顔をしてた。
そういや、姉さんたちもみんな、あたいがあのおじさんの話するたびに、クスクス笑うだけで何も教えてくれなかったっけ。
「ったく、ウチの果物ちゃんたちは仕方ないね。あたしの39年の人生の中でも選り抜きの困った子たちだよ。」
ママさんは、そこだけは化粧できない、でもママさんの顔の中で一番きれいな、金色がかった琥珀色の瞳で、あたいを見詰めた。
「『働く』ことになるかは微妙だけど、もう一つ、あんたにゃ選択肢があるのさ。」
「なに?」
「…まったく、鈍い娘だねえ。」
ママさんは、とっても呆れた顔して、あたいに「選択肢」を言った。
「あたいね、おじさんのイロになることにした。」
あたいが言ったら、黒髭のおじさんは渋い顔をした。
「だってね、あたいのおとっつぁんはきっとあたいが娼婦になったら、天国で泣くよ。でも、お金を返さなかったら、それはそれでそんな娘に育てた覚えはないって怒るよ。だから、おじさんのイロになる。」
「娼婦になるか、海賊の情婦になるか、どっちが親不孝かは微妙な問題だな。お前さんが俺の娘なら、どのみち俺は泣くさ。」
「天国でも?」
「…俺を天国に行かせるのは、神の子が降臨して直々に手を引いてくれたって不可能だろうな。」
「おじさん、良い人なのに。」
あたいが言うと、おじさんは苦笑した。
「俺を『良い人』呼ばわりするのは、お前さんだけさ。」
「だってあたいを助けてくれたじゃない。」
おじさんは、あたいをじっと見た。
「ま、俺に拾われちまった時点で、色を売るか、俺の女になるか、さもなきゃ全力でどこかに逃げるか、そのくらいしかお前さんの人生にゃ選択肢はなかった訳だが…」
おじさんは、ベッドに座ったあたいの横に、
どすん
って腰を下ろした。
おじさんが、とても近くになった。
「エリーゼ、そろそろ俺が誰だか分かったか?」
「…アイディン・レイス…アルジェの海賊王ハイレディンの弟で、アルジェ海賊の副首領。」
あたいは、ママさんに教えてもらった通りに答えた。
「合格だ。ついでに、俺のこの『黒髭』の名は、悪魔より地獄に近いって言われてる事も付け加えりゃ、満点だったな。」
あたいは、おじさんの顔を見上げた。
顔一杯の黒髭。
なんだか、少し怖くなってきた。
「こ、怖くないよ。だって、最初見た時怖くなかったんだからさ。おとっつぁんが言ってたもん、人の言うことよりも、自分の目を信じろって。」
おじさんは、小さく笑った。
「そうかい。」
気付いたら、あたいはベッドの上に転がされてた。
「男は知ってるか?」
「し、知らない…」
「正直に言えばいい。俺は別に生娘好きじゃねえ。」
「ほ、ほんとに知らないってば。あたい、『立派な娘』なんだよ。」
「そうか、そいつは骨だな。」
おじさんのゴツゴツした手が、あたいの体をどんどん下ってきた。
「あ、あの…おじさん、姉さんたちにこういう時は
『優しくしてね』
って言えって言われたんだけど…」
「俺は海賊だぜ、無茶言うなよ。」
「ええっ、じゃあ優しくしてくれないのっ!?」
おじさんは、しばらく黙った。
「ま、努力はしてみる。」
おじさんは、答えた。
「おじさん…」
あたいは、おじさんの重たい体の下から手を伸ばす。
「おじさん、重たいね。」
おじさんの体は、厚い筋肉と、たくさんの傷で出来てた。
「エリーゼ、いつまで俺は『おじさん』呼ばわりなんだ?」
「何で呼べはいいのさ?『副首領さま』?」
「てめえの女にまで副首領呼ばわりされたくねえよ。」
「じゃ…アイディン。」
おじさんの、ううん、アイディンの手が、あたいの髪に触れた。
「アイディン、あたいのこと、好き?」
アイディンは答えずに、あたいの髪を掻き上げた。
2010/4/4
割とこういうシーンは楽しいと思った。
エリーゼは、最初に思ってたよりもっと純朴な性格になってしまった。いや、「純朴な美少女」なんて典型的なキャラクターは書きたくないと思ってるんですが…やはり王道は強かったということです。
海賊モノと言うことで、
そりゃ娼館を出さなきゃな
と思い、キャラ設定もつけました。うん、酒は酒場で飲めるけど、良い子の光栄は
さすがにゲームには娼館は出しくれなかったので
ゲームオリジナルです。
ちなみにトロピコ2という、海賊の親分になって、捕虜どもを支配し、自分だけの楽園海賊島を作るという邪悪なゲームがありますが、そこでも海賊たちには娼館が必須です。
水夫の疲労度は、酒や女でないと回復しないとかいう設定だったら面白かったのに…めんどいかな?
ネタバレプレイ日記&感想
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目次
この話では、ゲーム内のキャラクター年齢は割と重視しようと思いつつ、肝心要のところは無視したりしています(イメージに合わなかったりする場合は、オリジナルの性格設定を重視している)
ちなみに、アイディンおじさんはゲーム開始時47歳。サルヴァドルは17歳。おじさんは30年上なのです。
で、今回のオリキャラのエリーゼの年齢設定はサルヴァドルと同じくらい。
良く考えると(てか別に考えなくても)
「犯罪じゃないのか、叔父貴?」