「ガートランドの奥さまになってやるのよっ!!」
そう叫んで故郷を飛び出して、さて一体何年たったのかしらね、あたし。
「ガートランドの奥さま」は、それほど大きくはないけど豊かな領地を持ち、純朴な領民たちには慕われていて、小奇麗でお洒落なお城に住んでいるの。
もちろん、お城では小姓のいい男に囲まれているのよ。
「ガートランドの奥さま」は仕立てのいいドレスを着て、典雅なパーティーとかをお城で開いたりするの。
招待客たちは、みんな「ガートランドの奥さま」の美貌とたおやかさを褒め称えるのよ。
もちろん、「ガートランドの奥さま」は、剣ダコなんかないすべすべの手をしているのよ。
「すべすべ…ねえ。」
あたしは自分の手を見る。
愛用のブロードソードを何年もぶん回してきたあたしの手は、「たおやか」とか「すべすべ」とかいうのとは程遠い状態になってる。
もちろん、ぶん回した先にいた何百、何千の男たちの流した血に塗れてるのは言うまでもない。
ド田舎の私生児が「ガートランドの奥さま」になるためには、腕っ節に頼らなくても「女」を武器にするって手段もあった筈なんだけど。
仕方ないわね、あたしの腕っ節が、ちょいと人さまより強すぎたんだもの。
「あーあ、早く『ガートランドの奥さま』になれないかしら。」
そのために、この腕で高額の海賊ばかり何人も狩り上げてお金を貯めて、傭兵団でも組織して、どっかの国の戦争で大功でも立てて領地と貴族の位を貰って…
考えたら、先が長すぎてうんざりしてきたわ。
酒場じゃ海賊たちが、多分戦勝のどんちゃん騒ぎをしてる。
時折聞こえてくる会話。
新大陸からの船を襲った
積荷が金なら大金持ちだった
一気にバリエンテも夢じゃなかったのに
あの腰抜けのイスパニア野郎ども、とっととセビリアに逃げ込みやがって
まあ、積荷の染料も売りゃそれなりの儲けにゃなる。
「ふうん、いい稼ぎしてんじゃない。」
いっそ商売替えして海賊にでもなってやろうかしら、でもそうしたら自分が賞金首になっちゃうしな、そう思いながらあたしは、この海賊たちのアタマを無意識に探す。
なかなかいい腕してるみたいだから、もしかしたら賞金首かもしれないし。
短く刈った金髪の若い男だった。
年はあたしよりとタメ…くらいかしら?それとももう少し下かな?ともかく若いわ。
広い肩幅、厚い胸。の割になかなか色男だわ、アニーあたりが好きそう。
くつろいでるはずなのに、配る視線にスキがない。
不敵な蒼灰色の瞳。
「…」
目が合った。
アニーじゃないから笑いかけてやる義理もないし、でもメンチ切ってゴタゴタの種にすることもないし。
自然に視線を外してから、あたしは立ち上がった。
酔っぱらう程じゃないけど、ちょっとあいつらの熱気に当てられちゃったみたいで、外の風に当たりたくなったのだ。
「あーあ、いい儲け話ないかなー。」
夜風に吹かれると、いつも愚痴が出てしまう。
別に吹かれなくても口癖なんだけどね。
考えるより先に手が動いた。
ぱしん
動いた手が誰かの手を弾き飛ばした。
「…誰よ。」
「おっと、見た目通り気の強い女だな。」
振り向いた先には、短く刈った金髪の男。
あたしもかなりデカいけど、それより更に上背のあるところから、蒼灰色の瞳がこっちに向けられている。
「動きの定まらないその手を見るに、あたしの肩に手でも置こうとしたようね。」
「お察しの通りさ、銀髪の姉ちゃん。でも、それが悪いような言われっぷりだな。」
「当り前よ。面識もないのに気安く触らないでくれる、金髪のお兄さん。」
「そうかい?俺はてっきりあんたが俺と『面識』ってヤツを持ちたがってると思ってるんだがな。」
金髪の男の顔が、あたしに
ぐい
と近付けられた。
「俺を見てたじゃねェか。」
「酒の臭いのする息。酔っ払いね。」
「酒は海賊の血の素さ。」
金髪の男の顔が更に近付いた。
ついでに、あたしが許可もしないのにあたしのアゴに男の手が触れる。
ぐい
あたしは手と一緒に男の体も押しのけてやった。
「気だけじゃなく力も強ェ女だな。」
「たり前よ、あんた達みたいな海賊を狩るのがシゴトなんだから。」
「女のくせに気の毒なシノギだな。そんな血塗れになって金稼がなくても、俺が買ってやるぜ、姉ちゃん。」
ちりん
ちりん
床に金貨が投げられた。
「そんな小銭であたしを買おうっての?」
「言い値で抱いてほしいのか?贅沢な女だ。仕方ねェな、いくらだ。」
「それはそれはご親切さま。」
相手は酔っぱらいなんだから、まともにやりあうモンじゃないってアタマでは分かってるんだけど、どーもダメね、この手のオトコを相手にすると。
「ちょっとお高いわよ?」
「俺を誰だと思ってる?アルジェ海賊のジョカ・ダ・シルバさまだぜ?」
「あんたの首よ、ジョカっ!!」
完全に不意を突いて右拳を叩きだしたんだけど、相手の反応は思ったより素早かった。
図体がデカい割にしなやかに体を捻って、あたしの拳をかわす。
「可愛くねェ女だな。」
さっきまでのからかいの口調から、怒りが混じった口調になった。
「フン、あんたが紳士ならもう少し可愛らしく振舞ってやるわよ。このクソッタレ。このあたしを金で買いたかったら、この世の終わりくらいまで男磨くのね。このクソガキっ!女の股ぐらの穴掘る前に、てめえのケツの穴をまず掘られてなっ!!」
考えるより先に体が動いた。
風切り音のする拳が、あたしの体のすぐ横を通り過ぎた。
「てめえ、このクソ売女。いい気になってんじゃねェぞっ!!」
ジョカの拳が店の扉を叩き、なかなか気持ち良い音を立てる。
ジョカの顔は、立派に怒り十割になっていた。
あたし、そんな怒らせるようなこと言ったかしら?
「まあいいわ、あんたも海賊なら腕で来なさいよ。」
あたしは腰のブロード・ソードに手をかけた。
「きゃあああああーっ!!」
夜空に響く女の悲鳴。
「お店のとびらがーっ!!」
って叫んだ声は、アニーだった。
「ひどーい、こないだ取り換えたばっかりなのにー。」
アニーはジョカを見上げると、大袈裟に泣き伏した。
「…」
あたしもそうだけど、ジョカはもっと毒気を抜かれた顔になった。
「ああ、営業時間内にものが壊れたら、わたしのお給料がその分安くなっちゃうのにー、ひどーい、むごーい、健気なわたしががんばって貯めてるおきゅうりょうがーっ!!しくしくしくしく。」
アニーの大袈裟に立てる泣き声に、海賊たちが集まってくる。
ジョカがそちらに気を取られてる間に、あたしはその場をそっと離れた。
別に逃げたわけじゃないのよ。
アニーの顔を立ててよ。
宿でひと眠りして、あたしは酒場に戻った。
酒場ではアニーとマスターが大宴会の後を片付けてる所だった。
「トーゼン、手伝ってくれるわよね、ベッキー。」
アニーが得意満面で言うから、あたしも仕方なく手伝うことになった。
「もー、ベッキーってば血の気が多いからホント困っちゃうわ。わたしの機転がなかったら血を見てたわよ。」
「別にいいじゃない、見ても。流れたのはあのクソッタレの金髪の血よ。」
「お店で暴れないでって言ってるのっ。」
怒っているように聞こえて、口調は怒ってない。
「で、あのクソ金髪がいくら巻き上げたの?」
「あの金髪のお兄さん、とおってもいい人だったわよー。大宴会の払いはもちろん、扉代も付けてくれたし、わたしに宝石までくれたんだからー♪あんまり気前がいいから、たっくさん『ちゅっちゅ♪』しちゃった♪」
「あーあー、それは宜しゅうございましたねー。」
「金払いがいいのは大物の印よ。あのお兄さん、きっと出世するわ。いつか世界とかとっちゃうかも。いやーん、恋人になってくれとかゆわれたらどーしよー?」
「はいはい、いいんじゃない、世界の王のご寵姫さまね。お城で舞踏会でもお開きになる時は、どうぞこの『ガートランドの奥さま』へも招待状をお忘れなく。」
「てか、もしお金がなくても十分いい男だったじゃない?光るような金髪に、不敵な蒼灰色の瞳♪おとなしく口説かれちゃえばよかったのに。」
「あたしはあんたみたく、男の趣味が悪くないのよっ!!」
アニーのことは好きだけど、このちょっといい男と見るやふらふらしちゃうこの感覚にだけはついてけないわ。
しかも男の趣味、キホン悪いしっ。
「ひどーい!わたしは友だちのためを思って言ってるのに―。」
アニーは甘ったれた口調でそこまで言ってから、こう付け加えた。
「でもねベッキー、あなたがスゴ腕なのは知ってるけど、大した意味もなくケンカ売って歩くのは頂けないわ。体が資本の商売なんから、もっと冷静にしてないと。そのうち酷い目に遭うかもしれないわよ。」
「…そうね、心に刻むわ。」
確かに、アニーが機転をきかせてくれなかったら色々と面倒なことになってたわ。
何せ相手はアルジェ海賊だもの。
「ゴメンね、面倒かけて。」
あたしが言うと、アニーはにっこり笑った。
「いいのよ、この借りはツケにといて、あ、げ、る♪」
「…」
さて、大変だわ。
アニーのツケは複利だから、シャイロック銀行で借金するより大変なことになっちゃうわね。
「あーもうっ!!ホント、いい儲け話ないのかしらっ!!金塊が山になってやってくるような話っ!!」
あたしが独り言、っていうより独り叫びをすると、いるんだかいないんだか忘れちゃうような存在感の薄いマスターが口を開いた。
「海賊ウルグ・アリの話なんだが…」
2010/5/5
サルヴァドル編のキャラクターは、海賊の割に割とみなさん紳士的(血の気は多いけど)で口調も穏やかですが、海の男というのはそもそも相当荒くれで口が悪いものだろうと思ったら、レベッカの方が悪くなりました。
サルヴァドルも海賊王子の割にけっこう上品なのは…ホーレスの育て方が良かったからかな?
今回の語り手:レベッカ・ガートランド
…一匹狼の女賞金稼ぎ。巨額の賞金がかかった海賊を専門に狙う。年齢はサルヴァドルよりちょい上(だったと思う)。気が強くて、他人をなかなか信用しない。腕としては、「サシで負けた事がない」ほどのスゴ腕。戦闘レベルからするに、相当の歴戦の勇者であろう。船も操れる(ぼちぼちは)
短い銀髪(ゲーム画面だと金髪に見える…けど公式イラでは銀髪)に金のサークレット、銅色(だと思う)の瞳を持つ。男の恰好はしているが、口調は女性(てか割とギャルっぽい)。やたらと金に拘るが、何のために大金を必要としているのかはゲームでは明らかにされない。
公式イラが説明書にのっている辺り、ハイレディンよりリオーノより重要人物のはず…なのに、いなくてもストーリー的に支障はない不思議な存在。
セウタのアンナとは、少なくともいい男トークを交わせる程度には親しい。
以上が公式設定。
多くのキャラがスペイン系の名前を持つ本ゲームにあって、珍しくイギリス系の名前。
ゲームでの彼女は、アンナと愛称で呼び合ったりはしない…が、そのくらい親しいといいなと思って「ベッキー」「アニー」と呼び合う仲良しさんになった。
ついでに、彼女が何のために金に拘るかいろいろ考えてみた。
病気の家族のためにとか、足の悪い弟の手術代稼ぎのためだとか、いろいろ考えてみたけど、そんな定番な設定面白くないのでやめてみた。
あ、トーゼン、ゲームではジョカとは出会ってませんから。
ベッキーについて(ネタバレ猛注意)
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目次
ベッキーは何のためにサルヴァドルシナリオにいるのだろう?
きっと男臭すぎるサルヴァドルシナリオの、しかも女が苦手な主人公サルヴァドルの彼女的存在なんだろう。
あれだけ意味ありげに要所要所で出て来て、恋愛フラグ立ちまくりの発言をさせて、EDであんな台詞言わせておいて、
当のサルヴァドルは多分ぜったい、ベッキーのこと眼中にないよっ!!
後で再会しても
「誰だっけ?」
と言われるか、はたまた
「ああ、お前か。いい腕してたな(感嘆の目)。」
と戦士としての腕を評価されるかで終わると思われます。
せめてミランダシナリオで
実はあの後二人は愛をはぐくんで…
的なフォローが入れば良かったのに、のに。
または続編か別のゲームで
二人の子孫が…
的なフォローが(4のキョータローとセシリアみたく)入れば(以下略)
ムリかな。
ともかく、当のサルヴァドルがどこまでいっても女に興味がないのが致命的ですな。
これはサルヴァドルに任せておいてもラチが明かないので、ホーレスが月下氷人するしかないと思います。
可哀想なハイレディンが孫の顔を見れるのは、まだまだ先の話になりそうです。