見事にイスパニア船を仕留めて戻ってきたってのに、ジョカの顔は楽しげじゃあない。
積荷が金銀じゃなくて残念だったのか、はたまた商船隊の半分以上がセビリアに逃げこんじまったのが面白くないのかと俺が聞いたら、ジョカは面白くなさそうな顔で、
「ムカつくクソ売女がいたんだよ、銀髪のな。」
と吐き捨てるように言った。
「お前が、特定の女の話をするなんて珍しいな。」
俺がそう言ったのに特に別意はなかったんだが、どうやらジョカの嫌な部分を突いちまったらしい。
ジョカは、一息でその「銀髪のクソ売女」を罵り倒すと、大きく息を吸い込んだ。
「次、あのツラ見たら、ぜってェヤって殺して…もっぺんヤってやるっ!!」
そうして、力いっぱい吐き捨てたところを見ると、よっぽど印象に残ったらしい。
ジョカにも印象に残るって意味で、気になる女が出来た事はいい事だ、悪印象なのが残念だが。
どうもこいつの女遊びは、女「と」遊ぶ、っていうより、女「で」遊ぶってのが強すぎるからな。
「聞いてんのか、トーゴ。」
「ああ…じゃ、なんだ?セウタじゃ女と寝てないのか?」
ジョカは面白くなさ気に舌打ちした。
「そうか、まあお前くらいの年じゃあ独り寝が続くのは辛かろう。よし、俺もちょうど行く所だ、女買ってやる。」
ジョカを連れて路地裏を歩いて行くと、ジョカが小さく舌打ちする。
「トーゴ、もしかしてこの道は『黄金の双つ(ふたつ)林檎楼』じゃねェのか?」
「もしかしなくても、そうだ。不服か?あそこは高級娼館だぞ。」
「高級娼館なのは知ってるがよ、あそこの女、どれもこれもババアばっかじゃねェか。」
「ま、確かに全員、実年齢はお前より最低10は年上かもな。いいじゃねえか、年上でもいい女だ。」
「トーゴならいいかもしれねェけどな。」
黄金の双つ林檎楼は、ウチの首領の昔の女だって噂の、マンサナって女傑が経営してるアルジェ一の高級娼館だ。
女将のマンサナは、嫌がる女と若すぎる女は絶対に抱えないってえ、娼館の女将にゃ奇特な主義主張の持ち主で、そんな女将に好き好んで抱えられてる女たちき、またどれもこれも個性的な、そして波乱万丈の人生歩んできた女ばかりだ。
きっとそんな女たちを、俺みたいな海賊は好むんだろう。
黄金の双つ林檎楼は、アルジェ海賊御用達みたいな店になっちまってる。
純金で出来た二つの林檎と、その間からギンギンに伸びるの男の象徴の下を通る時もジョカは冷やかすような口笛を一つ吹いたが、中に入って厚い化粧に真紫に染めた髪をした大柄な女将が立ち塞がると、
「お久しぶりです、マンサナの女将さん。お元気そうで何よりです。」
と、礼儀正しく挨拶した。
ジョカは目端の利く男だ、アルジェで隠然たる勢力張ってる人間にナマ言うほど馬鹿じゃなあない。
「よう女将、相変わらず濃い化粧だな。」
「ああトーゴ、相変わらずデカい腹だね。その太鼓腹の中には何が詰まってんだい?」
「もちろん。女将への溢れんばかりの愛情さ。」
「はっはっは!!なかなかお上手さね。」
女将が、勢い良く俺の腹を叩く…というより殴りつけた。
俺は、アルジェ4人衆の一人たる俺がだぜ?女将の一撃で、危うくむせ返りそうになっちまった。
「相変わらず、とんでもねえ腕力だな。」
「あたしへの愛情が詰まってんなら、そいつがクッションになったろ?」
「今の一撃で全部吐き出されちまったよ。」
「で?今日は誰がお望みだい?」
「ああ…」
俺がジョカに視線を向けると、ジョカは部屋の片隅に視線を向けていた。
俺もその視線を追うと、金色の髪をした女が、部屋の柱に時計を取りつけようと悪戦苦闘していた。
「女将さーん、これ、なかなかむつかしーよー。」
振り向いた顔は、ずいぶんと若い。
サルヴァドルと同じくらいか。
「女将、新しく入った女かい?」
「トーゴ、やっぱり若い男は手が早いねえ。」
「は?」
見ると、ジョカはさっさと金髪の娘の所に近寄って、娘が悪戦苦闘していた時計をあっさりと取りつけてやっていた。
「ありがとう、お兄さんっ。」
金髪の娘は、深い海の色の瞳に感謝の色を浮かべて、自分より大分と高い位置にあるジョカの顔を見上げた。
「名前は?」
「あたい?エリーゼ。」
「…」
この店では、店の女には果物の名前の源氏名をつけてる。
ってことは、あのエリーゼって嬢ちゃんは「売り物」じゃあねえってことだ。
「女将、あの嬢ちゃんは、何だい?」
女将の視線が、ドアに向いた。
「俺のイロだ。」
ドアが勢いよく開いて、塩辛声が響いた。
「アイディンっ!!」
エリーゼが勢いよく駆け寄って、アイディンの旦那に抱きついた。
「やっと来てくれたんだっ!」
エリーゼを抱き上げて軽く口付けすると、黒髭の旦那は口を開く。
「俺のイロだぜ、トーゴ。」
そう言いながら視線はジョカに向いていた。
やれやれ。
「こんなベッピンをいつの間にか囲ってるとは、さすがだな、旦那。教えてくれりゃ良かったのによ。」
「貴重なお宝は人目にゃさらさねえもんだぜ。特に、海賊相手にはな。」
「はは、違いねえ。」
俺と会話してるように見せかけて、黒髭の旦那の視線はジョカに向きっぱなしだ。
ま、仕方ねえな。ジョカは若くて美男子で、てめえの若いイロに近寄るにはちょいと危険すぎる。
「副首領のいい人でしたか。」
ジョカはエリーゼの方を向いて、恭しく一礼した。
「これは失礼しましたね、姐さん。ジョカ・ダ・シルバです、以後よろしく。」
「姐さん?姐さんってあたいのこと?」
「もちろんです、エリーゼの姐さん。」
「こちらこそよろしく、ジョカ。アイディン、あの人ね、あたいの代わりに時計つけてくれたんだよ。」
「ああ、そいつはご親切さまだな。」
黒髭の旦那の声のトーンが僅かに低い。
「なあに、副首領のいい人のお役にたつのは当然ですよ。」
「エリーゼ、すぐ行く。部屋で待ってろ。」
「うん、すぐ来てね。」
エリーゼが跳ねるように部屋を出て行く。
だが、どうも悪い方向に行っちまった空気までは出て行かねえようだ。
やれやれ、何を言ったものかと思っていたら、アルジェ海賊の下っ端の一人が入ってきた。
「ジョカさんにご用です、首領が。」
「…ああ。」
ジョカは頷いてから、俺に笑いかけた。
「さあて、残念だ。せっかくトーゴにここの美人をおごってもらうんだったのにな。」
そうしてから、黒髭の旦那にも笑う。
「でも、仕方ないですね。オレはこれで失礼します。どうぞ、若くて美人のあの姐さんとお楽しみに。」
そして女将に、も少し殊勝な笑みを浮かべて一礼してから、ジョカは扉を開けて出て行った。
「あらぁ、一人分の儲けが減ったよ。」
女将は残念そうにそう言った。
「トーゴに二人買わせりゃいいじゃねえか。」
「やめてくれ。俺を腹上死させる気かよ、旦那。」
「大丈夫さね、その腹の上になら、二人くらい乗っかるだろ?」
まんざら冗談でもねえ女将の口調に俺は顔をしかめたが、黒髭の旦那は女将に部屋を取るよう言った。
「トーゴと、ちょいと、な。」
「かまやしないけど、坊やとトーゴの二人が抱き合えるベッドはうちでもないよ。」
「心配するな、そこまで大暴れはしねえよ。」
ワインの瓶を抱えて部屋に入る。
カップに酒を注ぎながら、旦那は口を開く。
「サルヴァドルがゲテロ(戦士)になったのは、知ってるか?」
「いや、初耳だ。あいつが海に出て、まだ一年経ってないだろ?」
俺たちアルジェ海賊は階級制だ。
艦隊を率いるだけの力量を持った奴はまず、ゾルダード(兵士)の地位から始まる。
そして、ゲテロ(戦士)、ヴェテラーノ(猛者)と上がり、最後には真のアルジェ海賊の証、バリエンテ(英雄)の称号を得ることが出来る。
今のところ、首領の赤髭の旦那を除けば、副首領の黒髭の旦那、そして俺たちアルジェ四天王のみ。
「そうだ。」
「とんでもない早さだな。首領が手でも回したのか?」
「あの兄貴がそんな事するかよ。身内でも容赦しねえ男なのはお前も嫌ってほど知ってるだろ?」
「だとすると…俺のカンは正しかったな。」
サルヴァドルが海賊として旗揚げしたいって言いだした時に、賛成したのはバリエンテでは俺だけだった。
「…ったく、余計な事言いやがって。」
黒髭の旦那はその真っ黒な髭だらけの顔を渋めた。
「…がまあ、今更言っても仕方ねえことだ。それに俺たちアルジェ海賊では強さが全て、あいつが俺たちに相応しい強さを見せるなら、俺としても文句はねえ。そこで、だ。」
黒髭の旦那は、地中海の海図を広げた。
「ウルグ・アリは知ってるな?」
「何を今更。オスマンに雇われてる海賊野郎だ。」
「ああ、オスマン海軍は今、急激に拡大路線を取ってる。地中海の覇権を握るためだ。その為に手っ取り早く海賊を傘下に収めてる訳だが…どうやら、そのウルグをシャルークの元に差し向けようってえ動きがある。」
「討伐しようって訳じゃねえとすれば…」
「ああ、援軍だ。ウルグをシャルークと合流させて、東地中海を一気に抑えさせるつもりらしいぜ、オスマンのスレイマンはな。」
旦那は、即位して大して間がねえ若造だってのに、早くも「大帝」と評されている、オスマン帝国の若いスルタンの名を苦々しげに口にした。
「東地中海を押さえるなら、どうして自前の海軍でやらない?」
「あそこら辺りは、ジェノヴァやヴェネツィアの商人どもの利権も絡んでるからな。下手に手を出して国際問題にするのが面倒なんだろう。シャルークだの、ウルグだのに手を出させりゃ、オスマンの名は表面には出ねえ…もっともこれは、オズワルドの受け売りだがな。」
旦那は、美味くなさそうにワインを呷った。
確かにこいつは面白くない話だ。
オスマン帝国が海上覇権を握ろうと出張ってきたって事は、それだけ俺たち海賊の活動幅が狭くなるってことで、つまりは俺たちの死活問題だ。
「俺たちバリエンテの出番か?」
「ま、そう思っておいた方がいい。」
旦那は立ち上がった。
「だから、いい女を抱いておくんだな…俺みたいに。」
「あのエリーゼって嬢ちゃんかい?あんたにゃ珍しく、一人の女に絞ったな。しかも若い。」
黒髭の旦那は、僅かに照れたように笑った。
「手荒にすんな、可愛がってやれよ。あと、無闇に若い男に嫉妬の目を向けるなよ。」
「…」
旦那はすぐに不機嫌な顔になった。
久々に、子どもみてえなこの人の表情を見た。
「あのなあ、ジョカの女癖はたしかに良くはねえが、あんたのイロに手を出そうとするほど馬鹿じゃねえよ。ま、あんたのイロから声掛けたんなら知らねえが。それでも、手に手を取って駆け落ちするほどあいつは甘く出来てもいねえ。」
「確かにな、そいつは止めた方が身の為だろ。」
旦那の塩辛声が、低くなった。
「俺は、逃げた女が産んだ子どもをてめえの子どもだと信じて連れて帰れるほど、器が大きくねえからな。」
旦那はてめえでそう言ってから、気付いたように俺の顔を見た。
どうも、良くねえ顔だった。
トカトカトカ
小さくノックが鳴ってすぐ、金髪のエリーゼが顔を覗かせた。
「ねーえ、アイディン、あたい待ちくたびれちゃったよ…」
エリーゼは、旦那と顔を見合わせるなり、小さく悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい。あたい、いい子で待つ…」
逃げて行こうとするエリーゼを旦那は乱暴にひっつかみ、体を固くするエリーゼに、今度は優しく接吻した。
「…ま、さっさと行ってやれ。当てられて敵わねえ。」
「ああ、ま、詳しい話はまた今度な。」
そして旦那は、状況が呑み込めずに目を白黒させてるエリーゼを抱きかかえると、部屋を出て行った。
ドカドカドカ
今度は遠慮のねえノックが鳴った。
「トーゴの旦那、そろそろ女の子を選んでくれる?」
この娼館の女の一人ウーバが言った。
「…ちょっと、その気が失せちまってなあ。」
「いやあねえ、勃たなくなっちまったら男も海賊も終わりよ。勃たせてあげるから、あたしにしない?」
「お前さんのレコは、今晩はどうしたい?」
「あー、もうあいつったら酷いのよー。」
「ああ、ああ、分かった分かった。ゆっくり聞いてやる。」
金払って買った女の寝物語に、その女のレコの愚痴を聞いてやる。
なかなかオツな一晩の過ごし方だと思いつつ、俺は同時に、黒髭の旦那の言い残したウルグ・アリの話も頭から離れなかった。
2010/5/16
女性が恋愛相談を持ちかける男性は、その女性から好意以上のものを持たれているということです。
ウチのトーゴさんはモテ男です。腹が出ててもオッサンでも海賊でも、男からも女からも愛されています。
トーゴさんについて
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目次
大航海時代2の登場キャラクターは完全に創作の人物はあまりおらず、ほとんどが実在の歴史上の人物をモデルにしています。(もっとも時代はむちゃくちゃですが。)
で、翻って外伝ですが…こちらはオリジナルだらけな気もします。
で、トーゴ・グリマーニの話ですが、この人は姓だけは一緒の人を発見しました。
ちょうど同時代、こちらも歴史上の人物であるジェノヴァの大海賊提督アンドレア・ドーリアの同僚(ヴェネツィア人だから国籍は異なりますが)にして、オスマン海軍に敗れて本国で終身刑を食らった…のに、気付いたらヴェネツィア共和国のドージェ(大総統、つまりいちばん偉い人、選挙で選ばれる)になっていた、アントニオ・グリマーニさんです(ちなみにこの後何人かドージェに「グリマーニ」姓の人がいるのでヴェネツィア貴族の名門なのかもしれない)。
しかし、アルジェ海賊ことバルバリア海賊はヴェネツィアの天敵だというのに、まんまとアルジェ海賊の幹部の名前なんぞに使われてしまうとは…グリマーニ家のみなさまにもお気の毒なことです。