救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

5-12 アイディン・レイスが語る話









女がいるってのも悪くない。

と、ガラにもなく最近思う。


兄貴が親父を殺してから、俺はもう30年も海で戦ってきた。

いつ海の藻屑になるか分からねえ、刹那的な生活が性に合うんだと思ってきたが、それでも

「ちゃんと帰って来てね」

ってエリーゼの言葉は耳に心地いい。


きっとこれが「里心」ってヤツなんだと思う。

まったく、俺には不似合いな心だ。

海賊なんて稼業に就いたからにゃ、俺には永遠に安息なんてないって、分かってる筈なのによ。




俺たちアルジェ海賊のアジトの地下を通ると、ジョカとすれ違う。

わずかな黙礼と微笑。

トーゴが「嫉妬するな」と言ったことを思い出し、俺は僅かに嫉妬心が戻るのを感じた。

たく、分かってるさ、こいつが人の女に手ェ出すほどの間抜けじゃねえなんて事はな。

単にこいつが、艶っぽい美男子だってだけの事だなんて、百も承知だ。

だから、兄貴だって…




「おうアイディン、来たか。」

俺のハイレディンの兄貴は、着崩れた服のまま、


どかり

と、椅子に掛けた。


「どうなんだ、兄貴。オズワルドの言ってた通り、事態は動きそうなのか?」

「まあな、間違いなかろう。ウルグは倒す。これは確定路線だ。だが、シャルークを殺すにはまだ早い。」

俺は、兄貴の微妙な言い方の違いに気付く。

ウルグは「倒す」。シャルークは「殺す」。


そうだ、兄貴は決してシャルークを生かしてはおくまい。


「『刃向かう者には死あるのみ』だな、兄貴。」

兄貴は、俺にちらと視線を向けただけで、何も言わなかった。


「次のウルグ戦には、若いのを使う。」

兄貴は言う。


「…ジョカか?それともサルヴァドルか?」

俺は兄貴が当然のようにジョカと答える筈だと思ったが、兄貴の返答は違った。

兄貴は俺を見る。


「強い方、だ。」

「…そうだな、俺たちはいつもそうだった。」

ジョカが兄貴の何だろうが、サルヴァドルが兄貴の何だろうが、兄貴には関係のねえ話なんだろう。


「だがな、どちらが強いかをどう決める?決闘でもさせるか?」

俺たち海賊のもめ事は、最終的には腕力で解決される事が多い。

カトラスで相手を斬り倒せた奴が正しい、俺たちの正義は、常に強さだ。


「いや、船を襲撃させる。ウルグと戦うのは艦隊戦だからな。」

「成程な。」

兄貴の言う事は確かに正論だ。相手の船に乗り込まねえ限り、個人の腕っぷしは関係ねえからな。


「そうと決まれば、サルヴァドルを呼び寄せねえとな。ゴンザレスとロドリゲスに言いつけて…」

「ところでアイディン、若いの、で思い出したがな。」

「ん、何だ?」

「若い女を囲ってるらしいな。」

「何だ、耳が早いな、兄貴。ああ、確かにそうだ。」

「お前が、珍しいな。」

「はは、俺だって若い女くらい…」

「子どもでも産ませる気か?」

「…」

俺は、背中に海水でもブッかけられた気になった。


俺に子どもが出来れば、そいつもアルジェ海賊の「跡取り候補」の一人になる。

兄貴がそれを警戒してるんだとしたら、兄貴は俺の事をそう見ているという事になる。


「いや、違…」

兄貴は俺を一睨みする。


「冗談だ。」

兄貴は真顔でそう言った。


そして俺は、さっきすれ違ったジョカの顔を思い出す。

子ども云々の話までなったかは知らねえが、エリーゼの話をしたのは、多分あいつだ。




違う。

俺はそういうつもりじゃあねえ。

サルヴァドルが本当に兄貴の子かどうか疑ってるのは事実だ。

だが、「レイス」の名を冠したてめえの子を持ち、でこのアルジェ海賊を継がそうなんて事は考えてねえんだ。


「…冗談か。」

「ああ。」

「ああ、冗談か。」

そうして、頬の一つも緩まねえ兄貴に、俺はしつこく確認した。





2010/6/6



血族が多い事は、少なくとも前近代では尊ばれる事でしたが、同時にそれはお家騒動の原因にもなるという…

ところで最近、サルヴァドルが名前しか出てなさすぎですね。
というわけで、次からはようやく「名声競争」に入ります。




「レイス」という姓について

   

目次









































大航海時代2&外伝では、「レイス」というのは姓として扱われています。
だからハイレディンとアイディンは兄弟設定でどちらも「レイス」という姓を持っており、ハイレディンの息子であるサルヴァドルも「レイス」姓なのですが、実際はこの「レイス」というのは、「船長」という意味の一般名詞(というか、称号みたいなもの)なのです。
だから、この時代のオスマン関係の人々にやたらと「レイス」とつくのは、ジャック・スパロウが「キャプテン」ジャック・スパロウと呼ばれるのと同じようなものだと思っておいて下さい。
ちなみに、2&外伝に登場する「ピリー・『レイス』」さんの「レイス」も同じです。もっともこの人、ハイレディンの下で働いた事もあるオスマン軍人なので、いっそ海賊設定にしちゃっても良かったのになー、とも思います。

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