オレもつくづく甘くなっちまったもんだなと思う。
なぜって?
こないだの「地中海最『弱』海賊ヤコブ・ワルウェイク」討伐の時の話さ。
何でかは分からねえが、あのクソ弱い男の命乞いなんてしちまったんだよ、我ながら不思議なことに。
まったく、このアル・ファシさまもヤキが回ったぜ。
あんなクソ弱い、しかも異教徒、サルヴァドル提督に斬り捨てられちまったって、構わなかったじゃねえか。
「もう少し負かりませんか?」
「兄さん、このラ・レアルはこの国の貴族さまだってお乗りになるとびきりの船だぜ?それを安く買い叩こうなんてなんて、おれたち船大工をバカにしてるってもんさ。」
「しかしですね、親父さん、我々船乗りが乗ってこそ、船と言うものは…」
あのヤコブくんのおかげでたんまり儲けたオレたちは、提督念願のラ・レアルを新造するべく、造船所での、ラ・レアルの値切り交渉中だ。
とりあえず、実地研修ってことでアフメットに任せてみたが、どうもこいつは交渉がはかどらねえと理屈に走りやがるから良くねえ。
商売はノリと勢いだってのによ。
「おー、親父、どれもこれもいい船ばかりだな。何と言うか…作った奴の人格?品格?がほの見えちまうね。え?親父さんの作かい、いやあ、さっすがだね、分かる分かる、あんたのオーラが出てるよ。いやあ、いい船だ、いい船だ。こんな男に船を造って貰ったら、船乗りとして冥利に尽きるね。はっはっは、照れるなよ親父、謙遜なんかすんなって、もちろん世辞なんかじゃねえよ、オレは事実を述べただけだ。はっはっは、いやあ、こんないい船に乗れたら嬉しいねえ、オレみてえな貧乏船乗りにゃムリかな?えー、負けてくれる?そりゃあ嬉しいねえ、おおっ、そんな値段に。あー、さすが出来たお人は違うね。いやいや、そんなお人は、そんな端金にゃこだわらねえって言うか、そう、まだ負けてくれる、そりゃあいいね、親父さん、出世するよ。ここの造船所もまだまだ大きくなるね、、そう、もう一声、いやあ、親父さん気前がいいねえ。さっすが大物は違う…え?そんなに負けられない?やだなあ親父さん、冗談キツいぜ。はっはは、まだまだ負けられるだろ?そうそう、ここは太っ腹なトコを見せるのが、人間としての器の大きさって言うか…」
「さすがアル・ファシさん、素晴らしい値切り方です。」
造船所から出ると、アフメットがオレを尊敬の眼差しで見詰めた。
「私などは途中でもういいかと思いましたが、アル・ファシさん、金貨1枚単位まで値切り倒しましたね。」
「バカ言え、金貨1枚でどんだけのものが買える?それを思えば、そうそう疎かにゃ出来ねえってもんさ。」
アフメットは尊敬の眼差しのままで続ける。
「そうですね、我々の艦隊のためには金貨1枚とはいえ貴重なものです。さすがアル・ファシさん、良く出来たお人です。」
オレは溜息をついた。
アフメットが不思議そうな顔をする。
「どうしたんですか、アル・ファシさん?」
「いや…まさかオレが『良く出来たお人』呼ばわりされる日が来るとはなあ。」
アフメットはますます不思議そうな顔になった。
「どうしてです?アル・ファシさんは有能な主計長で、我らが艦隊に貢献しているではありませんか?」
「ったくよぉ、オレがてめえの金にゃならねえもののためにアゴが痛くなるまで舌動かすなんてよ。ヤコブのことといい、ホントにヤキが回っちまったぜ。」
アフメットがますます不思議そうな顔になったから、オレは思わずヤコブの命乞いをしちまった件を話した。
今後の儲けがどうとかもっともらしい理屈はつけたが、ホントの所はてめえの言うことを自分で信じてたワケじゃねえって話もな。
「アッラーは慈悲を尊ばれます。」
アフメットは大まじめでそう答えた。
「ヤコブは異教徒の海賊だぜ?」
「きっとあの男も、アル・ファシさんの慈悲に感じ入ってムスリムになると言うことですよ。」
アフメットは至極大真面目にそう言ったが、もちろんオレはそうは思わなかった。
だがまあ、未来にゃ改宗するかもしれねえ人間の命を助けたんだ、善行を積んだと思っておこう。
「ま、ともかく船は注文できた。アフメット、提督たちは酒場で飲んでんだろ?行って、金貰ってきてくれ。」
「そうですね、船の支払いもしなければなりませんし、補給に、積荷の仕入れに…と、このボルドーの特産品はワインですが、コーランで禁じられた酒を売買して儲けても良いものでしょうか?」
「いいんだよ。どうせ売った先で飲むのはキリスト教徒なんだからよ。」
「そうですかねえ…」
アフメットは腑に落ちない顔で酒場に向かった。
造船所の前を、重そうに見える荷物を軽々と抱えた、それぞれ紫と青のターバンをした二人組の男たちが通り過ぎる。
海賊、だよな、アレ。
なんか騒ぎが起こんなきゃいいが。
アフメットが、しばらくして血相変えて戻ってきた。
「たた、大変ですアル・ファシさん、ともかく宿に来て下さいっ!!」
「あ?」
宿の提督たちの部屋に入ると、ホーレスのダンナがしぶーい顔をして座りこみ、他の奴らも多かれ少なかれひきつった顔をしてる。
呼吸にゃ酒の臭いが混じってるってのに、酒が残ってそうな奴らは一人もいねえ。
いや、ウソだ。提督だけは一人、平然としてる。
「あの…ダンナ?」
オレはとりあえず、ホーレスのダンナに声をかけてみる。
「おう、座れ。主計長。」
その呼びかけに、オレはとてもイヤな予感がした。
どう考えても「悪い」話だ。しかも「金が絡んだ」な。
「今更だが、改めて言っておく。俺の若、じゃねえ提督は、アルジェ海賊だ。」
「…」
やっぱり、オレは思いながら、一同の顔を見回す。先に宣告されていたんだろう、そのことに今、衝撃を受けた者はいねえ。
もっとも、アンソニーやギャビンの顔のひきつりにゃ、そのことも関わってるとオレは見た。
まあそうさな、泣く子も黙る海賊王、赤髭ハイレディン・レイスの「あのアルジェ海賊」だってことだからな。
「で、だ。俺たちアルジェ海賊には海賊同士の取り決めってものがある。それがつまりは『上納金』ってものでな。稼いだら、その分きっちりお頭に納めなきゃならない、と。」
「…ホーレスのダンナ、もうそれ以上の説明は不要でさ。つまりは、その上納金の取り立てが来たんですね。」
ホーレスのダンナは、重々しく頷いた。
オレは、さっき見かけた紫と青ターバンの二人組を思い出す。多分あいつらだろう。しかも、あの担いでた袋を見るに、取り立てられた金額は相当…
「いくら取り立てられたんですか?」
「…持ち金の半分だ。」
「半分っ!?」
オレは叫んだ。
「ジョーダンキツいぜっ!!船は新造で頼んじまったんだぜ?水夫もまた雇わなゃなんねえし、水も食料も補給が必要だ。てか、オレらの給料はどうなるんだよっ!?」
「心配するな、給料は払う。」
一人平然としていた提督が強く断言した。他の奴らが、ほっと溜息をつく。
「…若、全員の給料払っちまったら、金の余裕がまったく…」
「別にいいだろ?次の船を襲えばいいだけなんだから。」
「いや、ですからね、その次の船がいつでもこんなに上手く運ぶとはいかねえのが、アッシらの稼業ってもんでして…」
提督とダンナの問答を聞いていたリオーノが、青緑の目だきゃまったく笑ってねえ笑顔でオレに言った。
「アル・ファシ、更に悪い話を聞きたいかい?」
「聞きたくねえが話すんだろ?」
「なあに、聞きたくないなら話さねえよ。」
「ああクソっ!!聞かなくたって、現実は追っかけてくるんだろ!?アッラーよ、守りたまえ。で、何だ?」
「この上納金システムなんだがな、これからもずっと続くのさ。」
「アッラーっ!!」
オレは目まいがした。
「…トンズラこいちまおうぜ、なあ?」
オレは、アンソニーやギャビンや、目を白黒させてるアフメットに言ったが、リオーノは攻撃の手を緩めねえ。
「おっと、オレたちアルジェ海賊をそう甘く見ちゃ困るな。儲けるだけ儲けてトンズラっなんて出来やしないさ。ゴンザレスとロドリゲス…アルジェ海賊の会計係の名前だがよ、あいつらはどこに行こうと、必ず取り立てに来ちまうのさ。」
「アッラーっ!!アッラーっ!!」
オレは半分死にたくなった。クソ、なんでまたオレはこんな船に乗って、しかも主計長なんて任されちまったんだ。
「てか、そういうことなら、もっと早く言って欲しかったんですけど、提督?」
オレはすぐさまこの船から逃げ去りたかったが、ホーレスのダンナの目が怖くてすぐにその目論見は諦めた。
「そうか?そんなにみんなが驚くことだとは思わなかった。」
サルヴァドル提督は、あっさりと言ってのけた。
「別に稼ぎの全部を持っていかれるわけじゃないんだ。それに、持っていかれたら、その分を新しい船を襲って稼げばいいさ。何より、上納金をたくさん納めれば、組織内の地位も高くなるって寸法なんだぜ?今回これだけ納めたんだ、オレもそろそろゾルダード(兵士)から、ゲテロ(戦士)になれるかな、なあどう思う?ホーレス、リオーノ?」
先に反応したのはリオーノだった。
「ははは、さすが提督、オレの見込んだお人は大物だね。そうさ、海賊はそうでなくちゃいけない。」
ホーレスのダンナは、苦笑しながら続いた。
「もちろんでさ、若。若のおん為なら、金なんていくらでも稼ぎまさ。」
「ああ、じゃあ次の稼ぎに出発だっ!!出航は翌朝、野郎ども、準備はいいかっ!?」
一人意気軒昂してる提督に、
おおー
ってイマイチ気のない声が続いた。
え?
オレ?
この艦隊のサイフを預かる者として、声を出す元気もねえよ。
2010/4/25
ウチのサルヴァドルは若旦那気質なので、金には太っ腹(というより金銭感覚が薄い)です。
ビゴール兄弟の上納金取り立て(所持金の半分を持っていかれる)は、ヤコブイベントが終わるまで始まらないので、OPで聞いてた話(そのうち上納金取りに行くからねという予告)を忘れた頃に取りたてられて、最初は泣きました。
そして、世界のどこにいても(黄金の国ジパングだろうが、太平洋のど真ん中の補給港だろうが)宣言通り取り立てに来る彼らは、プロ中のプロだと思います。
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前回のここで「海賊が若い女を見て襲いかからないのはおかしい」と書きましたが、現実の私掠船(ムスリム)は、世間で喧伝されてるほど「ケダモノの群れ」でもなかったという話です。女性に対する「性的な暴力」は厳しく罰せられたため、実は女性は割と安全でいられたとか。
もっとも、女性がその場で襲われなかったのは、海賊たちが「身代金目的」だったからで、身代金を払ってもらえない貧乏人はどのみち奴隷として売られちゃうんですけどね。ちなみに、オスマントルコでは金髪の女性が好まれたため、特に東欧の若い女の子は高く取引されたそうな。うーん、やっぱりミランダはかなり危険だったんだ。
あ、史実のアルジェ海賊(バーバリ海賊)は、積荷目的よりも、人間狩り目的の海賊行為で有名だったそうです。うーん、いやだなそんな、奴隷狩りで儲けるサルヴァドルシナリオ。