救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

7-2 ホーレス・デスタルデが語る話









「イスパニア船ですっ!!」

「よし、襲撃するっ!!ファンのゴミ野郎がいたら知らせろっ!!オレがチョクでブチ殺してやるっ!!」

「…」

航海士のファン・コーサに戦闘のどさくさで船を持ち逃げされてから、若の標的はイスパニアになっちまった。


まあ、若の気持ちは分かる。

航海士に裏切られるのは気持ちのいいもんじゃねえし、何より若はそれが初めてだ。

気持ちは分かるが、海賊なんて稼業、裏切りの一つや二つでここまで激昂してられるほど、甘くねえんだが…


「あんまり順調に来すぎちまったからな。」

旗上げしてから獲物にも恵まれたし、すぐにゲレロにまでなっちまった。

しかも今はジョカとの艦隊撃沈競争中。

冷静になれねえ気持ちは、分かるんだが…




「援軍ですっ!!サルヴァドル提督、イスパニア戦艦隊が援軍にやって来ました、囲まれていますっ!!」

アフメットが叫ぶ。


「ちょっと不味いですよ、提督。商船隊は片づきましたが…」

アル・ファシの言葉に、提督は強い調子で返す。


「構わん、向こうも片付けてやるっ!!リオーノ、舵を回せっ!!」

「ですがね、提督。こっちの水夫も消耗してますよ?」

「リオーノの言うとおりです。提督、ここは転進して…」

「オレは逃げないっ!!いいっ、勇気のある奴だけオレに続けっ!!提督をぶった斬りゃコトは済むっ!!」

「若っ!!」

オレの若を臆病という奴はいねえだろう。

オレの若は勇者だ。

ただ、勇気ってのは無謀とは…




「提督、ピンと…」

アンソニーが、決め台詞を言いかけて、青ざめる。


「おいっ、提督、アレはカノン砲…」




砲撃音の直後、ガナドールの削り取られる嫌な音と同時に、生身の人間が吹き飛ばされる音が続いた。




「若っ!!」

若がいた筈の甲板がちぎれ飛んでいる。

ちぎれとんでるのは甲板だけじゃあねえ。


「若っ!!」

オレは、航海士や水夫たちを押しのけて若の姿を追った。


「若っ!!ご無事でっ!?」

カノン砲に吹き飛ばされた甲板からやや外れた場所に若は転がっていた。

いや、咄嗟に飛んで直撃を避けたんだろう。


「ああ若…」

「…ホーレス…」

弱々しい声。

だが、声がするってことは生きてるって事だ。


落ち付け。

てめえにそう言い聞かせて、若の傷を確認する。

腕が血まみれなのは、砲弾をくらった船の木片に切り裂かれたからだ。

砲弾が直撃してりゃ、オレの若は今頃は肉塊だったろう。


「今、止血しやす。」

「ホーレス…」

「いいから、もう喋っちゃいけやせん。」

俺は、他に若に怪我がないかを確認した。

木片が体の何箇所かを刺さっちゃいるが、腕ほどの怪我じゃあなかった。


「おい、オッサン、提督は…」

「提督は無事っ!!おいオレンジ頭っ、さっさと舵を切れ、こんな状態で戦えたものじゃねえ。拿捕した船と、その積荷も放棄する。船足を速めて、イスパニア戦艦隊の射程から外れろ。全艦離脱だっ!!」

リオーノはさすが状況の呑み込みが早かった。

的確な指示を出して退路を確保すると、負傷者の確保までやり遂げた。




「若、もう安心ですぜ。」

俺は若に語りかける。

だが、言葉とは裏腹に俺は不安になる。

若の体が熱を持ち始めた。こりゃまずい、傷が化膿し始めたか?


「おいっ、港はまだか!?」

「無茶言うなよ、オッサン。ここらはイスパニアとイタリアの勢力圏だらけだ。下手に寄港出来ねえよ。アルジェを目指すのが、まだ近い…」

「アルジェには、いかない…」

提督が、藍色の目を見開いた。


「若…」

「オレはアルジェには行かないぞ。こんな…こんな負けた姿をさらせるか…!」

俺は頭を振った。

こりゃ、アルジェに連れて行ったら、えらいことになっちまう。

まったく、大怪我してるってのに意固地なお人だ。


「分かりましたよ提督。進路はパルマにしましょう。あそこならまだ安全だ。」

「…ん…」

リオーノの言葉に、若は小さく頷くと、目を閉じた。

俺は若の紅潮した頬を冷やす。


リオーノが去ると、若は再び、今度は弱弱しく目を開いた。


「ホーレス、オレは負けたんだな…」

「…生きてりゃ、いくらでも挽回出来やすよ。」

「負けたのか…」

「…」

言葉を返せないオレの顔を見詰め、若は再び目を閉じた。




パルマに着いてすぐに宿を確保し、若を医者に見せた。

不幸中の幸いと言うか、若の怪我は命に別条があるものじゃあなかった。

化膿止めの処置をさせ、薬を飲ませて若を眠らせると、俺は後始末に取りかかった。


「ガナドール号の修理代に、負傷した水夫の治療、水夫の補充…」

「細かい内訳はいい。で、いくらかかったんだ、アル・ファシ?」

俺が睨むと、アル・ファシは苦笑いしながら指で金額を示してみせた。


俺は思わず溜息をつく。


「俺が思った金額より、ケタが下に違うと嬉しいんだがな。」

「なにダンナ、オレでなけりゃこのケタ、上に一つ違いまさあね。」

「…」

「で、ダンナ、主計長として報告しなきゃなんねえんですが…」

「財布が空なんだろ?報告されなくても分かる。」

「どんでもねえ、空どころの騒ぎじゃねえってコトでさ。言っときますがね、オレだから初対面の造船所のオヤジにツケを効かせられるのであって…」

ドアが開いて、オレンジ頭が入ってきた。


「やあオッサン、でなくてホーレスさん、いやいや提督代理。」

「何だ、いい知らせか悪い知らせか?短く報告しろ。」

リオーノは、アル・ファシの顔を見てから笑った。


「なんてーかね、物事ってのはどんなことでも良い面と悪い面があるってもんで、そう考えると、良い報告と言えないこともない訳だよ。つまり、アル・ファシ的には少しは良い報告と言えないこともない…」

リオーノは、声を落とした。


「ま、航海士二人分の給料が浮くってことで…」

「逃げたか。」

俺の代わりに、アル・ファシが低く呟いた。


「コーネリウス・ショーテンと、アロンソ・メンドーサが、ね。」

俺たち海賊稼業は、押し出しが勝負だ。

勝ってるうちはいいが、こんな風に落ち目になるとすぐに見切られる。


「追うかい?ファンと一緒に。」

「ほっとけ。今月分の給料はまだ払ってないんだ。」

「全くだ、未払いで良かったぜ。アッラー、給料を遅配させといて下さって感謝致します。」

「ついでに、お前も逃げてみるか、アル・ファシ?」

ついつい口をついて余計な言葉が出ちまった。

だが、こいつだって好きで付いてきてる訳でもねえ、これをいい機会と逃げられたって…


「ホーレスのダンナ、オレは敬虔なムスリムでしてね。」

「耳タコだ、元詐欺師。」

「アッラーが、このアル・ファシの心に『逃げろ』という気持ちを起こさせなさるならいくらでも逃げやすが、なんと驚いたコトに、ちいともそんな気にならねえんですよ。」

「…」

俺は、アル・ファシの顔を見上げた。

この元詐欺師は、ふてぷてしい笑みを浮かべて、続けた。


「まあこれも、偉大なるアッラーの定め給うた運命でさあね。」

俺は、ついついアル・ファシの言う「偉大なるアッラー」にもう一度帰依したくなっちまったが、俺がまじまじと見つめすぎたからか、アル・ファシが気まずそうな表情になった。


「って言いましたがね、来月以降もツケを持ちこせだの、シャイロック銀行から借金して来いなんぞ言われたら、慈悲深きアッラーも

『汝はもう逃げても良い』

と仰るに違いありやせんからね。金策はよろしくお願いしやすよ。」

そして、そそくさと部屋から出て行った。


「愛されてるねえ、オッサン。」

リオーノが笑いながら言う。


「何か言ったか?」

「いーや。」

リオーノは真顔に戻る。


「だが、アル・ファシの言ってることはもっともだ。このままじゃ、アルジェにだって戻れやしねえ。どうするんだい?」

「海賊らしい金策をする。」

「船を襲撃するのかい?ホーレスさん、あんたがアタマで。」

「仕方なかろう。若は今、それどころじゃない。」

まったく、仕方がない。

若は療養して頂かなきゃなんねえし、金も稼がなきゃならねえ。

だが、時間は止まってくれん以上、半月で出来るだけのことはしなくちゃならねえ。


「若は任せた。」

だから、仕方ねえが、その間の若はこいつに任せなきゃならねえんだ。




まったく、不本意だが。





2010/7/24



免許をとって1年過ぎたあたりが一番事故率が上がるというお話。
サルヴァドルが負傷したら、ホーレスはもっとうろたえるかと思いましたが、意外と冷静でしたね。ま、経験豊富だから当然でしょうが。

そして、なぜかアル・ファシがとても可愛くなりました。




ファン・コーサのクソ野郎について

   

目次









































今回の「戦闘開始と同時に船を任せてたファン・コーサに逃げられた」事件はゲームでの実話です。
ファンは、レベルが低い割に非常に能力が高いので、雇ってすぐに船長を任せてたことも多かったのですが…

戦闘に負けて逃げられるなら納得するんだよ。
どうして、まだ負けると決まってない戦闘開始時に逃亡するかねっ!?(忠誠度の関係です。ファンに限らず、忠誠度が低いと逃亡する可能性があるのは、仕様です。分かってます)

あまりにショックだったので、今回の話のサルヴァドルと同じように、べにいもサルヴァドルもしばらくファンを追ってイスパニア艦隊を探しまくりました。
でも結局見つからず…

それ以来、ファンは2度と仲間にしなくなりました。

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