救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

8-3 ロイド・スタッテンが語る話









「ふう、ようやく地中海まで戻って来れましたね。」

ウチのエルネスト・ロペス提督が、宿のベッドに腰を下ろし、大きな溜息をつく。


「久々に揺れていない地面を歩くと、むしろ安心しませんよ。」

「ハハハ、それでこそ提督も立派な海の男でさぁあね。」

「もちろん。いつまでも『坊ちゃん』扱いされちゃ敵わないからね。」

提督は軽くいなす。


とんとんと軽やかなノックの音がして、黒髪の女の子が滑るように入って来る。

「エルネストさん、地中海まで戻ってきたけど、これからどうするの?」

「そうだね、パウラ。ボルドーのモルデス教授に発見した品を報告してから、アムステルダムに戻ることにするよ。新大陸の地理調査は、本当に為になった…」

「ね、エルネストさん、『あれ』も報告するの?」

パウラちゃんが、黒く癖のない髪をひとふりして、思案顔をする。


「…どうしましょうか?」

提督が俺を見る。


「さあてねえ…アッシとしちゃあ、あんまり関わり合いたくないんですがね。」




俺とエルネスト提督と、そしてパウラちゃんが新大陸の調査を始めてしばらくして。

俺たちはカイエンヌ近くの大河の河口…アマゾネスが住んでるって噂なんで「アマゾン河」って俗に言われてる大河の近くまで来ていた。

そこで馴染みになった地元の奴らに、あの河に調査に行こうとしてるって言うと、そいつらは口を揃えて「やめておけ、あそこは神の遺物がある」と俺たちを止めたのだ。

話を聞いてみると、その河口にゃ、昔…なんだっけな、今じゃ滅びた時代?の神とやらが造った巨大な要塞とやらが眠っているとかなんとか。

俺としちゃ話半分に聞いてたんだが、提督は目を輝かせてぜひ調査に行きたいとか言うんだよ、学者センセってのは困ったもんだ。

だが、俺の興味をひいたのは、その後の話だった。なんでも、その河口付近じゃ、怪しげな男たちがうろうろしてたり、人が頻繁に行方不明になったりするんだそうだ。

地元の奴らは「怪しげな男たちは、白い肌をしていた」と言う。


怪しいだろ?

白い男たちはしきりに同じ言葉を繰り返していたってんで、ウチの美少女通訳がその聞き取りをしてみたところ、奴らは

「伝説の国」

と言う言葉をしきりに繰り返したそうだ。




「わたしも同感だったわ。」

「ええ、引き返してきて正解だったと思いやすぜ。あそこはイスパニアの奴ら勢力圏にしてるってのが建前だが、他の国の奴らも虎視眈々と狙っている。どこのどいつが怪しげな陰謀を企んでいるか分かったもんじゃありやせんからね。」

「その『神の造った要塞』が掘り起こされてたりして。」

パウラちゃんは冗談のつもりだったようだが、生憎ながら誰も笑わなかった。


「私が気になるのは、『ターバンを巻いた男たちの姿も見た』という情報の方です。スタッテン、それはオスマン人のことですよね?でも、だとしたら、彼らは何をしに新大陸へ?確かに、新しく発見された領土の領有に関わるトリデシャス条約はキリスト教圏の国だけで決めた条約、イスラム教を信じる彼らには関係ないと言えばそれまでですが。」

「ヘンでさあね。オスマン帝国のスルタンも海上覇権にゃ興味があるみてえですが、どっちかってぇと地中海、しかもその東の方しか利権にゃ関わり合いないでしょうに。」




トントントン

またノックの音がした。


「はい、どうぞ。」

ドアを開けたのは、宿の女将だった。


「お休みのところすいませんね。」

「いいんです、構いませんよ。ところで、何のご用ですか?」

「ええ。実は別のお客さまが、地理学者であるロペスさんに会いたいと仰って。」

「別のお客?」

「女将、どんな男だい?」

女将は少し首を傾げる。


「それが、黒髪の身なりのいい若さまと、従者らしい黒人の大柄の男と、妙に派手な格好をした若い男の人っていう、なんともよく分からない取り合わせなんです。悪い人たちじゃあなさそうなんですけど…」

「何だそりゃ?」

俺は行く必要はねえと思ったんだが、人の良いエルネスト提督は温和な笑顔で微笑んだ。


「きっと困りごとなんでしょう。私でよければ喜んで。すぐ行きますとお伝え下さい。」

「エルネストさんは、ほんっと、人がいいなあ…」

呆れ顔のパウラちゃんに、提督は言う。


「パウラ、先に休んでいてくれて構わないよ。」




宿に併設された小さな酒場に、その「なんともよく分からない取り合わせ」3人組は座っていた。


「こんばんは。あなたが地理学者をお探しだという方々ですか?」

提督が声をかけると、黒髪の、確かに若さま然とした整った容貌の若いのが振り向いた。


「へえ、若いな。学者って言うから、てっきりじいさんかと思った。」

そいつは、てめえの方がよっぽどガキなのにそう言うと、若さま然とした顔の割にはぶっきらぼうにサルヴァドルと名乗った。


「エルネスト・ロペスといいます。地図を作るために世界を旅している者です。こちらは航海士のスタッテン。ところで私に何のご用件でしょう?」

人のいいウチの提督は、そんな相手の無礼な態度を気に留めるでもなく、親切に応える。


「オスマン艦隊が東地中海へ向かってくる。ヤツらがどこからやってくるのか知りたいんだ。」

黒髪のガキ…しつけの悪いこんなのはガキで十分だろう、は、挨拶も礼儀もへったくれもなく、用件ズバリと言った。


「オスマン艦隊ですか…」

それをまた、バカ丁寧に対応しようとする提督を制し、俺はてめえの口を開く。


「オスマン艦隊とはまた物騒な話を持ってくるねえ。あんたらは何者だい?見たところ、ただの船乗りじゃなさそうだし…」

そして、ちょいと無遠慮にジロジロ見回してやる。

ううん、確かに正体が知れねえ。

黒髪のガキの方は、若さま然とした整って品のある顔に、若さま然とした服装をしちゃいるが、礼儀もへったくれもなっちゃいない。

何より、腰に佩いた剣は実戦用シミターで、若さまのアクセサリーにしちゃゴツ過ぎる代物だ。


「お前…」

黒髪のガキが不満そうな顔になったところで、黒人の男が立ちあがった。


「まあまあ、こりゃ若が失礼いたしやした。おっと、名乗るのがおくれやしたね。アッシはホーレス、若のお付きでさ。ささ、酒も勧めねえで失礼いたしやした。ワインでいいですかね?それとも、もちょっとキツいので…姉ちゃん、ウェイトレスの姉ちゃん、ウイスキーあるかい?」

大柄の黒人の男は、強面の外見に似合わねえ気配りで提督と俺に酒を勧め、オレンジの頭をした兄ちゃんが酒を注ぐ。


「男の酌で済まないね。オレはリオーノ。こちらのサルヴァドル提督の補佐役だよ。以後ヨロシク。」

「いえいえこちらこそ、お気を遣わせまして…」

そりゃ気くらい遣ってもらわねえと、人呼び付けやがって!!
と怒る間を奪われた俺は、勧められるままに酒を呑み、結構いい気分になった。

なんだ、黒髪のガキはムカつくが、あとの二人は良いやつらじゃねえか。

もっとも、こいつらの佩いてる剣も、海賊が佩きそうなゴツい剣だってのが、少々気になるが。


で。

「すっかりご馳走になってしまってすいません。お聞きになりたいのはオスマン艦隊の話でしたよね?はい、世界を回るものですから、旅先でその手の話は耳に入ります。」

「そうなのか?で、オスマン艦隊は…」

喋りかける黒髪のガキを黒人の男が制した。


「数ヶ月前、オスマン艦隊がアルギン島を出航したという話は聞きました。彼らは公言していませんが、新大陸の調査が目的だと言っていた者もいます。本来ならばイスパニア艦隊が出撃し、戦闘になってもおかしくなかった事態なのかもしれませんが。」

「無敵艦隊のエゼキエル司令官が他出していたのと、オスマン艦隊が本当に新大陸に向かったのか判然としなかったことで、結局黙認状態になったらしい。」

俺が言うと、提督も頷いた。


「ですが、オスマン艦隊は南米に実際に上陸したことは確かなことです。私たちも噂を聞きました。そして、オスマン艦隊がまだ戻ってきていない以上、そろそろこちらに戻ろうとしていることは確かなことでしょうね。」


「へえ、アルギン島ねえ…」

黒人の男が考え込む。

考え込みながらも、デカい手での酌は忘れねえんで、ついつい俺も親切したくなっちまった。


「マディラとサンタ・クルスはポルトガルが押さえてる。だもんで、オスマンはアフリカ大陸添いのアルギン島には勢力を残してるのさ。ここらはレコンキスタでイベリア半島を追われたムスリムの残党がまだたくさんいるからな。新大陸から奴らが戻って来るんなら相当な長旅になるはずだ。きっと帰途もアルギン島で補給してから、イスタンブールに…」

「なるほどっ!!ウルグ・アリと合流する前にアルギン島で補給するのかっ!!」

黒髪のガキが叫んだ。


「…ウルグ・アリ?」

提督が不思議そうな顔になった。


「…オスマンの海賊ですよね?あの、お知り合いか何か…」

「すいやせんっ!!何でもねえですっ!!若っ!!」

黒人の男が、黒髪のガキを一喝した。


「ホーレス、さっきから思ってたけど、オレは若じゃなくて、提督っ…」

「やー、もう瓶がカラだな。スタッテンさん、さっすが、海の男だけあっていい飲みっぷりじゃねえか。ささ、もっと飲みなよ。」

「え、ええっ…おーっとと…」

「ロペスさん、しかし世界地図を作ってるとは恐れ入るねえ。新大陸はオレもちょいと行ったことがあるがさ。」

「ええ、地形ももちろんですが、文化も非常に素晴らしいものですよ。もっとも、コンキスタドールたちが荒らし回っていますが…」

「そうかい、あいつらはまだ…」

「え?」

「いやなになに、こっちの話さ。しっかし新大陸に向かったオスマン艦隊は何をしてたんだろうな?ヤツらが新大陸に興味があったなんて聞いたことがないぜ。」

「ええ、そうですね。もしや『伝説の国』に関して…」

「提督!!」

俺はそして提督の口を止めた。

提督もわずかに微笑んで口をつぐむ。

オレンジ頭の派手な若いのはもう少し聞きたそうな顔はしたが、打ち切りどきと判断したらしかった。


「この度は本当にお世話になりやした。」

黒人の男がカウンターのマスターに金を渡す。


「大した礼にゃなりやせんが、お好きなだけ飲んでお行きなせえ。」

「お心遣いを。」


少しばかりふてくされた顔になっていた黒髪のガキは、立ち上がる。


「とにかくオスマン艦隊は新大陸から来て、アルギン島で補給するんだな。」

俺は、この礼儀のなってないガキに説教の一つもくれてやろうかと酒の勢いで思ったが、黒髪のガキが


「ありがとう。」

と、奇麗な笑顔で言ったので、ついつい言いだし損ねちまった。




部屋に戻ると、パウラちゃんが憮然とした表情で座ってた。

「遅い…」

寝てていいと言ったのに起きてたのはお前さんじゃねえかと俺なら言うだろうが、エルネスト提督は心から申し訳なさそうな顔になった。


「すまないね、パウラ。いい人たちだったのでついついお言葉に甘えて飲みすぎてしまったよ。」

「明日は朝から出航するっていうのに。」

「そうだね、飲み過ぎたね、ごめんねパウラ。」

「…ボルドーについたら、わたし、特産品のワインを目一杯飲んじゃうからね。」

「もちろん、一緒に飲もう。」


「やれやれ、お熱いことで。」

俺が言うと、提督とパウラちゃんは同時に見事なまでに真っ赤になった。


「なっ…違います、スタッテン。私はただ、申し訳ないと…」

「そっ、そうよっ!!ただのお詫びの印の話であって…」

なんてからかいがいのある恋人たちなんだろうな。


「はいはい、そういう事にしておきやしょう。ともかく、明日は早いんでさ。ひと眠りでも、眠っておきなせえ。ささ、パウラちゃん、自分の部屋に。それとも何かい?提督と同じ部屋がいいなら、俺があっちに…」

「戻りますっ!!」

パウラちゃんは、猫みてえに部屋から飛び出していった。


「もー、さっさと結婚しちまえばいいんですよ。せっかくアムステルダムに戻るんですから。」

「何か言いました、スタッテン?」

「いんや、独り言でさ。」

「しかし、久々によく飲みました。良い人たちでしたね。」

「…まあ、意外と気の良い奴らであったことは認めやすがね、『良い人』かどうかは怪しいもんですよ、提督。」

「どうしてですか?」

俺は、さっきの奴らの情報を総合する。

物騒な獲物に、「提督」呼ばわり、そしてウルグ・アリ…


「海賊、じゃねえですかね、あいつら。」

「…」

「提督?」

振り向いた先にゃ、既にぐっすりとベッドでお休みのエルネスト提督の姿があった。





2010/8/7



サルヴァドル編を見ていて思うのですが、どのイベントも、サルヴァドル、口の利き方を知らないにも程がありますよね?
いや、海賊だから礼儀なんてへったくれもないという考え方もありますが、サルヴァドルはその割に変に口調が無頼でないので(きっとしつけが良かったんでしょう)なんか浮きます。
さらに、顔立ちやら格好やらが海賊臭くないので、ますます浮きます。
一体、誰がしつけたんだか…


今回の語り手:ロイド・スタッテン。
…2の主人公エルネストの固定脇キャラ。能力も技能もそんなに悪くないのに、2の主人公脇キャラの中で、もっとも目立たない航海士(多分パウラちゃんのせいだろう)。
エルネストの父親に世話になったため、息子の航海に付き合い、夢だった黄金の国にも出かける事が出来た男(それも目立たない。パウラちゃんの…)。

ついでに

エルネスト・ロペス
…2の主人公の一人。地理学者。友人を名乗るメルカトールに唆され、船で世界中を巡って正確な世界地図を作ることになった。亜麻色の髪にブルーグレイの瞳をした北欧美青年。2の主人公は相互に関わり合うのが原則だが、彼のはただ一人、他の主人公とほぼ関わらずに、孤独に地図を作製し続けるシナリオである。(初心者向け)
外伝では、「人の良い世間知らずの美青年地理学者」設定が付け加わった(2でもそうだけど)。個人的には、某サイトのように実は腹黒だったらいいと思う。

更についでに

パウラ
…2の主人公エルネスト編に登場する黒髪黒眼の美少女。育ての親が死に、自分の本当の親と故郷を探すため、エルネストの船に乗せてもらいに来る。
どういう理由か分からねど、エルネストと恋仲になる。
何の魅力もないエルネスト編は、彼女の笑顔を見るためにだけプレイするものである。




大航海時代外伝2の、やる気のない整合性について(超ネタバレ)

   

目次









































大航海時代外伝は、2の3年後から始まるお話です。よって、2のキャラや2のイベントに関わった話がたくさん出てくるのですが、年代設定がむちゃくちゃなので困ります。

例えば今回の話。
サルヴァドルが負けると、エルネストからこの「伝説の国」に関する話が聞けます。

イベントは、2のジョアンとカタリーナ(ちょっとピエトロ)の最終イベントに関わりますが、サルヴァドルが勝つと、ピエトロはまだ「聖者の杖」を探索に出かけてもいないのです。)

ちなみに

ラストイベント ジョアン名声 40000

聖者の杖 16000

シナリオやる気あんのか!?

というわけで、今回はこんな風にアレンジしました。

え?
何のことだかさっぱり分からない?

まあ、ゲームをプレイして下さい、2と外伝の両方ね♪

inserted by FC2 system