思いっきりカトラスを振ったのに、私のカトラスはアル・ファシさんにかすりもしない。
私はカトラスを振り上げて、第二撃目を素早く振り下ろす、いや、素早く振り下ろしたはずだったが、アル・ファシさんが軽くステップを踏んだだけで、私のカトラスはあらぬ方向の空を切ったばかりだった。
「そら、五回目だ。」
アル・ファシさんのシミターが私の首に軽く当てられた。
私は息を大きく吐き出すと、カトラスごと地面に倒れこんだ。
「…アル・ファシさん、強いです。」
「そうか?」
私が言うと、アル・ファシさんの代わりにアンソニーが答える。
「お前、『そうか』たあ何だよ、『そうか』たあ。」
「確かに、アル・ファシは剣捌きが『巧い』か、すげえ強いという訳でもない。」
今度は、アンソニーの代わりにギャビンが答える。
「おいおいお前ら、よってたかって…」
「アル・ファシは、相手が強いと見りゃけっこう腰が引けるしな。」
更に今度はリオーノ。
集中攻撃され、アル・ファシさんはふてくされたようにしてあぐらをかく。
「へいへい、オレは確かに対して強かぁねえですよ。仕方ねェだろ?アンソニーは元海兵、ギャビンも海賊業で食ってやろうって思ってたし、リオーノ、あんたは紛うことなき海賊だ。どれも戦うのが商売じゃねェか?オレはか弱い主計長だぜ?比べんなよ。」
「いえ、そんな事ないですよ、アル・ファシさん。むしろ、お金の計算も出来るのに、戦闘まで出来るアル・ファシさんを私は尊敬します。」
アル・ファシさんは、私の顔を凝視する。
「あの…」
「アフメットぉ、優しいのはお前だけだよー。アッラー、しがない会計長のオレに優しい友を与えて下さって感謝します。」
「そんな、『友』だなんて…」
じーん。
私は心に温かいものを感じた。
「でさ、どうしてアフメットは剣の稽古を始めたんだい?」
リオーノが私に問う。
「サルヴァドル提督にホーレスさんは言うまでもありませんが、この船の航海士はみんなお強いですからね。この船で戦闘がまともに出来ないのは私だけですし、それはあまりに情けないと。」
「ご覧よ、オレの友のこの謙虚さを。だから必死で強くなりてェなんて泣かせるじゃねェか?」
アル・ファシさんが言うと、アンソニーが頷く。
「確かに。どっかの誰かに騙くらかされてこの船に乗ってるのに、その中で何とか向上しようってその心意気が泣かせるな。」
「…」
アル・ファシさんは、ぐるりと首を回す。
「ところでよ、お前ら。人の腕をさんざけなしてくれたが、そんだけ目が肥えてンなら、一つ聞いてやる。この船で一番強ェのは誰だと思う?」
アル・ファシさんの目が一巡した。
「アフメット。」
「え、私ですか?」
私は考える。
「やはり、サルヴァドル提督ではないんですか?いつだって一番に敵船に斬り込みますし、身のこなしも軽く、でも斬撃は鋭い。」
アル・ファシさんは頷く。
「意外と見てんだな。」
「はい、まあ。」
「で、アンソニーとギャビンはどうだ?」
「ホーレス副長。」
二人は同時に言った。
「提督は確かに強いよ。文句なしにな。腕も度胸もバツグンだ。俺はサシで戦ったが、まったく勝てる気がしなかった。」
「でも…なんてーかな、まだ『脆い』よな。こう、何か一つが狂ったら、スコーンと負けちまうんじゃねーかってトコがある。」
アル・ファシさんは、再び頷きます。
「で、補佐役どの?こいつらの評を聞いて、どうだ?」
リオーノはいつもの笑顔のまま、答えます。
「オレも、ホーレスのオッサンに一票だね。」
「あ、そうなんですか。」
少し意外だった。リオーノは提督を大きく大きく買ってると思っていたのに。
「勘違いすんじゃないぜ?あくまで『今の段階』の話だからな。10年、いや5年経ったら、そりゃ提督が強いさ…それまで生き延びられたら、な。」
「あの、すいません。ホーレスさんが強いのは分かります。でも、戦闘中も働きが地味なので、いまいちよく分からないのです。良ければ説明して頂けませんか?」
「はは、地味か、確かにな。あのオッサン、いっつも提督のカバーに回ってっからな。」
「でもな、カバーに回れるってことは、それだけ全体が見通せてるって事なんだ。」
みんなは口々にそう言い、そしてアル・ファシさんが
「てか、このオレがあのお人が強い、てか怖ェ、と、はっきり保証する。」
と〆た。
「何だ?みんなで輪になって?」
話に興じていると、当のサルヴァドル提督とホーレスさんがやってきた。
「はい提督、アル・ファシさんに稽古をつけてもらっていたんです。私も戦闘でお役に立てるようになりたいですから。」
サルヴァドル提督は、ふんふんと頷いた。
「なら、オレが稽古をつけてやろうか。」
「提督がですか!?」
私以外のみんなが驚いた。
「ああオレだ。何か不味いのか?」
「いやいやいやいやい、アフメットはまだまだハンチクですぜっ!!」
アル・ファシさんが叫ぶ。
「分かんないな、弱いから稽古をするんじゃないか。大丈夫、手加減はする。」
「提督、手加減出来ないじゃないですか!?」
なぜかとても必死なアル・ファシさんを見て、提督は不思議そうな顔をします。
「どうしてみんなそんな顔をしているんだ?オレだって最初から実戦に身を置いたわけじゃないんだぞ?アルジェじゃ普通に訓練してだな…」
ホーレスさんが提督の肩に手を置きます。
「何だホーレス、そうだろ?」
「ああそうでさ、普通でさ、『アルジェでは』ね。」
「あそこの海賊は、みんな常人離れしてっからねえ。」
リオーノさんが小さく呟きます。
「って事で…アッシが稽古をつけまさ。」
「え?オレが…」
「提督に稽古をつけたのはアッシですから、提督が稽古をつけるのも、アッシがつけるのも大した違いはありやせん。ささ、提督は座って見ていて下せえ。」
「…そうか?」
提督は、まんまとホーレスさんに言いくるめられたようでした。
そしてしばらくして。
「…」
私は言葉も出ない程、痛めつけられていました。
「あーあ、可哀想に…」
アル・ファシさんの言葉が、天国のかなたから聞こえてくるようです。
「まだやるか?」
ホーレスさんの言葉に、ですが私は必死でカトラスを握って身を起こします。
「お願いしますっ!!」
そして、半瞬後には叩きのめされていましたけど。
「見ていて思ったが、アフメット。」
私は甲板に大の字になって倒れたまま、遠くから聞こえてくるような提督の声を聞きました。
「お前、筋は…」
「…」
「悪いな。」
「…」
アッラー、分かり切っていたことですが、今の私は、戦闘の才をお与え下さらなかったことをお恨みします。
「提督!!アフメットは死ぬ気でかかったのに、そりゃねェぜ!?」
何故だかアル・ファシさんが怒りの声を上げています。
「提督!」
ホーレスさんの声が聞こえます。
「だって、悪いものは悪いから仕方ない。良いと言ったら良くなるのか、ホーレス?」
「あのですね、提督…ま、確かにアフメットは筋は良かねえですよ。でもまあ、戦闘経験がひとっつもねえのに、シゴキに耐えきった根性をアッシは評価しまっさ。」
ホーレスさんの声が近くなりました。
「アフメット、筋なんて良いやつは五万といる。だが、実際の戦闘になっちまうと、腰がひけちまって震え上がったまんま斬り殺されて、おしまいって奴もまた五万といるんだ。」
「…」
「なあに、俺だって最初のうちはひでえ大根斬り殺法だった。要は場数だ。実戦ってのは、場数を踏んだ奴が一番強い。何せ、それだけの戦闘を生き延びたって事だからな。」
「…ゴフッ!!」
私は、腹に強い一撃を受け、悶絶しそうになりました。
「そこに力入れとけ。腹に力入れて相手にぶつかるんだ。」
「…はいっ…」
私はせき込みながら、それでもなんとか返事を返しました。
しばらくそのままでいた私は、ようやく体を起こせるようになりました。
ヨロヨロと船倉に向かおうとすると、仮眠を終えたらしい提督と行き違います。
「そうだ、アフメット。一つ言い忘れてた。」
「…はい?」
「お前は剣の使い方を特に学んだことがないと言っていたな。」
「ええ、はい。」
「でもな、下手な訓練よりもっと手軽で、もっと一瞬で強くなれる方法がある。」
「はあ、それは…」
提督は事も無げに、こう言いました。
「人を殺すことだ。」
「…」
私は返す言葉もありませんでした。
やはりここは海賊船で、提督も、そして他のみんなも、海賊なのだ。
2010/8/7
海戦の強さは、剣技よりも戦闘レベルだというお話。
剣技52のピリーレイスは、戦闘レベル50なんで砲撃とかむちゃ強いですから。
カトラスのこと
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目次
海賊映画でもおなじみの「カトラス」は、このゲームでは「戦闘力D(最低ランク)」に分類されていますが、海賊が船上で振るいやすい形状をした蛮刀です。西洋剣の伝統に忠実に、斬るよりも、「叩く」をコンセプトとしています。(短いけれど重い。手入れしなくても攻撃力がそんなに落ちない)
外伝でも、サルヴァドルは最初はこのカトラスを装備して、イベント一騎打ちに臨んでいます。(そのあとトーゴに「もっとマシな剣を使え」と怒られているので、多分、訓練用のをそのまま持って出て行ったんでしょう)
もっとも、このカトラス、元はサトウキビなどを収穫する農具だったのを、カリブ海を荒らしまわったバッカニアたちが武器に転用した説が有力なので、このゲームの舞台になっている16世紀初期には、まだ使用されていなかったんじゃないかという気もします。
まあ、そんなことを言ったら、このゲームの海賊自体、16世紀というより、17世紀あたりのカリブの海賊をイメージしてるので、アレなんですが。