救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

9-1 リオーノ・アバンチュラが語る話









「やりやしたね、提督。」

ホーレスのオッサンが声をかけると、サルヴァドルは小さく頷いた。


「ああ、作戦完了だ。引き上げるぞ。」

こういう所だけ見てると、このお人もなかなかサマになって来たって思わないでもない。

海賊として旗揚げして何年も経たないってのに、天下のオスマン帝国の艦隊を見事殲滅しちまったんだ、見事な手腕って認めてもいいと思うんだよ。


「提督、血まみれですよ。」

人のこと言えた義理じゃねえが、そう声をかける。

ピンポイントな旗艦攻撃だったとは言うものの、結局ウチの艦隊はいつも血みどろの白兵戦になっちまう。

オレも含めみんな血塗れなんだが、敵艦隊提督のムスタファ・デステを一騎打ちで屠った提督はより一層ひでえモンだ。


「着替えが用意してありやすよ。」

相変わらずマメなオッサンが声をかけると、提督は一瞬めんどくさそうな顔をしたが、頷いた。


「リオーノ、オレはそんなに血塗れか?」

「ええ、まともに顔に血飛沫浴びてましたからね。」

「…」

提督は顔を撫でまわし、その黒髪を括った抑えた赤色のスカーフを解いて、見詰めた。


「どうしたんだい?提督。」

「どうしよう、ホーレス。スカーフも血でべっとりだ。」

「ああ、本当ですね。」

「…オルダが怒るかな?」

提督の口から珍しく女の名前が出てきたんで、オレは興味を惹かれた。

なにせこのお人は、奇麗な顔してる割に女はカラっきし、というよりむしろ、怖いと来たもんだからな。


「おっと、女からの贈り物ですか、提督?」

「ああ、そうだ。オルダが海賊稼業始める記念にってくれたんだ。」

サルヴァドルは意外と平然と答えた。


「提督も意外とスミに置けないじゃないか。」

「…?」

不思議顔の提督に代わって、ホーレスのオッサンが言う。


「オルダはアルジェの宿屋の女将で、亭主持ちだ。ついでに言うと、提督がまだ物心つくんだかつかないんだかの時から亭主持ちだ。」

「提督は年上好きかい?」

サルヴァドルがますます不思議そうな顔になったので、どうやらこいつは色恋ザタには無縁の話だと分かった。

面白くないお人だなあ。


「アッシが奇麗に洗って差し上げやすよ。もっとも、海水で洗ったらえらいことになっちまいやすからね。」

「じゃあ提督。オスマンの件も終わったことだし、アルジェに戻る前にちょいと骨休めしましょうぜ。」

「洗濯のためか?」

「…まあ、『命の洗濯』も兼ねましょう。なあに任務は迅速に完了したんです。一晩くらいならかまやしないでしょう。」

「そうだな。」

「よっし、決まりだね。じゃ、進路はセウタだっ!!」

「ええー、アンナに会うのか?」

この提督の「憮然」ってカオをアンナに見せてやりてえもんだ。


「アンナに礼くらい言わなきゃならないでしょ。ほら、プレゼントも用意してあるよ。孔雀石で出来た宝石箱だ。あいつは好みがうるさいからね、これくらいやんないと…」

「…お前がやってくればいい。」

「提督、そうも行きやせんぜ。礼はキッチリ、ご自分で仰らねえと。」

「…分かった。」

こういう所だけ見てると、このお人もなかなか大人にならねえお人だなと思うワケだ。

ま、こんな所も好きなんだけどね。




一っ風呂浴びてサッパリしたところで、オレたちはセウタの酒場「奇蹟の紅玉亭」へと洒落込んだ。

だが生憎と、アンナはまだ出勤してないってえ、酒場のマスターの話だ。

提督はホッとしてたがな。


「やりやしたね、提督。オスマン艦隊も片づきやしたし、これでようやく帰れやすね。」

一杯ひっかけながら、上機嫌にオッサンは言う。


「ああ、でも、なんでヤツらは新大陸なんかにいたんだろうな。オスマンが狙ってるのは東地中海の覇権じゃないのか?ウルグ・アリとの合流を遅らせてまで…」

提督が大真面目な顔でそう言いかけた時だった。


「ウルグ・アリーっ!?」

大きな叫び声がした。


ズカズカズカっ!!

大きく乱暴な足音が響く。


「ちょっと、あんた!あんたね!?」

オレたちが止める間もなく、いきなりサルヴァドルが胸倉を掴まれていた。


「…」

さしものこのお人も、状況が読めずに茫然とされるがままになっていた。


「どうしてくれるのよ!」

「…何が?」

ってぇ以外、言いようがないよな?


「しらばっくれないでよ、あたしの邪魔したクセにいっ!!20万よ、金貨20万!払いなさいよ、返しなさいよ。あたしの金なんだからぁっ!」

「…な、なんなんだ、いったい?」

ワケ分かんねえよ、まったく。

そりゃ人さまの恨み買ってナンボの商売だが、金貨20万枚って何なんだ?


「とぼけないでよ、ウルグ・アリに関係あって、オスマン人じゃないってコトは、狩った方だってことじゃないっ!!その得物、海賊でしょっ!?んでもって、あたしが狙ってたウルグ・アリ艦隊横取りしたでしょっ!!」

良く見りゃ女だったが、あんまり激昂し過ぎてて手がつけられねえ。

するってぇと、オッサンが立ち上がってサルヴァドルの胸倉を掴んだ手を引き剥がす。


「あんた、何よ…」

「ウルグ・アリ?」

銀髪の姉ちゃんは頷き、融けた銅みてえな瞳でオッサンを睨んだ。


「ウルグ・アリの賞金20万枚はあたしのもんなの、このレベッカ・ガートランドさまのモンなのよっ!まったく、人がどんだけ苦労してウルグの居所、突き止めたと思って…わざわざ北欧まで出稼ぎに行ったのよ!!そーよっ!!出張費用も20万枚に上乗せしてくんないとワリに合わないわっ!!」

「ははーん、こいつ賞金稼ぎか。」

ようやく事態が読めた。

ウルグ・アリは凶悪な海賊だけあって賞金額もなかなかのモンだったが、それを狙ってたのがこの姉ちゃんってことか。

確かに、不意を突いたとはいえサルヴァドルの胸倉つかんで締め上げられるだけのウデの持ち主だ、ウルグ・アリと戦って勝てたことも考えられる。


「『ははーん』じゃないわよ。あんたらね、しらばっくれるのもいい加減にしなさいよ!」

まったく鎮まる気配のない銀髪の姉ちゃんに、オッサンがサルヴァドルの盾になりながら言う。


「まあまあ、姉ちゃん、落ち着いて。」

このオッサン、女子どもにはめちゃ甘い。


「オッサンは黙っててよ!」

「こ、こいつ『オッサン』などと…」

あーあ、でも禁断の一句言っちまったな。

このまま、オッサンと姉ちゃんのケンカを眺めながら酒飲むのも一興かと思ったんだが、どう考えてもこの酒場が半壊程度じゃ済まなくなりそうだ。


「提督、間が悪かったようですね。引き上げたほうがよさそうですぜ。」

オレはサルヴァドルの手を取って、酒場の入り口へ向かおうとする。


「待ちなさいよ。まだ用件、済んでないだから。だいたいね…」

「大体も何も、オレはウルグと戦ってない。」

「は?アルジェ海賊がウルグ・アリ艦隊を撃滅したって聞いたわよ。」

「それはオレじゃなくて、ジョカだ。」

提督が、ちょいと悔しそうにそう言ったら、銀髪の姉ちゃんはしばらく絶句する。


「ジョカって、ジョカ・ダ・シルバ?」

ミョーに落ち着いた声になった姉ちゃんに、サルヴァドルは頷く。


「ああ、ジョカ・ダ・シルバだ…」

「あんのクソったれ男めっ!!」

とんでもねえ大声が、酒場中に響いた。


「あのションベン色の髪野郎っ!!どこまでこのレベッカさまをコケにしくさってくれんのよっ!!」

「提督、とりあえず逃げましょうか…」

「…みたいだな。」

オレは提督の腕をとり、姉ちゃんのスキをついて全速力で酒場から逃げ去った。


「ちょ…若っ!!てかオレンジ頭っ!!俺を置いて行くんじゃねえっ!!」




で。

「宿まで来りゃ、一安心でしょう。しっかしまあ、怖ぇ姉ちゃんでしたね。」

「ジョカの知り合いかな?」

「良い意味での知り合いじゃあなさそうですがね。ジョカのヤツ、あの姉ちゃんをヤリ逃げでもしたのかね?」

そこでオレは、一つ気付いた。


「そういや提督、あの銀髪の姉ちゃん…レベッカとか言ってましたっけ?とは、普通に喋ってましたね。」

「え?」

提督の表情を見るに、そのことにゃ無意識だったらしい。

お?

こりゃもしかして、アレか?

提督の女嫌いの突破口になるか?


「もしかして提督、あの手の女は…」

「そうか、レベッカって言うのか。」

サルヴァドルは一瞬考える。


「強そうだったな。」

「…は?」

「腰のブロードソードも使い込まれてたし、足運びにも隙がなかった。オレが不意を突かれるなんてそうそうないのに。」

「は…」

「きっと、歴戦の賞金稼ぎって奴だ。少し戦ってみたいかもな。」

「はあ…」

ダメだ。

女認識してなかったから、普通に喋れてただけだった。大丈夫か、この人。


部屋の扉が開いた。

「若…ようやく逃げ切りゃした…」

「あ、ホーレス。」

疲れ切った顔のオッサンが入って来た。





2010/8/9



ホーレスは女子供にはとても甘い設定です。
だからサルヴァドルにも甘いのです。




サルヴァドルも女には甘くないですか?

   

目次









































甘いと思います。
サルヴァドルシナリオは、戦闘した相手はみんな死亡するのが基本なのに、レベッカだけは大した怪我もなく「負け」ただけで済んでますから。
そこらのか弱い小娘でなく、アイディン・レイスも凌駕する戦闘力のレベッカ相手(しかも相手は殺す気)に「勝ち」だけで済ませるわけですから、やっぱり
「提督は相変わらず甘いね」
と言われても仕方ないと思います。

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