救世主の名を持つ悪魔殺しの物語

9-5 トーゴ・グリマーニが語る話









「まったく、人がウルグ・アリ討伐の話をゆっくり聞こうと思って来たら、こうだからな。」

ジョカは酒をぐいぐい呷る。

もっとも、さっきの一件の時も相当入ってたようだが。


「ああ、そうか?てっきり俺はトーゴに期待されてないんだと思ってたぜ。」

ジョカは面白くなさそうに手酌で酒を注ぎ、そして俺を示した。


「こないだの艦隊襲撃競争、俺じゃなくサルヴァドルに賭けたろ?」

「耳聡いなあ、お前も。」

俺は酒の瓶から、ジョカの杯に酒を注いだ。


「何だ、それでスネたのか?」

ふん。

ジョカは鼻で笑う。


「いや。とんだ散財だったろって、悔みを言いたかったのさ。」

そう言いながら、俺が注いだ酒を一気に飲み干す。


「だから俺に賭けてリゃ良かったのによ。何でサルヴァドルなんかに。」

自意識だか自信が過剰なのか。ある意味、サルヴァドルと良く似てるかもしれん。

まあ、同じ年だから当り前か。


「ゴスもトレボールもお前に賭けたんだ。俺までお前に賭けたら、賭けが成立しないだろ。」

「慈悲深いこって。」

「俺も若くないんだ、慈悲くらい施しとかねえとな。で、ウルグ・アリはどうだった?」

「なに、評判ほどじゃなかったぜ。」

そう言いながら、酒で滑らかになったその舌は、滔々とウルグ・アリとの戦いについて述べた。


「なぁに、俺を若造扱いして甘く見た報いはたっぷりその体に刻んでやったさ。」

ジョカの蒼灰色の瞳が残忍な色を映した。

やれやれ、シャルークの手先とはいえ、ウルグ・アリも最後にとんだ相手に当たったもんだ。

しかしまあ、オスマン海賊のあいつが北欧なんぞに何を好き好んで戦艦率いて行っていたんだか。

それに、サルヴァドルの撃滅したオスマン艦隊も新大陸にいたって話だが…


「聞いてんのか、トーゴ。」

「勿論ですぜ、バリエンテさま。」

「ああ、とうとう俺はバリエンテになった。長かった…」

ジョカの瞳が遠い色を帯びた。

まだまだ若いこいつにゃ不似合いに見える台詞だが、あんな事情だ、感慨深かろう。


「ウルグ・アリを俺が倒せば、バリエンテにしてくれるとお頭は言った。次はシャルークだ。あいつを倒せば…」

ジョカは少しばかり陶然とした口調で喋りかけたが、俺に視線を合わせると、それを止めた。


「そういやジョカ、お頭から貰ったシュヴァイツァを見せてくれ。」

ジョカは鞘からシュヴァイツァを抜き放つ。

鍛え抜かれた、って定番の枕詞が少しも陳腐にならねえ、鋭い刃先。


「こいつはお頭秘蔵の一振りだ。良かったな、ジョカ。」

「確かにな、こいつは逸物だ。早くこいつを試し切りしてえよ。でもな…」

「何だ?」

「何でサルヴァドルへの報酬が、金塊20もあるんだ?」

「…」

ジョカは不満そうに続ける。


「ウルグを探すのに結構散財しちまったし、ヤツの艦隊は、大して良い値で捌けなかったんだ。ストックホルムあたりは不案内でな。収支は良くてトントンだぜ。てっきりお頭がたんまり褒美をくれるモンだと思ってたが…」

ジョカは頭を振る。

酒のせいで口が軽くなりすぎてると気付いたんだろう。


「ま、これで俺もバリエンテさまだ。ビゴール兄弟に上納金納めなくてもいい分、金ならこれからいくらでも稼げるさ。」

「そうだな、しっかり稼げ。」

「ああ、これからは同輩だ、遠慮はしねえぜトーゴ。」

「今まで手加減なり遠慮なりしたことがあるか?」

「してたんだよ。」

ジョカは酒を瓶ごと呷った。


「寝る。」

ジョカは立ち上がる。


「お前にしちゃ健康的な時間に寝るな。」

「明日は朝から出るのさ。イスパニア艦隊が近くを通るって情報があるんでね。試し切りにゃ丁度いい。」

「じゃ、すぐ戻るか?」

「いや、そのまま積荷処分がてらオランに寄港する。」

「へえ、快楽の都オラン。」

ジョカが笑う。


「バリエンテ昇格記念だ、明日の稼ぎを軍資金に、酒池肉林してくらぁ。」

「頑張れよ。」




「トーゴの旦那、お一つ。」

酒屋の亭主が酒を注いだ。


「こっちはサービスです。新大陸から来た、野菜らしいんですがね。」

亭主はほかほかと湯気を上げる、何やら油で上げた見たことのねえ代物を卓の上に置いた。


「ビールに合うんですよ、ささ、塩をたっぷりふってどうぞ。」

勧められるままに塩を振って食ってみると、こりゃまた酒のツマミに丁度いい。


「亭主よぉ、また俺を太らせる気だな?こんなモン食ったら、酒が進んで仕方がねえ。」

「はっはは、酒を呑むとまた食いたくなるんですよ。ご心配なく、こっちは店のサービスです。」

「で、酒で稼ごうってのか、汚ねえな。」

俺はまんまとその「汚ねえ策略」に乗ることにした。

美味いモン食って、酒を美味く飲むのはいいことだ。


「しかしまあ、ジョカさんもバリエンテ昇格祝いならウチでやってくれりゃいいのに。」

「この店は酒も食いものも美味いが、周りの色街がイマイチらしいぜ、ジョカによると。」

「『黄金の双つ林檎楼』があるじゃないですかねえ。」

「ま、あそこは好きずきだからな。」

そう言いながらも、俺はジョカが別の場所で羽目外したがるのは別の理由があることを知ってる。

アルジェじゃ落ち着かねえんだろう。


「しっかし美味いな、何だか分からねえこれ。間違いなく俺の腹を倍にしようって呪いがかかってるだろ?」

「新大陸から来た新しい野菜ですからね、呪いくらいかかってるかもしれませんよ。何せ、あそこではコンキスタドールどもが好き勝手暴れて、国の二つ三つブチ壊しちまったって評判ですからね。だからか、イスパニア人どもは絶対にこれを食わねえそうです。こんな美味いのに、もったいないですね。」

もぐもぐと口を動かしながら、俺は考える。

海賊稼業しといて何だが、コンキスタドールどもの所業はどうもイケすかねえ。

俺たち海賊は、後ろ盾も何もないやつらがてめえの力だけで生きてるが、あいつらはイスパニアって国を背景にしての乱暴狼藉だ。

しかし考えてみりゃ、俺たちみてえなやり方はもう古いのかもしれねえ。

シャルークだって、オスマン帝国を背景にしようとしてる。

もしかしたら、海にはもう俺たちみてえな無法者の場所は無くなっていっちまうのかもしれねえな。


「トーゴの旦那、酒をもう一瓶、どうですか?」

「ああ、貰う。」

考えても仕方ねえ。

イスパニアだのオスマンだのって国の思惑は俺にゃ分からねえ。俺は美味い物を食い、自由に生き、そしてただ戦うだけだ。




「海賊として生きてきたんだ、海賊として華やかに死にたいね。」

「ええ、悔いなく死ぬために、まずは今を悔いなく生きてくださいよ。」

世慣れた対応の亭主の勧めるまま、俺も気持ち良く次の酒を開けた。





2010/8/9



隣の花は赤いという話。
ジョカもかなり子どもじみてますから。




じゃがいもの話

   

目次









































今回の話でトーゴが食べてるのは揚げじゃがです。
じゃがいもは新大陸が原産で、16世紀後半くらいにはヨーロッパに持ち込まれたそうです(まだ16世紀はじめじゃん、というツッコミはなしで)
トーゴが「得体のしれないコレ」と言ってますが、実はその頃までヨーロッパには「芋」と称される植物が存在していなかったのです。(ちなみに日本の場合、じゃがいも、さつまいもが入って来る以前にも「サトイモ」がありました。)
そんな得体のしれないしろもの(なにせ、ヨーロッパ人はじゃがいものどこを食べていいかすら分からなかったのです。とりあえず他の野菜と同じく葉っぱや茎を料理してみたら、中毒しちゃってあら大変♪ということもあったとか)を、アルジェの4人衆に食べさせちゃう酒場のオヤジもオヤジですが、美味そうだからと食べちゃうトーゴもトーゴだよね。

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