七つの大罪ーー飽食編
これが女性向けシリアスなら、ドキドキするようなお話になりそうなタイトルですが、もちろん、ノーマルアホ話なので、小学生でもお読みいただけます。ただ、ククールがアホの子もいいトコです。
ククールが仲間に参入してすぐのお話。ちなみにウチの主人公の名前は「エイタス」君といいます。
「ねえみんな。ようやくアスカンタについたよ。今晩はここの宿屋に泊まろう。」
エイタスの言葉に、一同はうなずく。
「いやー、ドニから遠かったでげすなあ、アニキ。」
「ホント、足が棒になっちゃった。」
ヤンガスとゼシカが口々に言う。エイタスは所持金を確かめると、また言った。
「疲れたろうし、お金に余裕もあるから、好きなもの食べていいよー。何がいい?」
「肉っ!!」
激しく即答したのは、新規参入のククールだった。
「はいはいはいはーいっ!!オレ、肉食いたいー!!」
銀髪のクールな美青年が、小学生のように激しく訴える姿は、残りの三人を圧倒した。
「えっとぉ…んじゃ肉でいいかな?」
「え、まあ、アッシも肉は大好きでやすんで。アニキがよろしければ。」
「あたしも好きだから、それでもいいわよ。」
そして四人は、アスカンタの宿屋で、おいしくぶ厚いステーキを食べたのだった。
て翌日。
アスカンタ王の醜態、及び、健気なメイドのキラの話を聞き、なんでも願い事をかなえてくれる丘の話を彼女の祖母に聞きに行ってほしいと頼まれた一同は、頼まれたとおり、キラの実家まで足を運んだのだった。
そして、
「おばあさん、ありがとう。さっそく明日、その願いの丘に登ってみるわね。」
「そうかいそうかい、願いが叶うといいがのう…それはそうと、こんなへんぴな所まで足を運んでくれたんじゃ。一緒に食事でもどうかね?」
「そんな、無理やり押しかけちゃったのはこっちなのに。」
「ほっほっほ、いつもじいさんと二人きりじゃ寂しいもんじゃ。たまには若い人と一緒の食事がしたいんじゃよ。」
「そこまで言ってくださるなら…エイタス、お言葉に甘えちゃう?」
「そうだね、ゼシカ。ではおばあさん、お言葉に甘えます。」
「そうかいそうかい…何が食べたいかのう?」
「肉っ!!」
またまた激しく即答したのは、ククールだった。
「はいはいはいはーいっ!!オレ、肉食いたいー!!」
激しく訴えるククールに、残る三人は激しく赤面したが、おばあさんはにこにこと笑って
「まあ、若い人は栄養がいるからのう。」
と、わざわざ鶏をつぶして、シチューにして出してくれた。
三人が申し訳ない気持ちでシチューをすする中、銀髪の一人だけが激しく美味しそうにシチューをたいらげ、ついでにお代わりまでしていた。
そして、さらに翌日。キラの祖母に見送られ、願いの丘に向かった一同。
ククールは確かに、
「新規参入のククールの腕前を見なきゃなりませんでゲスな。」
と言っていたヤンガスの舌をまかせるほどの剣の腕をしていた。
「さすが聖堂騎士団員だね。」
エイタスも感心したように褒めたが、問題はその後だった。
「そろそろお昼だね。ここらへんはモンスターも少ないみたいだし、ご飯にしようか。」
「では、さっそくかまどの用意をするでガスよ。」
「パンもあっためようか。」
野宿慣れした三人のそばで一人マゴマゴしていたククールは、キラのおばあさんが食事用にと持たせてくれたウインナーを見るなり、
「はいはいはいはーいっ!!オレ、肉食いたいー!!」
とまたはしゃぎだした。
エイタスとヤンガスは、心中思うところはありながら黙っていたが、遂にゼシカがキレた。
「いいかげんにしなさいよアンタっ!!肉にく肉にく肉って、いい年した男が恥ずかしくないのっ!!!?アンタは今まで肉を食べたコトがないわけっ!?」
ゼシカの激怒に、ククールは憂いをまとった面で、目を伏せた。
それは、さっきまで肉っ!!と叫んでいた人物と同じとは思えないほど、麗しい光景だった。
「美形は得でヤスね。」
ヤンガスの呟きを意にも介さず、ククールは切なく語った。
「だってオレ、教会育ちだもん…夕飯はいっつも、玉ねぎフライだったもん…」
「…いっつも?」
ゼシカの問いに、ククールはこくりと可愛くうなずき、語りだした。
マイエラ修道院は、その名のとおり、修道院である。
そして修道院とは、神に仕える者が修行を積む場である以上、清貧、がモットーであり、豪華な食事など望むべくもなかった。
元は領主の息子であり豪華な生活を送っていたククールだが、修道院に入ってからはずっと、そんな質素な食事を強いられてきていたので、そこらの人間よりも粗食には慣れていた。
が、その名も高きマルチェロが、騎士団長に就任してから状況は激変した。
歩く節約生活術の異名を取る彼が、生活費の中で最も削りやすいといわれる食費に目をつけないはずがない。
「おかげであいつが騎士団長になってから、夕食でもまともに肉が出なくなったんだ。」
「神に仕える者が、飽食をしてどうするッ!!」
という団長の叱咤に誰も逆らえず、騎士団員含め全員が、栄養学的には完璧なバランスがとれている団長の定めた肉ナシの献立を食べさせられることになったのである。
確かにそれは、生きる上ではなんの問題もない食事だったに違いないが、なにせ聖堂騎士団員はみな、若い男性である。人生で一番、腹が減る年代である。野菜中心の献立ばかり食べさせられて、満足できるわけがない。
結果、騎士団員は、寄ると触ると…もちろん、団長がいない時に限るが、
肉うー!!肉うー!!
と叫ぶ次第となったワケである。
「(泣)…なんて涙ぐましい話でやしょ。あっしはここ数年、こんなに哀しい話を聞いたコトはありやせんぜ。」
「…でもね、ほら、お祈りに招かれた時とかは、そこでお食事が出たりするんじゃないの?」
ゼシカの言葉に、ククールは力いっぱいうなずく。
「そうなんだ、ゼシカ。それが数少ない、肉を食う機会でさ。」
だが、なにせエリートのイケメン揃いと評判の聖堂騎士団である。体面上、そうそう肉ばっかがっついているワケにはいかない。いや、体面なんかどうでもよくても、マルチェロ団長がいる以上、聖堂騎士団の体面を汚すような行為など、恐ろしくて出来るはずがない。
「だからさ。オレらはみんな、口に物がはいったまんまでも、フツーにしゃべれるように訓練を受けてんだ。立食形式だったりすると、ほら、ちょっと向うさんの視線が外れるときがあるだろ?そん時に口いっぱい詰め込んで、必死でもふもふふ食うんだ。で、戻ってきたら、聖者さまみたいな笑みを浮かべて『神の説かれる教えでは…』とか、喋るんだ…」
「僧侶って、大変なお仕事なんだね…」
エイタスはしきりに感心していたが、やがて気付いたように言った。
「でもね、ククール。君はドニに遊びにいって、イカサマカードをしたり、お酒を飲んでいたりしていたじゃないか?」
「だって、そうでもしないと息がつまるじゃねーか。」
「じゃあ、ドニでご飯を食べれば良かったんじゃないの?」
「…修道院では、みんな一斉に食事をしなきゃならない決まりなんだ。だから、ドニで飯食ってたのがあいつにバレたら…」
ククールはぶるるっ、と身を震わせた。
「団長殿に呼び出されて説教されるのは、まあ、いいんだ。フツーに激しく怖いだけだから。そして、懲罰として、便所掃除一ヶ月とか、聖堂内を一人で雑巾がけ一週間とかも、まあいいんだ。激しくツラくて悲しいだけだから。なによりイヤなのが、その間、特別食支給になるんだ。」
「特別食?」
エイタスの疑問に、ククールは沈痛極まりない表情で答えた。
「いつもの食事には…玉ねぎフライと野菜スープとパンくれーだけど、野菜スープに、ベーコンのかけらくらいは入ってるんだ。でも、特別食になると、油っけと塩っけが一切ない野菜スープとパンのみの支給になるんだ。もちろん、朝から晩まで。」
「…」
「…」
エイタスとヤンガスは、そんな食事を一週間続けさせられた自分を想像し、鳥肌を立たせた。
「なんか、すごいダイエットになりそうね。」
ゼシカは呑気なコトを言っているが、若い男性が、油物をたたれるというのは、血を絞り取られるのに等しい苦痛なのである。
「オレ、いっぺん一月特別食支給の刑(便所当番つき)を食らったことがあるけど、二週間で意識不明になったね。」
ちなみにその時は、オディロ院長がとりなしてくれたので、マルチェロもしぶしぶ途中で特別食支給を打ち切ってくれたらしい。
「がそうでなけりゃ、たとえオレがそれで死ぬとしても、あいつは一月それで過ごさせたろうな。」
「君たち、ホントにすごい兄弟だよね。」
エイタスはまたまた、激しく感心した。
「でもね、修道院に牛とか鳥とかの寄付もあるでしょう?そういう時は、いくらあの二階からイヤミでも肉くらい出してくれたんじゃないの?」
ゼシカの言葉にククールは、心の奥底までえぐられた傷に再び塩を刷り込まれたような、苦痛と切なさに満ちた表情で答えた。
「一月にいっぺん、肉を食う機会があったんだ…」
その日は、一同が食堂に介し、じゅわじゅわと激しく美味しそうな匂いを撒き散らしながら肉が焼けるのを見ながら、団長の訪れを待つのである。
マルチェロ団長は到着すると、手にした書類を開く。書類には、
団員の修道院への功績順位
が記されているのだ。
修道院への功績は主に、任務の達成度や、集めた寄付金の総額などで量られる。
「では、発表を行う。一番、フェルディナンド!!」
名前を呼ばれた者は、思わずガッツポーズをとる。そして、他の隊員からの羨望の眼差しの元に、焼きたてじゅわじゅわの肉汁したたる料理を食すコトが許されるのである。
団長の順位発表はさらに続き、その順番ごとに、団員は肉を食べることが許される。そして…
「今回は以上だ。」
という団長の発言まで名前を呼ばれなかったものは、名前を呼ばれた団員が美味そうに肉をほおばるのをうらめしい目つきで眺める事しか許されないのである。
ククールは、寄付金集めは優秀であったが、なんせ素行が悪すぎたため、ほとんど名前を呼ばれた事がなかった。
「いやあ…あの鼻の粘膜をとろかすような肉の匂いが充満する中で、肉を食えずに玉ねぎフライをかじる気分ときたら…地獄の責め苦だってこれほどじゃないと、毎回思ったね。」
もちろん、こんな行事の創始者はマルチェロ団長であることは、ククールに説明されなくても、他の三人もみんな分かった。
「二階からイヤミどころじゃないわ。まさに鬼ね、あいつっ!!どうして誰も反抗しなかったのよ?一人ひとりじゃ力が足りなかったとしても、みんなでストライキでも起こしてやりゃあよかったじゃない?どうせ一人で、ぶあついポークカツでも食ってたんでしょっ!?」
ゼシカは本気で怒っているようだった。まあ、正常な神経を持った人間なら誰でも、修道院とはいえ許されがたい人権侵害に対して、少なくとも不快感は抱くだろう。
ククールは、微妙な笑みを浮かべた。
「それがさ…あいつ…当のマルチェロ団長殿は、一切、肉を食ってねえんだよ、これが。」
三人は、一様に驚愕する。
「そりゃあ…すげえ…肉も食わずにあんだけ働いてたんですかい?」
「うん、例の功績順位発表の時も、自分は成績がとうぜんぶっちぎりでトップに違いねえのに、脂身すら口にいれた事がねえんだ。いっつも、優雅に玉ねぎフライと野菜スープだけを食ってんだ。」
「なによ…こっそり団長室で食べてんじゃないの?」
「おう、それはオレも疑った。んでもって、食事当番やら寄付担当係りやらみんなを抱きこんで、不審な肉のルートがないかと徹底的に洗ったんだが、潔白そのものだった。」
「その…なんて言うか…その…スゴい人だね、あのマルチェロって人。」
エイタスは控えめに発言したが、それがどれだけ強烈な精神力を必要とすることかは、ゼシカもヤンガスも、痛いほど理解できた。
「だから、誰も文句言えなくてさ…」
うんうん、三人は心からうなずいた。
「…だからオレはずっと思ってたんだ。いつかこの修道院から出る事が出来たら、公然と腹いっぱい肉を食いたい…って…」
じゅわじゅわ
話の間に、ウインナーは程よく焼けていた。
「ククール、ウインナー、焼けたわよ。」
ゼシカが、慈母のような微笑でウインナーをククールに差し出す。
「ああ、僕のも食べてよ。そんなにおなか減ってないから。」
エイタスも、春のそよ風のように爽やかな笑みでウインナーを勧める。
「うっうっ…アッシも胸がいっぱいで、食べられそうにありやせん。どうぞ食っておくんなせえ…」
そういうヤンガスの目には、優しい涙が光っていた。
「…ありがとう…お前等…みんないい奴だな。」
思わず零れそうになる涙をぐっとこらえ、ククールは遠慮会釈なく、ウインナーを全て一人で、胃の腑がはちきれんばかりに食べたのだった。
そして、願いの丘の途中で…
未来に暗黒神を倒さんとするパーティーは、本当の意味で心を通わせることを可能にしたのであった。
終わり
男の子は肉が大好きというお話でした。さりげに、ノーマルのくせに団長の拷問アラカルトになっていたような気もしますが。
いやあ…しかし団長って「食欲」「睡眠欲」「性欲」の全てを権勢欲に転化出来る、すごすぎる精神力の持ち主ですよね?凡人の管理人には、とうていまねが出来そうにありません。やはり、庶子から法王になりあがるには、こうでなければならないのでしょうか…