七つの大罪ー怠惰編
「悪人とは、勤勉でなくてはならない」
万人が認める極悪人のマルチェロですから当然、怠惰の罪だけは犯しそうにない…みなさん、そうお思いだったと思います。
ですが、せっかく「勤労感謝の日」な事ですし、兄貴にもこの罪を犯してもらいましょう!!
という訳で「強欲編」の続きです。
闇の洞窟の最奥部。
「…開けやすぜ、アニキ。」
「…うん…」
宿敵、ドルマゲスを追い続け、ついにそやつをこの洞窟の奥深くまで追い詰めたエイタスたちは、邪悪な波動を放つ扉をゆっくりと押し開いた。
ゴゴゴゴゴゴ…
中には、不可思議な液体を満たした装置に身を浸した、宿敵の姿。
「アレ…何かしら。」
最愛の兄の仇を前にしたゼシカが、それでも震える声でそう小さく問う。
「治療装置…みたいなものじゃないかな。ギャリックさんを殺した後、苦しそうに胸を押さえて去ったって言ってたじゃないか。きっと、それの回復の為に…」
「優雅にお休みですかい、成る程な。」
軽い口調で応じながら、ヤンガスもやはり、ややこわばった手つきで、愛用の斧を手にとった。
「ったく、人が魔物をなぎ倒してはるばるやって来てやったのを、昼寝中たぁ、レイギってのがなってねーよな。」
銀髪の青年は、瀟洒な物腰で腰の聖銀のレイピアを抜き放った。
「ま、治療中だから仕方がないよ。」
剣を抜き放ちながら、むしろ宿敵ドルマゲスをかばうような口調のエイタスに、銀髪の青年、ククールは不満そうに言った。
「だって…
兄貴だったらさ。」
ここまで来て兄貴ネタかよっ!!
ククール除く三人は、
宿敵の眼前にいる
事も忘れて、心中だが大声でツッコんだ。
「アンタ…いい加減に…」
ドルマゲスより先に、
味方に火球を打ち込みかねない
ゼシカを制し、リーダーたるエイタスは、
うすら暖かい笑み
を浮かべて言った。
「聞かせてよ、ククール。君のそのお兄さんのお話を…」
「エイタスのアニキ、そんな今更…何もこんなトコで、しかも、こんな大事な一戦の前でなくたって、いいでがしょ?」
ヤンガスの訴えに、エイタスは、
生優しい笑み
を浮かべて頭を横に振った。
「聞いてあげようよ、ヤンガス。もしかしたら、
コレが彼の最後のお兄さんトークになるかもしれない
んだしね。」
エイタスの皮肉は、
相当毒々しい
ものであったが、当の本人にはまるで通じなかったらしい。
「さすがあのデコの異母弟だけの事はあるわ…」
「なんだよゼシカいきなり。そんなに褒めるなよぅ!!」
激しく勘違いした返答を返すと、ククールは
宿敵を眼前
にしながらの
大好きなお兄さんトークを嬉々として
始めたのだった。
「兄貴が風邪をひいたんだ…」
「なんとかは風邪ひかない
って言うのにね。」
しょっぱなの皮肉にも、もちろんククールは動じない…正しくは、気付かない。
「うん、
兄貴の体調管理は女神様よりカンペキ
だから、ホント、今まで風邪なんてひきこんだ事はなかったし、何より、団員がうっかり風邪なんてひこうものなら即座に
『風邪などひくのは、弛んでおる証拠だっ!!』
って一喝する人なんだけど、な。さすがに、
真冬のマイエラ川に飛び込んで、二時間泳ぎきった挙句、軽く体を拭いただけでお呼ばれしてた社交パーティーに出席して、寄付金を弾んでくれる貴族のマダム方がひきもきらなかったから、完徹で踊り明かした
のが良くなかったらしいんだ…」
「それは…一体ぜんたい、どんなシチュエーションだった
んでヤスかい?」
「シチュなんてどうでもいいけど、それって普通に、
途中で死んでるべき
でしょ、人という生物の正しいあり方としては。」
「でもさ、風邪ひいたって事は、最初は誰も気付かなかったんだ。兄貴は朝からフツーに仕事をこなしてたし…そしたらさ。離れから出てきた院長が、兄貴を一目見るなり言ったんだ。
『マルチェロや、そんなに赤い顔をしてどうしたね?』
って…言われてみれば、なんか
いつもよりデコが赤い
んだ…そんで、慌ててお医者を呼んで熱を測ってもらったみたら、
熱が四十度
あったんだ…いやあ、さすが院長は育ての親だよな。一目で兄貴の体調不良を見抜いちまうんだもん…」
「それって純粋に、
あんたらが鈍いだけ
じゃないの?」
「いやゼシカ、そうとは限らないよ。なんせ相手は
あのマルチェロさん
だもん。本当に
四十度の熱がある事を他人に悟らせない完璧な物腰
で振舞ってたのかもしれないじゃないか。」
「さっすが、エイタスの兄貴のご明察、恐れ入りヤス。」
「…どのみち、あいつ、
人間じゃないわね。」
ゼシカの言葉に、エイタスは窘めるように答えた。
「とうに分かりきった事じゃないか…」
「そうね。」
「んで、院長は兄貴は、いいから休みなさいって言ったんだ、トーゼン。」
「そりゃあ、そうでがしょ。いくら丈夫いお人とは言え、四十度の熱じゃあ、意識も朦朧なハズでヤス。熱が下がるまで安静にしてないと…」
「そして兄貴は、
トーゼン拒否
ったんだ。
『この忙しいのに、聖堂騎士団長たる私が、のんきにベッドに就いている訳にはいきません』
って…」
「台詞だけ聞いてたら、殊勝よね。」
「うん、
台詞だけならね。」
「そしたら、オディロ院長が…ホント、すんげえ珍しい事なんだけど、オディロ院長が怒ってさ。いや、勿論、あの人だからいくら怒ったって、声を荒げたりとか、罵声を浴びせたりとか、そんコトはしねーんだけど…ともかく、兄貴を叱り付けたんだ。
『そんな風に自分の体を大事にしない子は、
ワシの愛し子ではないぞ、マルチェロ!』」
って…」
「…」
ヲイヲイ…叱る相手はいくつだよ!?
一同は突っ込みを入れた。
が、ククールは更に衝撃的な事実を明かした。
「そしたらさあ、兄貴ってばさ、
信じられねーくらいしょんぼり
しちまって…」
どこの繊細なお子様だよっ!!!?
「そんで、
風邪が治るまで、絶対にお仕事したりしません。ちゃんとベッドで横になっています。
って女神さまと院長に誓ったんだ。」
ヤンガスは言う。
「いやあ、アッシは…長い間、あのオディロ院長という方は、立派で優しい方だと思ってましたがね…その…いや、立派なのも優しいのも、まあそうだと思うんでヤスが、その…何というか…
子育てというものを激しく勘違いしている
ような気がしちまったのは、アッシの思い過ごしでがしょうかね?」
エイタスも言う。
「思い過ごしも何も…
間違いなく、子育て方法を間違ってるよ。」
ゼシカも言う。
「だって、見れば分かるじゃない。
育てあがった子どもたちを。」
三人は同時にため息をつき、
育てあがった子ども その二を眺めた。
「もー、みんな、
いくらオレが花のような美青年だからって、そんなにじろじろ見るなよー♪」
ククールは嬉しそうにボケた発言をすると、
育てあがった子ども その一
の話の続きを始めた。
「つーワケで、兄貴の団長室にふわふわあったかい布団を入れて、ストーブも燃やして、滋養のいいあったかい食事も団員が交代で運んで、そして兄貴の
風邪を治しましょうな日々
が始まったんだ。…ところがさ、せっかくの機会だからゆっくり寝てりゃいいのに、兄貴ってばほとんど睡眠とらずに済む様な生活してただろ…
暇を持て余し始めたんだ。」
「仕事しか趣味が無いオトコ
ってホントイヤね。」
「それでさー、兄貴は
仕事したくて仕事したくてウズウズ
してる訳よ。でも、院長と女神さまに誓った手前、ベッドから出れないし、仕事も出来ない…兄貴は一日で根を上げて
『もう治りました、院長』
ってオディロ院長に言ったんだ。」
「てか、あのお人ですから、一日何もしなけりゃそれで充分なんじゃないですかい?」
「オレもそう思う。けど、オディロ院長は兄貴がいっつも働きすぎなのを見てるから、
『いいから、一週間は安静にしていなさい』
っつってさ。兄貴を解放しなかったんだ。そしたらさぁ…兄貴ってば暇を持て余した挙句、読書を始めたんだ。」
「いいんじゃない。ベッドの中でぬくぬく読むんなら、骨休めになって。」
「うん、オレもそう思って、兄貴の読んでる本のタイトルを、給仕がてらチラ見したんだ。そしたら
格差社会を勝ち抜く実践経営術
ってタイトルで、兄貴はそれをめっちゃ真剣に読んでは、
ノートになにやらびっしりと書きつけて
しかも、日が落ちてもそれを止めなかったんだ…」
「…それはそれは…」
「オレ、いくら兄貴とはいえ、風邪で休んでるのにそれはむしろ体に悪いだろうと思って、院長に言ったんだ。そしたら院長がやってきて、
『マルチェロや…風邪で休んでいるときに
ビジネス書を読んではいかん。
休みにならんじゃろうが。』
つって、兄貴から本を取り上げちゃったんだ。兄貴ってば、院長には殊勝な顔して従ってたけど、後ろに立ってたオレには
『余計なコト言いつけおって!!』
って言わんばかりの、殺気篭りまくりな視線を向けてきたんだ。」
「…それで?」
エイタスの、
どうせそのくらい、序の口なんでしょ?
と言いたげな口調。
ククールは続けた。
「それからも兄貴は、いろいろな
限りなく仕事に近いこと
をやっては院長に叱られて、とうとう、
『本を読んではいかんっ!!』
とまで言われちまったんだ…あん時の兄貴の
辛そうな顔!!
今でも夢に見るね…」
エイタスはたまらずに、冷静なツッコミをいれた。
「君のお兄さんは、なんのために休息をとらされてるのか、分ってたのかな?」
「アニキ、間違いなく分ってなかったって、アッシの乏しい脳みそでも分りやすぜ!」
「そして…兄貴は…一日ぶりの当番の日、オレが部屋に入ると…」
ククールは、
なぜかとても嬉しそうな
表情になると続けた。
「そこには…
色とりどりの
編み物!!手袋とか毛糸の靴下とかマフラーとか毛糸のパンツとか、あまつさえセーターまでっ!!
団長室の床を埋め尽くさんばかりに広がってたんだ♪」
「それってもしかして…」
げんなりした表情のゼシカに、ククールは
満面の笑み
で答えた。
「もちろん、兄貴の手編みさっ♪
兄貴ってば、暇を持て余した挙句、編み物をはじめちまったらしくて、しかも、そもそも器用な人だろ?さらに
凝り性な人
だから、
一晩でいくつも編み上げちまったんだっ♪兄貴ってば、ホントすげーよな♪」
「…確かにスゴいわ…スゴいけど…」
「スゴい、バ…いや、人のお兄さんに、
たとえ事実とはいえそんな事言っちゃダメだよね。」
「オレ、嬉しくてさー。だって、
兄貴が夜なべしてつくってくれた手袋
だぜ?だからオレ、
超集中力を編み物に注ぎ込んでオレには毫も気付かない
兄貴の隙をついて、手袋をくすねると、オディロ院長のいる離れまで行って、院長に見せびらかしたんだ♪そしたらさ、院長は、
慈愛深いにも程がある微笑
を浮かべてオレに
『良かったのう』
と言ってくれた後、すたすたと兄貴の団長室まで歩いてくんだ。オレもついてったらさ、院長は部屋に入るなり叫んだんだ。
『ラリホーマっ!!』
って…いやあ、実に見事なタイミングだったね。
あの兄貴が抵抗する余裕すら与えられない刹那の一撃
だった…そして、兄貴は編み針を持ったまま、
深ーい眠りについたんだ。」
「…コレって…アレだよね。そう…
猛獣に麻酔弾打ち込む
のと、原理は一緒だよね。」
「そんなまどるっこしい事しなくても、
弾丸そのものを心臓にブチ込めばよかったのに。」
諸説こもごもの二人の会話などものともせず、ククールはまだまだ続ける。
「院長は兄貴が完全に眠ったのを確かめると、床に散らばった編み物を拾い上げて
『みんなでお分け。ただ、
マルチェロに言ってはならないよ?』
つって、オレに渡したんだ。オレ、ほんとは独り占めしたかったけど仕方ねーから、聖堂騎士の奴らにも分けたさ。
熾烈な争奪戦になった
けどな。」
「…ククール、で、君のお兄さんはどうなったの?僕的には、
永遠に目覚めなかったらいいな
と思うんだけど…」
エイタスの辛らつな感想にも、ククールは小揺るぎもしない。
「やだなあエイタスってば。いくらラリホーマとはいえ、効果は切れるっての。だから院長が、切れそうになるたびにかけなおして、兄貴を一週間、
無理やり安静にさせたんだ。」
「それはそれは…」
ヤンガスは微妙に口ごもってから言った。
「よく休めて良かったでガスなあ。」
微妙にひっかかるアクセントだったにも関わらず、ククールは単純に褒められたと思ったらしかった。
「で、晴れて一週間。ラリホーマの長い長い眠りから目覚めた兄貴は、兄貴が寝ている間に団長室の机の上からはみ出んばかりに積もり積もった仕事の山を、
めちゃめちゃ嬉しそうに眺めて、
そもそも気合入ったひとなのに、
テンション200くらいの気合の入りっぷり
で、言ったんだ。
『風邪ごときで寝込むなど…
私こそまさに怠惰であった!
女神よこの贖罪に、
一週間は寝ずに職務に励むことを貴女に誓いますっ!!
あー…忙しくなるなあ♪』
兄貴は
傍目から見てもバッチリ分るニコニコ笑顔
で、机の上の山積み書類に向かったんだ…」
「…良かったね。」
エイタスが、
あからさまな棒読み
で感想を述べた。
ククールは、ようやく話を終えて、聖銀のレイピアを再び構えなおす。
目線の先には、謎の液体に浸かったドルマゲス。
ククールは、叫んだ。
「いくぜ、ドルマゲス。オレの育ての親、オディロ院長の仇!!そして、
いいトシこいた大人が、昼日中から昼寝してるなんてゆー、
怠惰の罪
を犯した事により、
てめーをブチ殺すっ!!」
いや、怠惰の罪はカンケー無いからッ!!
思わずドルマゲスの免罪をしてしまった三人は、ククールの聖堂騎士団の制服のポケットからちらりと覗く、
ピンクの編み物らしきもの
を見て、テンションがマイナスになってしまった
だが!!
ぴしぴしぴし…
謎の装置が割れ、姿を現したドルマゲスを目にした三人は、
あの話を冥土の土産にしたくない!!
と、生還を深く誓ったのだった。
終る
2006/11/23
なんつーか…兄貴には、週休二日制も、一日八時間労働も、カンケーない気がした。
仕事してなきゃするコトがない彼は、間違いなく!!定年になった瞬間、家庭の粗大ゴミと化す猛烈サラリーマンタイプだと思います。いや、彼が「サラリーマン」なんていう搾取される立場にいつまでも甘んじる訳はないですね。もちろん彼は、生涯現役
が合言葉の経営者でしょう。そして若い部下たちに
「ウチの社長、もう八十のクセになんであんなに元気で、一日十八時間も働いてるんだ!?おかげで有給も取れねーじゃねーかっ!」
と陰口叩かれてるといいと思います。
ところで。兄貴は万能なんで、きっと編み物も上手いと思います。そして、ミシン並みの速さで編み上げてくれると思ってます。セーターくらい、一晩で編み上げそう…ククには絶対くれないでしょうが。
嫉妬編