七つの大罪ー憤怒編

七つの大罪ー飽食編の続きです。当然、ククールが世間知らずのアホの子です。でも、なによりアホなのは…







 悪徳の街、パルミド。エイタスをはじめとする一行は、この街に立ち寄っていた。


「ふうー、アスカンタからここまでは遠かったわね。おなかすいちゃった。」

「そうだね、ゼシカ。みんなもそろそろご飯にするかい?」

「おおっ、みなさま空腹ですかい?なら、パルミド出身のアッシが、美味い店に案内しますぜ。」

「ククールはお肉がいいのよね?」

「うん♪」


天使のような微笑でうなずいたのは、けっこういい年になっているはずの銀髪の美青年であった。

 この美青年は、と、ある気の毒すぎる少年期のトラウマにより、ついこないだまで肉の亡者として

肉ー!!にくー!!

と呻いていた…が、一行の献身的な配慮により、ようやく普通の肉好きの若い男の子くらいには、回復していたのだった。


「なら、うまいトコがありやすぜ。」

ヤンガスは慣れた足取りで、裏道の小汚い店に入って行った。



 「オヤジい、カツ丼四つ。」

「おおっ、ヤンちゃんじゃねえか。久々だなあ。オッ、そっちのべっぴんさんはヤンちゃんのコレかい?」

「やっだあ、オジサンたらあ、別嬪なんてぇ!!あたしが、こんな縦と横の長さが等しい生物と付き合うハズないじゃないのー。」

「…」

ヤンガスがけっこう深刻に傷ついた以外は、なごやかーな店内。

 ほこほこした肉の匂いがいっぱいに充満し、みんなの空腹神経を刺激しまくる。


「ほいお待ちー!!吸い物は再会記念のサービスでいっ!!」

オヤジが威勢のいい口調で、四人分のカツ丼をカウンターにおいた。


「かーっ!!ひさびさのカツ丼でやす。」

「へえー、カツ丼ってゆーんだ、この食べ物。すごくおいしそーね。」

「ホントだ。トロデ王が言ってたカツ丼って、こんなものだったんだ。へー。」

しきりに感心するエイタスとゼシカ。ついでにビールを注文し、飲むモード全開なヤンガス。それは、ごくフツーな食事風景のハズだったのだが…


じー

「…どうしたの、ククール?」

じー(真剣すぎる眼差し)


ククールが、ドルマゲスと対峙したとて、ここまでではなかろうというくらい真剣な瞳で、カツ丼を凝視していた。


「…ほら、きっと初めてみる食べ物だから珍しいんだよ。」

言いつつもエイタスは、そんなハズはあるまいと思っていた。


「ああ、まあ…そのパルミド付近のメシでヤスからねえ。修道院じゃ見たコトも聞いたコトもないでがしょう。まして食ったことなんぞ…」


「ククールってば。そんなに見つめたら、カツ丼が恥ずかしがるわよ。」

「オレが美形だから?」

「本気で言ってたら、そのツラにメラミぶち込んであげるわ(にっこり)」

ゼシカの、割と本気の脅しもなんのその。修道院育ちの世間知らずの箱入り美青年は、それでも

じー

っと、カツ丼を見つめると、その形の良い唇を開いた。


「なあみんな…」


そして、憂愁を浮かべつつも麗しい顔で続けた。


「カツ丼に、神学的見地から憤怒を感じたりする?」














は?


















一同は、ククールの言っていることが一ミリグラムも理解できずに、しばし呆然とした。







 しばしして、最初に気を取り直したのは、さすがリーダーと言うべきか、エイタスだった。

「ククール…君の言う『しんがく』って、神様の学問の神学だよね?」

「おう、そうだぜ。」

「『ふんぬ』って、怒るって意味だよね?」

「ほかにねーじゃん。」

なんでその単語が、カツ丼と結びつくのか、ぼくにはよく分からないんだけど…」


エイタスの言い方はククールを、全力で責めたりバカにしたりしまいっ!!というリーダーとしての心遣いが滲み出ていて、ヤンガスの胸をいっぱいにさせた。


「さっすが兄貴ッ!!お心の広いお方でヤスっ、くうっ(鼻をすする)」


だが、ククールには通じなかったらしい。まあ、彼を責めても仕方あるまい。なにせ彼は修道院に入ってから、心遣いというものをマトモに受けたコトがほとんどなかったのである。


「なーんだ、みんな女神の付与したもうた判断力という名を持つ心躍動、或いは隷属させらるべき知性という名の意志は持ってねえんだ。」


 オレだけじゃなくて、よかったー。


 無邪気に語るククールに、三人はなんとなくだが間違いなく、ククールにそんなコトを吹き込んだ人物の名を確信しながら、一応確認してみた。


「ねえククール(とびきりの笑顔)そのお話って、誰があなたに教えてくれたの?」

幼稚園児を教え諭す保育師さんのように問うゼシカ。ククールは、さらにとびきりの笑顔で、

「君みたいな美女の質問なら、なんでも答えてあげるよ。出来たらベッドの上で…」

と言いかけて、殺気入りまくりの灼熱呪文をチラつかされ、


「…あいつ」

と、ぽつっと呟いた。



やっぱり…



言葉には出さねど、三人は内心で大きくうなずいた。



「ねえククール、そのMデコ…じゃなくて二階からイヤミは、なんでそんなコトほざきやがったの?」

「聞きてえの、ゼシカ?」

ククールは、ちょっと嬉しそうに笑うと、世にも奇妙な話を始めた。



「あのさ。ウチの修道院は寄付目的で出張礼拝とかすっけどさ、たまには金のねー農家とかにも特別サービスで出張礼拝したりしたんだ。」

「あの銭ゲバ団長でもそんなコトすんの?」

「おう。奉仕活動というのは背景を考える知性のない一般大衆にたいして、正方向の宣伝効果があり、最終的な労力を考えると修道院の得る利益はそれが最大になる、んだって。」


「へー。」

エイタスは、なんともコメントのしようがなくてとりあえず相槌を打った。


「んでもってさ。なんでだか忘れたけど、そん時はここらの近くの農家かなんかに、しかも、なんでだかオレとあいつの二人で出張礼拝に来させられたんだ。」

「仲悪いくせに。」

「礼拝自体は別に大したことなかったんだ。その家のオバサンがオレみてーな美青年…そん時は美少年だったけど。と会えて、やたらと激しく感激しまくってたけどさ。その後さ。」



まあまあ、ホントにこんな素敵な男性がお二方もいらして下すって、嬉しくてたまりませんよ。もう、これで地獄に堕ちたって悔いはありませんねえ。いえいえ、ホントになんにもありませんがお食事など…いえいえ、ご遠慮なさらずに。本当に大したモンじゃありませんから…


「って、オバサンが出してくれたのが、カツ丼だったんだ。」

「なかなか本気で大したモンじゃないわね。」

「ねえちゃん、庶民からしたらカツ丼はなかなかのご馳走なんでゲスぜ…まあ確かに、うちに礼拝にやってた来た坊様用の食事じゃないかもしれやせんが…」


「オレは初めて見た食いもんだったけど、肉が入ってたからラッキー♪と思って女神さまとオバサンに大感謝して食おうとしたんだ。で、オバサンがお茶を入れに台所かなんか行った時に、ふと、あいつを見たら…」

ククールは、恐怖体験を追体験したかのように青ざめ、身震いした。


「怒りのあまり、完全に無表情になって、冷たい視線でカツ丼を睨んでたんだ。ああ、その冷たさはマヒャド級だったね。だって、カツ丼の湯気が一瞬で消えたもん。」


「…」

コメントに困るあまり、相槌も打てない一同。


「でも、オバサンが戻ってきたら、ちゃんとよそ行きの笑顔になって、いただきますのお祈りをして、ご飯粒一つ残さず平らげたんだ。」

「…カツが嫌いだったんでゲスかねえ?」

「だからといっていい年したオトナが、真顔でカツ丼にらむ?」

「でも、あの団長だからねえ。」

うんうん。三人またまた激しくうなずく。


「あいつの、全世界一優雅なカツ丼の食い方を見ながら、オレはオバサンにおかわりをお願いして、腹いっぱいカツ丼を食ったんだ。」

だってオレ、育ち盛りだったもん、とククールは続ける。

「それはいいけど、まだ『しんがくてきふんぬ』の話になってないわよ。」

「ああ、それは帰り道なんだ。」


「激しく不機嫌なあいつと、なんで不機嫌なのか分からないけど帰る場所が一緒なんでついていくしかないオレ。しばらく無言で帰ってたら、あいつはいきなり振り向き、言ったんだ。」



「ククール、貴様は感じなかったのかっ?」



「なにをって、言うしかねえじゃん。」

「そうだね。」

「そしたら兄貴は、そろそろ広くなり始めたデコに青筋立てて言ったんだ。」



「無論、あのカツ丼に対してだ。あのようなものが女神の秩序正しき空間であるこの世界に存在することに対し、神学的見地から憤怒を感じなかったのかっ!?と言っている!!」


「つったって、分かんねーじゃん?」

「まったくその通りですがすなあ。そもそもあっしみたいな山賊上がり、神学ってモンもさっぱりでやすが。」

「オレも神学はつまんねーながら勉強はさせられてたけどさ。カツ丼が出てきた記憶はないワケよ。」

「ボクも神学はさっぱりだけど、多分間違いなくカツ丼は出てこないと断言出来るよ。」

「オレがボーゼンとしてるとさ、あいつは出来の悪い生徒が、授業中にすんげえカンタンな問題を当てられたのに、答えられずに突っ立ってるのを見た、イヤミな教師みたいなツラになってさ。」

「見てないけど、激しくリアルに想像出来たわ。」

「んでもって言ったんだ。」


「おやおや、これだから信仰心のカケラもない者は困る。しかも、きさまのような奴が栄えある聖堂騎士団の一員であることが不思議だよ。私が団長であれば、たとえ女神が直に貴様の入団を懇願されようとも、決して団員にはしなかったろうがな。」


「なんでカツ丼でそこまで言われなきゃなんないわけっ!?」

ゼシカは、自分がイヤミを言われたように激昂した。

「ゼシカ、君がそんなに怒るなんて…さては、オレの為に怒ってくれてるのかい?」

あんたなんか、どーでもいいのよッ!!あたしは、あのイヤミスパイラルがムカつくのよっ!!いいからさっさと、続きを話しなさいッ!!」

「…ちぇっ…まあ、あいつはそこでしばらくイヤミを言うと、すうっと息を吸って、叫んだんだ。」



「私は問うっ!!カツ丼とはなにかっ!?」



それは、眠っているあばれ牛鳥五匹を声でたたき起こしたくらいの大声であったらしい。

「オレが起きちまったあばれ牛鳥と戦ってる間、あいつは朗々とカツ丼について語り始めたんだ。」


カツ丼とはなにかっ!!それは、炊き上げられた白米の上に豚肉のフライを載せ、そして溶き卵をかけたものにすぎない、人はそう語るかもしれん。」


「ほらー、あばれ牛鳥って攻撃力高ぇじゃん。それが、一対五だぜ?しかも一匹も寝てねえしよ。」

光る額のトコにおっぱらってやりゃいいじゃない。」

「だって、あいつの迫力にビビって近づかねぇんだもん。兄貴は見えてねえのか、見て無視したのかわかんねえけど、まだまだ語るんだ。」


「だが、あえて私は問おう。カツ丼はそのように生易しい悪ではないと。なぜならっ!!カツ丼は、神の摂理をっ!!女神が定めし則を踏み越えた邪悪な存在であるとッ!!」


「あっしにゃ、カツ丼が女神さまに逆らっているようには見えねえんですがねえ…」


「なぜか?…女神はすべてに境界を定められた。たとえば生きとしいけるものは、人、魔物、魔族…など全て分類される。食物も同じだ。女神は主食としてパンを定められ、副食としてさまざまな食物を定められた。違うか!?」


「まあ、それはそうだと思うわ。でなきゃ、夕ご飯の献立が考えられないもの。」


「だが、カツ丼はどうだっ!!主食である白米と、副食たるべきカツが溶き卵によって一体化され、その境界はぼやかされている。確かに、パンと副食を同時に取るとき、それは口中及び腹中で混ぜ合わされ、渾然一体となるやもしれんッ!!だがっ!!それでも口中に運ばれるまでは、確かに女神の定め給うた境界を守っているのだッ!!それをカツ丼は、口中に達する前段階、つまり、調理の段階ですでに混然とさせられている。これが暗黒神の仕業でなくてなんだっ!?」


「えっとぉ…どうしてそこで暗黒神が出てくるの?」


「重ねて私は問う!!カツ丼の自己同一性とはどこにある?カツか、飯か、はたまた溶き卵かっ!?それに明確な解答を与えられるものが、ゴルドの女神の叡智以外に存在しない以上、私はカツ丼を神学的に許容することは出来ない。」


「…あっしの記憶違いだったらすいやせん。あの団長さんは、とかなんとか言いつつ、カツ丼を食べてた言ってませんでしたっけ?」

「うん。でもそれはこうなんだってよ。」


「しかし、確かに私はカツ丼を食した。許容できないものを食したのだ。食した理由は他でもない、信徒の喜捨であったからだ。ああ確かに、あの婦人に罪悪感などみじんもないだろう。なぜならば、女神は確かにカツ丼という、女神御自らの定めたもうと境界を侵している者を、その大いなる慈悲によってこの世界に存在することをお赦しになっているからだ。だが女神よ、私はあなたの慈悲深さに深い哀しみを覚えざるを得ません。あなたはその慈悲深さによって、無知なる民草に、新たなる罪悪を積ませることすらお赦しになっているからです。女神よ、慈悲深き女神よ。知らずに罪を犯した、あの善良にして愚昧な婦人に、お慈悲を!!」


「ちなみにそん時オレは、ようやくあばれ牛鳥を退治し終わってボロボロになってたんだけど、あいつはホイミの一つもかけてくんなくて、仕方ねーから自分でかけた。ちょっとムカついたから…」

「激しくムカつくトコよ、そこはっ!!」

「あいつに、『オレへの慈悲はねーのかよ。』ってゆったんだ。そしたらあいつさ、激しく冷たい目でオレを睨んで言ったんだ。」


「カツ丼なる、邪悪の属性にある、この世に存在すべきで無い物を二杯も食し、聖堂騎士でありながらカツ丼に対して神学的憤怒すら感じることが出来ん、貴様のようなとりえは顔とイカサマだけで、女神の付与したもうた判断力という名を持つ心躍動、或いは隷属させらるべき知性という名の意志も持ちえぬ輩にかける慈悲など存在はしない!!」


「んで、スタスタ先に行っちまったんだ。」




三人は、カウンターのカツ丼が冷めかけていることに、ようやく気付いた。

ククールは、カツの小さな一切れを口に放り込むと、呟くように言う。

「ほらやっぱさ、(むぐむぐ)うまいじゃん?うまいもんに対して神学的見地から憤怒を感じたりとかオレ、出来ねだよ。ワケよ。やっぱオレ、聖堂騎士向いてなかったみたいだな。」

「ククール、心配しなくても、全世界のほとんどの人間が向いてないから大丈夫だよ。」

エイタスの優しすぎる言葉に、ククールは笑顔になった。


「良かったー。それからずっと気になって、いろんな人間に聞いて見てたんだけど、他の聖堂騎士は『さすがはマルチェロ団長、マイエラ修道院はじまって以来の英才だけの事はある』って感心するし、ドニの女の子は『すっごーい、やっぱり団長さん、アタマいいんだー。』って感激するし、オディロ院長も微笑みながら『マルチェロは勉強家じゃの…』ってゆーし、てっきりオレだけ女神の付与したもうた判断力という名を持つ心躍動、或いは隷属させらるべき知性という名の意志を持ってねえ、すげえバカなんじゃないかと密かに悩んでたんだ。」


ずずずー

ククールはそして、相当冷め切ったすいものを美味しそうにすすった。


「…サービスですぜ。」

飯屋の大将が、ほこほこのカツ丼一つを差し出してくれた。大将のその声が、微妙に涙声であったことに、ククール以外の全員が気付いた。

 そして三人は、みんなとてもいい笑顔でククールにホコホコのカツ丼を差し出したのだった。




                                               終




相方へ。またネタもらいました、ありがとう、そしてごめんなさい。

うちの団長は、自分の妄想を強制的に相手に信じさせてしまうという恐ろしい特技の持ち主です。新興宗教の教祖かなんかに向いてると思います、なんせカリスマ100だしね。

まあ、団長の懸念も分からないではないです。カツ丼のメインって、カツなんですかね、飯なんですかね、大穴で卵?

ちなみに、拍手コメントを下さった方へ。ここで団長の苦手なもの、一つ追加いたします。

整理・分類魔なので、分類基準がハッキリしないものが嫌いで苦手。









inserted by FC2 system