殉死で自死で情死で焼死なんて言う、へヴィなお題を頂いてみました。当然、終盤で死んでます。嫌だと言う方は撤退してください。私自身もイヤだったので、下方に生きていたバージョンというおまけを付けてみました。少しでも口直しになればいいかと思います。又、本文途中に「*」があります、そこから先を読まずに、一気に後がき下まで繰り下げますと生きてたバージョンに到着します。死んでる結末は見たくも無いが、生きてるなら読んでみるかと言う方はそうされるといいかと思います。
以上、長くなりましたが、そう言う次第です。
それでも読むと言う方は、注意して進んでください。
読後の苦情は請けかねますので、あくまで自己判断でお願いします。
終 幕
気が付いた時には囲まれていた。
藪の中、樹木の陰、至る所に追手を感じる。いかに姿を潜めようと溢れる殺気までは隠せるものではない。自身を中心に、じわじわと輪が狭まって来ているのが判る。
所詮は多勢に武勢、自身も焼きが回ったと言う所かもしれない。
かなりの劣勢だというのに、マルチェロは口元に薄く笑いを刷いていた。
手元を見て、又、笑う。
誰に言うとも無く、独りごちる。
もういいだろう。
此処で終いで。
あれは、死ぬな、生きろと言っていたが
今更だ、もういいだろう。
天運が尽きれば、天命も又、尽きるというものだ。
これまで苦楽を共に戦い抜いた剣も、先の一戦で折れてしまった。
此処で全てを幕引きとするのも悪くないのではないか。
捕えられても、逃げ延びても、どうせ滅び行くしかないのならば
いっそ、此処で終りにしようではないか。
マルチェロは、奇妙に昂揚していた。
闘いの内に終末を迎える、それは、とても甘美な誘い文句だった。
不意に又、笑いが零れる。
それへ向けて、追っ手の隊長格らしき者が、苦り切って言い放った。
大罪人マルチェロ、我らを愚弄するつもりか!
敵にならぬと侮るか!
今日こそは、そっ首引っ立てて、法皇聖下の御前へ控えさそうぞ!
覚悟しませい!
それ、放て!
号令と共に頭上から矢が降り注いだ。
マルチェロは折れた剣を巧みに操り矢を避わす。身体も、剣も傷付いているが、雑兵ごときに敵うはずも無い。呼吸を整え、次撃に備える余裕すら見せた。
しかし、追手も怯まない。圧倒的な数で取り囲み、次々に矢を放ってマルチェロの足をこの場に貼り付けていた。
放て!
手を休めるな!
大袈裟なほどに隊列を組んで、たった独りを取り囲む。
入れ替わりに矢を放ち、休み無くマルチェロを踊らせ続ける作戦のようだった。
真っ直ぐに狙わずに、頭上から矢を降らせる。全て打ち落とされたら次を、最後の一本をマルチェロが撃つのを待って、又降らすのである。
じりじりと輪は狭まり、確実に包囲は厚くなっていた。
その距離は、互いに姿を目視出来るほどに近くなっている。
互いの手元を確認出来るほどになった時、マルチェロ目掛けて狙い定めた一条の槍が打ち込まれた。
断続的に降り続く矢を、折れた剣で打ち落とし、或は避けながら間合いを見る。
何とか避け切れるだろうか。身を捻っていても、直ぐに跳べるように足を踏みしめる。
だが踏み切り足の下に生した柔らかな苔がずるりと剥け落ちて、飛び退る程の助力は見込めなくなってしまった。
不覚と言うのはこういうものかとマルチェロは思った。
「では、これが、終いか」
以外に呆気無い。
「既に心は決まっている」
槍を受けるべく、マルチェロは自ら身体を向けた。
僅間後、来たるべき衝撃も、痛みも、出血の熱感も何も起きない吾身を感じ、同時に目前で屈みこむ人間を目にした。
わき腹を抉られたのか、真っ赤な騎士服を流れ出る血潮で更に赤く、真っ白い脛当ては滴りで斑に濡れていた。
黒いリボンで束ねられた銀糸の長髪を揺らして、赤い騎士は振り返る。淡い青色の瞳が、マルチェロの翠色のそれと出合った。
女神像のような美貌が笑う。
「ああ、生きてる」
よかった。
「マルチェロが生きてて」
「ククール」
それは、異母弟のククールだった。
出血が酷い。そう思った時には、目前の身体は揺らぎ、横倒しに倒れ始めた。
そこへマルチェロは手を差し伸べる。
今日と云う日は、何故だか素直に助けてやりたかった。
何時もなら、愚かだ、莫迦だと言って、要らぬ意地を張るところだろうが、終幕を受け入れ、奇妙に高揚する胸は何も飾る事を必要としなかった。
そして、知らず知らずに浮かび上がる微笑みもまた絶える事は無かった。
左腕に抱えて上体を引き起こすと、ククールもまた微笑んだようだった。
あれ程憎んだ血と共に流れ出る温もりは、ゆるゆると精気を喪失させてゆくのか、ククールは静に確実に冷えて、その存在が失われつつあった。
いつも薔薇色に輝いていた頬も、見る間に白磁の如く真っ白になってしまった。
抱えた身体が、意思という支えを無くしかけて、徐々に重さを増す。
溢れる血は尚多く、ぬるりと革の手套を滑らせた。
「愚かな奴だ」
そう言いつつもマルチェロはやはり笑っている。
微笑んで、白磁人形と化しつつある異母弟を抱え直す。
未だ息がある。そう思ったら何かが急に莫迦らしくなって、折れても離さず振って来た剣を捨てていた。
このままでは、これは、死ぬだろう。
回復の呪を与えるべきか。
そうだろう。
自身もよく言っていたではないか。
『この美貌が失われるなんて、世界的な損失だ』と。
マルチェロは鼻の先で、くす、と笑った。
右手の掌中に魔力が集まり始める。
大気と共に練合せられた呪が手の中に柔らかな魔法となって蓄積する。
あと一息、僅かに気を込めれば呪が完成するというところで、それを血塗れた手が静止させた。
マルチェロは質す。
「何故だ」
白磁人形は微笑んで言った。
「もういい」
もう、何も見たくは無い。
だから、これは、俺にはもう
「不要だ」
途切れ途切れ、人形の白面でククールは語る。
あの時、死ぬな、生きろと言ってはみたが、それは自身を生へと縛り付ける酷い呪だったと。
あれから流れて、行方を消した兄を求め、道行く他人にまでその面影を探しては、回り逢えぬ日々に悲嘆し、行き暮れて過ごしたのだと。
やっと追い着いたその矢先、この体たらく、本当に、何がいけないのか解らない、そう言った。
込み上がる血が気道に零れ弱々しく咽る。
それでも語るのを止めようとはしない。
やっと―――
「解った」
兄貴、もういい。
自由に、何処へでも。
これで、俺は、楽になれる。
「あんたの行く末を、死を、知らずに済む」
それは、ククールが白磁の人形になる事を望んでいたと言う告白だった。
清々とした微笑を浮かべて、淡青色の瞳が揺れている。
ゆらゆら揺れるのは泪が溢れているからだろう。
「この次があるのなら」
次こそは、あんたと、やり直し・・・
「マル・・チェロ」
白磁の人形は、今、腕の中で聖地の女神像になった。
真っ白に輝く面、微笑を湛えた口元、本当に、世界的損失なのかも知れない。自分で思って、笑ってしまう。今更だ、今更気付く、美しい弟だったと。面に違わず、心も美しかった。こんな自を、何時までも兄と慕い、何時までも家族と云って愛していてくれた。
未だ幽かに温もりを残しながら、もう動かないその身体を、そっと足元に横たえる。
頬に飛沫いた血痕を革手套の甲で拭ってやりつつ、マルチェロはククールであった身体に語りかけ始めた。
「ならば、私は」
既に天の命運も尽きたに等しい。
呪った者が絶えたのならば、私も呪縛から開放される。
好きなところへ―――私も往こう。
私はあまりに、生き急いだ。
その挙句・・・これより行き着く先において、どの道極刑は免れぬ。
だから、いっそ、お前に遣ろう。
最初で最後の贈り物だ。
「受け取れ、ククール」
徐に、マルチェロは、ククールの佩びた細剣を抜き放った。
取り囲む追っ手の間に、強い緊張が満ちる。
新たな剣を手にしたマルチェロを包囲せんと、じわり、じわり、と輪を狭めにかかる。
ひょうと空気を切り裂く音が鳴ると、真空を伴う一撃を警戒して総員が身を低く落とした。
瞬間の出来事だった。*
柄を地面に突き立てて、尖る刃の上へと覆い被さる様に、マルチェロはその身を沈めた。
よ、止せ!!
静止が掛かる。
しかしその頃には、切っ先が外套を突き破って、背から生えていた。
足下には、溢れる血が吸われ切らずに溜りを作る。
血迷ったか!?
未だ息のあるマルチェロを恐れて、遠巻きにしたまま、口々に叫ぶ。
向けられた翠の瞳は穏やかに澄んで、口元には微笑みを湛えていた。
「悪・いが、お前達に・は、遣れ・・ない」
追っ手に向けてマルチェロは言った。
ぐらり。
マルチェロの身体が崩れ落ち、ククールの身体に重なる。
今だ、捕えよ!!
死体でも構わん!
持って帰るのだ!!
褒賞が出るぞ!
俺が! 自分が!まだ、生きてる!!
逃げろおおおッ!
焼けるッ!!
焼かれるぞ!
嫌だあッ・・・
死んだものとばかり思っていた身体から、激しい焔が立ち昇り、不用意に接近した者達を次々に焼き尽くした。
危うく逃れた者達は、手の施し様も無く焼け焦げた仲間を遠巻きにしながら、呆然と立ち尽くしている。
折り重なる二つの身体は、荒れ狂う焔の中心にあった。
これでは、何人も近付く事など出来ないだろう。
呆然と見詰めるサヴェッラの追っ手は、それでも諦め切れずに、焔の去るのを待っていた。
渦巻いて天を目指して昇る火は火竜の如く立ち上がる。
燃え盛る焔は、日が落ちて辺りが暗くなっても絶える事無く、夜空を焦がして燃え続けた。
七日七晩燃え続け、やっと焔の去った後には、ただ真っ白に燃え尽きた灰が在るのみだった。
Fin
あとがき
死のお題、やってみた。
暗い。痛い。寒い。
不評だったら直ぐ引っ込めますんで、お知らせ下さい。
もうやらん。嫌だ。自分が、イヤになった。
これじゃあ救いが無さ過ぎるから、生きてたバージョンも書いてみた。
「瞬間の出来事だった」後からザッピングしてます。
これで少しは、気が晴れるだろうか?
鬱。
生きてたバージョン
瞬間の出来事だった。
斬れる様に鋭い凍て付く波動が、辺り一面に鳴り渡った。
最前まで血気盛んであった追手の一団は、みるみる戦意を喪失し、心の弱い者は恐ろしい幻影を見て恐慌状態に陥る。
たちまちの内に隊列は乱れ、統制は消え失せて、管制が利かなくなってしまった。
こうなると、数が多い事は、只乱れを呼ぶ事しか出来ず、錯乱の末、同士討ちにも成りかねない。
飛び交う怒号の中で腕に覚えのある者は、それでも何とか持ち堪えて、本来の獲物を探し始めた。
見渡す混乱の中心に、求める獲物は涼やかに佇んでいた。
相変わらず、口元に薄い笑みを刷いて、その両腕に赤い衣の騎士を抱えて呪を紡いでいる。
呪具を与え、今一度、その命を呼び戻す。
二度、三度、癒しと回復を齎す、柔らかで暖かい魔力が集い、赤い騎士へと注ぎ込まれる。
ぐったりと力無く、抱えられるままその身を預けて、白磁人形の様な生気の無い面をしていた赤い騎士の頬に、ぱっと薔薇色が咲いた。
回復を察して、管制者は蒼褪める。
マルチェロに味方が現れたのだ、それも、世界を救った勇者という極め付きである。脅えずに居られない。
くそう!
怨敵はそこに在る!
皆、静まれ!討て!
管制空しく、騒乱は益々高ぶり治まるどころか、敵前逃亡者を出すまでに進行していた。
何たる事だ。我知らず、弱気が漏れる。
不意に管制者は、強い視線を感じ、ぎこちなく己の視線を廻らした。
そこには、傍らに未だ傷付いているものの、確乎りと自らの足で立ち上がったククールを抱えたマルチェロの、不敵で魅惑的な光を湛えた翠色の瞳があった。
「悪いが」
お前たちには遣れない。
「さらばだ」
管制者の耳には、確かに、マルチェロがそう言ったように聞こえた。
言葉が消えるのと同時に魔力を含んだ旋風が、二人の長身を包み込む。
あ、と息を呑む。すは、新たな攻撃か、身を硬くして縮あがった。
ひょううう。
大気が渦巻いて、天高く伸び上がる。
瞬時の後、二人の姿は忽然と消え失せていた。
上空から魔物の羽で作られた呪具の欠片が、はらはら舞い落ちて、先程までマルチェロとククールの立っていた地表に散らばっていた。
それからあの二人の行方は査として知れないままだ。
何処へ往ったものか、其れきり見掛けた者は無いという。
世界を救った勇者と聖地を滅ぼした大罪人の道行きは、暫し噂になり、実しやかな憶測が世界中を駆け巡ったけれど、結局、誰も、あれ以来、姿はおろか足跡さえも見付けられぬまま、記憶は途絶えて久しくなってしまった。
あれからどれ程経ったろうか、今はもう知る者は無い。
Fin
2006/12/3あとがき
以上、生きてたバージョン。
これも暗いなあ。仕方ないか。お題が重いもんね;
何処に行ったかって?
竜神の里ですよ。
あそこなら、追っ手が来てもおいそれとは進入できないだろうし、可愛い女の子も居るし、兄貴、世帯でも持って幸せになってるとイイと思うんだけどなあ・・・