2コいち
エルトリオ王子とクラビウス王子のお話。
悪気がなくても、人はささいな言葉で傷つくことがあります。
さあ困った。
自分は内心そう思いながら、この非常事態にも笑みを絶やさずに、場の雰囲気を落ちつかせているエルトリオ兄上を覗き見る。
頼りになる我が兄上は、その微笑みの下にある座った胆力で、この事態を収めんとしているのだろう。
さあ困った。
僕は内心そう思いながら、重々しい顔で腕組みをするクラビウスを覗き見る。
賢い僕の弟は、重々しい顔の上に乗ったよく回るその頭で、対策を考えているのだろう。
まさか狩猟に出た帰りに、こんな事態に巻き込まれるとは思わなかった。
自衛の兵すらいない小さな村に、組織だった大盗賊団が迫り、占領せんとしている。
奴らの狙いはもちろん、こんなチンケな村ではなく、ここを根城に近隣の町を襲うことだ。
もちろん、国家の平和の為には鎮圧しなければならない事態…だが、何より先立つものがない。
いや、既に配下の者を遣いに出した。
しばらく持ちこたえれば奴らと対等に戦えるだけの兵は来るし、さらにそうなれば、我がサザンビークの正規兵が援軍として駆けつけるだろうから問題はない。
そう、“持ちこたえれば”だ。
そして自分は、エルトリオ兄上に視線を送った。
うーん、まさか狩猟帰りにこんな事態に巻き込まれるとは思わなかった。
僕が無理に誘った狩りだから、クラビウスは気を悪くしたって仕方がないのに、さすがクラビウスは賢い。
すぐに状況を把握すると、遣いを出して援軍を呼んでくれた。
クラビウスがいなければ、僕に出来たことなんて、後先考えずに剣をふりかざしてみんなと突っ込むことぐらいだろう。
でも、もう大丈夫。クラビウスのおかげで後の事はなんとかなる。
僕のすることは、みんなに勇気を出してもらって、今、ここで戦うことだけだ。
ありがとう、クラビウス。
僕はその気持ちをこめて、クラビウスにそっとウインクを送った。
さすがは兄上。
剣もろくに握ったことのない百姓どもの集まりだというのに、兄上が声をかけるだけでもう盗賊どもと戦う気になった。
うん、これが王者の気というものなのだろう。
兄上は国中に鳴り響く武勇の持ち主。
その名を聞くだけで、くだんの盗賊どもも震えあがり、それだけで十分な時間稼ぎになるに違いない。
自分ひとりなら、どうなったか。
いや、どうもならんだろう。
その後の対策を思いつきはしても、今、その場を収める術を持たない。
このクラビウスの名だけでは、この百姓たちすら戦わせることは出来ないのだ。
自分は、兄上に尊敬とまなざしを送る。
まったく、どんなに努力しても兄上には決して及ばぬだろう。
僕はみんなの声を聞く。
エルトリオ王子がいらっしゃれば大丈夫だ。
エルトリオ王子がいれば、決して負けない。
エルトリオ王子の為に、闘おう。
僕は「待ってよ」と言いたい気持ちをこらえて、自信満々の笑みを浮かべて立っている。
僕を信じてくれるのは、とても嬉しい。
でもね、僕は女神さまじゃないから、みんなと戦うこと以上にすごいことなんて出来ないんだ。
みんなが一緒に戦ってくれないと、僕一人じゃだめなんだ。
いや、戦ってくれてもまだ不十分で、その後のことを考えくれる人がいないと、みんなの信頼に応えられないんだ。
クラビウス、ありがとう。
お前が先のことを考えてくれるから、僕は弱音を吐かずに済むんだ。
僕の全力を尽くせば、みんなの信頼に応えてあげられるんだ。
「君たちの村を守るため、いざ行かん、勇気ある者たちよ。このエルトリオに続けっ!!」
そして僕は、真っ先に駆けだした。
「まったく、王子方のご活躍は目をみはるばかりで。」
大臣が、世辞でないとまでは言えないにせよ、しかし、もちろん世辞ばかりでない感嘆を洩らす。
「盗賊どもは思ったより巨大な勢力でありましたが、エルトリオ王子の見事なお力。正規軍を率いての戦いは元より、村の百姓どもですら戦力と為すその采配と言ったら、まさに王者の風格…」
エルトリオは進み出る。
「僕はただ、剣をとって先陣にいただけです。もし、クラビウスが援軍の差配から何からしてくれなければ、どうしようもなかったことでしょう。」
「いやもちろん、クラビウス王子もお見事なものです。すぐさま事態を看過されて援軍の遣いをお出しになり、その後の兵士たちの出動に際しての兵糧の支度や、事態が収束してからも、今後の治安慰撫にすぐさま着手なさる、まさに、宰相として最たる…」
クラビウスは進み出る。
「自分はただ、雑用をこなしたのみ。いかに下準備をしようとも、事を為すはやはり王にあり。兄上が勝利なさらねば、全ては水泡に帰していたことでしょう。」
「全て、功はこちらに。」
と、2人の王子は互いを指し示した。
サザンビーク王は、満足そうに呵呵大笑した。
「まったく、親バカと言うなら言え。我が息子たちは素晴らしい。能長け、しかも謙虚で功を譲り合う。どうかね、我が妻よ。」
傍らの王妃も、満足が頬から零れおちそうな笑みで語る。
「ええまったく、母として我が息子たちを心から誇りに思います。なんて仲の良い兄弟。」
王子たちは母の言葉に、微笑んでは見せた。
「まったく、この王子たちがいらっしゃれば、このサザンビークの将来に影など差そうとも差せませんぞ、陛下。」
「おう、まったくその通りである。互いに互いの足りない点を埋め合う、これぞ理想の兄弟というもの。」
「ええ、まことに。」
王も、王妃も、大臣も、廷臣たちの皆が満足そうに、王子たちを誉めたたえる。
そして、誉めたたえられた王子たちも、微笑んで言葉を受ける。
美しい光景、と言えた。
「僕らって、2コいち扱いなんだね。」
二人きりになると、エルトリオがぽつりと呟いた。
クラビウスは、言葉の意味を取りかねる。
「2人でひとつの存在の事を、『2コいち』って言うんだって。」
「…」
クラビウスは、頷く。
「光栄だな、未来の王国宰相としては。」
そして、エルトリオに言う。
「だが、兄上は不満そうだな。未来の最高のサザンビーク国王としては、自分がいなければ完全でないと言われることがご不満かな?」
皮肉を含んだ言い方に、エルトリオは首を横にふる。
「ううん、そんなことない。でもね、じゃあ…僕とお前と、どっちかがいなくなったら、残った方は何と言われるのかな、って。」
「そりゃあ…」
クラビウスは考え、そして首を横に振る。
「想像したくない。」
そして、思案顔の兄に言う。
「ということだ。兄上、国王になられても、自分をあまりこき使って過労死させてはなりませんぞ。」
冗談めかした言葉に、エルトリオは真顔で答えた。
「ううん、お前はいいんだ。僕は…」
だが、笑顔に戻り微笑んだ。
「ううん、何でもない。本当にお疲れさま、クラビウス。過労死しないように気をつけるんだよ。」
そして軽やかに、駆け去った。
終
2009/5/24