聖堂騎士 Lv 0.8




聖堂騎士の中では個性立ってる(筈)の、パルミド出身の聖堂騎士のカレ(ちなみにゲーム中では名前はありませんが、便宜上、拙サイトでは「エステバン」という名になっています)の一人称話。
聖堂騎士って、どんな入会儀礼があるんだろう と考えて
「きっとこいつら体育会系だから、体育会系の入会儀式(という名のリンチ)に違いないっ!!」
と思いついたお話です。






















聖堂騎士見習どもが、あぶなっかしい手つきで剣を振るのを見ながら欠伸をしたら、トマーゾに窘められた。



「エステバン…」

初対面ならビビっちまうくらいのデカくてゴツい、オレの直属の上官殿は、めったに怒りゃしねェ。

ただ、窘め顔でオレを見るだけだ。



「いやいや、別にヒマしてたワケじゃねェんだぜ、トマーゾ上官殿。ただ、短時間であのへっぴり腰どもをそれなりに使いモンにしなきゃなんねェ上官殿のご苦労ご尽力を思うと、ついつい感嘆のため息が出ただけで…」

オレが一応“言い訳”すると、トマーゾは浅黒い顔で苦笑いした。



「なに、みんな素直にこっちの言う事を聞くからな。扱いやすいモンさ…お前みたいなのがいないからな。」

「ハン、違ェねえ。」





オレは、サヴェッラの高い高い空を見上げる。



我らがマルチェロ聖堂騎士団長兼マイエラ修道院長殿が、聖堂騎士の増員を図ったのは、先代のオディロ院長が亡くなってからで、つまりそれから聖堂騎士になったオレも、全然古株ってワケじゃねえ。

ワケじゃねェんだが、それからは一気に聖堂騎士の数が増えてやがるから、オレでも“幹部騎士”ってコトで、ぺーぺーの奴等の訓練をしなきゃなんねェんだ。



オレはもっぺん、へっぴり腰の新人どもを見る。



そして、オレが“へっぴり腰の見習い”だった時の事を思い出した。



























そもそも、悪徳の街パルミドで、極道な生活してたオレだ。


剣術は我流だわ、礼儀作法なんて薬にしたくたって無ェわ、何より、マルチェロ団長直々の引き立てだってんで、チョーシぶっこいてるにも程があった。



そもそも超我流のケンカ殺法剣術でも、なにせ暗黒街を生き延びてたオレだ、他の貴族のぼっちゃんのお稽古剣術なんて相手にならなかった。



その日もオレは、稽古相手の他の見習いを五人ばかし軽くノシて、そして、我ながら“ナマイキ”に科白を吐いた。










「おいトマーゾ、オレはいつまでこのダッセー見習服を着てなきゃなんねェんだ?」


トマーゾは…なんにも悪いコトしてねェどころか、善意の塊みてェな男なのに、自分で言うのもなんだがオレみてェな男の世話を任されちまった“世にも気の毒な”男は、世話されてるはずの見習いに呼び捨てにされても、嫌な顔一つ見せなかった。



「エステバン、何度も言ったろう?」

そして、母親がデキと態度の悪ィクソガキに教えるように、噛んで含めるように諭した。





聖堂騎士になるには、剣の腕はもちろんのこと、騎士に相応しい品格や、何より女神への信仰心が必要とされる。


「ンな事ァもう耳タコなんだよっ!!」

オレは、シツケの悪ィクソガキみてェに…もっとも、ガキにしちゃあトウが立ちすぎてるが…口を返した。


「でも、そうなんだよ、エステバン。」

トマーゾは…どこまで辛抱強いんだか、坊ちゃん育ちなくせに…それでもちいっとも怒ることなく、辛抱強くオレを諭す。



一言で言うとアレだ。

聖堂騎士ってのは“騎士”だけど“聖堂”だから、戦士で僧侶でなきゃなんねえ。


だから…





「お前はまだ、ホイミが使えないだろう。それじゃあ、聖堂騎士にはなれないんだ。」





ったく、とても分かりやすい話だ。


“聖堂騎士になるにはホイミが使えないといけないから、ホイミが使えないオレは聖堂騎士にはなれない”

どんなバカガキが聞いたって、反論のしようのねェ理屈だ。



だからオレは言った。





「ホイミだァ!?ンなモン、一撃で倒しちまえば、必要ねェよっ!!」





トマーゾは一瞬、“憐憫”の表情を浮かべた。


そして、黙って他の古株どものところへ歩いていくと、ヒソヒソと何やら話し合った。









「聖堂騎士見習い、エステバン。汝、見習いの身より、正騎士になりたいというその望みに、相違ないな。」

トマーゾは、戻ってくると、そんな堅苦しい口調でオレに聞いた。


「たりめェだ。」

オレが相変わらずの口調で返すと、



「当人の意志は尊重しましょうよ、トマーゾ。」

いつの間にやら来ていたアントニオ…オンザ眉毛のくせしてスカした金髪美形…は、言う。



「ハッ、アントニオの言うとおりであると、小官も愚考いたす次第でありますっ。」

カルロ…聖堂騎士のくせに、オレより頭半分は低いチビ野郎…も、やたらと威勢良く返答する。



トマーゾは、硬い表情を崩さないまま、すらりとその剣を抜いた。



「ならば、聖堂騎士見習い、エステバン。汝、そのための“試練”を受けるか?」

「試練?それを受けりゃァ、てっとり早く騎士になれんのかよ。だったら、それはそうと早く言えよ。受けるに決まってるだろ?」

オレは無知の恐さで、あっさりとオッケーした。



「聖堂騎士見習い、エステバン。汝はその“試練”の最中に、如何なる傷を負おうと、また、その心の臓が鼓動を止めることがあろうと、構わんな。」

「もちろんだぜ。」






ま、知らねェってのは、恐いモンだ。

オレがあっさり返答すると、



「聖堂騎士アントニオ、確かに聖堂騎士見習いエステバンの言葉を聞きとげました。」

アントニオが、その腰の剣をトマーゾの剣に打ち合わせた。


「同じくカルロ、確かにその言葉を聞きましたであります!!」

続いてカルロが、剣をまた打ち合わせた。



「聖堂騎士トマーゾ、二名の立会い人同座の元、汝の言葉、確かに聞いた。」









「我が名に、我が剣に、そして我が信仰心に、誓って。汝、聖堂騎士見習いエステバンは“試練”を終えた後に聖堂騎士に序せられるであろう…」

トマーゾは重々しく継げたあと、



「…生きて終えられたら、な。」

と、更に低く付け加えた。





















「…」

オレは、てめェのバカさ加減の代償で、体中に針刺されたみてェな筋肉痛に、呻く気力すらなかった。



「次っ!!!」

鬼みてェな声が、叩きつけられる。



「…」

オレは、なんとか剣を握って声の主に立ち向かうが、こんな筋肉痛バキバキのカラダじゃあマトモに動けるワケはねえ。



十何度と地面に叩き付けられた挙句、


「そのザマはなんだ?エステバン!!」

って、冷たい言葉を吐き捨てられた。





なんと恐ろしいことに、マルチェロ団長からじゃねェんだぜ?



トマーゾからさ。












“試練”って言うからにゃ、洞窟探検でもすんのかと思ってたが、意外と単純なモンだった。



“基礎訓練の追加”



最初に聞いた時ゃ、

「ラクショーじゃねェか。」

と思ったモンさ。



日課や、普段の訓練に基礎訓練が加わったって、そんなモン、パルミドの超下町で生きてきたオレにゃあ楽なモン…


そうさな。


走る

だの

筋トレ

だの



その“量”がバンパじゃあなけりゃあな。



オレの全身の筋肉は、初日の“基礎訓練”でパンパンになり、翌日からまともに動けなくなった。

動けないくせに、日課の掃除やら、訓練稽古やらにゃあ、一切!!手心が加えられねェ。


おまけに“試練”の最中は、特別期間だってんで、食事のメニューも特別…


“パンと水”オンリー!!

寝る場所は、女神への個人礼拝室(トーゼン、寝台なんてェ気の利いたモンは一切ナシの石の床だ)と来たもんだっ!!!





更に追加された“実践訓練”がまたクセモンだった。


平たく言ゃあ剣術のお稽古なんだが、使うのが“真剣”な上に、コレもまた手加減ナシだ。



オレのチョクの上官のトマーゾがそれの担当なんだが、またこいつが強ェの強くねェのって…



オレは、マルチェロ団長にゃあ、初対面でうっかりブチ殺されかけたコトがあるから、その強さは骨身に沁みてたが、ぶっちゃけ、その他の団員の腕は大分と甘く見てた。

所詮お飾りの儀杖兵じゃねェかと思ってたんだが…





まるで歯が立たなかった。










人間の慣れってのは恐ェモンで、こんな生活でも何日か続けていくと、最初の筋肉痛だの、空腹だのは少しばかしマシになった。



マシにゃあなったが、トマーゾに歯が立たねェのは相変わらずで、何度もブチのめされてるうちに、オレはだんだん嫌になってきた。







その日も、トマーゾは団長のお供とかで、代わりにアントニオがオレに“稽古”をつけてたが、剣の振るい方は違うが、やっぱり強ェのには変わりなく、その底意地の悪い剣さばきに、オレは翻弄されまくった挙句、しまいにゃ喉笛ギリギリに剣先を突きつけられた。





「おや、失敬。」

余裕綽々でオレを見下ろし、アントニオは言った。


僅かにオレの喉笛に食い込みかけた剣先は、オレの喉から血を流させていた。



「“殺したとしても構わない”と貴方が誓ったのに、うっかり寸止めにしてしまいましたね。本当に失敬いたしました。」

さすが“あの”マルチェロ団長の配下だけあって、世にも可愛げのない厭味をオレに浴びせると


「ま、これが実戦なら、広大無辺なる女神のお力でも復活できないくらい、貴方は死んでいるんでしょうけれどね。」

と、更に厭味でシメた。





ぷち

オレの反骨袋の緒がついにキレた。





「うるせェっ!!!カラダさえ万全なら、てめェらなんざ目じゃねェよっ!!!だいだい、そこのチビっ!!!」

「…小官でありますか?」

あからさまにバカにされたのに、カルロはトボけた返事を返しただけだった。



「正騎士だかなんだか知らねェが、てめェみてェな図体で、本当にこの“試練”に耐えられンのかよ!?」



どう考えても、体力がはいる容積がなさそうな小男なら、ひょっとしたら勝てるかもしれねぇ。

オレは浅はかにもそう考えたんだ。



ニヤニヤと笑いながら、事態を見守るアントニオ。



カルロはあっさりと返答した。

「なら、小官も行うであります。」











カルロは、あっさりと“基礎訓練”を終えると、戻ってきたトマーゾにしごかれてヘバってたオレの前に現れた。



「では、トマーゾ副団長殿。久々に小官にも、訓練稽古をお願いいたす所存であります。」

軽く息を上げながらも、カルロは慣れた手つきで剣を抜いた。





「…強ェじゃねェか…」

どう考えても、大人と子どもくれェの体格差があるのに、カルロはトマーゾの攻撃にひけをとりゃあしねかった。



「マルチェロ団長が仰っていたでしょう?

『聖堂騎士であることに、家柄も体格も関係がない。ただ、私が求めるだけの強さを持ち得ていれば。』

と。」

アントニオが独り言のように…でも、オレに聞こえよがしにつぶやく。



「正騎士になるには“強く”なくてはならないんですよ、“強く”」

すさまじい嫌がらせに、オレは反論できず、ただアントニオにガンつけるのが精一杯だった。





「腕を上げたな、カルロ。」

「はっ、お褒めに預かり、光栄であります。」



トマーゾは、軽く息を上げていた。

オレの相手してる時は、息すら切らさねェのに。





すう

トマーゾは、軽く深呼吸しただけで、息を整えた。



アレだけ激しく打ち合ってたのに、一瞬、だぜ?



そして、

「もう、休憩は充分だろう、エステバン!!」

オレをご指名になった。










明かりが蝋燭一つしかねェ、薄暗い女神の祭壇を前にして。

オレは女神に愚痴った。



「おい、女神様。そんなにオレがキライか?」


もちろん、女神が返答する訳はねェ。



「オレがパルミドで極悪なシノギしてたからか?…仕方ねェだろ。あそこじゃァ、アレが普通の生き方なんだからよ。」



“試練”の最中は、夜はこの部屋から出る事ァ許されねェ。

ご丁寧に、鍵までかけられてるこの祭壇の間に閉じ込められたんじゃァ、愚痴る相手も女神像しかねェってモンだ。



「仕方ねェだろ…気付いたらパルミドの下町に捨てられてたんだからよ。他にどんな生き方があったってンだ?」

けど、他にねェから、オレはただ訴えた。



「けど…けど、そんな生き方に愛想が尽きたから、オレは聖堂騎士になろうと思ったんじゃねェか!!マルチェロ団長について行こうと思ったんじゃねェかっ!!!なァ…オレは聖堂騎士になれねェのかよ…」



女神像は、何も言わなかった。








オレは聖堂騎士になりたかった。

オレを認めてくれたマルチェロ団長のためにも、あの人の役に立ちたかった。



パルミドで極道なシノギしてりゃあ、死ぬまで…そんなに先の未来じゃァねェだろうが…豪勢な生活が出来る事ァ分かってた。

けど、そんな刹那暮らしじゃァ、オレの心は満たされなかった。





オレは、オレの存在価値が欲しかった。


マルチェロ団長に認められたかったんだ!!!







「…けど…もう駄目かもしれねェ…」

オレは、弱気の虫に襲われた。



自分で認めるのも癪だが、オレはオレの口の悪さが、空元気だって自覚はある。


でけェコト言って、周りと自分にそれを認めさせてるだけで、中身はそれほど自信満々ってワケじゃあねぇんだ。





オレは、もう逃げちまおうと思って、祭壇の間の入り口のドアノブに手を掛けた。



鍵のかかっているはずの扉は、あっさりと開いた。










「その扉の鍵は、実はかけられていない。」

声がした。



「“試練”に挑戦した者は、いくらでもその自由意志で“試練”を放棄することが出来る。」

姿は見えねェが、確かにトマーゾの声だった。



「挑戦者は、その心の強さも試されている。その扉から一歩でも外に出れば、お前は楽になれる…それを選びたいのなら、俺は止めはしないよ。」



オレは、叫んだ。

「楽になんざなりたくねェよっ!!!でもオレは恐いんだよ…オレは強くなれねぇのか!?だったら、オレに存在価値なんかねぇじゃねえか!!!だって、そうでなきゃあの人はオレを認めてくんねェだろ!?」

返事はなかった。

だから、オレはもう一度叫んだ。



「オレは強くなりたいよ、トマーゾっ!!!」

「自分を見つめ直せ!!」



返答は短かった。

そして、後はオレがどんなに愚痴っても、返事が返って来ることはなかった。





けど、オレは結局、扉から外へ足を踏み出しはしなかった。



















翌日。

オレはいつもと違った視線で、他の団員の剣捌きを見ている自分に気付いた。



どいつもこいつも、それなりに自分のアレンジが入っちゃァいるが、ベースの型は一緒だった。

聖堂騎士に“伝統”として受け継がれてきた、型だった。



オレはその型を、さんざバカにして身に着けようたァしなかったが、オレはようやく型の重要性に気付いた。



動きにムダがねェんだ。



オレの剣は完全に我流だったから、動きはトリッキーで相手にゃ読みづらいんだろうが、逆に言えば動きにムダが多いから、戦闘が長引けば体力のロスが大きくなって、結局打ち負けちまうんだ。



そうだ、マルチェロ団長と戦った時もそうだった。

あの人の動きは優美極まりなかったが、それでも無駄な動きの一つもなく、オレの急所を狙ってきた。

オレに命があったのは、ほとんど奇跡みてェなモンだ。


そしてあの人の剣捌きも、突き詰めればこの聖堂騎士の型なんだ…





「おや、今更型の練習ですか。」

もう今更なアントニオの皮肉は聞き流し、オレは剣の型を習得するのに必死になった。


そういや、このアントニオも、あのカルロも、オレより長い団員キャリアで、この型を必死ンなって身に着けてたハズなんだ。



騎士たちが、何百年も受け継いできたモンを、そうそうナメちゃあいけねェ。



そして、トマーゾその訓練稽古でも、その剣捌きをオレは盗んだ。


あの図体だ、力任せに殴りつけるだけで攻撃力は高いハズなのに、レイピアを自在に振るってオレに手も足も出させねェのは、こいつだって、何千回も何万回も素振りをしてたからの筈なんだ。





しばらくしてオレは、前より息が上がらなくなった自分に気付いた。










オレは、女神像に祈った。

「強くなりたい、オレは強くなりたい。」

神頼みなんてガラじゃァねェが、声に出すことでオレの決心は更に強くなった。



「オレはもっと強くなりたいっ!!!あの人の為にっ!!そして、オレの存在理由の為に!!!」





その時、オレは幻視を見た。





眩しすぎて、ほとんど何も見えねェような光が照らす中。

女神像は確かに口を開き、オレに何か言おうとした。



「汝…我が僕エステバン…な…じ…ちから…」

切れ切れで、オレには良く分からねェ。


力がどうとかこうとか…女神像は小さく早口で喋ると、しまいにゃあ口ごもったような小声で、さらにハイスピードでなんか喋り、最後に



「なりません…付いていっては、なりません。ただ、汝は付いていく…それが定めであり、我が定めた運命だから…」



そして、光は消し飛んだ。







「…誰に?」

オレは女神像に問い返したが、女神像の口は二度と開かなかった。



「しっかし…幻視っちゃあ、もう少し有り難味のあるモンだと思ってたけどよォ…意外と大したことねェな…それともただの夢か?」

オレは、涜神罪ものの台詞を女神像のまん前で言った。

特に天罰は当たらねェ。



「女神様のお言葉頂いたんなら、ホイミの一つも使えるようになってたら、嬉しいよな。」



なんでも、僧侶の呪文ってのは小さな奇跡だから、その前にゃあ、女神の声が聞こえるらしい。

そして晴れて、僧侶レベル1になれるって、寸法なんだとさ。



オレは何の気ナシに、呟いてみた。

「ホイミ。」





オレの手が、光った。

そして、なんともびっくりしたコトに、オレのカラダが急に軽くなった。



「おいおい、マジかよっ!!」

オレはマジ驚いた。

だってよ、言うなれば、金が欲しい時に道歩いてたら、100G金貨が落ちてたようなモンだぜ?



オレは、調子に乗って何度も唱えて、それが夢でも気のせいでもねェコトを確かめた。











翌日から、オレは体調万全で訓練稽古に臨むコトが出来るようになった。

だって、ホイミ一発で体力回復が出来るんだからよ。気合の入り方も違うってモンよ。



ったく、なんで回復呪文があんなに大事にされてたか分かったぜ。

いくらすげェ腕してたって、体調万全じゃなきゃ力を発揮出来ねェもんな。



型も大分と身についてきたし、おかげで相手の太刀筋も大分と予測できるようになった。



「ほうほう、なかなか腕を上げたでありますな。」

オレの訓練稽古を見ながら、カルロが言う。


「おやおや、褒めてはいけませんよ、カルロ。調子に乗りますよ。」


オレは“チョーシノリ”が、どんだけオレの視界を狭めてたか、悪ィアタマなりに悟ってたので、気持ちを引き締めた。










その時。

オレはトマーゾとの何本目かの訓練稽古の最中だった。


まだまだ上回りゃあしねェが、前みてェに無残でもねェ。

トマーゾの太刀筋はある程度予測も出来たし、向こうの思惑を裏切るコトだって、出来るようになってた。



だから、トマーゾも読みそこなったんだろうな。

あいつの剣が、まともにオレの胴体を払い、オレの腹から派手に血が噴出した。





「エステバン…!?」

“死んだって構わないな”なぁんて念を押してたくせに、さすがに人のいいこいつは、本気でヤバい傷はオレに与えてこなかった。

だから、ちっとばかしうろたえたんだろ。



オレは、傷よりも、こいつらの前でホイミを披露する機会が出来たのが嬉しくてたまらなかった。





「ホイミ。」

血は、即座に噴出すのをやめた。





「…なんだ、やっぱりホイミが使えるようになってたのか。」

それでもたらたら流れる傷口に、てめェの手を当てて回復呪文を唱えながら、トマーゾは言った。


「あァ…だが、まだアンタにゃ敵わねェからな。正騎士になるのはお預けだ。」

オレの腹からは、完全に痛みがひいていた。



「ホイミが使えるようになったんじゃ、もう“試練”はほとんど終わりですね。」

「左様でありますな。“人間、ギリギリ状態に置かれれば、女神の御声も聞こえよう”という、強制啓示授かり訓練でありましたからな。」

「なんだ、そういうコトかよ。じゃあ“死ぬかもしんねェ”云々は、ただのオドシか?」

オレが言うと、トマーゾは真面目な顔で返答した。



「脅しじゃあない。まだ、最強最大の試練が残ってる。」

「サイキョー最大?それは“死ぬかもしんねェ”のか?」

「ええ、高い確率で、ね。」

「いらしたでありますっ!!」



カルロのその言葉と敬礼に塗り向くと、翡翠色の瞳がオレに鋭く向けられていた。








「マルチェロ団長…」

「そろそろだと聞いたので来てみたが…」

相変わらず、氷を吹きそうな雰囲気と声だったが、オレは嬉しさの余り、相好を崩しちまった。



「トマーゾ。エステバンは私の肝いりだったのだが、随分と仕上げるのに時間がかかったな。」

「申し訳ありません…ですが、団長。その分、団長にご満足いただける仕上がりである自負がございます。」

「ふん、謙虚なお前にしては、大きく出たな…エステバン!!」

「はいっ!!」

オレの返事と同時に、マルチェロ団長は腰のレイピアを抜いた。



「正騎士への登用の、最後の試練は私だ。お前をパルミドから連れてきたときの、私の言葉を覚えているな?」

「はい

『聖堂騎士であることに、家柄も体格も関係がない。ただ、私が求めるだけの強さを持ち得ていれば。』

団長は確かに仰ったっスね。」

「然り。であるからには、お前はその強さを私相手に証明して見せれば良い。私の試練とはそれだけだ。」



オレもレイピアを構え、相対する。



押しつぶされそうな威圧感は相変わらずだが、オレはレイピアを握る手は、我ながら力強い。



「お前の度胸の良さは、前から買っている。」

鷹のような鋭い視線が、オレをまっすぐ射抜こうとする。





「だが、命の保障はせんぞっ!!!」

そして、その剣がまっすぐオレに向かってきた。























「いやあまあ…よくも命があったもんだな。」

オレは視線をトマーゾに戻した。



「何がだ?」

「“試練”の最終試験の時さ。」

「ああ…」

トマーゾは苦笑した。



「あの試験はよ、マジで何人かは息の根止められてんじゃねェのか?」

「それについては、ノーコメントだ。」

トマーゾは笑った。



「ホント…マルチェロ団長は、なんであんなにも強ェかね?」

「そりゃあ…」

「そりゃあ?」

「“マルチェロ団長だから”さ。」

「違いねェ。」



トマーゾは笑ったまま、続けた。



「だがな。あの人の下で働くには、そんくらいの覚悟と度胸と実力がいるって事はよく分かったろ?」

「ああ、生半可なモンじゃあ、三日で衰弱死しちまう…けどよ、オレの覚悟も度胸も実力も、そんな甘ェモンじゃねェぜ。なにせオレは“マルチェロ団長に身も心も捧げた身”だからよ。あの人のお役にゃ立つぜェ?」





オレはそこまで言って、我ながら気恥ずかしくなったので、トマーゾと喋るのを止めた。

そして、見習い騎士どもの、へつぴり腰を鞘で軽く殴りながらオレは叫んだ



「おい、野郎どもっ!!このくれェの訓練でヘバってんじゃねェぞっ!マルチェロ団長の訓練は、こんなモンじゃねェからなっ!!!」







2007/7/15




一言要約「基礎トレーニングは大事にしましょう」
どうもトマーゾとばっかり仲良くしているイメージのあるエステバンなので、ここは一つ…と思って、彼のマルチェロへの熱い忠誠心を盛り込んでみました。
エステバンは実は、騎士団員の中で一番“まっとうに”マルチェロのことを慕ってるような気もします。

聖堂騎士の条件は…そりゃあ、元々は貴族のボンボンがなれるようなモンなんで、そんなに厳しくなかったかな…って気もしますが、マルチェロの代になってからはかなり実力優先にされたんじゃないかなと思ってます。(なんせ、栄えある聖堂騎士に、パルミドのチンピラがなれてるくらいですから)

“極限状態になれば、女神様の声が聞こえる”ってコンセプトの元に作られてるこの試練は、なんかマルチェロの発案な気がして仕方ないです。
どう考えても回復呪文よりザキの方が得意そうな彼が、「まだまだ覚悟が足りんっ!!」と、自らを死地に追いやってホイミを会得した体験が生かされてそうな…


あ、下にオマケをつけてみました。
つーかこの本篇は、このおまけを書きたいがために書いたようなモンです。



童貞聖者 一覧へ






































その後




見習い騎士@「ちょー…コレって、訓練ってゆーかシゴキに近くねえか?」

騎士A「そうだよな。マルチェロ団長、マルチェロ団長って…あのチンピラ(エステバンのことらしい)のシゴキより、キツいシゴキなんて、考えられねェっての。」



ぶつぶつぶつ…と彼等がぶーたれている間に、マルチェロ登場。



マルチェロ「訓練は進んでいるか?トマーゾ、エステバン。」

トマーゾ「はい、まあボチボチ…」

マルチェロ「(額に皺を寄せ)ぼちぼち?そんな生易しいものでは困る。私は一刻でも早く、一人でも多くの戦力が必要な身なのだ。よし、ならば私が、少しばかり訓練を手伝ってやろう…」



トマーゾとエステバン、顔を見合わせる。



トマーゾ「あの…団長…彼等はまだまだ見習いなので…」

エステバン「そうスよ。まだ死なせるのは気の毒ってもんスよ?」

マルチェロ「何を言う。別に殺しに来たわけではない。“訓練”だと言っているだろう?(レイピアを抜き、見習いたちの前に立つ)では諸君、私が軽く稽古をつけてやろう。我と思わん者からかかって来給え。」








予想通り、死屍累々。




見習いB「ちょ…(息も絶え絶えに)な…なに、このシゴキ…つーか、拷問?」

見習いC「殺される…おれは間違いなく殺されるっ!!(ガクブル)」





マルチェロ「なんだ、このザマは。まだまだ鍛え方は足りんぞ。」

トマーゾ「(見習いたちを見やりながら)はあ…申し訳ありません…」

マルチェロ「まだまだ…この三倍は訓練が必要だな。精進するように。」

エステバン「すみませんっス…」


マルチェロ「さあて…執務の合間の“軽い気分転換”になったな。“体もほぐれた”ことだし“そろそろ仕事に戻る”か。」


見習いたち(ええーっ!?アレだけ動いて、“軽い気分転換”“体もほぐれた”だけで“そろそろ仕事に戻”れるのー!?)

マルチェロ去る




エステバン「(それを確認してから)分かったか、ぺーぺーども。てめェらが仕えようってお人は、“人というよりバケモンに近い”人なんだ。なんでオレらがシゴクか、分かっただろ?そのくれェ鍛えてねェと、 五秒で死ぬぜ?」

見習いたち「…(口を動かす気力もないが、心から納得して、アタマをぶんぶん振る)」




かくしてこの後、見習いたちはとても一生懸命訓練を受け、立派な聖堂騎士になることが出来ましたと、さ。



めでたし、めでたし。
inserted by FC2 system