知足・不 知足

元拍手話。
拙サイトのマルチェロと主人公は「とても 似て いない」という点でとても共通しています。










「マルチェロ、じゃがいも剥けたか?」

聖堂騎士見習いの衣服をまとった少年が問う。


「ああ。」

マルチェロは面白くもなさそうな表情で、それを差し出した。


「まったく…お前、ほんとうになんでも上手すぎるよな。」

マルチェロと同じく見習いの少年が感嘆する。


「学問も、剣も、誰にも負けないって言うのに。料理まで上手なんてな。女神さまは不公平だよな。」

少年は、マルチェロが剥いたじゃがいもを悔しそうに見つめる。


「女神の賜物に非ず。かの御方の御力無くとも、努力すれば技量は上がる。それだけのことだ。」

「…はいはい、そうかいそうかい。」

少年の瞳に、マルチェロは傲岸とも言える表情で言い放った。


「僕は聖堂騎士になる。いや、それだけでは終わらない。もっともっと強くなって、そして、オディロ院長の御力になることこそ、僕の本懐だから。」









「エイタス、じゃがいもは剥けたかい?」

「はーい、完了ですよ。」

黒髪の少年は笑顔で答えます。


「あーあー、あんたに料理を手伝ってもらえるのも、もう最後なんだねえ。」

調理場のおばさんは残念そうに言います。


「そりゃ、男の子だから、コックより兵士さまにロマン持つのは分かるよ。でもねえ、せっかくこんなに料理が上手なのに。」

おばさんは、エイタスが剥いたじゃがいもを惜しそうに見つめます。


「おばさん、僕は別にコックにロマンを持てないとかじゃないですよ。ただ、ミーティア姫さまを守ってあげたいと思って、兵士を志願したんです。」

「そうかい?」

おばさんの瞳に、エイタスは明るい笑顔で答えました。


「僕はミーティア姫の役に立てれば、それがとても嬉しいんです。」









「マルチェロや、辛くはないかい?」

オディロ院長は問うた。


「…何がでございましょうか?」

マルチェロが問い返すと、オディロ院長は答えた。


「お前は努力家だからね。寝る間も惜しんで仕事をし、少しでも時間が空けば自己研鑽に努めている。とてもえらいよ、マルチェロや。」

「お褒めに預かり、光栄です。」

「…でもね、少しはゆっくりおし。いくら若くて健康だとはいえ、いつまでもそうでは、体か、心か、どちらかを壊してしまうよ。」

オディロ院長の言葉に、マルチェロは頭を振る。


「御言葉ではございますが、私には惰眠を貪ることは許されておりません。何故なら、私は一介の庶子です。女神の幸薄い悪魔の子です。そんな私を慈しみ、ここまで引きたてて下さった院長、貴方の為にも、私は更に高みを目指さねばならないのです。」

マルチェロの答えに、オディロ院長は頭を振った。


「…ワシは、お前がそれくらい、ワシのことを気にかけてくれているだけで、本当に幸せだよ。」

「そうおっしゃって下さるのは、オディロ院長だけです。」

その返答に、オディロ院長は再び、頭を振った。









「エイタス、辛くはありませんこと?」

ふしぎな泉のほとりで、久方ぶりに人の姿を取り戻したミーティア姫は問いました。


「…何がですか、ミーティア姫?」

エイタスが問い返すと、ミーティア姫は答えます。


「この旅のことです。エイタスはとってもえらいから、ミーティアやお父さまを元の姿に戻すために辛い旅を耐えてくれています。」

「そんな、えらいからとかじゃないですよ。」

「…でもね、エイタス。ミーティアも、もちろんお父さまも、エイタスを苦しめたくはないのです。あのドルマゲスを倒しても、ミーティアとお父さまが元に戻れるとは限らないし、なら…」

ミーティア姫の言葉に、エイタスは頭を振りました。


「そう言って気にかけてくれるのはとてもうれしいです。でもね、僕は別に嫌なのにこの旅に出ているワケじゃないですよ。そりゃ、命がけの旅には違いないですけど、この旅に出なければ出会えなかった人たちとたくさん出会えてますもん。だからとても楽しいですよ、うん、とっても。へへ、そう言ったらトロデ王に怒られちゃうかな?」


エイタスの答えに、ミーティア姫は頭を振りました。


「そんなことはありませんわ。お父さまはお喜びになられますわ。そして…ミーティアは、エイタスがそうやってミーティアたちのことをとても気遣ってくれているだけで、本当に幸せですわ。」

「姫が幸せだと、僕も嬉しい。」


その返答に、ミーティア姫はにっこりと笑いました。

そして、彼女は馬の姿に戻ってしまいました。









「やはり、サヴェッラに出立なさるのですか?」

配下の問いに、マルチェロは傲然と答える。


「何を今さら。」

そして続ける。


「私にマイエラ修道院で一生を終えろとでも言うのか?マイエラ修道院長、兼、聖堂騎士団長で?」

その剣幕に押されながらも、配下の者は言葉を返す。


「ですが、そのお若さとしては十分すぎる…」

「下らんなっ!!」

マルチェロは吐き捨てた。


「人は満足したその瞬間から堕落し始める。堕落は腐敗を生み、放つのは腐臭のみだ。貴様、私にそうなれとでも言うのか!?」

「いえ…」

口をつぐんだその者など眼中から消し去り、マルチェロは呟いた。


「私はこの程度では満足せんぞ。オディロ院長をこの世から奪い去った女神の定めた理法を踏みにじるため、私は、あの女のいる場所まで駆け上がってみせるっ!!」









「あームカつくっ!!」

ゼシカが耐えきれずに叫びます。


「あのバカデブのチビ王子、最後までマジムカつくっ!!燃やしたい、超燃やしたいーっ!!!」

「まあまあゼシカ、燃やしちゃダメだよ。」

「でも、よく燃えそうじゃない?」

「うん、だからなおさらダメだって。」

エイタスは何度もゼシカを宥めました。


「まあ、鏡を手に入れるっていう目的は果たしたんだから満足しようよ。ほら、この世にはいろんな人がいるって知れたんだから、いい勉強になったしね。」

「知りたくもなかったケドね、あんな生物っ!!」

ゼシカはまだぷりぷり怒っていましたが、少し怒りが収まったのか言いました。


「ホーント、エイタスってばあたしと同い年なのに人間出来てるわよね。やっぱりトロデ王といて苦労してるから?」

「なんじゃーいっ!!ワシはエイタスに苦労などさせとらんぞいっ!!」

トロデ王の怒号が飛びます。


「はいはい、トロデ王はとてもいい王さまですから、僕は苦労なんかさせられてません。」

エイタスがなだめるように言うと、


「そうじゃろそうじゃろ。」

トロデ王は子供のように満足しました。


「苦労人ねー。」

しみじみとゼシカが言います。


「ははは、ホントに苦労なんかしてないってば。」

エイタスは答えます。


「そりゃ、贅沢を言い出せばきりがないけど、僕は仲間にも恵まれてるし、今のところ元気だし、旅に出ていろんなものを知ることができるから、毎日が楽しいもん。大満足だよ。」

「ポジティブ思考。」

ゼシカはしきりに感心しました。









散らばる聖堂騎士たちの死骸。

心労に倒れた法王。

邪な黒犬の躯。

剣を抜いた冒険者たち。

そして、わめき散らす目障りなニノ大司教。


眼前に広がるそれらの光景が、マルチェロの脳裏に野望充足までの道と結ばれるまで、ほんのわずかしかかからなかった。


「これはこれは、ニノ大司教。まさか貴方がこのような輩と結ばれるとは…」

自分でもいぶかしいほど、言葉がすらすらと出てくる。


そして、法王暗殺の嫌疑をかけられたと知ったニノ大司教の顔。

信じていた人間に裏切られたその表情を、マルチェロはただ滑稽だと感じたのだ。


騙される方が間抜けなのだ。

這い上がるためには、手段など択んでいられるか。

何かを得ようと思えば、待っていてはならない。


奪い取らねばならない、ただそれだけのことなのだ。









「アニキは本当に、年に似合わぬ落ちつきっぷりでガスな。」

煉獄島の暗い暗い牢獄の中、それでも絶望もしなければ、慌てふためきすらしないエイタスに、ヤンガスが感心しきりで言いました。


「だって、今更騒いでもどうなるものでもなし。」

エイタスは、騒ぎ疲れてついに倒れるように眠り込んでしまったニノ大司教をちらりと見て、言いました。


「ったく、エイタスのバカが。だったらあん時に剣振り回して騒いどけ。どうして聖堂騎士を斬り倒しちまわなかったんだよ?お前とオレだけで十分だったぜ、あいつらなんか。」

「そして、乗り込んできたマルチェロさんが言う訳だね。

『法王警護の聖堂騎士を斬り倒したのが、法王聖下を害し奉らんとしたれっきとした証拠だ。不逞の輩め、法王警護官の名において成敗してくれる』

って。」

「…」


「おお、そこまで先読みされた上で、あえて縛につかれたとは、さっすが兄貴っ!!」

ヤンガスはしきりに感心しますが、ククールは渋い顔です。


「ったく…変な気遣いやがって。オレはいくらでも兄…マルチェロと斬り合えたっての。そう、いくらでも…」

ククールはぶつぶつ呟きますが、エイタスは微笑んで聞き流しました。


「待とうよ、ヤンガス。」

「おおっ、アニキと一緒なら何千年でも待つでガス。」


「果報は寝て待て、って言うしね。」

そしてエイタスは、粗末な敷きワラに横になりました。









「御支度が整いました、マルチェロ団長…いえ、法王聖下。」

その言葉に、マルチェロは満足そうにうなずきます。


「御苦労、下がって良い。」

「は。」

そしてマルチェロは一人になる。

手には、杖。


「…長かった。」

マルチェロは呟く。


「家を追われた一介の庶子から、至尊の法王の座に、私はようやく辿り着いた。そう、我が力だけを支えとしてっ!!」

マルチェロは杖で地を突いた。

それが敵の心の臓でもあるかのように。


「高貴な血など、私にはない。だが、私はここまでたどり着いた。」

そして彼は杖を空へと振り上げる。


「いや…私はまだ満足せんっ!!まだ高みへ、あの空へ…」









「で、高貴なご身分だとお知りになったお気持ちはどうですか、王子さま?」

グルーノの紙芝居を見終わって後、ククールがちゃかしたように言います。


「王子さまはやめてよ。僕の父親が王子さまってだけなんだから…」

「でも、ま。王族には違いないさ。いやあ、そうではないかとは思っていたのですよ。この物腰、押さえていてもにじみ出る気品。そして、凛とした…」

芝居がかった所作で続けようとするククールを、エイタスは少し怒って止めます。


「もう、ホントに怒るよ、ククール。」

「おお、高貴なる方のお怒りを買ってしまった。この哀れな聖堂騎士にお慈悲をっ!!」

「ククールっ!!」

エイタスにしては珍しく怒りの表情を浮かべたところで、ククールは止めました。


「でも、ま、オレも大びっくりってコトさ。お前、勇者なのに王族なんだなあ…てかむしろ、王族だから勇者?」

「関係ないよ。そもそも僕、自分を勇者だとも思ってないし。」


「ふーん、男なら一度は憧れたりするモンなのに?ま、そんなコト言ったら、王子さまもそうだわな。」

そしてククールは問いました。


「ぶっちゃけさ、嬉しくねーワケ?コレで馬姫さんとつり合いが取れるとか、思わねーの?」

エイタスは、微笑みます。


「…僕はね、ずっと思ってた。僕は要らない子だったんじゃないかって。気がついたら誰も通らないようや山の中にいたのは、親が僕を本当に要らないと思って捨てたからじゃないかって。」

「…」


「ううん、トロデ王もミーティア姫も、城のみんなもとても僕によくしてくれたよ。でもね、やっぱり寂しかった。」

「…」


「でもね、今回、こうして僕がどうしてあんな状況に置かれたか分かった訳でしょ?僕の父は、僕の母を心から愛していたから、国も地位も命すら捨ててここまでたどり着こうとした。僕の母は、僕の父が死んだと聞いて生きていられないほど僕の父を心から愛していた。そして、僕の祖父は、ただ僕を見守るためだけに自分の姿と力を全て捨てて、ずっと僕といるという選択をしてくれた。」

「…」


「僕はね、ククール。みんなが本当に僕を大切にしてくれて、僕を愛してくれていたと知ったことが、一番嬉しいんだよ。」

ククールはそれを聞き、少しばかりうつむいた。


「ククール、僕、何か変なこと言った?」

ククールはかぶりをふり、呟いた。


「いや、そう思ってくれていたらなって、満足を知っていてくれたらなって…あいつを愛した人だって何人もいたのに、気付いてくれていたらなって…そう思っただけさ。」










2009/7/8




「知足」は昔の友達のお気に入りの格言です。「足るを知る」または「足るを知れ」と読み下して下さい。

主人公とマルチェロの共通点。黒髪、イケメン(だよね)、孤児なところ。面倒見の良い、しかも偉い年上の男の人に可愛がられて身すぎをしている所、その人のことがとても好きでなんとか恩返しをしたいと思っている所、何だかんだ言って腕一本でのし上がってる所、人を引き付ける魅力がある所、などなどけっこうあるのに、たどりついた道が真逆。多分、考え方の違いが大きいと思います(まあ拙サイトだけの設定ですが)。でも、「捨てられた」ということは拙サイトの主人公だって考えてみたと思うのに、どうしてマルチェロ的に暴走しなかったんでしょうね?やっぱミーティアがいたから?

自分も万能属性高いのに、人の力も頼りにしつつ、だから自分を過大評価し過ぎないのが、主人公の良いところかな。でも、ウチの主人公はリーダーしつつサブスキル高いので、マルチェロの部下についても上手くやっていけると思います。あいっそ、世界最強にして最高の女王ミーティアに二人で仕えてみるというのはどうでしょう?独裁という名の元に、世界に平和と幸福をもたらせるかもしれません…いいのか、ソレ?

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