訣別
訣別
マイエラ修道院を離れ、サヴェッラという修羅の道へ向かおうとするマルチェロの、院長の墓への別れの挨拶。
気高くも尊き魂の持ち主 偉大なる修道院長 オディロ ここに眠る。願わくば 天の国にて 安らかならんことを
我が父とも仰いだ方よ。
貴方の不肖の子、マルチェロが別れの挨拶に罷り来しました。
貴方の永遠に安らかならん眠りを、しばしの間妨げますことを、どうぞお許しください。
マルチェロは、今よりサヴェッラへと旅立ちます。
聖堂騎士団長兼マイエラ修道院長として、サヴェッラへと参ります。
法王庁の…貴方の案じられた“修羅の道”の中に、身を投じます。
我が父よ、不肖の子を心から案じ、そして庇護して下さった方よ。
私の瞼の裏に、貴方の困惑するようなお顔が浮かびます。
貴方はかつて、私が何を為そうとも、私を叱責なさろうとはしなかった。
ですから此度も、決して私を叱責なさろうとはなさらないでしょう。
ただ貴方は困ったような表情を浮かべられて、そして私の名を呼ばれることでしょう。
「マルチェロや…」
ええ、かつての私は貴方がそう仰るだけで、貴方の御心に背く何事をも為さなかった事でしょう。
ですが我が父よ、私は此度、貴方の御心に背くと知って、サヴェッラへと向かいます。
そして、我が望みが叶うか、または我が肉体が冷たき躯と成り果てるまでは、最早、貴方にお会いする為にこの場に参ることはございますまい。
我が父よ、貴方だけが私を心から愛して下さいました。
貴方の愛なくしては、私はこの命永らえることすら出来なかったでしょう。
我が父よ、私は貴方のお命ある限り、貴方に忠実で有る事を誓いました。
いえ、我が命有る限り、貴方の御心に忠実で有りたかった…
貴方が心から信じ給うた女神は、聖者たる貴方を救ってはくれませんでした。
いえ、我が父よ、貴方は必ずや仰る事でしょう。
私の浅慮を嗜め、女神の深き御思慮とやらを、私に仰った事でしょう。
ですが我が父よ、貴方を失った深き悲しみと絶望が、私の心を頑なにしました。
もはや、貴方のお言葉でなくば、如何な女神、如何な聖者の言葉であろうとも、私の心には届きません。
女神には世界の理を基にした、深い思慮もあるのでしょう。
父よ、貴方はそれをご存知なのでしょう。
私には、分りません。
分りたいとも、思いません。
貴方の死が、女神の御心なのだとしたら、私はただそれを呪うばかりです。
女神は貴方を救ってはくれなかった。
そして非力な私は、貴方を救う力を持たなかった。
我が父よ、不肖の子マルチェロは、今より修羅の道を歩みます。
力を得ば、もはや何をも失わずとも済みましょう。
私は、私から誰も何も奪えないように、力を求めます。
気高くも尊き魂の持ち主、偉大なるオディロ修道院長よ。
貴方が無垢たれと慈しみ給うた不肖の子の魂は、もはや穢れてしまいました。
我が志成り、再び貴方の御前に戻ろうとも、もはや貴方は私を私をお認めになれないことでしょう。
ああ、我が父よ。
もう貴方の愛し子は死んだものと思し召せ。
貴方のマルチェロは、あの日、あの時に、貴方と共にこの世から消え去ったのです。
安らかなお眠りを妨げ申し上げました。
それでは、私はもう去ります。
この安らぎの場を去ります。
貴方がおわします天の国は、平穏でいらっしゃいますでしょうか。
限りない慈悲に満ちているとかいう、女神の膝元は、平安でありましょうか。
我が父よ、貴方には其処は、真に相応しい場所かと存じます。
永久に、永遠に、貴方が安らかならんことを。
貴方も、全ての安らぎも、もはや私からは、遠いのですが。
終
2006/1/6
紅い靴(ならぬ青い聖堂騎士の制服)履い(着て)てた女の子(ならぬ堂々たる体躯の美丈夫)、異人さんに連れられて行っちゃった。
って、そんな感じのお話だなあ。横浜ならぬ、マイエラ(船着場かな?)の波止場から船に乗って、異人さんのお国(サヴェッラ)に行くんですね…羅刹の道を歩むために。
もろちん、異人さんのアタマには、十字架の彫り物?がついてます(笑)
しかし、あのオディロ院長のお墓の墓碑銘って、誰が考えたんでしょうね?やっぱマルチェロ?
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