貴方は知らないけれど




意識のない兄を看護する!!という大変羨ましい状況に置かれたククールのお話。ククール、どこまでデキるかな?
女性向きです、もちろん。






















「まったくこの子は…無理ばっかするんじゃからのう…」
オディロ院長がそうため息をつく横で、オレは兄貴の半身を起こして、その唇に水を含ませる。

兄貴の翡翠色の瞳がうっすらと開くけれど、意識はない。
オレは続いて、薄い穀物の粥を匙ですくって兄貴の口元に運んだ。



一匙

二匙

三匙



「おおマルチェロも大分と食が進むようになったのう…よく看護してくれた、ククールよ。」
オレは黙って、皿の中の粥を全て兄貴に食べさせた。

確かに、ここにかつぎこまれた当初は水くらいしか口に出来なかったから、それと比べると驚異的な回復だ。

「兄貴は元々ジョーブな人だからね。」
たった数日で、危篤状態からここまで回復しちまったんだ…残念なことに。




オレが兄貴に用意の食事を全て食べさせると、オディロ院長は兄貴の枕元に近づいた。


「そろそろ、もう呪文はいらんかのう…」
オディロ院長が言うのに、オレは答える。

「でも院長、兄貴の事だから、意識が戻ったら即シゴト!!とか無茶言うよ、多分…てか間違いなく。」
「うむ、ワシもそう思う…やっぱりも少し休ませるがよいのう。」


院長は呪文を詠唱した。

「ラリホーマ。」

その声と共に、兄貴は再び目を閉じ、深い眠りに陥った。



兄貴をベッドに横たえて、掛け布団を整えたオレに院長は言う。

「ククール、お前もロクロク眠ってはおるまい…少し休んではどうじゃ?」
オレが黙ってかぶりをふると、院長はちょっと困ったように微笑んで

「では、疲れたらすぐに言うのじゃぞ。」
と言って、出て行った。






オレは兄貴の寝顔を眺める。

もう何日も眺めてるけど、見飽きてはいない。
だって今までのオレの人生の大部分を兄貴と同じ場所で過ごしてきたけど、今回初めて兄貴の寝顔なんて珍しいものを拝見するの栄に浴したってワケだもんな。
大量発生したデビルパピヨンさまさまってヤツさ。








事の起こりは、何をとちくるったかマイエラ周辺に大発生したデビルパピヨンの集団だ。

こいつら、その鱗粉に大量の毒を持ってて、しかもそれを撒き散らし始めたから、ここら一帯が大騒ぎになった。

しまいにゃ死者も出始め、聖堂騎士団が駆除に駆り出されたって話なんだ。

もちろん兄貴は陣頭指揮を取ったし、オレも騎士として駆り出された。



魔物とは言え、たかが昆虫と、団員の間に油断があったのは事実だ。
そして、死者が出ているとはいえそれは、老人や子どもといった、体力のないヤツらばっかだったから、聖堂騎士が毒で死ぬなんて誰も本気で思ってなかったのも事実だ。

ただ、“大量発生”って言葉をみんな…兄貴もだろうな…少し甘く見すぎていたのも事実だった。


大量発生したデビルパピヨンの撒き散らす大量の毒の鱗粉の中で、駆除のために行動するってのが如何にヤバい事かとみんな身をもって知った頃には、団員の中にもバタバタと倒れるものが出始めていた。




結局、発生地を突き止めて幼虫その他ごと焼き討ちにして駆除したワケだけど、なんと、そん時にエラい事になっていたのが我等がマルチェロ団長殿だったのだ。


考えてみりゃ当たり前の話だった。

兄貴は常に陣頭に立って行動してたから、一番毒の鱗粉を吸い込む事が多かったワケだし、団員みんなでほぼ不眠不休の作業だったけど、そん中でも一番眠ってないのは兄貴だった。

しかも後で分かった事だったけど、兄貴は毒に侵されたと自覚するや、キアリーをかけかけ駆けずり回ってたらしい。

毒に侵されて生命力が削られるわ、魔法力は消費するわ、しかも回復するだけの休息をとってないわ…そりゃ倒れるのも当たり前だっての。



でも、他の団員も実際に倒れるまで、誰も兄貴がそこまでヤバいとは気付いてなかったのが笑える。
いや、ここは兄貴の精神力を嘉するべきなんだろうな。
そこまで瀕死状態だったのに、誰にも気付かせなかったんだから。





ともかく、オレたちのホイミやベホイミじゃどうしようもなかったから、みんなでマイエラ修道院にソッコー兄貴を連れ戻した。



あん時のオディロ院長の驚きっぷりったらなかった。
ま、そりゃ聖者と称される人だって狼狽くらいはするもんだろうけど。




医者の
「一体、この状態でどうやって動いていたのか分からない。」
という賞賛すら頂いた兄貴だったが、いくら頑健な体だって無茶すりゃ死ぬってモンだ。

念のために特毒消し草を煎じて呑ませたものの、兄貴に外傷はない。
一言で言うと、意識を失うほど体力を失っていただけの話で、しかもこれも医者の話によると

「ふつうなら、ここまで体力を失う前に疲労で動けなくなっているハズなんですが。」
だそうだった。

ま、兄貴がフツーでないのは今にはじまった事じゃねえから、今更誰も驚きはしなかったけど。





ともかく、体力を回復させない事には本気で死ぬかもしれなかったので、オディロ院長はちょっと強硬手段に出ることにした。
つまり、兄貴の体力が回復するまで、強制的に呪文で眠らせる事にしたのだ。



そして、その間の看護人に立候補したのが、他ならぬオレって訳だった。










別にたいした手間じゃない。

半日くらいで呪文の効果が薄れるから、その時に意識の半濁している兄貴に飯を食わせて、後は呪文でぐっすり眠っている兄貴になにか異変がないか看ているだけの話。

体内に毒がわずかに残っているのか、微熱があったりして汗をかくから、それを拭ったり、後は兄貴の身だしなみをととのえたり…



後はオレは兄貴の寝顔を眺め、そして兄貴の傍でとろとろ眠る。




この数日、オレは兄貴を独占出来ている。
なんせ、眠る兄貴はオレを無視したり、追い出したりはしないから…













「おおククール、起こしてしまったかのう?」
目覚めると、オディロ院長が食事を載せたお盆を持ってベッドの脇に立っていた。

「眠いなら、寝ておるがよい。ワシが食べさせるから…」
「オレがやる!!」

オレの返答に、院長は優しく微笑んでオレにお盆を渡してくれた。
オレは水差しを取り、兄貴の唇に近づける。


日に日に力強くなる、水を吸う力。


院長はそれを眺め、オレに言う。


「もう、呪文はいらんかのう…」
もう何回かその台詞を聞いているけど、オレはだまってかぶりをふる。

「院長、兄貴はまだ疲れてるよ。だっていっつも働きすぎだもん。こんな機会でもないと休まない人なんだからさ…」
オレの目をじっと覗き込んだ院長は、うんうんと頷き、食事を終えた兄貴にラリホーマを唱えた。

「では、疲れたらすぐに言うのじゃぞ。」
そう言って、出て行く。





オレは眠る兄貴を眺める。

そっと唇を拭い、ついでにその肉の薄い唇を眺める。

力強い顎のラインを眺める。

すらりと通った鼻筋を眺める。

そのまま視線を上に上げて、髪の生え際を眺める。
兄貴はさすがに、眠っている時までは眉間をしかめたりはしてない。





オレは絞ったタオルで兄貴の体を拭うと、もう一度兄貴の寝顔を眺め、そして昔、オレの両親がまだ生きていたときに乳母がしてくれたように、瞼の上からそっとキスした。



ーーよく眠れるおまじないですよ、ククールぼっちゃま。ごゆっくりお休みなさいーー



「よく眠れるおまじないだよ、兄貴…ゆっくりお休み…そう、ゆっくり…」










院長がいつものようにお盆を持って入ってきた。
オレもいつものように受け取り、兄貴を抱き起こして、ぼんやりと目を開ける兄貴の口元にスプーンを運ぶ。



一匙

「マルチェロや、もう体調は良いじゃろう?」



二匙

「まあムリは禁物じゃが、あまり眠り続けるのも体に良くはあるまい。」



三匙

「そろそろ起きるかの?」




「兄貴は起こさないほうがいいよ…」
オレはたまらずに院長に言う。

院長は、黙ってオレの目を覗き込もうとするから、オレは兄貴の方だけ向いてその視線を外す。


「だって兄貴は…」

オレは何か言おうとしたけど、言葉が続かなかった。




「…ククールよ…」
オレには院長の顔は見えない。


「良いか、ククールや。」
でも、きっとオレはまたこの人を困らせている。



「明日の朝には、もうマルチェロを起こしてやらねばならんよ。」
だけど、院長のオレへの言葉はとても優しかった。
だからオレは


「うん…」

と答えるしかなかった。













オレは兄貴の体を拭う。

少し熱があるらしい。
ほてった体が汗ばんでいた。



兄貴はいっつも、一滴のスキも見出せないくらいカッチリと制服を着込んでいるから、日焼けの痕も見えない皮膚の色をしている。

それでも、一滴のスキもなく鍛え上げているから、無駄な肉が一切ついていない体をしている。


オレはそれを拭う。

剣を振るうための腕も、
それを支える胸も、
腹筋の筋の一本一本にいたるまで、丁寧に。

そりゃ丁寧にもなるさ。
もう一度こんな事をする機会なんて…二度とないだろうから。




オレは自分でも呆れるくらいに長い時間をかけて兄貴の体を拭うと、ベッドの傍で兄貴を見つめる。



まだまだ眠り続ける兄貴。





なんだか、子どもの頃に読んだ童話を思い出した。
そう、茨に覆われた城の中で眠り続けるお姫様のお話。
最後には、お約束どおり美形の王子様がやってきて、お姫様にキスしたら呪いが解けたんだった。




でも、今眠っているのは、きれいで可憐なお姫様ならぬ、鬼の聖堂騎士団長殿。
眠らせたのは悪い魔女じゃなくて、徳高き聖者の、修道院長さま。

オレはまあ王子様なんだけど、あんまりにシチュエーションが反対すぎて、オレが兄貴にキスしても目覚めないどころか、もっと深い眠りに陥りそうだ。






オレは兄貴の整った顔に指を滑らせる。




起きてる時ににうっかりこんな事しようものなら、想像するだに恐ろしい事になるだろうけど、

今、この人は何も知らない。





オレはそっと、兄貴の唇に自分の唇を触れさせる。


それでも、この人は何も言わない。

この人は今、オレを拒絶する事が出来ない。





「なあ兄貴、あんた誰かとキスした事ある?」
超がつく潔癖症で純潔主義者な人だから、多分ないんだろうな…誰かを好きになって、キスしたいなんて思ったこと自体。

「でもさ、みんなあんたにキスしたいって思ってんだぜ?」
起きてるときなら、良くて罵声を浴びせられる言葉にも、兄貴は反応しない。




「オレも当然、思ってるよ。」
兄貴は当然、何も言わない。





「キスしてもいいよな?だってこの数日、オレは一生懸命、あんたを看護してやったんだから、そんくらいのお礼はしてくれてもいいだろ?」
兄貴は当然、何も言わない。



オレは顔を近づける。

「嫌なら嫌って言っていいんだぜ?」

もちろん、何も言うはずのない兄貴の唇に、オレはむしゃぶりついた。






唇を割って、舌を押し入れて、兄貴の綺麗に並んだ歯列を弄る。



歯を抉じ開けて、奥にある柔らかいものに舌を絡める。



てろり
と柔らかい唾液を啜り、熱で少し熱い舌を何度も吸い上げる。




今、兄貴の意識が戻ったら、オレはどうなるんだろう?
そんな意識がチラと頭をかすめるけど、オレは行為を続ける。




どうせ兄貴は知らないんだ。

目覚めたら、今までオレがしてきた事はなにも分からないんだ。



よしんば知ったとしたら…





オレは唇を外し、兄貴の耳元で囁くように叫んだ。






「どうせ、オレの事もっと憎むだけの事だもんな…」










オレの下半身が熱を持ってきた。

ああ、どうせ分からないんだ。
いや、分かったとしても構うもんか…



兄貴は知らなくても、オレだけが、
オレのカラダだけが知っていればいい。



あんたのカラダと繋がった事を覚えていれば…






































「ククール、おいククール…」
オレはその声に目覚めた。

見上げると、トマーゾの顔があった。




「…」
オレが不機嫌そうにトマーゾを見上げたけど、トマーゾはもう慣れっこの顔だった。
まあ、オレの寝起きが悪いのは今に始まったことじゃねーから仕方ないけどな。




「もう丸一日は眠ってたぞ。そろそろ起きろよ。」
「…オレ、そんなに寝てたの?」
「ああ、マルチェロ団長の看護を不眠不休でやってて疲れが溜まってたんだろうって、院長が言ってたぜ。」

オレは問う。

「オレ、どこで眠り込んだの?」
「覚えてねーのか?団長室だよ。院長が部屋に入って眠りこけたお前を発見して、俺とジョゼッペで担ぎ出したんだ。」

「…あに…マルチェロ団長どのは?」
「もうすっかり元気だって言い張って、仕事するって聞かなかったんだけど、さすがに院長のお叱りを受けて…」
「…て?」
「ベッドの上で仕事するってコトで妥協してたよ。」

笑いながら食事の盆をテーブルに置くトマーゾに、オレは問う。


「オディロ院長はさ、ほかになんか言ってた?」
「ああ…団長を看護してたのがお前だっていうことは、団長には絶対言うなって念押ししてたよ。」
「そう…」
「まあ、言われなくても言う奴はいないだろうけど…」



兄貴がオレを嫌ってるのは、周知の事実だからな。




オレは院長の優しい顔と、思慮深さ、そして魔法の腕を思い出した。
そして今回の眠りが、不自然なまでに深いものだった事も…



「魔法の眠りは夢を見ないっていうもんな。」
「は?」
トマーゾは戸惑っていたが、ふと気付いたようにオレに言った。




「なあククール…院長はああおっしゃってたけどな。お前にしてみたら不快じゃないのか?」
「なにが?」
「その…丸一日眠り込まなきゃならないくらい献身的に看護したのに、それが団長に伝わらないなんて…」




オレは笑った。
「お前ってさ、無駄にいいヤツだよなトマーゾ。」
「は?無駄ってなんだよ、無駄ってのは。」

オレは出来る限り明るく笑いながら、トマーゾに答えた。








「いいんだ、何も知らなくて。いいんだ、団長どのは何も知らなくて…」









2006/8/16

女性向つったのに、あんまり女性向にならなかった気がした(同性愛的表現ってだけで、十分女性向かな?)
いや、兄貴の処女の話なんですが、まあ、処女はニノ大司教に賄賂代わりに献上する事にして、問題は

ファーストキスは誰とにしよう

という事。
いや、それもまとめてニノ様に差し上げても良かったんですが、それはククールがあんまりに可哀想かなと思って。
最初はオディロ院長に差し上げようとしたのですが(「あくまの子」のあとがき参照)院長は子どもにそんないかがわしい事をなさる方じゃない!!と思い、でも子どもじゃなかったらもっとそんなコトはなさらないだろうと思い、だったらククールにくれてやろうかな?でも、兄は弟にファーストキスをやるくらいなら死を選びそうな気がするし…
という訳で、意識のないアニキに無理やりキスしてやろうと思い立ち、でも、兄貴が意識なくすってどんだけ非常事態なんだよ?泥酔しなさそうな人だしな…と思い…
こうなったワケです。
ちなみに看護描写をしていて思ったのは
「シモの始末はどうなっているんだろう」
という事でした。老人介護でも一番の問題になるコトで、まあ妥当な想像ではククールがしてたんだろうと思わなくもないですが、兄はククールにシモの始末をされてたとうっかり知ろうものなら間違いなく割腹しそうなので、そこらへんはぼかしました。
ええ、兄はトイレなんか行かないんですよ!!なんせカリスマ団長ですから!!
ちなみに、兄のファーストキスが強奪されたこの件では、一番悪いのはもちろんククですが、共犯者(つーか、起こり得る事態は十分予測していながら起こるに任せた)の院長もかなり悪いと思います。まあ院長は思慮深くかつ慈愛深い方なので
「まあ、キスくらいなら兄弟のコミュニケーションとして許せる範囲かのう。たまにはガス抜きせんと、そのうち公衆の面前で押し倒しにでもかかったら大変じゃからのう。」
と思ってほっといたのかもしれませんが、あのキスはコミュニケーション言うにはあんまりにあんまりだったかと…
まあ、本気でヤバそうになったら強制睡眠かけるあたり、ちゃんと非常事態対策は立てていたのだからヨシとしましょうか!!




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