「強姦だと?」
報告を受け、私は不快感に眉を顰める。
「下手人は拘束してありますが…」
「当然だ。」
つまらん報告を行う奴だ、拘束もしていないのなら私に報告などしに来るはずもない。むしろそんな間抜けな対応をする奴なら、その愚か者の前にそいつを叩き斬ってやる。
「すぐ行く。」
追い出し、私は身支度を整える。
「面倒な事態じゃのう…」
ニノ大司教が、不快な笑みを浮かべながら言った。
聞かれていたのは仕方がない。ここは彼の邸だ。
「面目ない次第でございます。」
礼儀上、そう言ってやると、ニノ大司教はさらに
にたり
と笑う。
「ま、精力に満ち溢れた若いのが揃っているからには仕方あるまい。」
儂が揉み消してやろうか、マルチェロ。
彼の御節介な申し出に、私は内心舌打ちしながら一礼する。
「折角の御好意ではございますが、聖堂騎士団の事は聖堂騎士団で始末をつけます。」
そして私は邸を辞した。
下手人は、新入りの団員見習いだった。
新入りの人事は副団長のトマーゾに一任していたし、人を見る目はそれなりに確かだと思っていたのだが。
「いくら人手が足りんとはいえ、こんな輩が我が聖堂騎士団にいたとはな…」
「面目ございません。」
巨躯を小さくするトマーゾ。
「まあ、起こってしまった事は仕方あるまい。その後の経緯を報告したまえ。」
トマーゾは簡潔に状況をまとめた。
件の馬鹿者は、さすがに聖堂騎士の制服を着てその愚行に及んだ訳ではなかったが、強姦された娘の母親がその顔を見憶えていて、聖堂騎士団に怒鳴り込んで来たのだと言う。
「その母娘は待たせてありますが。」
「宜しい。」
中庭に、破廉恥漢と被害者母娘が引き出された。
娘は十五になるやならずやといったところか、平凡な容貌の内気そうな娘だったが、母親の方は客商売をしているという話通り、口の立ちそうな女だった。
母親に下手に喋り出されると鬱陶しい。
「この度は、御息女の名誉を傷つけてしまったことを、聖堂騎士団長として深く御詫び申し上げる。」
だから私は機先を制す。
予想通り、母親は口を開きかけたまま、何から訴えて良いのか判断がつきかねている様子だ。
そして当の娘は、おどおどとした表情で、固く母親の服を握りしめるだけだった。
「我が聖堂騎士団は、女神の剣。貴女方のような御婦人を傷つけるようや輩はいない、と申し上げたかったのだが、このような不祥事。いや、今更弁明は申すまい。」
私は目で合図する。
世迷事を言い出さないように口も封じてある男が引き出されてくる。
「我が聖堂騎士団の名誉にかけて、この汚辱は処分致そう。」
私は剣を抜いた。
引きつる様な悲鳴が上がった。
声は知らんが、確認するまでもない。
強姦された当の娘の声だろう。
やめて、殺さないで。
殺して欲しいなんて言ってません。
続いて、その母親のおろおろとした声。
予測していたことだ。
「見習いとはいえ、聖堂騎士団の規律を破った罪は死に値する。」
私は剣を振り下ろした。
自分が斬り殺されたような、娘の悲鳴が響いた。
「以上で処分は完了した。最早、何も心配する必要はない。」
私は事務上口にしたが、気絶した娘を抱えて呆然とする母親の耳にも、私の言葉は入っていないことは明らかだった。
「金でも与えて追い返せ。」
戻り際、私はトマーゾに小声で命じた。
少しして。
「報告申し上げます。」
聖堂騎士アントニオがくだんの件の報告にやって来た。
「マルチェロ団長はドケチだ、と言われないだけの金額は渡しました。」
「だが、
『マルチェロはケチだ』
とは言われそうな涙金だな。」
私は書類を見ながら返す。
「ケチだと言われることにはお馴れかと愚考致しましたが。」
「我が聖堂団はそうでなくては成り立たん。」
アントニオはうっすら笑った。
「では、これで案件は処理…」
私は手早く羽根ペンを動かし、もう何万度と書いたか分からない
マルチェロ
という自らの名を書した。
「済だ。」
「はい。」
アントニオはそれを受け取ると、一礼して立ち去った。
終
2009/3/12
一言要約「セカンド・レイプ」
レイプや性犯罪・性暴力の被害者がその救済を求めて法的に申立てをした場合に、その後の経過において、更なる心理的社会的ダメージを受けること。
間違いなくこの娘さんはこの定義に当てはまるかと。
下手すると立ち直れないんじゃないか…お気の毒に。
そして、二つ目にはマルチェロの自分勝手さについて。
マルチェロは何も聞いていません。どうしてこの聖堂騎士団員が娘を強姦するに及んだのかとか、娘と聖堂騎士団員はどの程度の知り合いだったのかとか、なにより、当の被害者はなにをどう罰して欲しかったのか、とか。
マルチェロにとってはそんなことはどうでも良かったので、彼は聞かなかったのです。
彼にとって興味があるのは、出来るだけこの事件を自らの損失にしないように「済み」にすることですから。
他人の気持ちなんて、どうでも良いわけです。
結局、彼はククールのことも(もちろんニノさまも)そうなんですが、他人の気持ちを踏みにじり続けることで、自らの全てを泥にまみれさせることとなってしまいました。
敗北したのち、彼は「人の気持ちを尊重する」ことの大切さに気づけるでしょうか?
ペルソナにスライドしつつあるので、マルチェロリハビリのために書いてみたお話ですが、まあ、イケるね?(なにが?)
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