踊る男




ゴルド戦の時、団長を守るはずの聖堂騎士はナニしてたんだ?ってお話。
あの高さで、戦闘の様子はともかくとして、演説をはっきりくっきり響かせていたマルチェロの弁論スキルは、さりげに彼のカリスマより高い気がせんでもないです。
それともなにかな、「マイク」とかいう名前の魔法で、響かせてたのか?






















自分は、名手の踊りを見ている。













黄金の色をした帯は、その身が剣を振るうたびに生き物のように踊る。

青い裳裾は、その身が回転するたびに、しなやかに舞う。









踊る男は、剣を回転させる。

剣舞のような手捌きは、空より灼熱の大火球を招き寄せる。

その火球は、美しい乙女に、無慈悲にも叩きつけられる。




だのに、その火球の照らす男の横顔の、残忍に美しいこと。






おれは、もう見慣れたはずのその横顔に、ただ、見惚れる。















これが舞踏でないことは分かっている。

場所は聖地ゴルドの大神殿

時は法王即位式。

舞台ではなく、男がいるのは、法王の演説台。




男は踊り手などではなく、れっきとした法王

我等を統べる、マルチェロ聖堂騎士団長なのだ。













だのに、彼は至高の踊り手に見えた。















山賊のような形をした男が、巨大熊すら一撃で屠りそうな斧で、男の頭上から打撃を叩きつける。

男は、輪舞のような足裁きで、細いレイピアでそれを受け流す。



ため息が出るような動きだ。





赤いバンダナをした黄色の服の青年が、鋭くも力強い、槍の一撃を放つ。

それを避ける動きが、ダンスのステップのように見える。








男の動きはあまりに優美すぎて、彼を囲む四人は舞の相方のようにも見えてしまう。

そんなはずはないのだ。


奴等は、マルチェロ団長の法王即位式に不埒にも乱入した、侵入者に過ぎない。

おれたちは、彼らを排除せねばならないはずだ。










「ジョゼッペ隊長、侵入者を…」

おれは直属の隊長に言いかけたが、ジョゼッペ隊長は、その長身を演台に向け、呆けたような瞳で踊る男を眺めていた。

その踊りに魅了されたように。




おれは視線を別の幹部たちに向ける。

「グリエルモさま…」

だが、彼のいつも力強かった瞳も、演台に向けられたまま動かない。




カルロさまも、恍惚とした眼差しで見つめるだけ。









「アントニオさま?」

いつも冷静な彼は、極上の美酒に酔い痴れたような、いっそ弛緩したとでも形容したくなる面持ちで、台の上の舞踏を眺めていた。














銀色の月のような髪が、波のように舞い踊った。

踊る男の金色の帯と響きあい、宝石で出来た波のようにそれらはうねる。




見慣れた聖堂騎士の剣法であるのに、最上の舞踏のような動き。




青い裾裳と、赤い聖堂騎士の制服が、けっして交わって紫になることのない混交を続ける。






あの赤い男は誰なのだろう。

聖堂騎士の制服を着ているのだから、まだ新人のおれの知らない聖堂騎士なのだろうか?

彼の動きは、踊る男に負けないほど優美で、双曲のように絶妙に絡み合い、踊る男を引き立てる。










鋼の舞踏は、鋼の曲を奏でる。

それは、地上のものではなく、本来ならば天上に属するものであるに違いない。




生身のおれ達が、こんな音楽を聴いても良いものなのだろうか。
















見れば、先ほどまでのマルチェロ団長の演説を聞いて、その場を立ち去らんとした聴衆たちの全てが、


酔ったように、

呆けたように



この曲と踊りに魅了されている。









あまりに美しすぎて、おれは不安になる。

これほど美しいものを見てしまったおれには、何か重大なことが起こるのではないかと。






ああ、どこかで見たことがある。



どこか遠い時代

未だ女神の恩寵垂れ給わぬ時代に、人身御供の制があったという。




生贄たちは、幼き頃より踊りを仕込まれ、踊り手として育てられる。

そして、その中でも至高の踊り手が、古き神々への生贄として選ばれ、古き神々の偶像の前で、この世のものとは思えないほどの美しい踊りを踊るのだ。

そして、その踊りの最高潮で、刃が生贄の命を奪う。




そんなおぞましくも美しい制があったという。










ああ、踊る男のすぐ後ろには、我等がゴルドの女神像がある。

そして男が舞うのは、この世のものとは思えないほどの美しい踊り。




赤い男が持つのは、鋭い刃。

















おれの胸を不安が打つ。




これは生贄の儀式ではないのか?

踊る男は、女神に捧げられた最上の生贄ではないのか?

男の命を奪うのが、あの赤い男の刃ではないのか?




いや、女神は踊る男を捧げられるのを望んでいるのではないのか!?











おれは、その予感に押されるように、この場から逃げ出そうとする。


古き神々が邪悪であったとするなら、ゴルドの女神とて実は邪悪を望んでいるのではないのか!?





女神は、すべてを生贄として呑み込まんとしているのではないのか!?








その予感が、おれをこの場から逃れさせようとする。














「ドコ行くんだよ。」

おれは、その声に止められた。




「エステバンさま…説明できないのです、説明できないのですが、ここには大きな邪悪が…命に危険が…」

「命がどうしたよ。」

彼は、薄ら笑った。




「マルチェロ団長がいるんだぜ?あのお人がここにいるんだ。それに比べりゃ、てめェの命なんて何だってんだよ。」

落ち着いてはいるが、狂気を孕んだ瞳だった。




「今、たった今この場で、地が裂けて、オレ達全員が地獄に呑み込まれたって、構うものかよ。」

「しかし…」

彼の言葉は、ただの比喩に過ぎないのに、恐ろしいまでの現実感を以って、おれを陥れる。






「あの人がいるんだ、死んだって構やしねェさっ!!!なァ、そうだろ!?」

乱暴な手が、おれを掴み、そして、おれの目を再び踊る男に向けさせた。














踊る男は十字を切る。



荘厳な挙措。

女神が男に力を貸し、天からの巨大な力を持った十字が下されるのも当然のように思われる。








「な?」

彼は、狂気の瞳をしたままおれに言う。



「あの人が正しくねェハズがあるかよ。」

その言葉にはなんの根拠もありはしないが、でもおれは、踊る男の正義を微塵も疑わなくなっていた。















男は踊る。

女神の前で踊る。




その舞踏に限りはあるのか。

限りがあるとしたら、その後には何が待っているのか。







考えるまい。





ただおれたちは、彼の踊りに酔いしれていれば良いのだ。















その後に何が待とうが、知るものか。








2008/5/30




一言要約「マルチェロの動きはやっぱりステキだ♪」

名も無き聖堂騎士の破滅三分前。
せっかくカンが鋭かったのに、また一人犠牲者を増やしちゃうなんて…悪いにゃんこめ(つんっ)
あのゴルドでの戦闘で、どうして誰もマルチェロの加勢に来なかったのか考えてみたのですが、

1 マルチェロが負けるはずが無いという根拠の無い自信が騎士たちにあった。
2 演台が高くて助けにこれなかった(つか、マルチェロ自体、どうやって上ったのかちょっと謎。階段のようなものも見当たらないし)

って理由は誰でも考え付きそうだったので

3 マルチェロの戦闘に魅了されていた

というコトにして、書いてみました。

「踊り」と「舞い」は厳密に言うと違います(「踊り」は縦の運動。ジャンプとかが入ります。対して「舞い」は円運動。日本舞踊とかお能とかの、円を描くような動きをします)が、日本語ではかなり適当に使われているし、(森鴎外の『舞姫』だって、アレは本当は『ダンスガール』というのが正しいと思う…けど、そうしてしまうと、エリスちゃんの清楚な雰囲気が台無しになるなあ) なにより、どうしてもタイトルを「踊る男」にしたかったので、気にしないことにしました。でも、マルチェロの動きはどっちかって言うと「舞い」ですよね?


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