みんな違って、みんな…




激しくお待たせしまくっていたキリ番作品。「仏教的汎神論を嘲弄するマルチェロ」です。
正しくは「汎神論的仏教徒をめった斬り」でしたが、DQ世界に仏教を持ち込むのもアレだし、かと言って現代版の兄貴の専門は中世直談(中世仏教説話の一ジャンルらしき代物)だからねえ…つーワケで。
るりさま、ご勘弁下さい、マリモじゃないんですっ!!

ちなみに拙サイトの法王さまのお名前は「ベネデット」。法王としてはラテン語読みで「ベネディクトゥス六世」という事にしています。






我が友は、心から子どもたちを愛していた。



「子どもというのは、本当にいろんな子らがいるものじゃ。気の強い子も、弱い子も、気の利く子も、気の利かない子も…その、何が良くて何が悪いということでもない。何かが優れておらんでも、別の何かは優れておる。ベネデッドよ、女神は愛し子たちを平等に愛しておられるのじゃ。じゃから、子どもたちは皆違う。じゃが…」





我が友は、さすが聖者じゃったのう、法王のワシなんぞよりよっぽど慈悲深い、見るだけで心が温まるような笑顔で続けたのじゃ。




「…みんな違って、みんな良い…」









「…子どもの声が聞こえぬな。」

ワシの独り言に抜かりなく聞こえる、張りのあるバリトンの返答。



「今年からは、聖下の来駕なさる場には、子供は入れぬことといたしました。」

そして、冷やかなほどの礼儀正しさで続ける。


「子供は、法王聖下の御座しになる場の厳粛さを削ぎますから。」

「…」

ワシは眼前の“我が友の最愛の愛し子”を、“法王らしい威厳と、畏怖させんばかりの眼差し”で見つめたが、その当の“我が友最愛の愛し子の割に、可愛げがさっぱり足りない子”の翡翠色の瞳は、畏怖で小揺るぎもしなかった。





「聖下、今少しで御出座のお時間でございます。我が聖堂騎士たちがこの場は完璧に警護いたしておりますゆえ、しわぶきの一つもさせる輩はおりますまい。どうぞ、ご存分に御法話を…」




愛想のないくらい完璧な一礼をすると、“我が古き友の「全ての子はみんな平等に可愛いのじゃが、それでもいっとう可愛く思えてしまうあの子」”は、純青の聖堂騎士団長衣を優美に翻して、控え室を出て行った。







しん





蚊の羽ばたきの音もしない。

こんな中で、儀礼の“ぎ”の字と“れ”の字と“い”の字しかない法王法話を語らねばならんかと思うと、今更ながらゾッとする。


毎年なら、我ながら堅苦しいばかりでつまらん上につまらん話をしながら、そのつまらん話をしゃちほこばった顔で聞きながら、それでも耐え切れずに欠伸をする子どもらなんぞを探して、心の中でほくそ笑むプチ楽しみぐらいはあったというのに。





我が友よ、おぬしは教育を間違ってはおらんか?














ワシが予想した通り、ワシの話は、話しているワシが一番苦痛に思うほどのつまらなさ、堅苦しさであったというのに、退屈そうな顔をする人間が一人もいないという、なんとも“異常な”中で終わった。



ああ…これもひとえに、場内を殺気に満ち満ちた眼差しを湛えて巡回する、聖堂騎士たちの“おかげ”じゃのう。




ああ、ワシが法王でなかったら、


「つまらんぞ、自分ッ!!」

という、自分ツッコミを入れて、誰かしらの頬を緩ませてやれたというのにっ!!




我が今は亡き友よ、おぬしが本当に懐かしい。

おぬしがこの場にいれば、おぬしはちゃんとワシにこう言ってくれたはずじゃ。




「ベネデッド、お前は昔から本当にギャグセンスがないのう。仕方ない、ではここらでワシが一発新作のダジャレを…」





今は亡き我が友よ、おぬしは本当に素晴らしい友であったし、ほとんど全ての子どもらにとって素晴らしい父親であった。




なのになぜに、“一番の愛し子”には、その“心”が、一滴も伝わってはおらんかのう。















公開の法王法話が終わった後は、室内に入っての恒例の宗教討論会である。

とは言っても、これもまた、ワシにとっては暇を持て余すものには変りはない。

なにせ、この討論会には、ワシは“参加するだけ”で、自分の意見を口にすることは許されんからじゃ。








ワシは、高名な学僧だの、やんごとなき司教だのが、法王庁のタテマエの意見を、うやうやしくも勿体ぶって語るのを、欠伸一つも出来ずに眺めされられておった。




ああ、誰か面白い意見を言わんかのう。


ワシが若い頃は、この手の会議では“面白がって”異端ギリギリの意見を吐いては、場のじいさまどもの眉を顰めさせたもんじゃ。

いや、ワシなんぞは可愛いもの。自分のが“高貴な生まれ”とやらで保護されているのを知ってのイキがった発言じゃったからの。


その点、オディロはエラかった。

粉屋の息子という、身分を重んじるサヴェッラではなんの保護も受けられぬ身で、言葉の調子こそワシより遥かに穏やかだったものの、中身はワシですら冷や汗が出そうな“ヤバい意見”で、堂々と論陣を張っておった。




「女神は我々に、自ら考え、自ら事を成すことをお赦しになられています。なれば、女神の御心を杓子定規にただ一つと会議で定めることは、女神の御心に違う行為ではありませんか?証拠?…女神がお創りになられたなられたままの子どもをご覧あれ、女神が人に与えたもうた賜物が、子等の中で光り輝いているではありませんか?」






我が友の発言は、サヴッエラでは異端との烙印を押される“汎神論”に限りなく近いものであった。

いや、“子どもの全てに、それぞれの女神の化身が宿る”と言うておったあやつの意見は、立派な異端であったに違いない。













場の議論は進む。


くだくだしい言葉を連ねて語られるのは、一言二言で要約できるだけのこと。





女神は正義である





女神は力である








この二つが絶対の真実であるのなら、必然的に





力は正義である


という結論が導き出されるはずじゃ。









じゃが、それを口にするものは誰もおらん。

そこまで議論を極めてしまうと



“悪の持つ力は、強大であれば正義となりうるか”

という、ワシ等の足元を脅かす話になりかねんからの。





どうせこの場にいる“女神の僕”のほとんどは、己が持つ“力”を存分に振るって下々の者を虐げておるに違いはないのじゃが、彼等はそれを“女神の正義の体現者”の名の元に美化し、決してそれを“己が力”が故とはしない。





何故か、って?


そりゃあ、“力こそ正義”と言い切ってしまえば、自分よりさらに強い力を持つ“なにものか”が現れた時には、己の財産だの、下手をすると生命だの、すべてが脅かされるからのう。






だから彼等は全てを女神の御名の下に行う。


己の血が尊いのは、女神に選ばれたから。

だから、女神に選ばれなかった下賎の者は、己等に従う義務があると。







だが、ワシは思っても何も語らん。



一つには、ワシとて“尊い血”が流れているという理由で、良い目を見てきた人間じゃから。


そして二つ目にして最大の理由は





ワシが法王じゃから。



法王は地上における女神の代理人。

女神は我等人の子に、自ら考え、自ら為す事を許し給うている以上、地上における法王も、それを準えねばならん。




つまり、法王は人であって人ではない。

法王が語れば、それが正義となってしまう。

だから法王は語らない。

自らの考えから外れる者を悪としないために。




法王とは、ただそこに“存在”することだけが存在価値である。

なぜなら法王とは、女神が実在することを身をもって現す“だけ”の存在であるから。

それは、いともやんごとなき“お飾り”であるのじゃ。



法王とは“至高の職”ではあれど、決して楽しい職業ではないことを、ワシは身をもって証明できる。



想像出来るか?

嫌いなものを嫌い、つまらないものをつまらないと言うことも許されない境遇というものを。







ワシは、

「法王になったら、外でダジャレも言えんではないか。」



という、なんとも人を食った台詞で、ワシに法王の座を押し付けることにまんまと成功した、今は亡き友の茶目っ気たっぷりの笑顔をまぶたの裏に思い描き、長い髭の中に笑みを押し隠して、世にもつまらん討論の場で耐えておった。









女神は、退屈で寿命が縮みそうになる、哀れな老人のささやかな願いをお聞き届けになってくださったらしい。


若い司教の一人が、場を支配していたタテマエ意見に、見事に論駁しはじめたのじゃ。




うむうむ

ワシは頷いているのがバレんように、長いながーい髯の中で小さく頷く。


かつてのオディロのように、とまでは言わんが、若かりし日のワシには充っ分っ!肩を並べられるくらいの、見事な論駁じゃ。

さてさて、あの若者は誰じゃったかの?ああ、確か、この間司教に任命された…









手が、挙げられた。


青い制服に、きちりと嵌められた茶色の皮手袋。



「若輩の身ではございますが、マイエラ修道院の院長として、発言を御許し頂きたい。」

張りのあるバリトンが、一瞬で場の雰囲気を制した。






「マルチェロはほんとうに利口な子でのう。」


どっかのジジバカ修道院長は、いつもいつも嬉しげに手紙に書いて来ていた。



修道院中の本を全て読みつくし、暗記しているだの…あの修道院の蔵書といえば、あやつのダジャレ全集も入っておったはずじゃが…二十歳そこそこでサヴッエラの高名な碩学と討論して、一歩も譲らなかっただの、ジジバカジジイは、毎度毎度、飽きもせずに書いてよこしたものじゃった。




ワシは聞いたことがある。

「頭の回転が速いのは間違いあるまいがな、“力こそ正義”ともとれんその理論の根本は、おぬしの信条と矛盾せんか?」


のぼせあがったジジバカジジイは…それでもさすが“聖者”らしい返答をよこした。



「確かにマルチェロの知性は、危うさをはらんでおる。…じゃが、あの子は本当はとても優しい子じゃ、穢れない魂を、“聖者”の心を持っておる。…そう、不幸な運命があの子の心を頑なにしているのは確かでも、愛することでそれは溶かされる…ワシはそう信じておる。」





討論の場は完全に、若きマイエラ修道院長に支配された。


聖銀のレイピアよりなお鋭いその舌鋒は、若い司教を穴だらけにし、息の根を止めるのに充分であった。






この男の理論には、一滴の水の漏れもない。

それを、流れるような弁舌と、朗々たる声が背景音楽を奏で、そして裂帛のカリスマが相手を切り刻む。


完全な上に完全。




「…じゃがオディロよ、おぬしの“本当は優しい愛し子”には、目には見えぬ一番大切なものが欠けておりはせんか?」

ワシは、髯で完全に遮断され、女神以外は誰も聞くことかなわぬ小声で、今は亡き友に呼びかける。




「おぬしの“愛し子”は、おぬしの愛でしか、止められぬのではないのか?」



ワシは、なんでもない風をつくろってはいるものの、その翡翠色の瞳から放たれる、全ての障害物を切り裂かずにはおれない、凶暴な破壊衝動を、老いて弱った皮膚にびんびんと感じながら、我が最愛の友に呼びかけた。













「おぬしは碩学じゃの。」

討論も終わり、法王庁へと帰還する途上、ワシは話しかけた。


「拙い弁舌でお耳汚しを…」

礼儀正しく謙遜する声には、一滴の真実もこもってはいなかった。


「“正義とは力”か…なかなか力強い主張であった。」


翡翠色の瞳が、一瞬いぶかしげな色をふくむ。


「先の司教殿は、やや異端の色をした説をお好みのように拝聴いたしましたので、“法王庁の公式見解”をお聞かせしただけでございます。」

だが、すぐにその宝石よりなお妖しい光を放つ瞳は続ける。



「なにせ、聖下は至尊の身、女神の代理人たる聖下は、その慈悲があまりに深きが故に、あのような異端の説ですら、御自身で一蹴なさるは叶わぬ身であられますから…」

言葉遣いこそ丁寧極まるが、“お飾りの老いぼれた爺め”と一言で要約出来る返答。

いくら周囲に他に人がおらぬとはいえ…




だが、ワシは怒らぬ。



なぜか?

ワシは法王である。

法王ベネディクトゥス六世である。

法王とは女神の代理人、あまねき慈悲の具現者。

全ての正義の体現者。



ワシが咎めれば、咎められた者は悪となる。

だからワシは何者にも怒らず、何者をも咎めない。



それは人にとって辛過ぎる忍耐であるのだが、ワシはベネデッドという一人の老人としても、この青年を悪とするわけにはいかない。




「マルチェロを愛しておくれ、ベネデッド。守っておくれ、ベネデッド。」


我が友の最後の叫びに応えるためにも。






だから、ワシはただ問う。


「正義とは力だとしたら、この世には正義はただ一色しかない、か…」

怪訝そうな面持ちになる青年。


「そなたの聖堂騎士の制服の色は、純潔の証としての純青。聖堂騎士の創始者は、それが色の中の最上のものとして、制服を青と定めたそうじゃ。」

「は、寡聞ながら存じております。」

「最上の色は青、それは良い。じゃがマルチェロよ、だとすれば、この世の他の色を全て、青で塗り固めても良いと思うか?」




正義を一つと定めることは、この世を青単色で塗り固めるも同じこと。そのような事を為しても…




「はい。」

ワシの言葉の続きを、単純明快で鋭い言葉が切り払った。




「青が最上であるならば、他の色に存在価値はありますまい。なれば、全て塗りつぶすが最善かと。」






ワシは、ゆっくりとその瞳を見やった。




「異なることに価値はあろう。女神は完全な方なのだとしたら、そこには悪もあろうもの。なら、女神の欠片には悪もあろう。じゃが、善も必ずやあろう。皆が異なるが、それを全て継ぎ合わせれば、我等は女神ともなろう…のう、ベネデッド?」



我が友オディロよ。

おぬしの愛し子は、ただ一色であるらしい。

そしておぬしの愛し子は、その一色で世界を塗りつぶさんとするらしい。




我が友よ、おぬしの愛し子のその一色が、善か、悪か、ワシはそれよりもなお危惧する。








おぬしの愛しい子は、他の一色の良さを、決して見んとしておらんことを。






2007/5/29




るりさま、本当にお待たせしてしまってすいません。そして、結局なにを言いたい話なのかよく分からなくなってしまってすいません。

よし、では一言要約だ!!

「キャラ濃すぎる人が一人いると、いろいろ困る」
…要約か?
今更ながら金子みすずを読んでみて、その素晴らしさに感動しましたが、それと同時に思ったのが
「なんてマルチェロと相容れない世界観なんだろう」
ということでした。
マルチェロに金子みすずの詩日めくりカレンダーを与えたら、きっと毎日めくるごとに彼女の詩に3時間はたっぷり反論してくれるに違いありません。
そしてククールはそれを見て、「兄貴ってなんて可哀そうな人なんだろう」と毎日涙するに違いありません。つーかべにいもがこんな兄を持ってしまったら、間違いなく呪わしい血の繋がりに涙します。

何の話だっけ…ともかく、そんな生物を親友に押し付けられてしまった、可哀そうな法王さまに、心からの冥福をお祈り申し上げます。
話が通じない(そもそも聞く耳持たない)人って、ホント、困りますね?
そして、たっぷりべにいもを悩まし、そして楽しませてくれたキリリクを、どうぞありがとうございました。




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