用済み




お待たせしました、ドルマゲスイベントです。つまり、オディロ院長が…(泣)
嫌な話です。






ワシは、ワシをその背に庇い、空中に浮かぶ禍々しき者に相対峙する、我が愛し子の背中を、ただ見つめる。




床には、負傷した何人もの騎士団員。

皆、ワシを…マイエラ修道院長である、このオディロというおいぼれを守らんが為に傷ついた、勇敢な神の剣たち。




ワシの視界を遮る、神の剣たちの団長…我が愛し子、マルチェロの、広く大きく、そして青い背中は、今までただの一度たりとも、ワシに髪一筋たりとも傷を負わすような事は無かった。





ワシは、だがそのマルチェロの背が、いつもの何倍も小さく見えてしまう。


この子らしくもなく、荒く息をつき、それでもワシの盾とならんと禍々しき者…ドルマゲスと名乗った邪悪な道化の前に立ちふさがるマルチェロ。






「ぼくは、この修道院と、院長さまを守る神の剣になります。そのためなら、いかなる努力も献身も惜しみません。いかなる困苦も耐え忍んで見せます。」







体こそ成長したものの、幼き日のその誓いを、その命を張って守ろうとする我が愛しい子の、その言葉どおりに鍛えられてきたその身は…








闇の道化師の杖の一閃で、木の葉のように軽々と吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。














「兄貴!」

ククールが、マルチェロに駆け寄る。




「…やら…れた…。すべて…あの道化師の…仕業…。奴は…強い…。」

マルチェロは、苦しげに咳き込む。



ああ、血でも吐いたのか、マルチェロ。


だがマルチェロは、それでもわが身よりも、ワシを気遣う。


「だが、あやつの思い通りには…っ!!」

ワシと同じく兄を気遣って差し伸べられたククールの手は、マルチェロに払いのけられた。


「…命令だ!聖堂騎士団員ククール!!院長を連れて逃げ…」

あくまでワシの身を気遣うマルチェロ。

ああ、優しい子よ…なのにお前はどうして、その優しさをククールに向けてやれないのかね?


非常事態なのも忘れ、ワシはマルチェロをそうたしなめてやりたくなるが、そんなワシの生ぬるい現実認識は、地獄のピエロの再度の杖の一閃で、マルチェロとククールが吹き飛ばされた事で、ワシからも叩き飛ばされた。





「…クックック。これで邪魔者はいなくなった。」


もはや、ワシとドルマゲスの間には、ワシを守る何者もない。




「くっ…!オディロ院長には、指いっぽん触れさせん…!!」

重傷の身で、それでもワシの前に立ち塞がらんとするワシの孝行な息子に、ワシは心から言う。


「案ずるな、マルチェロよ。ワシなら大丈夫だ。ワシは女神にすべてを捧げた身。女神の御心ならば、ワシはいつでも死のう。」

ワシは、胸の十字架を手に、宙に浮かぶ魔物に対峙する。




そう、ワシは女神に全てを捧げた身。


あの日、あの時、ワシは女神に身を捧げ、“聖者”となった。




罪に塗れた“聖者”







ワシは、その為に生きたが、考えない事もなかった。


我が命、この取るに足らぬどころか、罪に汚れた命を永らえる必要はあるのかと。

我が貧弱な魂には、耐え切れるとも思えぬ罪を、決して消え去ることのない罪を抱えながら、生き延びる事に意義などあるのかと。




我が友は言った。

死なんとしたワシに言った。

「生き延びろ、オディロ、生き延びろ!!…罪を犯したとしても、女神がお前に死を与えたのではないのなら、決して死んではならん。生きて、女神が与えたもうた命の限り生きて、そして一つでも多く善行を為し、一人でも多くの人を愛せ!!それでいい、お前はそれでいい!!」




ワシは、我が友ベネデッド…最も女神の御心に近い男である、今の法王のその言葉と、ワシを我が罪ごと焼き滅ぼしたまわなかった女神の慈悲により、死ぬ事を断念した。



そう、ワシが死ぬべきならば、女神がワシに天誅を下しなさるだろう。

ワシを生かしておかれるからには、ワシには生きて、為すべきことがある筈。



ワシはそう信じて、これまで生きてきた。








「…だが、罪深き子よ。それが女神の御心に反するならば、お前が何をしようとワシは死なぬ!女神のご加護が必ずや、ワシとここにいる者たちとを、悪しき業より守るであろう!」





ワシは、ワシの周囲で、ワシを救わんと駆けつけた、澄んだ目をした旅の若者達を、そして、ワシが為に傷ついた聖堂騎士たちを、ククールを、そして怪我を負いながらもただただワシの身を案ずる、我がいとし子マルチェロを眺める。



女神よ…彼らは全て、正しき者たちです。

貴女は正しき者たちの守護者。

貴女のご加護があれば、彼らは決してこれ以上、傷つきますまい。




「…ほう。ずいぶんな自信だな。ならば…試してみるか?」

ワシの言葉にも、微塵も動じず、残忍な笑みを浮かべる道化を前に、ワシはただ十字を抱き、祈る。


ワシのような非力な年寄に、それ以上、なにが出来よう。


いや、ワシに力などなくても良い。

女神が、全知にして全能の女神が守りたまうのだ、それ以上なにが…







オディロよ…汝、聖者オディロよ…

ワシの脳裏に、荘厳で麗しい、女のもののような声が響いた。




「…女神よ…」

ワシは思わず恍惚とし、一切の実世界のものが、幻の彼方のような気がしてきた。



視界の遠くで、緑色をした小さな魔物のような人影が、ワシの目の前に走り出してきたような気がしたが、それも夢うつつのように感じられた。




汝、聖者オディロよ。汝は我が僕として、まことに善き行いを為しました。


祈りの文句通り慈愛に満ちたその御声は、ワシの心に心地よく滑り落ちる。




オディロよ、汝は聖者として、まことによく働きました。


心地よい声の、心地よい賛辞。

ワシは、余りに心地よすぎる酩酊感に、逆に不安を感じた。




女神よ、ワシのような年寄りをお褒め頂かなくても良いのです。

それよりも、あの邪悪な者を追い払い、この場の全ての貴女の善き者たちをお救い下さい。


緑色の人影が、道化相手に熱弁を振るうのを横目で見ながら、ワシは女神に祈る。




女神は、その形の良い唇で笑みをつくったような声で、ワシに囁いた。


オディロよ、汝は本当に長い間、聖者としてよく尽くしてくれました…


女神よ、我が祈りをお聞きにはなっていないのですか?

ワシは…




ご苦労でした、オディロよ…犯した罪を噛み締め噛み締めながら生き、本当にご苦労様でした…









視界が、途端に鮮やかになった。


ワシは眼前の邪悪な道化が、その杖を大きく振りかざしたのを見た。





酩酊感に軽く酔いを残したままであったワシは、その動作がワシになにをもたらすのか、瞬間的に理解できず、わずかに頭を巡らして、そして、我が愛し子と目が合った。







驚愕

悲痛

絶望








ワシは、ワシの愛し子の、美しく温かいものしか写して欲しくはない翡翠色の瞳に、そんな苦痛をもたらす感情しか浮かんでいなかったことに、




恐怖した。









女神よ!!

ワシは死など恐れません。



この年まで生きたこのワシが、

罪に塗れたこの身をひきずって生きたこのワシが、

どうして今更、死など恐れましょう!



ですがっ!!


ワシは恐れます!!

我が愛する者の嘆きを恐れます!!

我が愛する子が、苦痛に満ちた声を上げる事を恐れます!!

我が最愛のマルチェロが、女神よ、貴女を憎悪することを恐れます!!




女神よ、ワシは貴女に声に出して祈りました。


「それが女神の御心に反するならば、お前が何をしようとワシは死なぬ!女神のご加護が必ずや、ワシとここにいる者たちとを、悪しき業より守るであろう!」



貴女は…貴女はそれをお聞きになったのでしょう?


ワシが今ここで、邪悪の手にかかって死ねば、マルチェロは二度と決して、貴女を信じようとはしないかもしれません。

ああ、純粋なあの子は、貴女を憎み、そして悪の道を歩み出すかもしれません。



ああ女神よ、ワシは死を厭いません。


ですが!!どうか、今この場でワシに死を給うのだけは、お止めください!!


貴女の正義の裁きは、決して、この世に新たな邪悪を生み出してはならぬ筈です!!




ああ女神よ、貴女はワシとマルチェロを出会わせになられた際に、マルチェロは聖者となるべき子と仰せになったではありませんか?



女神よ!!何故に聖者たるべきこの子に、憎悪を植え付けられるのですか?





そこまでして、今、ここで!ワシに死をお与えになる理由はなんですかっ!?











ワシの耳に、心地よく、慈愛に溢れ、そして…世にも官能的な囁きが、冷たく流れ込んだ。











「オディロよ…古き聖者よ…汝はもう、用済みです。」




ワシは、ワシの体を、たんに邪悪ではない、かと言っても神聖とも言いがたい、そんな何かが、貫いた感触を覚えた。











痛みなど、感じはしない。





ワシの心中をただ占めたものは、











「…マルチェロ…」



















ワシがあの子を呼ぶ声は、あまりに小さすぎて、決してあの子の耳に届きはしなかったろう。



あの子はワシのこの最期を見て、どう思うのだろう。


我が汚れ無き愛子は、悲痛のあまり、邪悪な意思を抱きはしないだろうか。






ワシは、あの子を手放すまいとした、あの日の選択を悔いる。



ワシは、あの子を手放すべきであったのだ。

あの子を養子に欲しいと言ったあの貴族の夫妻は善良であった。

彼らがあの子を愛してくれた筈で、そうならば、あの子とて必ずや、彼らを愛せただろうに。

ワシはあの子の涙に負け、いや、ワシ自らの愛惜の念に負け、あの子を聖堂騎士として手元に引き止めてしまった。

あの子はそれを恩に感じ、努力の限りを尽くして、ワシに尽くしてくれたというのに…



その結果が、これじゃ…


あの子は、ワシのこの死を、あの瞳で見てしまった…




ワシは、あの子にワシの死を、その瞳に見せてしまった…










ワシの体は、地面に投げ出される。




響き渡る、邪悪な道化の声。





「…悲しいなあ。お前たちの神も運命も、どうやら私の味方をして下さるようだ…」


響き渡る、邪悪な愉悦に満ちた笑い声。








女神よ、貴女はワシではなく、あの邪悪な道化に味方されたようですな。

いや、分っております。女神よ、分っております。


貴女の御心も、そして貴女が紡がれる運命も、全て、ワシのような人の子には考えが及びもつかない意図の元になされているのだという事を。




分かっておりますっ!!









「…悲しいなあ。オディロ院長よ。」




分かっております…ただ、ワシは、ただ悲しいのです。




「そうだ このチカラだ!…クックックッ。これで、ここにはもう用はない。」




ワシの身は貴女に用済みとされ、そしてあの道化にも用済みとされました。

いえ、それが悲しいとは、今更申しますまい。





「…さらば、みなさま。ごきげんよう。」




ただ、ワシは悲しみます。

オディロというこの老人が為した選択が、愛するものを不幸にしてしまう事を悲しみます。




不気味な笑い声が、響く。


ワシの薄れゆく意識は、その禍々しい笑声すら、朧にしか聞き取れない。









悲しい…


オディロというこの男は、死に値する自らの生を、誰かを幸せにするために長らえたというのに、その死に及んで、また新たな者を不幸にするのだ。






なにが聖者かっ!!







ああ。









ワシは生の最後の吐息を、絶望のため息として吐き出した。






2007/1/5




うーん…なんて読後感の悪いお話だろうか。
新年早々、縁起でもない話を書くべにいもに乾杯(笑)
あのイベントはどう考えても、DQを楽しむ良い子たちに
「神様を信じる立派な人でも、悪人は殺せちゃうんだよ。神様は助けてくれないんだよ。」
なーんて不道徳を教えているようにしか思えないんですが…
まあ他の七賢者の子孫の人たちの死もそうなのですが、特にオディロ院長の場合は「それが女神の御心に反するならば、お前が何をしようとワシは死なぬ!」と言い切っちゃってるあたりが、更に救いの無さをかもし出しまくっているのです。つまり

女神の御心=院長が死ぬこと

ってコトじゃんね?そりゃマルチェロも世界を根本から否定するよ。

まあ、アバン先生の名言「正義無き力が無力なように、力なき正義もまた無力なのですよ」という教訓を良い子に教えるためのイベントだったのかもしれませんが、それにしても、後味悪すぎるイベントです。イベントを見れば見るほど、マルチェロの歯噛みする理由が分かってしまいます。「オディロ院長を救ってはくれなかった女神の為に、自ら辛苦して身に付けた力を使ってやらねばならぬ理由はなんだっ!!」って、そりゃあ思うよね…

考えれば考えるほど、べにいもは女神さまの“御心”が信じられなくなったので、女神さまはこんなんになってしまいました。でも、拙サイトの女神さまは、既にどこを見てもかなりロクデナシな気もしますが(別にべにいもは無神論者ではありません)。

このシーンは、マルチェロやククール視点から書かれたものは他のサイトさまでもよく拝見しますが、そういや当の被害者であるオディロ院長視点から書かれたものを見たことが無いので、仕方ないから自分で書いてみました。
どんな気分だったんでしょうね、信じてたものに裏切られたこの人は。

聖者様だから、すべは女神の御心と割り切って天に召されたのか
「そんなバカなッ!」と絶望したのか
「話が違う」と女神を呪ったのか
それはそれとして、死後のこと(特にマルチェロとククール)を心配したのか

せっかくオーブ集めというイベントがあったので、そこでミニムービーでも入れてくれたら良かったのに。
リメイクで8が出るときには、あの無味乾燥作業なオーブ集めに、七人全部のムービーと、それぞれ対応のなかま台詞を追加してくれることを望みます。そして、オディロ院長の追加ムービーに、子マル(子ククくらいの時分の奴)が登場することをとみに切望しますっ!!
…出るとしても、何年後かな?




童貞聖者 一覧へ inserted by FC2 system