酷い男




元拍手話。
「DQ8で一番の名シーンは?」というアンケートをとったら、五指には入るはずの「ゴルドのアレ」のお話です。
ククール視点で書いても、マルチェロ視点で書いても、絶対にもっといいものが他にたくさんあるはずなので、あえてゼシカ視点で。











あいつ、銀色の風みたいな速さだった。




崩壊したゴルドの地。

美しくて威厳たっぷりだった女神さまは、暗黒神を”産み落として”崩壊した。



悪夢みたい。

でも、夢じゃなかった。



だってあたしのすぐ隣を、自分を殺しかけたあいつを助けるため、駆け抜けて行ったククールの起した風を、確かにあたしは感じたのだったから。









「……なん…の……つもり…だ……?放…せ…!!」

聖地ゴルド崩壊の張本人のこいつは、ククールの、実の弟の差し伸べた手で、その歩みを地獄の入り口で止められた。




「貴様等が…邪魔を……しな…ければ 暗黒神のチカラ……我が手に…できたのだ……。だが…望みは…潰えた……。すべ…て終わった…のだ……。さあ…!放せ…!貴様…なぞに……助けられて…たまる…か……!」

こいつはククールの手を振り払おうとして、それでもククールに手を掴まれた。




落ちかけていたのに、それでも崖に必死でしがみ付いていたんだもの、最初から死ぬつもりだった訳じゃないんだろう。

そりゃ、もともと生命力に溢れすぎた奴だから、反射的にしがみついちゃったんだろうけど。


でもこいつは、ククールに助けられるくらいなら、地獄の底まで続いているだろう穴に呑み込まれることを選ぼうとした。



ここは一つ、大人しく助けられておきゃいいじゃない。




どうしてこんなに嫌なヤツなんだろう、こいつ。




なのに、ククールはこう言ったのよ。




「……死なせないさ。虫ケラみたいに嫌ってた弟に情けをかけられ、あんたはみじめに生き延びるんだ。好き放題やって、そのまま死のうなんて許さない!!」




あたしは知ってる。

ククールの本心は

ククールが本当に言いたい言葉は、


他に本当はあるって、知ってる。



でも、あたしは知ってる。

そんな言葉は、イヤミが絶対に拒絶して、聞こうともしないんだってこと。




「このうえ……生き恥をさらせ……だと?貴様……!!」

ほら、こんなこと言うのよ、こいつ。

なんでこの期に及んで、こんな事言っちゃうのかしら?

あんた、他に言うことあるでしょ!?




「…………。」

長い沈黙の後、ククールは、言った。


「……10年以上、前だよな。身よりがなくなったオレが、初めて修道院に来た、あの日。」

ククールの口調は、昔を思い出して、ってカンジじゃなかった。




ククールにとっては、その光景はずっと”今”のまま。








「最初に、まともに話したのがあんただった。家族も、家もなくなってひとりっきりで……修道院にも誰も知り合いがいなくて……。」

ククールの心には、今も、その時のククールがいるんだ、と思う。




不安で

心細くて

誰かに縋りたかった…

小さいククール。




「最初に会ったあんたは、でも、優しかったんだ。」

ククールはそこで言葉を切る。



「はじめの、あの時だけ。」




それ以外の”時”が、ククールにとって、少しも楽しいものでなかったことは知ってる。



「オレが誰か知ってからは手のひらを返すように冷たくなったけど、それでも……」

このククールの表情を、あたしは知ってる。



どんな涙より、

どんな怒りより、


ククールの感情は、いっぱいな、顔。




「……それでも、オレは、忘れたことは、なかったよ。」

ククールは、一言、一言、区切るように、言った。









こいつは立ち上がる。

酷い怪我だ。

半分以上は、あたしたちがやったんだけど。




「……いつか……私を助けた…こと……後悔…するぞ……。」

ダメだ。

ダメだったんだ。


ククールの言葉も、

言葉の中の気持ちも、


やっぱりこいつには通じなかったんだ。






「……好きにすればいいさ。また、何かしでかす気なら何度だって、止めてやる。」

”何度だって”

それは、ククールの精一杯なんだろう。


”何度だって”

その”何度”があるうちは、ククールも、そしてこいつも、つまりは生きているってコトで、






生きている限り、希望はあるってコト?




ううん、でもこいつはククールから立ち去る。

ボロボロなのに、実の弟に縋ろうともしない。




しばらく歩くと、こいつは指から何かを抜き取って、振り向きもせずにククールに投げつけた。



「これ…あんたの聖堂騎士団の指輪か…?」

ククールの問いにも、こいつはやっぱり振り向かない。



「貴様に、くれてやる。……もう、私には無縁のものだ。」




”無縁”

無用と言わずに、こいつは”無縁”と言った。


そりゃ確かにこんなことになっちゃえば、もう聖堂騎士団長なんて肩書きは用済みだろう。

その証の団長の指輪も“無用”だろう。



でも、“無用”じゃなくて“無縁”


こいつはもう聖堂騎士に用がなくなった訳じゃなく、関係がなくなった。

こいつはそう言ってる。




つまり、これをあげたククールとも?




だからあたしは、たまらずククールに駆け寄った。




「……ねえ、ククール。放っといていいの?あんなひどいケガしてるのに。ねえってば!」




あいつのことは好きでもなんでもない。

でも、ククールにとっては実の兄なんだから。

この機会を逃したら、もうこいつはククールと二度と会いはしないだろうから。

こいつは自分から、実の弟との縁を切ったのだから。



「…………。」




ククールは何も言わない。

そして、ヤンガスも、エイタスも、去っていくこいつを止めようとはしない。

あたしはなおも何か言おうとしたけど、エイタスがあたしの肩を叩いて、そして


そっ

と笑って、首を振ったから

何もいえなくなった。






「……ああ、うん。別に。どうってことないさ。」

ククールは、誰も何も言わないのに、独り言のように、でも誰かに語るように言って、そしてだんまり。



あたしたちは、そんなククールを置いてもおけず、でも、話しかけられもせず、ただ、崩壊したゴルドを見やる。



混乱する町の人たち。

そりゃそうよね、ずっと崇めてきた女神像が、跡形もなくなっちゃったんだから。





「あんなひどいケガで、マルチェロ団長は一体どこに……。」

聖堂騎士の一人が、あいつの去っていった、既に崩壊した門を見詰めて、呆然と呟く。



ホントよ、どこに行ったのよ。

どこに行く当てなんてあるのよ?

聖堂騎士としてしか生きてこなかったくせに。

広い世界が広がっているのに、それからあえて目をそむけて、聖界という狭い世界でしか生きてこなかったくせに。


あいつの生きる世界なんて、“他”にはどこにもないって、自分が一番よく知ってるくせにっ!!







そして、あたしは見た。

「聖地ゴルドが 跡形もない……。」

さっきの騎士より、さらに呆然と立ち尽くす聖堂騎士を。



「何が起きたんだ?あの空の城は何だ?赤い空は?」

マイエラ修道院で多分会った人だと思う。

忘れるには、ちょっと大きすぎる人だったから。



でも、いつもなら頼りがいがあるんだろうその大きな背中は、こんな異常すぎる事態の中で呆然自失していると、逆に普通の人よりよっぽど頼りなく見えてしまった。




「俺たちはこれから…どうすりゃいいんだ……?」

その人はそうして、やっぱりあいつの去っていった門を見詰めた。




聖堂騎士って、みんなそうなのね。

あいつがいなきゃダメな組織なんだ。

あいつが全部決めて

あいつが全部命令して


そうして

あいつがみんなを殺したんだ。









あたしは、あいつの…マルチェロのことを詳しくなんて全然知らない。


あたしが見たマルチェロのことなんて、ほんっとにマルチェロの一部分でしかないんだろう。

でも、あたしはこう結論する。




「あんたは酷い男よ、マルチェロ!!」




あんたは誰からの信頼も裏切った。

それが最悪よ。


あんたはホントに何様のつもりなの!?

あんたには確かに、自分自身を傷つける権利はあるわよ。

けど、他の人まで傷つけていい権利なんてあるって思ってるの!?


そしてあんたは消え去る。

みんなを傷つけるだけ傷つけて、消え去る…




「なんて酷い男なのよっ!!」

あたしの叫びに反応したヤンガスに、あたしはまくし立てた。

思ったままをまくしたてた。

それはククールの耳にも入ったかもしれないけど、でも、あたしだってあいつにゃ何回か殺されかけたんだから、このくらい言ってもいいはずよっ!!





「ゼシカの嬢ちゃん、もう止めろよ。」

ひとしきり叫んだところで、ヤンガスは優しく言った。


「だって…」

ヤンガスは、あたしの言葉を制するように、穏やかに言った。


「酷い男ってのはな、そうなるくれえ酷い目に遭ってんだよ。そしてな、これからも苦しむんだよ…”酷い男”でいる限りな。」

「…」

「これからあのお人がなんかするなら、ククールが止めてくれるらしいからよ。アッシらは、ま、それはそん時に、気が向いて、暇でもあれば加勢しようや。」

ヤンガスの言葉は、酷く重くて、あたしは言葉を返せなかった。




「あいつ…どうなるのかしら、ね?」

「それは女神さまがお決めになるさ。それが救いなのか、罰なのか、もうこりゃ、ガクのねえアッシにゃ、よく分かんねえ事だがよ。」

「…」



マルチェロはやっぱり酷い男だ。

酷い目に遭ったって、自業自得なんだと思う。

けど…



そしてあたしは、かぶりを振った。







2008/9/3




やっぱりこのゴルドのシーンは心にぎゅんっと来るシーンだと再認識。
しかし何度あのシーンを見ても、やっぱりマルチェロの「無縁のもの」という言い方がイマイチ腑に落ちません。
「無用」でなく「無縁」?
というわけで、自分なりに考えて「縁切り指輪だった」と考えてみましたが…

他にお考えのある方、教えて下さい。




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